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9話 決着

 双子月の幽玄な光を背に、巨躯を誇る剣の大悪魔が佇む。

 その存在感は、愛菜に絶望的なまでの圧迫感を与えた。


 己の変化を試すため剣を一振りする。

 かつて人の姿をしていた頃とは比べ物にならない切れ味で、彼は剣を軽々となびかせる。

 その姿は、圧倒的な強さを顕示するものだった。


 視線が愛菜に向けられた瞬間、赤水晶のような輝きを放つ大剣が閃く。

 一瞬の間もなく、愛菜の眼前へと迫る。


「ぐっ!」


 間一髪で刃をかわす愛菜。

 しかし、一瞬の油断が命取りとなると悟り、背筋に寒気が走る。

 一歩遅ければ、顔面が真っ二つにされていたかもしれない。


 容赦ない剣戟が次々と繰り出される。


 いずれも必殺と呼ぶに相応しい剣閃。

 愛菜は必死に避け、または爪で弾き、なんとか致命傷を回避する。

 しかし、剣の大悪魔の姿が再び消えてしまう。


「ああっ……!」


 気づいた時には、愛菜の息が止まっていた。

 僅かな間に彼の剣が胴体を横断していたのだ。


 人であれば絶命した一撃。

 だが、傷はすぐに修復される。


「ふ、ふふ、無駄な抵抗だ」


 恐ろしい相手だが、再生能力は十分に役立つことを理解した。

 その事実を確認した愛菜に、若干の余裕が戻る。

 先程まで感じていた圧倒的なプレッシャーは、錯覚だったのか?とすら感じるほどに。


 だが油断できる相手ではない。

 愛菜は意を決して戦いを再開する。


「なかなか面白い生命力だな」


 これまでの慧とは全く異なる、余裕に満ちた口調で剣の大悪魔は語る。

 その余裕こそが、彼の真の強さを物語っていた。


「その生命力があれば、今の弱った俺なら殺せるかもしれないぞ」


 挑発めいた言葉を残し、剣の大悪魔は再び愛菜に接近する。

 愛菜も間合いを詰めるが、今回は攻撃を合わせてくる。

 赤い剣と黒い爪が激しくぶつかり合い、火花を散らす。


 常人の視界では捉えきれない速さで繰り広げられる戦闘は、周囲を破壊の渦へと巻き込んでいく。


 大地は深くえぐられ、鋼鉄製の機材は粉砕され、工場の壁は崩れ落ちる。

  戦場となった空間は、まるで地獄絵図の如く様変わりしていく。


 火花は雨のように降り注ぎ、煙が辺りを覆い尽くす。

 凄まじい音響は耳を聾させるほどで、会話も不可能な状況だ。


 愛菜と剣の大悪魔は、この混沌の中で互いの命を懸けて激闘を繰り広げる。


「ウフフ、フッフッフ、これ忘れちゃだめだよ?」


 不気味な笑い声とともに、指を動かした愛菜。

 すると、周囲の物質がまるで生き物のように慧に襲い掛かる。

 先程の糸を使った物量攻撃だ。


 最悪を防ぐため、動けなくなる程の代償を支払わせた攻撃。

 今の姿であっても、まともに受ければ相応の被害を受けかねない。

 だが、剣の大悪魔の態度は悠然とした物であった。


「それは見飽きた」


 剣の大悪魔が呟くと、理を外れた権能を行使する。


 ──幻夢刃 火ノ剣(ラーヴァル)


