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五章 心中事件と最後の学級裁判

 こんにちは、小松さん、であっていますよね?

 学園生活二日目、あの女の子が話しかけてきた。いや、ボクはこの女の子を知っている。

 うん、キミは木護さんだよね?学園長の娘の……。

 そう、この声はあかねさんのものだ。確認するためにボクは声を出す。今までこの夢の中では声が出せなかったから声が出たことに驚いたけど、そんなの関係ない。

 木護さんなんて、堅苦しいからやめてください。ほら、皆と同じように呼んでください。

 こう言われた時、最初は学園長の娘を名前で呼ぶなんて……と躊躇したけど、あまりにも期待した目を向けるからボクはおずおずと彼女の名前を呼んだ。

 あ、えっと、あ、あかねさん……、でいいの?

 そう言うと、彼女は満足したように笑った。

 この時は、こうなるなんて少なくともボクは思っていなかったんだ。でも、キミは違ったんだろうね。

 キミの綺麗なその瞳には、何が映っていたんだろう?今となっては分からない。

 でも、絶望の後には絶対に明るい未来があると、ボクは信じている。だから、絶対に諦めないよ。

 だってそれが、ボクがキミに出来る、唯一のことだから。



 次の日の朝、早く起きたボクは昨日思い出したことを頭の中で再生した。うん、ちゃんと覚えてる。それに加えて、あることも思い出した。

「そうか。ボク達は……」

 どうやらさくらさんの占いは当たっているようだった。もしかしたら忘れてしまった記憶の隅にあったのかもしれない。だって、彼女の占いは本当に当たるから。

 ボクは、あかねさんのことが……。

「とりあえず、食堂に行こうかな……」

 きっと、あかねさんはもう起きているだろう。病み上がりだし、手伝いに行こうかな。そう思ってボクは食堂に向かった。



 食堂には既にあかねさんの姿があった。だけど、まだ他の人達は来ていないようだ。あかねさん自身も、まだ椅子に座ってコーヒーを飲んでいて朝食の準備はしていなかった。

「おはようございます、小松さん」

 ボクに気付いたあかねさんがヒラヒラと手を振る。何というか……優雅だ。さすが学園長の娘というだけある。

 ボクが隣に座ると、彼女は心配そうに尋ねる。

「えっと……昨日思い出した学園生活のことは覚えていますか?」

 おずおずと聞いてくるその姿に、本当は彼女も不安だったのだと思い知った。だから、ボクは笑って答えた。

「もちろんだよ。まだちゃんと思い出せないこともあるけど」

 その台詞にあかねさんは安心した顔を浮かべた。彼女がこんな表情を浮かべることなんて滅多にないから、なんだか新鮮だ。

「そういえば、ご飯は作らないの?」

 もう作っている時間なのにゆっくりしている彼女に疑問を抱いたボクは思い切って聞いた。すると、あかねさんは少し考え込んだ後、

「いや、この後いろいろあるのでゆっくり朝食を食べている時間はないんですよ」

 と言った。

「えっと……それってどういう……?」

 ボクが何のことか聞こうとすると、

「では、行きましょうか」

 突然スクッと立ち上がった彼女はそのまま歩き出す。ボクも慌てて追いかけた。

 そうして着いたところはさくらさんの個室。そういえば、あかねさん以外の個室に入ったことがなかったな。正確にはソフィさんの部屋には入ったことがあるけど、現場が個室だったからな……。

「……確か、前にも聞いたことがあった気がしますが、一応言いますね。覚悟は出来ていますか?」

 それって、確かソフィさんの遺体を見つける前の台詞だったような……。

 なんて思い出しているとあかねさんは躊躇わずドアを開いた。あの時と同じように。

 ――ボクの目に入ってきたのは、ソフィさんの時をはるかに超えた光景だった。

「え、えっ?……皆……?」

 そこには変わり果てた四人の姿だった。お茶会でもしていたのだろうか、机の上には紅茶とお菓子がそのまま置いてあった。あの時と違って、血が飛び散っていない分、まだマシと言ったところだろう。本当に、寝ているようにきれいで……。

