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「いよいよ試験間近ね」
「はい。
ルイーズ先生、これまでのご助力感謝いたします」
「アヴィントン、コニーズ、
これまでよく頑張りました。
あなたたちならきっと、
良い結果が出せると信じています」
「ご期待に答えられるよう、最善を尽くします」
「その前に、コニーズ」
「はい」
「あなたに最終試練よ」
恐らく試験より難関の。
ぴら、と渡された用紙には、
受験生に割り当てられた口頭試問の時刻表が書いてある。
「ここ」
「え…」
ノアがリリーの手元を覗き込む。
「トレイン・ホーク?
まさかあいつ、受けるのか」
「学力的には全くてんでお話にならないけれど、
問題はこの用紙がホークにも配布されることよ」
「コニーズ嬢が受験するのがバレるということか」
「妨害が入ることを想定したほうが良いわ」
それも特大のね。
「コニーズ嬢、どう来ると予想する?」
「……」
「コニーズ?」
リリーは久しく忘れていたトレインに対する恐怖心に支配されていた。
そうだ。許すはずがないのだ。
リリーが逃げたら、どこまでも追ってきて嬉しそうに糾弾するのだ。
「…やっぱり、逃げられるはずがなかったのです」
「コニーズ!」
ルイーズ教員が肩を掴む。
「どうせ卒業したら一生逃げられないのです。
もしこの受験に失敗したら、
私の将来はもっと散々なものになる」
「それならば!」
ノアが声を上げる。
「俺が連れ去ってやる。
俺が絶対に枠を勝ち取り、君を連れて行く」
「アヴィントン様」
「いいか?
先ほどルイーズ教員は言った。
最終試練だ、と。
君を支配しようとする愚かな奴から逃げるのに、
最も重要なことは何だ?
それは、「折れない決意」だ。
逃亡意欲を奪うのは奴らの常套手段。
しつこいぞ、奴らも必死だからな。
だから君はよそ見をしてはならない。
奴らに隙を見せてはならない。
しっかりしろ!
諦めるな!
ブチのめして振り切ってやれ!
追ってもこれないほどに!!」
肩で息をするノアの大演説に、
思わずリリーは笑った。
ルイーズ教員も笑っている。
「すごいわねアヴィントン、
あなたそういう熱いキャラだったのね」
「ありがとうございます、アヴィントン様。
目が覚めました。
その通りですわね、
私の悪いクセが出ました」
「いいえコニーズ、
その自暴自棄思想はホークから植え付けられた忌まわしき呪いよ。
あなたならそれを払拭できる」
「ええ、やってみせます。
まずはアヴィントン様」
「ああ」
「お家に泊めてくださいな」
リリー・コニーズは推理した。
本日この用紙を受け取ったトレインは、
恐らく父に訴えるだろう。
彼の中ではまだリリーを許しておらず、
リリーに直接話し掛けてやるのはプライドが許さない。
父はすぐさま、リリーを部屋から出さぬよう命令するはずだ。
ひょっとしたら退学届を持ってくるかもしれない。
実の親ながら、リリーにとってはただの敵だ。
軽く痛む頭を振り、
「できる限りの対策を取るしかありません」
リリーは最初で最後の臨戦態勢に入った。
ーーーーーーー
そして試験当日。
あれから一度も家には帰らず、
アヴィントン侯爵家に滞在し過ごした。
学園にも事情を話した上で、登園していない。
「さあ、ノア様」
「ああ、コニーズ嬢」
「参りましょう」
本日はアヴィントン侯爵家に頼み、
リリーは馬車を借り受けた。
家紋こそ入っていないが、立派な代物である。
それを使って堂々と学園に入る。
降り立ったリリーを見て、
幾人かが目を見張る。
「あれ、リリー・コニーズ嬢か」
「ああ、誰かと思った」
リリーは胸を張り、顔を上げて歩いた。
途中別馬車で登園したノアと合流し、
試験会場を目指す。
試験会場までの四阿に、
トレインとトレイン父、
そしてまさかのリリーの父が集っているのが見えた。
「どうする?コニーズ嬢」
「無視します。
見なかったことに」
カツカツと高いヒールを鳴らして通り過ぎると、
なんと奴ら、リリーに全く気づく様子がない。
ノアは笑いを堪えきれない様子だ。
「コニーズ嬢、誇っていい。
今日の君は一等素晴らしい」
「ありがとう存じます」
彼らの中では、リリーの印象は背を丸め下を向き、
黙って後ろを着いてくる目下のものだ。
気付かなくても無理はない。
そして試験会場に無事到着する。
時間としては先にリリー、しばらく後にノア、
そして最後にトレインという順番だ。
普通に行けばリリーとトレインが鉢合わせることはない。
しかし待ち伏せに失敗した奴らが、
このまま引き下がるとは思えない。
前で口頭試問を待っていた学生が試験室に呼ばれていき、
「ではリリー・コニーズ嬢、
次のお呼び出しとなります。
こちらでお待ち下さい」
案内人にそう告げられたとき、
ついに彼らはやってきた。
「リ…リリー!