 権能の行使と共に赤水晶の剣は消え、影のような黒く透き通る剣が現れた。

 それを握ると、一瞬で燃え盛る炎を纏った剣へと変化する。


 一振りされる炎の剣は、赤い軌跡を残し愛菜の糸を焼き払う。

 今にも剣の大悪魔へと迫らんとしていた物質達は、力なく地面へと落ちた。


 さらに剣の大悪魔は紅蓮の炎を纏う剣を手に、愛菜へと切り掛かる。

 だが愛菜は爪で弾き、後ろへと跳ぶ。


「もっと後ろに逃げなくていいのか?」


 剣の大悪魔は嘲笑しながら、 火ノ剣(ラーヴァル)を振るう。

 獣が獲物を追うかのような炎が愛菜へと襲いかかる。


 炎で視界が奪われた瞬間、愛菜は振り返りざまに……己の背に向かって爪を振るった。


「勘がいいじゃないか」


 炎を目眩ましとし、背後へと回っていた剣の大悪魔は不気味に笑う。


「ふふふ、後ろから女の子を斬りつけるなんて、ヒーローっぽくないよ」


 人の姿をしていた頃とは明らかに違う戦い方だ。

 冷徹なまでに合理的な攻撃は、殺しのみを目的としているもの。

 ヒーローのような守るための戦い方とは正反対のものだ。


「俺がヒーローに見えるか?」


 数合斬り合い、無数の火花を散らした後、互いに距離を取る。


「全然♪」


 愉快そうに笑う愛菜に、剣の大悪魔もまた小さく微笑んだように見えた。


 炎の剣と爪が激しくぶつかり合う。

 もはや、この場に弱者などいない。

 強者と強者、人間であれば一瞬で肉片に出来る怪物達の戦場だ。


 愛菜の黒い爪が、剣の大悪魔の紅蓮の剣を弾き返すと、火花が四散し辺りを照らす。


 剣の大悪魔は素早く間合いを詰め、再び剣を振るう。

 愛菜は爪で受け流し、カウンターの一撃を繰り出すも、剣の柄で軽く叩かれて逸らされると、更なるカウンターを重ねられた。

 だが愛菜は容易くかわす。


 二人は互いを翻弄し、一瞬の隙を見逃さない。

 周囲の機材は粉砕され、壁は崩れ落ちる。


 愛菜の糸が慧を絡め取る。

 しかし、慧は炎を纏う剣で糸を焼き払い、愛菜へと迫る。


 愛菜は後退しながら、再び爪で攻撃を繰り出す。

 慧は剣を振り回し、愛菜の攻撃を全て弾き返す。


 二人は互いの技を極限まで高め、戦場は熱狂の渦に包まれていた。

 しかし、その興奮も唐突な言葉によって打ち砕かれる。


 剣の大悪魔は、愛菜から距離を置くと、静かに語り始める。


「さて、バッドエンドの時間だ」

「気が早いねぇ。もう勝ったつもりなんだ」


 愛菜は軽口で返す。

 しかし、その言葉はすぐに愚かな行為であったことを悟ることになる。


 剣の大悪魔の全身に幾何学的な紋様が浮かび上がる。

 それは、召喚を無理やり奪った際に、世界の理から施された封印の証だった。


 長く戦い続けたため、大悪魔の力を抑えきれなくなった封印に綻びが生じていたのだ。


「なんなの、そんな封印されて……生きているなんて」


 圧倒的な力に、愛菜は言葉を失う。

 強大な封印から漏れる力は、大悪魔にとっては僅かでも、他の生物にとっては絶望的なものだった。


「名残惜しいがお別れだ」


 大悪魔から漏れていた力が安定する。

 神々しいまでに輝く封印の紋様が無ければ、この周辺は跡形も残っていなかっただろう。

 膨大な力は、彼がもたらす災厄の大きさを物語っていた。


「……化け物」


 愛菜が零した一言。

 人からすれば抗うことすら難しい化け物すら、手が届かぬ化け物と評する怪物。

 その力が、バッドエンドに向かって解き放たれる。


 ──幻夢刃 風ノ剣(リーロゥ)