「おやおやおや?一気に二人だけになったね!」

 今回は放送ではなく直接ミミックがやって来た。そして、例のファイルをあかねさんに渡してきた。

「じゃあ学級裁判でね!」

 そう言ってミミックが立ち去ろうとするのをあかねさんは止める。

「その必要はありませんよ。犯人は霧咲さんです」

 即答だった。なんですぐに分かったのだろう。ボクにはさっぱり分からない。すると、あかねさんは自らの推理を展開した。

「まず、ごみ箱に入っているビン。それは保健室から持ってきたものですね。菊地さんが使ったものと同じです。恐らく菊地さんと同じように紅茶やお菓子に混ぜたのでしょう。この時点で料理の出来ない山野さんは除外されます。そして、机の上にあるのはハーブティーとカップケーキ……霧咲さんはその二つを作るのが得意だったそうです。恐らく、彼女は三人をこう誘ったのでしょう……「気分を入れ替えるためにお茶会でも開こう」と。本当は彼女も裏切り者……つまり私の存在のせいで疑心暗鬼になっていたんです。だから、校則を破ることになってでも皆を殺そうとしたんです。自分も死ぬから、校則を破っても関係ない、と。でも、私達は先に部屋に戻っていたから被害に遭わなかった……そうでしょう?まぁ、おかげで校則違反にはなりませんでしたが」

 違いますか?とミミックに聞くと、奴ははぁ……とため息をついた。

「……あぁーあ。正解だよ……つまんないなぁ」

 言葉通り、ミミックはつまらなそうに肩を落とした。もしかして、さくらさんに殺される未来が見えていたのだろうか?だから、体調が悪いなんてそんな嘘をついたのか?もしそうだとしたら、さすがだ。いや、でも彼女だけでは未来を変えることが出来ないって言ってたし……。考えれば考えるほど分からなくなる。

「せめてどっちが殺したのか議論し合ってほしかったな……」とミミックは言うけど、それに構わず、あかねさんは冷たい視線を向ける。

「さて……では、解決したことですし、そろそろ正体を現してもらいましょうか。ミミック……いえ、「影内 こはる」さん?」

 思わぬ名前にボクは目を見開く。確か、こはるさんは最初に黒幕に殺されたんじゃ……?

 それが顔に出ていたんだろう。あかねさんは疑問に答えてくれた。

「疑問に思うのも仕方ありません。だって、最初に殺されたのは影内 こはるさんだったんですもの。……では、あの彼女が「別の人」だったとしたら?」

「どういう、意味?」

 意味が分からなかった。そんなボクにあかねさんは答える。

「つまり、あの影内さんは「影武者」だったんですよ。……最初は、私も騙されましたよ。まさか双子揃って「天才級の悪意」だったとはね。しかも、その一人を斬り捨てたときた」

 苦虫をつぶしたような表情に、それが真実だと分かった。そんな彼女の様子にミミックは大声で笑い出した。

「あっははは!正解だよ!さすが、「天才級の希望」と呼ばれているだけあるわね!」

 そして、急にミミックがいなくなったと思うと、ミミックがいた場所には死んだハズのこはるさんが立っていた。

「……………………えっ?」

 ボクの頭の中は混乱していた。

 こはるさんが、黒幕?

 にわかには信じられない。だって、こはるさんは黒幕に反発して殺されて……。

 それに、あかねさんが「天才級の希望」って……。

 噂で聞いたことがある。いろいろな才能を持つ人が集まるこの学園には、一学年に必ず一人はたくさんの才能が開花する人がいるって。そしてそういった人を「天才級の希望」と呼ぶのだそうだ。それが、あかねさんだったというのだろうか。驚いたけど、どこか納得がいった。

 何とか状況を把握しようとするけど、意外なことが多すぎて冷静になれない。そんなボクに構わず、こはるさんは言葉を続けた。

「ちなみにぃ、あたしが最初に殺したのは馬鹿なお姉ちゃんなんだよねぇ。いや~、私が悪意と絶望をこの世界に散らそうとしたのにそれはやりすぎだって止めようとしたからぁ、あの時に見せしめとして始末出来て本当によかったわぁ。まぁ~、あかねちゃんは知っていただろうけどぉ」