なんだその姿は!」
「リリー・コニーズ。
一体君は恥ずかしくないのか」
父とトレインが早速騒ぎ立てる。
「なんのことやら」
静かに反論したリリーに、3人は少々怯む。
「本日の装いのことでしょうか」
本日リリーは、アヴィントン侯爵家のコレクションの中から、
最も試験に相応しいと考えた服を借りた。
女性もののドレスでありながら、男性服の技巧も取り入れた、
知性と強さを引き立てる装いだ。
ヘアメイクもそれに合わせ、貴婦人のごとく騎士のごとく、見事に整えている。
何より侯爵家滞在中に磨きに磨いてもらった肌と髪、そして堂々とした姿勢で、
もともと整ったリリーの容姿は大輪の花が咲いたように輝いたのであった。
「なんて非常識なんだ」
「どこがでしょう?」
「考えれば分かるだろう」
「分かりかねますわ」
父もつばを吐いてまくしたてる。
「リリーお前、今まで一体どこに隠れていた」
「申し上げません。
家にいては身の危険を感じましたので」
「は、どんな危険が及ぶというのだ」
「私リリー・コニーズの、
尊厳を奪われる危険ですわ」
「尊厳?そんなもの」
「ないとおっしゃいますか?」
リリーは強い眼光で父を見据えた。
「お父様、私には尊厳はないと?」
「そ、そんなことは言っていない。しかし」
「お答えください」
リリーは追撃する。
「お父様、何をしにこちらにいらしたの?」
「そ、それはだな」
「そこから先は私が言おう」
トレイン父が割って入る。
同時に案内人がやってきて、
「リリー・コニーズ嬢、お時間です。
試験室へお越しを」
と促した。
「案内人殿、それには及ばん」
トレイン父は手で止め、
「リリー・コニーズは受験を辞退する」
と宣言した。
「勝手ではありませんか?」
「いいや、勝手ではない。
嫁をどう扱うかはこちらに権利がある」
「まだ嫁ではありません」
「もう嫁のようなものだ」
「へえ、ホーク家では嫁はペットのように扱うのですか」
のんびりした声が入った。
ノアだ。
「君には関係があるまい?」
トレインが問う。
この二人、実は今日が初交流だ。
「ホーク子爵、はじめまして。
ノア・アヴィントンです」
「アヴィントン侯爵家の」
トレイン父が少し口を閉ざす。
「ホーク子爵、困りますな」
また新たな声がする。
「厳正なる試験を妨害されては困る」
「学園長先生!」
本日の試験官のひとりである学園長が、
困った案内人により連れてこられていた。
「いや、当家の身の程知らずの嫁が、
不相応にもこのような名誉な試験を受けるというのでね。
どうせ落ちるのは分かりきっているし、
恥をかく前に止めに来たのですよ。
そうそう、ついでだ。
リリー・コニーズは本日を以て退学する。
しっかり仕置をして、
息子の留学についていかせるのでね」
「ほう」
学園長はじろりと一団を見回す。
「コニーズ男爵、
あなたはご令嬢がこのように扱われ、
何も感じないと」
父は学園長に睨まれ、トレイン父に睨まれ、
貝のように押し黙っている。
「よろしい。
ホーク子爵の言い分では、
リリー嬢は試験に落ち、
トレイン君は合格するとのお見立てと」
「ああ、そのとおりだ」
「ではこうしましょう。
リリー嬢とトレイン君の口頭試問を同時に行う。
存分に、その知性を我々に披露しなさい。
できるね?」
「容易いことです」
トレインが鼻息荒く答える。
「かしこまりました」
リリーも丁寧な礼をとり答える。
「父君たちもどうぞ入室を。
ただし絶対に口を開かぬよう」
学園長は父達に釘を刺す。
「さ、行こう」
控室を去る瞬間、学園長がリリーに向かってウインクをしたのが見えた。
「リリーよ」
トレインが小声で話しかけてくる。
「君がいかに非常識か、
教育してやる」
「ご遠慮申し上げます」
答えに驚いたトレインがリリーを見つめる。
「代わりに教えて差し上げますわ。
どちらが身の程知らずか」
カッと顔を赤くしたトレインが先に控室を出る。
続いてリリーが出る時、
トン、と背中を叩く手があった。
ノアだ。
「行ってきます」
リリーはノアの手に、力をもらった気がした。