 炎に包まれた剣が消えた瞬間、半透明な影のような剣が現れる。

 柄を握り締めると共に、実体化して現れたのは薄らと緑色の光を放つ剣。

 周囲に穏やかな風が流れ始める。


「足掻け、藻掻け、それが出来ぬのなら死ね」


 大悪魔の言葉と共に、風は暴風となり愛菜を襲う。

 だが暴風すら置き去りにする速度で、剣の大悪魔は愛菜の背後に回り込んだ。


 愛菜の視界がズレていく。

 胴体が横一文字に両断され、体がズレていく。


 しかし、桁外れの生命力を持つ愛菜の体は繋がるように元へと戻ろうとする。


 振り返ろうとすると、背後へ立った大悪魔と目が合う。

 重なった視線から、大悪魔の意思が伝わってくるような錯覚を抱く。

 それは、『どれだけ切り刻めば死ぬのか試してやろう』という、残酷な実験への誘いだった。


 大悪魔は右足を強く踏みしめる。

 その圧力に、足元のコンクリートが砕け散り、宙に舞う。


 ──剣技 烈


 右腕のみで振るわれる高速の斬撃が、愛菜に襲いかかった。

 視認不可の高速の剣戟が無数に繰り出され、周囲に流れていた風が集まり、竜巻へと姿を変える。


 影すら捉えられない超速の斬撃は、愛菜を切り刻み、肉片へと変えていく。


 再生は許されない。

 あまりにも剣速が早く、再生が追い付かないのだ。


 逃げることも出来ない。

 集まった風が、今や竜巻の檻となり愛菜を閉じ込めているのだから。


 やがて竜巻は、愛菜の血により赤く染まる。

 肉片一つ、血の一滴すら逃さない風の檻は、やがてミキサーのように愛菜だった欠片を擂り潰し始めた。


「これでバッドエンドだ」


 大悪魔は、僅かに手を止め、構えを変える。

 剣を地面から真っ直ぐ天へと振りぬいた。


 赤い竜巻は真っ二つになり、辺り一面に血の雨が降り注ぐ。


 血の池を見下ろす大悪魔。

 これだけ切り刻めば、さすがに復活は出来ないようだと結論付けると、手にした剣を消す。

 そして再度、赤水晶の剣を顕現させた。


 周囲を見回し、特に戦闘の被害の多かった場所へと移動する。


 そこで空間を歪めるほどの魔力を剣に込め、慧は一振りを繰り出す。

 黒い水が空気に溶け込んでいくように、周囲の風景が滲んでいき、月檻は崩壊を迎えた。


 双子月の世界に作られた愛菜のための世界、月檻。

 主を失った蜘蛛の巣は、もはや維持すら困難な状態だった。

 そこに大悪魔の力が加わったことで、完全な崩壊へと追い込まれたのだ。


 崩壊する世界から出た先は外。

 薄暗い工場が並ぶ、愛菜がアラクネの姿に戻った場所だった。

 どうやら、月檻から出ると最初にいた場所に出るようだ。

 時間も変わっていないようだった。


 この辺りは、普通の双子月の世界に入った場合と明らかに違う何かを感じさせる。


 慧が愛菜に誘拐されて運ばれた工場へと足を踏み入れる。

 そこは、まるで小さな爆発事故でも起こったかのような惨状だった。

 激しい戦いの痕跡が、工場の荒廃をより一層際立たせている。


 それでも月檻での戦いに比べると、まだマシな状況ではある。

 おかげで、工場機械の上に置き忘れたメガネも比較的早く見つけることができた。


 ここは、愛菜の餌場であり、人骨すら放置されていた場所だ。

 十中八九、心葉はこの場所に捕らわれているはず。

 そのように考え、心葉の捜索を開始する。


 自分の体を確認しながら、工場内を歩く。

 剣に生命力を限界以上に注ぎ込んだおかげで、怪我がほぼ完全に回復している。

 もしかしたら、大悪魔と融合した影響なのかもしれない。


 寿命が縮むほどに生命力を注ぎ込んだが、その影響もなさそうだ。

 やはり、大悪魔との融合が原因なのだろう。


 心葉は、工場の奥にある鉄パイプで囲まれた場所に閉じ込められていた。

 愛菜が、牢屋代わりとして作ったのかもしれない。


 彼女の呼吸を確認し、安堵の気持ちが胸を満たす。

 しかし、愛菜は丸一日は意識が戻らないという毒を使ったと言っていた。

 念のため、最低限の治療を行っておくべきだろう。


 とはいえ、できることといえば、ルーヴァルアの治癒能力を使うぐらいだ。


 ──幻夢刃  聖剣(ルーヴァルア)