 狂っている。そんな理由で自分の姉妹を殺すなんて。ボク達には考えられない。ボクにも妹がいるけど、あの子を犠牲にするなんて絶対出来ない。

 ボクの怒りが顔に出ていたのか、あかねさんは首を振る。

「無駄ですよ、彼女はゆきこさんとは違って完全な「絶望」であり「悪意」……皆を絶望に突き落とし、悪意に身を染め、私達が考えもつかないことを簡単にしてしまう、そんな異常者なんです。だからこそ、世界が悪意に満ち溢れてしまったんですし」

 ゆきこさん、というのは最初にこはるさんだと思っていた双子の姉の方だろう。というかお姉さんの名前、知ってたんだ……。

 それに、異常者って……あかねさんに言われるってことは相当なものだろう。

「そうそう!あたしは完全な「悪意」であり「絶望」なんだよ!「希望」だけしか取り柄のないあんたがあたしに勝てるわけないじゃん!あたしが求めるのは純粋な「悪意」と「絶望」だけ……あーはははは!」

「……………………」

 罵倒されているけど、あかねさんは黙っている。言い返しても無駄だと思っているのだろう。そんな彼女にしびれを切らしたのか、こはるさんはつまらなそうにため息をついた。

「はぁ……まぁいいわ。じゃあ体育館で決着をつけましょう。クロとシロ……どちらの信仰者が勝つのか。楽しみね」

 そして甲高い笑い声をあげながらどこかへと立ち去って行った。ボク達はその後ろ姿を見送っていた。

 さくらさんの部屋に沈黙が落ちた。それを破ったのはあかねさんだった。

「……彼女の言う私の「希望」という才能は、この学園で謳っているような「才能に恵まれている人」という意味ではありませんね」

 それは何となく分かっていた。でも、どういう意味だろう?

「……ここで立ち話もなんですし、とりあえず私の部屋に行きましょうか」

 あかねさんのその言葉に賛同する。どうするにしろ、何も知らないことには始まらない。幸い、あかねさんの部屋は近くなのですぐに辿り着いた。

 部屋に入るやあかねさんは言葉を紡いだ。

「……先に謝っておきます。ごめんなさい」

「ど、どうしたの?」

 なんで急に謝ったのだろう?すると彼女はこう言った。

「私、実はあなたの才能を知っているんです」

 それは初耳だ。ボクって何の才能もなかったんじゃなかったの?

 なんて疑問に思っているボクに構わずベッドに座ったあかねさんは続ける。

「それを教える前に、少し長話をしますね。

 まず、この学園に入学するには大きく分けて三つあります。一つは「天才級の才能を持っていること」、二つ目は「年に一回、一般的な生徒から抽選で一人だけ選ばれること」です。後者は「天才級の幸運」と呼ばれています」

「えっと……それってつまり、ボクは「天才級の幸運」ってことになるの?」

 でも、この状況に巻き込まれていることから分かる通り、ボクは全く幸運じゃないんだけど……。すると、あかねさんはそれを否定した。

「いえ、一般的にはその二つが知られているというだけです。あなたはその限りではありません。あなたに当てはまるのは一般的には知られていない三つ目の方法です」

「三つ目?」

 というよりそんなにあるんだな、入学方法って……。どれも難しいものばかりだけど。

「その三つ目の方法は、「これから才能が開花するであろうものと認められる者」です。そしてそれを見極めるのは学園長や私達家族の役目なんです。だから、一学年に必ず一人いるとは限らないんですよね。数年間いなかったことの方が多いです。それだけ珍しい方法なんですよ」

 そこで彼女は整理させるためか一度黙った。ボクは今までの話を頭で整理した。

 つまり、入学方法は三つあって、ボクは一般には知られていない三つ目の方法で入学出来たということか。確かに、送られてきた書類には「推薦」ではなく「招待」って書かれていたし、推薦とは少し違うのかもしれない。

