4話 行方不明
学校の日常が、一夜のうちに音を立てて消えた。
陽気なざわめきや教室の笑い声は、不気味な静寂に取って代わられていく。
生徒たちの表情には暗い影が被さるようになり、血の気が失せていった。
誰もが口には出さない。
だが、同じ恐怖を共有している。「また、一人消えたのか?」と。
徐々に誰かが消えていっている。
行方不明者が出れば、それだけで大きな問題となるものだ。とうぜん、警察による捜索が行われる。
だが、見つからない。
しかも消えたのは1人や2人ではない。
すでに4人だ。
「またか…」
教室の隅で、誰かが呟いた。
それは、ただの噂話ではなく、現実の恐怖として受け止められ始めていた。
行方不明になった生徒たちの席は、空虚なまま。
他のクラスでも、似たような状況だ。
あったはずの陽気なざわめきや教室の笑い声は減り、代わりに校舎に不気味な静寂が降り注いでいる。
薄暗い廊下を、カウンセラーと責任者教師が重い足取りで歩む。
「あの事件について、お話したいのですが……」
カウンセラーの言葉に、責任者の教師は暗い表情でうなずく。
「……まだ犯人の特定には至っていないようですね。」
「はい……生徒たちの不安は日に日に高まっています。」
「……そうだね。私も心配している。」
カウンセラーは、沈み込んだ声で言葉を続ける。
「特に、行方不明になった生徒たちのクラスメイトは、強いショックを受けているようです。」
「……私も、そう聞いているよ。彼らの心のケアも力を入れないといけないだろうね」
責任者教師は、力なくそう答える。
薄暗い校舎の影が、二人を嘲笑するように蠢いていた。
薄暗い教室に、張り詰めた空気が漂っている。
愛菜は、一人机に座り、ノートを眺めていた。
周囲の生徒たちは、彼女に意識を向けている。
決して視線を向けていることを悟られぬよう、ただし小さな声で親しい者同士で囁くように言葉を交わしながら。
「……やっぱり、あの子だよね。」
誰かの声が、小さく響く。
「……だって、いつもアイツ、いなくなった子達に絡まれていたでしょ」
「いなくなった子が、みんな絡んでいた相手って……ねぇ」
囁き声が、教室の隅々にまで広がっていく。
そのとき椅子を引く音が教室に響いた。
一人の少女が愛菜の元へと歩いて行く。
奇妙な物を見るような、クラスメイト達の視線が向けられるも、それに動じないよう胸を張って。
心葉は、愛菜へと告げる。
「ねぇ、愛菜。一緒に遊びに行こうよ!」
明るく活発な心葉の声は、重苦しい空気を一刀両断するような力強さを持っていた。
思わぬ救いの言葉に、大きく目を見開く愛菜。
だが、すぐに目を伏せてしまう。
「あ、ありがとう……でも、迷惑をかけちゃうから」
「私が愛菜さんと遊びに行きたいと思ったから、声を掛けたの。だから私に付き合わされる愛菜さんが、私に迷惑を掛けられるんだよ」
満面の笑みを浮かべる心葉。
その表情は、この鬱積とした教室の雰囲気を吹き飛ばすように感じられた。
「街に行くんなら、僕も付き合わせてもらっていいかな? 少し買いたい物があるんだ」
慧が、話に乗ってくる。
優しい笑みを浮かべながら。
「じゃ、俺も行くぞ。最近、遊んでないからな。あっ、でも父ちゃんにドヤされるから、暗くなる前に帰らねぇとだけどな」
「なら、アタシも行こうかな」
健太と真由美だ。
先程まで暗かった教室には似付かない、元気と言い表せる笑みを浮かべていた。
自分に声を掛けてきた4人を前にしても、愛菜が顔を上げることは無い。
だが、先程までとは視線を降ろしている意味は違う。
「……ありがとう」
俯いた彼女は震える声で、そう告げることしか出来なかった。
放課後。
青空が広がる街を、心葉たち5人は並んで歩いていた。
愛菜は、まだ少し緊張している様子だったが、心葉の明るい笑顔に誘われて、徐々に表情を緩めていく。
「ねぇ、愛菜さん。あのお店、前から気になってたんだけど、一緒に行ってみない?」
心葉は、愛菜の手を取り、商店街の奥にある小さなカフェへと誘う。
カフェの店内は、甘い香りに包まれていた。
愛菜が注文したのは、心葉に勧められたチョコレートケーキとカフェオレ。
ケーキを一口食べると、濃厚な甘味が口いっぱいに広がった。
「美味しい! ねぇ、どう?」
心葉は、思わず笑顔を浮かべ、愛菜に訊ねる。
「う、うん。美味しい、かな?」
ギコチナイながらも笑顔を見せる愛菜。
女子3人の話が弾む。
だが、場に入れない健太は後悔していた。
とてもではないが、女子の会話に割り込む勇気はない。居心地の悪さを感じながら、この店に入るとき、自分の買い物があるからと、場を辞した慧に軽く恨みを向けていた。
カフェを出た後で慧も合流する。
もう少しすれば夕焼けが見える時間帯だ。
今は、学校から早めに自宅に帰るように通達されている。
いつまでも外にいるわけにはいかないが、それでも一行は公園へと向かった。
公園には、人がいない。
普段であれば、多少は家族連れがいるものだが、行方不明事件の影響が出ているのかもしれない。
あるはずの子供の声がしないのは、寂しい物だ。
その寂しさを隠すかのように、心葉は声を張り上げている。
これは、食後の休憩でしかない時間。
本当は必要のなかった時間でしかない。だが、カフェを出て、そのまま帰ってしまったら、愛菜が潰れてしまう気がしていた。
ブランコに座ったまま時間が過ぎていく。
徐々に夕焼けの色に近づく太陽。
だが、何を言えば愛菜を励ませるか分からない。
そのまま時間が経っていき、やがて夕焼けとなる。それでも、良い言葉は浮かばない。
「……今日は、その、ありがとう……ございました」
内気な彼女は、勇気を振り絞ったのだろう。
心葉は、笑みを浮かべ彼女の勇気に答えた。
「私もありがとう」
夕焼けの下。
5人の影は不吉さを孕んでいるように感じられた。