 黒い影のような剣が現れ、それを握ると中程で折れた薄らと青く光る剣へと変化した。


 だが、剣は修復されていく。

 まるで蜥蜴の尻尾が高速で再生されていくかのように。

 


 やがて本来の姿に戻ると、剣先を心葉の腹部に当て、治癒能力を発動させた。


 完治は難しいだろう。

 本来は自分に使う力であり、他人に使う場合は応急措置程度しかできないのだから。


 早く病院に連れて行った方が良さそうだ。

 そう考え、心葉を背負って工場を出ようとしたその時、外に違和感を感じた。


 戦いの痕跡が刻まれたこの場所に、1組の男女が現れた。

 足音を殺し、闇に紛れるように移動する彼らの姿は、明らかに訓練を受けた者たちであることを示していた。


「戦闘痕か」


 聞こえてきたのは、聞き覚えのある少年の声。


「かなり激しい戦いだったみたいね。」


 少女の声も、聞き覚えがあった。

 顔を確認せずとも、慧には分かった。2人は健太と真由だ。


 なぜ、あの2人がこの場に現れたのか。

 疑問は消えない。


 訓練を受けたプロだと考えるべきだろう。

 それでも、お友達だからという理由で、甘い対応をしてもらえるかもしれない。

 だが、あの2人の関わり合いの組織に連絡が行かないのを期待できるほど、慧は頭がお花畑ではない。


 息を潜め、2人の動きを窺う。

 心葉を連れて工場を出るのは難しそうだ。

 しかし彼女を置いて、自分だけが逃げるわけにもいかない。


 天井を見上げる。

 所々穴が開いており、傷んでいるのが分かる。

 これなら悪魔の姿になれれば、心葉を連れていても、空から逃げられるかもしれない。


 しかし力はほとんど残っていない。

 それに力が増す双子月の世界だったからこそ、変身できた気もする。

 変身は期待しない方がいいだろう。


「こっちに人の反応があるわ」


 多分、見つけたのは心葉。

 あのゴーグルを真由が弄ったあとで声を発した。

 なら、人を発見する装置なのかもしれない。


 慧が発見されなかったのは、運か別の要因か?

 いずれにせよ近付き過ぎるのは危険だと判断し、距離を置くことにした。


 やがて心葉の寝る部屋へと2人は足を踏み入れる。


「牢屋代わりか……心葉っ!」

「大きな声を出さない」


 健太が声を張り上げたのを真由が注意をすると、すぐに謝罪をする。

 この辺りは、学校にいるときと同じ。

 学校でのやり取りが、全て演技というわけではないと感じられ、少しだけ慧は安堵する。


「少し離れなさい」

「でもよー」


 心葉に近づくと、2人で状態を確認しようとしたが咎められた。


「気を失っている女の子の顔を覗きこむのは悪趣味よ」

「うっ、わぁったよ。俺は周りを警戒する」


 気まずそうに、頭をかきながらその場を離れる健太。


「そうしてちょうだい」


 彼の様子に大して興味を抱くでもなく、心葉の様子を確認する。

 腰のポーチから取り出した道具を心葉に近付けている。

 暗くて表情はよく見えないが、なんとなく真剣な目をしている気がした。


「救護班が来たら、早めに撤退するわよ」

「おう」


 一瞬、健太の目がこちらを見た気がした。

 気付いているようだ。何者かがいることを。


 だが来ない。

 断言はできないが、恐らくは報告はされるだけだろう。


 心葉を任せるか悩むも、今の自分に出来ることはないと判断を下す。


 後のことは2人に任せ、慧は静かにその場を後にした。

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