二番目にしかなれない私
二月二十二日、侯爵家の次女……すなわち二番目の女児として、この世に生を受けた私。
今度こそ男児をと祈っていた父は、私の性別を聞いて大層がっかりしたそうだ。
私は女性にしておくには惜しいと言われる頭脳と、女性の武器とも言われる美貌を授かったが、どちらにおいても一度も一番になったことはなかった。
女学校時代には、優秀な自分よりもっと優秀な……百年に一人の天才と呼ばれていたライバルに常に勝つことは出来なかったし、美しいはずのこの顔は、絶世の美女と褒め称される姉と並べば霞んで見えた。
ならば別のことでと、手先の器用さや運動神経を活かした習い事に励む。が……自信のあったピアノは、コンクールではいつも二位。絵画も刺繍もダンスも何もかも。運の悪いことに、いつもどこにでも自分より上がいた。
「また一番になれなかったのか」
「あともう少しなのに……どうしていつも二番なのかしら」
もはや悪意すらない両親の口ぐせに、そんなの私だって知りたいわと内心ため息を吐いていた。
姉が隣国の王太子に見初められ嫁いだ後、我が国の王太子の妃選びも始まり、父は私を正妃とするべく動き出した。
推薦された令嬢達の内、有力な正妃候補は、宰相の娘で侯爵令嬢である私ともう一人。王家の血を引く、公爵令嬢ビアンカ様だった。
たおやかで気品溢れるそのお姿を初めて見た時、私は、ああ……どうせまた二番だろうなと思っていた。
ところが父や若い大臣らを中心とする革新派の勢力は想像以上に強く、ビアンカ様を推す保守派の王族らとは膠着状態が続いていた。内乱を避ける為、王が悩んだ末に下したのは、一旦二人とも側室として入宮させ、王太子との相性や妃としての資質を見てから、改めてどちらかを正妃にするという決断だった。
これはきっと、人生で一番大事な試験でありコンクールであり闘いの場だ。もし二番になったら……自分は一生惨めな側室として生きていかなくてはならない。
「今度こそ一番になれ」と、耳と胃に穴が空く程突かれながら、私は生まれ育った侯爵家を後にした。
広い後宮には、私とビアンカ様たったの二人。挨拶を交わし、背を向けると、長い廊下の両端に用意されたそれぞれの部屋へ向かう。代々の側室達が暮らしてきた部屋が、ズラリと並ぶ廊下を歩きながら考えていたのはただ一つ。一晩ずつ正妃候補の部屋を交互に訪れる予定の王太子殿下に、どう自分を売り込むかということだけだった。事前に調査しておいた性格、趣味、嗜好など。それらを踏まえて、殿下が心地好いと感じられる居場所を提供しなければならない。
予想はしていたけれど……私の元へいらっしゃるのは、ビアンカ様の後。つまり二番目という不利な状況になってしまったのだから、余計に頑張らないといけない。
二日目の夜、ついに私の部屋にいらっしゃった王太子殿下は、緩いトラウザーズの上にガウンを羽織っただけの姿で。確か額の上にきっちり上げられていた髪はパラパラと落ち、欠伸ばかりする眠そうな額にかかっている。
入宮までに公式の場で何度かお会いしたことはあるものの、緊張のあまり容姿はそんなに覚えていない。ただ豹のような目をした隙のない男性という印象は残っていた為、この無防備な隙だらけの姿には驚いてしまった。
男の人は、夜になるとみんなこんな感じなのかしら……
初めは緊張で固まっていたけれど、酒を注がれるままに一杯……二杯と進む内に、あの気合いはどこへやら。すっかりくだけた雰囲気になってきた。当たり障りのない殿下の質問に、はい、いいえと丁寧に答えていた自分はもうどこにもいない。殿下の気さくな反応が心地好く、自らペラペラと喋り出してしまった。
二番目ばかりの人生を愚痴交じりで語れば、ははっと声を上げて笑う殿下。つい、「笑いごとじゃありませんよ!」と貴い肩を叩いてしまった……気もする。それでも殿下は怒るどころか、誰にも話したことがないという、王太子の重圧や苦悩を打ち明けてくださった。
酔いが回りふわふわした視界に映ったのは、今まで会った中で一番眩しく、美しく……そして豹というよりは、猫みたいに可愛らしい男性だった。
不敬罪を覚悟していたのに、何故か殿下は私のことを気に入り、夜だけでなく朝も昼も、時間を作っては会いに来てくださった。
「二番目の美女に会いに来たぞ」とか、「二番目のピアノを聴かせてくれ」とか、実に楽しそうな顔で私をからかいながら。素直に怒ったり拗ねたりしてみせれば、更にぱっと輝く笑顔に、これが彼の心地好い居場所なのだろうと思い始めていた。そして私も……彼と同じ気持ちであると。
入宮してから僅か二ヶ月後、私は妊娠した。殿下はもちろん、父を始めとする革新派は大喜びだったけれど、私は素直に喜べなかった。何故なら……私は殿下だけでなく、ビアンカ様のことも大好きになっていたから。
