憂鬱なり、我が人生
7/5 異世界恋愛日間 74位を頂きました!
ご来場感謝…!
7/9 46位に上がってました…
感想も、本当にありがとうございます。
リリー・コニーズは深い溜め息をついた。
これから婚約者であるトレインと、街で評判のレストランでの食事である。
姿見の前にのそのそと立ち、髪・メイク・服装、持ちものをチェックする。
「行きたくない」
ぽろりと口から零れた本音は床に落ちて染み込んでいった。
「遅かったな」
待ち合わせ場所に到着するなり、早速トレインから指摘が入った。
「すみません」
ちなみに現在、待ち合わせ時間の10分前である。
何の気まぐれか、珍しく早く来たトレインのお気に召さなかったらしい。
しかし追撃はなく、
入ったレストランの食事は美味しく、
トレインの機嫌も悪くなかったため、
リリーは少し油断した。
トレインより、食事には気の利いた会話が必要だと聞かされているリリーは、
なるべく気分が明るくなるような話題を探してトレインに投げかける。
「ですから、ジョージ先生の若々しさの秘訣はいつも飲んでいるあのクラフトコーラなんじゃないかって、もっぱらの噂なのですわ」
「そんな正しいか分からないことを吹聴するのはいかがなものか」
…しまった。
やってしまった。
「そもそもクラフトコーラは中身が作る人間によって全く違うし、クラフトコーラ自体に健康作用があるなんて話は聞いたことがない。砂糖を使う飲料なんだから、その話を聞いた者が実践して健康を害したら、君はどう責任を取るつもりなんだ?」
「…申し訳ございません」
「少し頭を使って、
調べるなりなんなりしてから口に出すべきだろう」
「おっしゃるとおりです、浅慮でした」
「あと君の今日の髪型、この店にはふさわしくない」
「そうでしょうか、どのあたりが」
「答えを教えてもらえるなんて思わないで、
自分の頭で考えるべきだ」
…トレインは批評家である。
このように一事が万事、人のやることなすこと批評しまくることを使命と思っている節がある。
言葉の使い方、内容の真偽、場への似つかわしさ。
それらへの批評を恐れて口を閉ざすと、
「会話をしないとは眼の前の相手を軽んじているのと同義である」とまた批評が始まるし、
服装へのダメ出しを恐れてスタンダードなもののみ身につけると、それも「それは手抜きだ、相手にとって失礼である」と曲解して説教が始まるのである。
正直心底逃げ出したい相手ではあるが、
リリーの家は男爵家、トレインの家は子爵家。
その爵位の高低により明確な力関係が存在し、
トレインが「食事に行く」といえば行かねばならないし、トレインが「それは間違っているから改めろ」といえばNoはない。
本日もひと仕切りご批判を頂戴した後、
「君の教育にはまったく苦労する」
とトドメの一撃を喰らい、
引きつった笑顔を貼り付けてリリーはその場を辞した。
その際少し急ぎすぎ、
「別れの挨拶の言葉の使い方が不適切」とまた追撃を受けたが、
なんとか家まで辿り着いた。
「もういやーーーーーーーー!!!」
枕に思いっきり顔を押し付けてリリーは叫ぶ。
「何が『それは正しくない』よ!
何が『場にふさわしくない』よ!
お前のほうがよっぽどふさわしくないわーーー!!」
トレインはリリーには小粋なトークを求めるくせに自分は批評ばっかりで何にも話さないし、
リリーには着飾ることを求めるくせに自分はいつも同じような着こなしばっかりだし、
何だその「教育してやってる」スタンスはーー!!
お前どの立場から物言ってんだーーー!!!
