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翌朝。
再び先触れもなくリリーを迎えにやって来たトレインは不機嫌だ。
「婚約者の承諾も取らずに帰宅するとは、淑女として不出来なのではないか」
とのことであった。
リリーは申し訳ありません、といつものように謝るが、
今日は言わねばならない。
「トレイン様、
私、この度教員アシスタントを任せて頂けることになりました。
昨日はそのお話を頂いていたのです。
これからは仕事もありますので、登園、降園時はご一緒できません」
「なんだって?」
トレインの機嫌がさらに急降下する。
「非常識じゃないか。どの教員だ」
「ルイーズ教員です」
「行くぞ」
トレインは乱暴に踵を返し、リリーを置いてさっさと馬車に乗る。
「早く来い!」
との罵声付きで。
学園に到着するなりトレインはリリーを連れ、教員棟へ向かった。
「ルイーズ教員のアシスタントです」
となぜかトレインが名乗る。
コンシェルジュは「何いってんだお前?」という顔をしたが、
後ろに付き従うリリーを見、ああどうぞ、と入れてくれた。
乱暴に叩いたドアの奥にはルイーズ教員が待っていた。
「あら、朝から失礼なこと」
「失礼なのはそちらだ」
トレインは教員にも容赦なく噛みつく強メンタルの持ち主である。
「リリー・コニーズをアシスタントにしたそうですね」
「ええそうよ」
「私は許可していませんが」
「どうしてホークの許可がいるの?」
「婚約者だからだ」
ルイーズ教員は余裕を崩さない。
「どうして婚約者の許可がいるの?
そんな決まりは聞いたことがないけれど」
「それは貴女が非常識なだけだ。
リリー・コニーズをアシスタントにするならば、
私をアシスタントにしてからにするのが当然だろう」
「は?」
は?リリーも聞きたい。
「だいたい。
貴女の講義は所々言葉遣いが不適切だ。
内容も複数の見方を想起させ、
誤解を招く表現が散見される。
話す内容は十分に調べ、
吟味してからにすることをおすすめする」
「ご高説痛み入ります。
で、ホークは何が言いたいの?」
「考えれば分かるでしょう」
「わからないわね」
「これだから」
「レベルの低い教員は、って?」
トレインがぐっと言葉に詰まる。
「で、端的におっしゃいな。
何が望み?」
「リリー・コニーズを、
アシスタントから降ろして頂く。
アシスタントが必要なら私が」
ルイーズ教員がそれを聞き高笑いする。
「ああおかしい、
それならいらないわ」
「だそうだ、リリー。
不相応を望むからこうなるんだ」
身の程を知らないとは愚かだな、とトレインも笑う。
「違うわよ、
あなたがアシスタントになるくらいなら、
アシスタントなんていらないって言ったの」
トレインのこめかみがぴくりと動く。
「私はコニーズをアシスタントにほしいって言ったの。
あなたはいらない」
「なぜ」
「だってあなた、成績良くないじゃない。
コニーズよりずっと下でしょ」
ええ?!そうなの?!
リリーはひとり衝撃を受ける。
嘘でしょ、あんなにコケにしといて、自分の方が下なの?!
はん、とトレインは皮肉っぽく笑う。
「そんなことですか。
私はね、貴女方のような低レベルな教員の作る試験に本気で取り組むつもりはないんですよ。
労力の無駄遣いですからね」
はあー?
リリーは開いた口が塞がらない。
「あら、ならば異論ないわね?
あなたはアシスタントにはいらない」
「ええ、こちらも御免被ります。
リリーも降ろして頂くことでよろしいですね」
「いや良くないわよ」
「全く分別のない人だな」
分別がないのはどっちだ!!
トレインは言い含めるようにルイーズ教員に諭す。
「よろしいですか、
リリー・コニーズは私の婚約者であるからして、
私が管理するのは当然のことです。
その私が駄目と判断しております。
それをご考慮頂けましたら幸甚です。
優秀な教員でいらっしゃる貴殿ならばご理解頂けるでしょう」
慇懃無礼ー!
過剰な丁寧語の煽り効果が凄い。
「いいでしょう」
ルイーズ教員が立ち上がる。
「本日放課後、
教員会議にてリリー・コニーズのアシスタント就任審議が行われることが既に決定しています。
その際にホーク、あなたの主張も添えて提出させて頂くわ」
「ええ、良識ある者であれば適切な決定を下すでしょう」
答えに満足したトレインはようやくその口を閉ざす。
「ではコニーズ、その審議の話をするわ。
ホークは退室を」
「分かりました」
トレインは大人しく従い、ドアを開ける。
「そうそうホーク、」
「なにか」
「あなた、丁寧語の使い方が不適切よ」
顔をカッ、と赤くしたトレインは、
乱暴にドアを閉め、ドカドカ足音をさせて去っていった。
ーその日の放課後、
リリー・コニーズのアシスタント就任がアッサリ決まった。