ビアンカ様は容姿だけでなく、その心根が大変美しい方だ。この方が将来国母になったら、民は皆幸せになれるだろうと思わずにはいられない。
私の妊娠が判明した時も……
「私は身体があまり丈夫ではないので、殿下の御子を生すことに不安と重荷を感じていたのです。ありがとうございます」
と、お礼まで言われてしまった。
表面上は取り繕っても、普通なら妬み嫉みの感情が漏れてしまいそうなものなのに。彼女はむしろ、大きな器から清らかな水をたっぷりと注いでくれている気さえする。もし逆の立場だったら……と考えると、彼女には到底敵わないと思った。
覚悟して後宮に入った以上、訊いてはいけないし訊こうとも思わなかったけれど。女の勘では、殿下とビアンカ様の間には、男女の関係はないように思えた。だけどお二人のご様子からは、深い信頼関係が窺える。私が殿下を癒す寵姫であるなら、ビアンカ様は玉座を支え守り抜くパートナー。殿下はそんな風に思われているのではないだろうか。
もし子を宿した私が正妃になり、ビアンカ様に今後も子が望めないとしたら、彼女の肩身は狭くなる。正妃としての資質も器量も、子を宿しただけの自分なんかより余程優れている彼女を、後宮のお飾りにすることは罪だ。それならば……と、私は殿下に素直な想いを伝えた。
正妃の座は、自分には荷が重いと────
「正妃になる機会を自ら手放すとは……! 一体何故ですか!? ああ……今度こそ一番になれたのに。万一ビアンカ妃に御子が出来たらどうなさるおつもりですか!?」
父にはそう嘆かれ責められたが、私は何も後悔していなかった。二番になってしまったのではなく、初めて自分の意思で、二番になったのだから。
“二番目” の暮らしは幸せだった。
年月が経っても、殿下は私を変わらず愛してくださり、私も変わらず殿下をお慕いしている。心も身体も、ありのままを重ねられる唯一の居場所だった。
王太子妃になったビアンカ様も、側室である私に変わらず優しくしてくださり、今では仲の良い姉妹のような存在となっていた。私が産んだ二人の王子と一人の姫のことも、我が子同然に可愛がってくださり、子供達もビアンカ様をもう一人の母と慕っている。一緒に子供達を抱いて庭を散歩する光景は、後宮の平和の象徴だと侍女達がよく口にしていた。
どんなに愛されていても、優しくされていても。側室である私は、あくまで側室だということを忘れてはならなかった。一国の王太子とその正妃である二人。その中に入ることはもちろん、ほんの僅かでも前に出たり隣に並ぶことは許されないのだと。
それが二番目を選んだ私の歩き方であり、歩くべき道だった。
後宮内のどんな小さなことにもビアンカ様の指示を仰ぎ、“王太子殿下の御子” である子供達の教育も全てお任せした。殿下が常にビアンカ様を立て、私をちゃんと側室として扱ってくださったからこそ、私達の関係は円満だったのだろう。
国王陛下が崩御し、王太子殿下が新しい王として即位されてから二十年の月日が経った頃、ビアンカ様は体調を崩し寝込まれることが多くなった。
“あの時二番を選んだ分、今度は私を一番にしてください”
寝台の上で段々弱っていくお姿を見る度に、私は神に強く祈った。
────沢山お喋りをした御部屋、妃達のささやかな楽しみであるお茶や食事を共にしたテラス、移りゆく景色を見ながら歩いた庭。
ビアンカ様との想い出が詰まった場所を見る度に、涙が溢れてしまう。
今までのどんな二番よりも辛い二番目。私はこの時初めて、自分を一番に選んでくれなかった神を恨んだ。
五年後、今度は陛下が病に倒れた。
「二番目でも辛いのに、絶対に三番目にはしないでくださいね」
そう不満げに言えば、初めての夜のように、ははっと笑う貴方。私は「笑いごとじゃありませんよ」と呟きながら、痩せた額にかかる愛しい白髪をそっと横に分けた。
初めて三番目になってしまった夜、私はもう泣くことも出来ない程空っぽだった。
せめて二番目がよかったのに……ずっと二番目ならまだ納得出来たのに。
国王の生母として、実質この国で一番目の地位を手にしても、私は少しも嬉しくはなかった。
初めて自ら二番になったあの時、お腹にいた息子。その子が王に即位して二年目、王太子妃が二人目のひ孫を妊った二月二十二日に、私は天へ駆け昇った。
走って、走って、必死に走って。三番目にやっと辿り着いたそこには、一番に到着したビアンカ様と、二番の貴方が迎えに来てくれていた。
「三番目にしてしまってごめんなさい」
「三番目の走りっぷりは最高だな」
優しく微笑むビアンカ様と、楽しそうにからかう貴方。若い頃と変わらぬ姿の二人に、私は飛び込んだ。
抱き合い、手を繋ぎ、こうして虹の橋を並んで渡れば、もう順番なんて関係ない。
こんなにも愛しい人達に出逢えた私の人生は、とてもとても幸せだったから。
ありがとうございました。
* タイトル画作製・あき伽耶様 *