 しばらくして、あかねさんは話を再開した。

「では、ここから本題です。あなたには話したので既に知っていると思いますが、私は未来を見ることが出来ます。そして、小学生の頃には今回のこの惨状も既に知っていました。だから、私は六年間ずっと「ある才能」を持つ同学年の人を捜していました。でも、いくら捜してもそういった人は見つかることがなかった……諦めかけた六年生の時、ついにその人を見つけ出すことが出来たんです。それが小松 はじめさん、あなたでした」

 衝撃の事実にボクは驚きを隠せなかった。

「えっ!?キミがどんなに探しても見つからないようなものがボクの才能なの!?それに、ぼ、ボク達会ったことあった!?」

 いくら記憶を手繰ってもそんな覚えはない。朝木ヶ丘学園長の娘ともなれば相当有名になっていると思うんだけど。すると彼女はおかしそうにクスクスと笑い出した。

「あぁ、一応二人は見つかったのですが……二人共別の学年の人でした。それに、会ったことを覚えてなくて当たり前ですよ。だって私、その時は偽名を使っていましたから。ほら、「月明 もみじ」、六年生の時に咲山小学校に転入してきた……」

「もみじさん……うん、覚えてるよ」

 確か、白い髪に穏やかな紫色の瞳の……。あれ?彼女と同じ特徴だ。

「え?じゃあ、そのもみじさんが……?」

 恐る恐る聞いてみると、彼女は頷いた。

「えぇ、私です。さすがに行く先々で有名人になりたくないですから。そうなると私の計画も台無しになってしまいますし」

 確かに、計画を波立たせず遂行させるためには無駄に有名人にならない方がいいだろう。

「そ、そっか……道理で見覚えがある気がしたよ」

 気付かない内にすごい人と会っていたんだな……ボクって。

 意外な事実に驚きを隠せなかったけど、続いた言葉にボクは呆然とするしか出来なくなった。

「それでは、本題に戻りましょうか。確か、才能のことでしたね。あなたの才能は――どんな悪にも立ち向かうことが出来る者、「天才級の善意」です」

「天才級の……善意?」

 それがボクの才能?それにどんな悪にも立ち向かうなんて……。ボクにそんなことが出来るとは思えない。でも、あかねさんは真面目な顔をした。

「私だけではどうしても彼女と戦うことは出来ません。影内さんの言う通り、私はあくまで「希望」であって、「絶望」には立ち向かうことが出来ても「悪意」には勝てないんです。だって、それぞれ表裏一体ですから。そこに絶望があれば、希望も出てくる。悪意があれば、善意が生まれる。この世界では必ず、そうなっていますから。……希望は「善意」にはなりえないし、善意も「希望」にはなりえない。同じようで、違うものなんですよ、この二つは」

 実際、誰かの悪意が誰かの希望になるかもしれない。誰かの絶望が誰かの善意になるかもしれない。……だから、「悪意」と「絶望」に立ち向かうには二つそろわないと意味がないのだろう。

 「きっと、影内さんはそのことを言っていたのでしょう」とそこまで言って、彼女は一呼吸置き、そしてボクに真剣な表情で頼み込んだ。

「小松さん、どうか私と一緒に影内さんと戦ってくれませんか?」

 その言葉には強い想いがあった。ボクを、そしてこれからを生き行く人達を守りたいという、その気持ちが。

 ボクも、彼女と共に守りたい。

 身体中に強い力が宿った。これが、「天才級の善意」の力なのだろうか?