学園の卒業まで1年を切っている。
本当に彼と結婚しないといけないのか。
こんな生活が延々と、これからずっと、続くのか。
リリーは己の未来に絶望した。
ーーーーーー
「トレイン様…一体どうなされたのです」
翌朝身支度を整えエントランスに降りたリリーは、
その場に腕を組んで待ち構えるトレインを見て軽いめまいを覚えた。
「当然のことを言わせないでくれ。
あと君の家の使用人の応対を指導し直すべきだ。
賓客に対する態度とは思えない」
いや、先触れもなく突然押しかけたらそれは賓客じゃなく不審者だ。
「行くぞ」
の一言で連行されるリリーは悟った。
あ、コレ学園まで一緒に登園する流れだ、と。
リリーの本日の安寧は崩れ去った。
学園へ向かう馬車の中はもう彼の独壇場であった。
リリーへの批評に留まらず学園の生徒や教師への批評、
新聞記事の文章のレベルの低さ、
最近の婦女子の言動の下品さ、
もう彼の舌の動きは留まるところを知らなかった。
学園についてようやく、
「一体全体どうしてそんなレベルの低さで生きていけるのか、頭の中を覗いてみたいね」
というパンチラインをありがたく頂戴し、
ヘロヘロのリリーは這々の体で馬車から脱出した。
気持ちよく批評しまくったトレインは逆にツヤツヤしているのが悔しい。
トレインはこうやって、頻繁にリリーを連れ回す。
彼曰く「婚約者と行動を共にするのは当然」とのことだが、別に婚約者を喜ばせるためでも楽しませるためでもなく、単にリリーを「教育」と言って貶め、己が気持ちよく批評するためであることは明白なのだった。
「苦労するわね、コニーズ」
「ルイーズ先生」
講義室にたどり着き、淑女の作法を忘れて机に頬をくっつけていると、
時間より先に現れた女性の教員が声を掛けてくれた。
「偶然だけど、昨日同じレストランにいたの気付かなかった?」
「え、そうだったのですか」
「聞いてたわよ、『教授』のご高説。
周りの客もドン引きしてたわ」
「申し訳ございません…」
「あなたが謝る必要ないわよ」
『教授』とはトレインのあだ名である。
教員のことも「レベルの低い奴ら」と批評する彼を、
じゃさしずめお前は教授ってとこか、と誰かが言いだしたのが始まりだ。
そう、トレインが批評しまくるのはリリーの前だけではない。
四六時中、誰に対してもそんな感じだ。
もちろん好かれている訳がない。
「…大丈夫?」
「…大丈夫じゃない、と言いたいとこですが」
全然大丈夫じゃないが、リリーは逃げられないのだ。
婚約者とかいう呪いがあるのだから。
逃げたら猛然と追ってきて、捕まってイキイキと批判されまくる未来しか見えない。
「…コニーズ、放課後は空いてる?」
「ええ、一応、たぶん」
トレインに捕まらなければ。
「私の部屋にいらっしゃい」
そう言ってルイーズ教員は講義を始めたのだった。
ーーーーー
「アシスタント?」
「ええ、どうかしら」
「そんな、私のような者で務まるんでしょうか」
放課後、人に見つからぬよう極限まで気配を消しながら辿り着いたルイーズ教員の研究室にて。
にこやかに告げられたのは「私のアシスタントにならない?」との申し出であった。
この学園には教員のアシスタント制度があり、
成績優秀な者や高位貴族から選ばれることが多い名誉な役職である。
アシスタントらしく雑用もあるが、
その分、担当教員の研究室の隣にアシスタント用の個室があったり、
教員用の食堂が利用できたりとメリットもある。
もちろん卒業時や就職時にも有利な肩書になる。
「この間のコニーズのレポート、
良かったわよ。
いつも成績もいいし、資格はあると思うわ」
試験については、成績が出ると同時にトレインに提出する義務があり、
成績が悪いとしこたま批判されるので、回避のために勉強しているので高得点なだけだ。
ちなみにトレインの成績は知らない。
「それにね」
ルイーズ教員は頬杖をついてリリーを見る。
「コニーズはホークから離れる時間が必要だと思うわよ」
ホーク、とはトレインの家名である。
「アシスタントになれば仕事を理由に別行動できるでしょう。
個室もあるし、教員棟にはコンシェルジュがいるから用なく入れないし」
食堂も別棟のため、トレインに捕まるタイミングを大幅に減らせる。
「先生…!」
冗談ではなく涙を浮かべて喜ぶリリーを見て、
ルイーズ教員は心底かわいそう、といった表情だ。
「コニーズ…婚約解消はできないの?」
「心からしたいですけど、
父は動いてくれないと思います」
「どうして?娘が苦しんでいるのに?」
「いえ、トレインのお父様もあんな感じなんです。
初めての顔合わせの際、
もう、ものすごい口数でトレインと私の婚約の正当性と、
それを受けないことがどれほど非常識かをこれでもかと喋り倒してきまして」
「うわ」
「父が私を盾にして逃げたんです。
『どうぞどうぞ!』って」
「なんということ!」
「婚約が結ばれてからは満足したのか、
トレインのお父様はこちらに何も言わなくなりました。
父としてはこのまま私を生贄にホーク家に差し出し、
自分は関わり合いになりたくないんじゃないかと」
現に何度かトレインの言動についてもう無理だと嘆願したことがあるが、
目を泳がせて生返事ばかりだった。
もちろん何もしてはくれない。
「非情な…!」
ルイーズ教員ではない声が後ろから聞こえてきた。
「ああノア、来てたのね。
紹介するわ、私のもうひとりのアシスタント。
ノア・アヴィントンよ」
存じ上げております…!
ノア・アヴィントン侯爵令息はリリーの学年の有名人だ。
身分も高いし容姿端麗だし、成績はどうだか知らないが教員棟に入り浸っているから、
誰かのアシスタントだろうと噂されていた。
将来有望な人気男子学生である。
「アヴィントン、こちらリリー・コニーズ。
新しくアシスタントになってもらうことにしたわ」
「ああ、話は聞こえてました。
コニーズ嬢、よろしく頼む」
案内する、とノアに連れられ、
アシスタント室と教員棟設備、またルイーズ教員の雑用内容について教えてもらった。
仕事は結構量がある。
でまかせではなく仕事を理由にトレインから逃げられそうだ。
「ああ、これで息ができそうです」
「それほど辛いのか、婚約者との時間は」
「ええまあ、はい」
なんと哀れな…
とノアが小声でつぶやいた。
アレ、もしかして同情してくれた?




