5話 捜索
日常が過ぎていく
愛菜は、心葉に積極的に話しかけるようになった。
とはいえ朝や帰りの挨拶程度だが。
それでも、転校してきたばかりのころと比べると、関係は遥かに進歩したと言えるだろう。だが何日か過ぎた頃、日常に影が落ちる。
昼食の時間。
健太が真由に尋ねる。
「あの2人、今日も休みか。なんか知らねえ?」
真由は、健太の言葉に、一瞬だけ呆れの表情を見せる。
だが、それはすぐに消えた。
「先生が言葉を濁したの気付いてないの?」
真由の言葉に、健太は表情を曇らせた。
「ハッキリ言ったわけじゃないけど多分……行方不明って……」
行方不明という衝撃的な事実:
その言葉は、思いのほか教室に響いた。
今まで行方不明になっていたのは、いずれも学校で評判の悪かった生徒たちだった
だが今回は違う。
心葉と愛菜は、普通の生徒だ。
この事実が、行方不明事件が身近な物であると、生徒達に感じさせるのに十分であった。
「二人の、どっちかの家って知らねぇか?」
真由は、愛菜と心葉の自宅を知っていることは知っている。
しかし、彼女たちが行方不明だった場合は、家族に余計な心配をかけてしまう。
「やめておきなさい。家族の方に負担を掛けるだけだから」
トーンを抑えた声は重く、健太にそれ以上の追及を許さなかった。
その雰囲気を持ったまま、慧に目を向ける。
「慧、あなたなら無茶をしないだろうけど。探そうとか思わないでね」
真由の目は真剣だった。
心の奥を睨みつけるかのような、息を飲み込んでしまうような迫力がある視線だ。
「大丈夫。ケンカも出来ないくらいに弱いからね。変な事はしないよ」
苦笑するかのように、そう伝えるも、真由の目付きは変わらない。
「あなたは、どこか危うい所があるの。越えてはいけない一線を、冷静なまま超えちゃうような……」
健太は、真由の言葉に同意するように頷く。
「確かに、そんな所あるよな」
慧は、健太の言葉に苛立ちを感じる。
自分が危うい存在だと言われることに、反発してしまう。
しかし、真由と健太の言葉に、どこか納得している自分がいるのも事実だった。
「……気を付けるよ」
一言、そう伝えると、それ以上話す気はないと、食事を再開した。
警察の捜索にもかかわらず、行方不明者達の足取りは杳として知れない。
心葉と愛菜は、その事件に関係しているのかも分からない。
だが、彼女達の両親に確認を取る気にはならなかった。
もしも行方不明であるのなら、さぞ心配しているであろうことは予想できたからだ。あまり負担を掛けるわけにはいかない。
放課後、慧はいつもより早い足取りで家路についた。
行方不明者続出の影響で、授業が早々に切り上げられたのだ。
街全体を覆う不穏な空気を感じながら、慧は心のどこかで焦りを感じていた。
自宅に向かって、自転車を走らせながら考える。
現状、行方不明者は7名。
心葉と愛菜の2人を除けば、残りは学校で評判の悪かった者達。
慧に絡んできた、あの不良グループの者達だ。
彼らは日頃の行いが悪過ぎた。
学校をさぼっているだけではないか?
そういった推測により、行方不明者として認定されるのが遅れた。
この結果、対策を打つのが遅れ、行方不明者が増えてしまった……などという報道がされている。それらは根拠が曖昧な情報に基づいた、無責任な憶測でしかない。
茶番だ。
いい歳をした大人が、死んだ人間を蹴飛ばして金儲けをするための三文芝居。
慧には、真剣な表情でなされる報道が滑稽にしか思えなかった。
ここまで考えたとき、冷静な自分が思考にストップを掛ける。
『……なんで死んでいると思ったんだろう?』
死んだと感じているのではなく確信していた。
それに、そう思うだけの根拠が先程まで頭の中に存在していた気もする。
一瞬、自分が二重人格で何かをしたのではと考えもした。
だが、そんなドラマのような展開など、ありえないだろうと否定する。
どうしようもない胸騒ぎを感じる。
ここ数カ月、何故か鋭くなってきている感覚が、この事件を無視してはいけないと告げている気がしていた。
信号機に気付き、自転車を一端止める。
感覚が鋭くなっているせいだろうか?
自分を見続けている視線を、学校を出てからずっと感じていた。
誰かは分からないが、なんとなく健太か真由ではないかと感じてはいる。
もしも彼らであるのなら、下手に撒けば変な疑いをもたれるかもしれない。
素直に家に帰って、それから動いた方がいいだろうと慧は判断する。
慧は自宅に辿り着いてから、しばらく大人しくしていた。
ただし、家にいたのは1時間ほど。
さすがに一般人の慧を、ずっと監視している理由を持つ者などいるはずがないのだ。慧は自転車で外に出ると、そのまま走り去った。
どうしようもない胸騒ぎがあるのだ。
慧は、気持ちに流されるまま、街の西にある工業地帯を訪れていた。
なぜか、無性にここが気になるのだ。
近くの図書館に、自転車を置いて歩く。
具体的に、どこに向かえばいいのかは分からない。
歩き始めた頃は、機械音が響いていたが、やがて静寂が支配を始める。
錆びついた鉄骨が林立する工業地帯を歩きながら、不穏な空気を感じていた。
足元には、砕けたコンクリートや錆びた釘が散乱している。
時々、野良猫の鳴き声が聞こえたり、影の中に何かが潜んでいるような気配を感じたりして、慧の不安は募っていく。
だが、機械音が響く工場もいくつかあり、その存在が彼の恐怖心を慰めてくれる。
行方不明者が何人も出ているのだ。
当然、警察も動いているのだから、素人の自分が出来ることなど無いのは分かっている。
だから、これは自分の胸騒ぎを治めるためだけの行為でしかないのも理解していた。
『分かっている。僕は特別じゃない』
行方不明事件が続いているのだ。
特別ではない自分は、解決する側ではなく被害者になる側だ。
そう己に言い聞かせ、慧は再び探索を再開する。
やがて工業地帯の一角にある廃墟にたどり着いた慧は、周囲を見渡した。
その建物は、かつて工場として使われていたようだが、今は窓も壊れ、壁も崩れかけていた。
廃墟の内部は薄暗く、埃っぽい。
慧は懐中電灯を取り出し、その光で辺りを照らす。
床には、古い機械の残骸や散乱した書類が散らばっていた。
だが、ここには何も無いと判断すると、別の工場へと向かう。
2……3……いくつも工場を回っていると、辺りが茜色に染まってきた。
もう帰らなければならない。
もう少し探したいという気持ちはある。
だが、自分は行方不明者になる側なのだ。
自分が特別な存在であるなどと、思いあがってはいけない。
臆病ゆえに、慧は身の程を弁えていた。
「!?」
突如として振り返る慧。
だが、一歩遅かった。
「……えっ?」
腹部に鋭い痛みを感じると、その場所から熱が広がっていく。
力が失われていく中に見た、犯人の顔には邪悪な笑みを浮かべられていた。