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トレイン・ホークは苛立っていた。
最近どうにも、周りの連中が私に非礼が過ぎる。
言動に問題がある女子に善意から指導をすれば、
怪訝な顔をしてそそくさと立ち去られる。
淑女ならば「ご指導頂き心から感謝します」の一言があってもいいだろう。
教員たちは当てつけのように講義で私に解答を求め、
気に入らないと「勉強が足りない」などと貶める。
あまりに非礼なため、お返しに彼らの目に付く言動や最新の知見について指導してやったが、思ったような反応は返ってこない。
どいつもこいつも、このトレイン・ホークを正当に評価できんのだ。
良識ある者であれば、私の指導がどれだけ貴重で、
どれだけ高度なものであるか理解できるだろうに。
極めつけは婚約者であるリリー・コニーズだ。
レベルの低い試験でちょっと点数を稼いだからと言って、
教員の金魚の糞になって走り回っている。
彼女は大きく道を間違えた。
常識的に考えれば、彼女が付き従うべきは婚約者である私であるし、
指導を請うのも将来の主人たる私であるべきだ。
彼女は反省しなければならない。
その心持ちから、罰として彼女の存在を無視することとしている。
が、何を勘違いしたのか彼女は詫びにも来ず、
「トレイン様に相応しくあれるよう修行いたします」と来た。
リリー・コニーズよ、
その回答では私は納得しない。
君がすべきは速やかに私に詫びることだ。
誠心誠意、自分の愚かさを反省し、
このトレイン・ホークの指導を仰ぐべきなのだ。
その考えは揺るがない。
だから今日も、私は彼女を無視し続ける。
「えー、それじゃ何、
ホークが最近よく講義で咎められるのって、
教員全員敵に回したからだってのか?」
休憩時間に渡り廊下を歩いていると、
中庭のベンチから自分の名が聞こえてくる。
思わず足を止め聞き入る。
「らしいよ。
『ウチの低レベルな教員の作る試験に費やす労力が無駄』って主張したらしい」
「それが本当ならあまりにお先真っ暗だな」
「ああ。就職先にも困るだろうよ」
「家を継げば?」
「それでも、ウチの教員陣って高位貴族出身の先生も多いから」
「ああ、貴族会でも爪弾き確定だな」
「教員で一番家が大きいのって誰かな?」
「ルイーズ教員だろ」
「ああ、そっか、彼女は…」
そこまで聞いて、トレインは我慢ならなくなった。
「失礼、何か聞き捨てならない話が聞こえたようだが」
噂話をしている男子生徒に突撃する。
顔を見ると少々怯んだ。
確か彼らは伯爵家と辺境伯家、ホーク家より身分が上だ。
しかしそれらは今関係がない。
「やあホーク」
「今私の噂話をしていたようだが」
「聞こえていたか、悪かったな」
「誠意が足りないのではないか」
「あれ、もしかして真実じゃなかった?
ウチの試験では本気出すつもりないって話」
「それは事実だ。その価値がない」
彼らは顔を逸らすと、はは、と乾いた笑いを吐いた。
「嘘だろ」
「本当だ」
「では提案するが、一度本気を出してみたらどうだ?」
「くだらない」
「そう思えばこそ、さ。
このところの講義での君の回答、基礎学力が足りてないことが露呈していたよ」
「失礼ではないか?」
「最新の知見が〜、とか気持ちよく語ってたけど、
全然違う分野の知見を披露されてもね」
「ますます失礼だ。許しがたい」
「じゃこうしよう。
今度の試験で良い点数取れたら、
誠心誠意謝罪してやるよ」
「…もういい!」
怒りに任せてその場を去る。
どいつもこいつも、馬鹿にしている。
奴らの鼻を明かさなければならない。
二度と私を嘲笑うことなどできぬよう、
あのような下劣な者より優れていることを証明せねば。
通りかかった学生掲示板に張り出されたひとつの書類が、
ふと目に止まった。
「……これは良い」