 まだ、ボクは頼りないかもしれない。

 でも、ボクの答えは決まっていた。気が付けば彼女のその手を握った。今こそ、言うべきだろう。

「もちろんだよ、キミはボクの大切な恋人なんだから」

 その言葉に彼女は目を見開いた。だけどすぐに嬉しそうに笑う。

「……思い、出したんですね」

 まだ思い出せないかと思いました、と彼女は花のような笑顔を向ける。ボクは握っていた手をさらに強めた。

「一緒に戦おう。未来のために」

 我ながら大層なことを言っている気がしないでもない。だけど、あかねさんはそんなボクの言葉を否定しなかった。

「……小松さんも、言うようになりましたね。当たり前でしょう、言い出したのは私なんですから」

 クスリと笑う彼女の強い決意を宿したその瞳は、ボクに勇気を与えてくれた。それだけで何でも出来る気がした。

 ――確かに、この生活に絶望したこともあったけれど、それも今日で終わりだ。

 死んでいったクラスメート達のためにも、この共同生活に終止符を打とう。

 この、絶望だらけの共同生活に。

「……では、行きましょう」

 最後の決戦へ。

 その言葉に頷き、ボク達は部屋から出た。



 ボクらが体育館に着くと、そこは三人だけの学級裁判場になっていた。もちろん、その一席にこはるさんが立っていた。

「やっと来たわね!ほら、あんた達も早く自分の席に行きなさい」

 ボク達は言われるままその席に立つ。今度はどんな言葉でボク達を惑わせてくるのだろうか。

「じゃあ始めましょうか!最後の学級裁判を!」

 こはるさんの言葉を合図に、大掛かりな仕掛けが現れる。あれは……?

「プレス、ですね。恐らくあれで人を潰すのでしょう」

 観察力が鋭いあかねさんには分かったようだ。今まで気付かなかったけど、もしかしてたくさんある才能の中に、探偵という才能もある……?いや、今は置いておこう。

「もしあたしが負けたら自分を処刑して、あんた達は外の世界に出ることが出来るわ。でも、あんた達が負けたら二人共処刑!分かったわね」

 自分で自分を処刑なんて……本当に狂っている。さすが「天才級の悪意」であり「絶望」というだけある。あかねさんの言う通り、ボクらが考えもつかないことをやってのける。

 でも、その程度でもう怯むことはしない。

「いいですよ。その条件、飲みましょう」

 あかねさんがかわりに答える。するとこはるさんは歪んだ笑い声をあげた。

「うふふ……。あぁ、あんた達の絶望した顔、早く見てみたいわぁ」

 その笑い声にゾッとする。「天才級の悪意」……それは伊達じゃない。

 でも、その「悪意」に勝てるのはボクしかいない。そして、「絶望」に勝てるのは「希望」であるあかねさんしかいないのだ。ここでボク達が負けるわけにはいかないんだ!

「……まず、学園を返してもらいたいですね。一応、高校生とはいえ私が学園長なんですから。勝手に改造した罪は重いですよ」

 あかねさんが冷たい声でこはるさんに告げる。そういえばあかねさんの父親は事実上、こはるさんに奪われたことになるんだっけ?

「それから、一年前の事件以降について。この学園の生徒を始め、世界中の人々を悪意と絶望に堕とした……忘れたとは言わせません」

「あっはははは!」

 彼女の言葉にこはるさんはまた笑い出す。

「何がおかしいんです?私は正論を言っているつもりなんですけど」

 あかねさんは気味悪そうにこはるさんを見る。そんなあかねさんの表情を見たことがなかった。ボクも正直、あかねさんと同じ感想だ。

「だって面白いんだもの!世界はもう悪意と絶望に包まれてるんだよ!世界だって、既に壊れていたわ!それにこの学園も閉鎖されている、それなのに返してほしいって……笑えるわ!あっははは!」

 その言葉にボクはイラッときた。でもあかねさんは至って冷静に答えた。

「……そうですね。確かに世界は悪意と絶望に包まれていますし、この学園も閉鎖されています。ですが、私はお父さんと約束したんです。たとえ世界が絶望に満ち溢れ、壊れてしまっても絶対に、これから生き行く人達のための希望になると。だから、私は諦めない。「絶望」なんかに、負けたりしない!」

 あかねさんはそう断言した。さすがあかねさんだ、全く動じていない。しかし、こはるさんの言葉に彼女は言葉を詰まらせた。

「じゃあ、あたしがはじめ君を殺すと言ったら?あんたはどうするの?」

「っ……!」

 迷った紫色の瞳にボクは危険を感じる。その様子にこはるさんは歪んだ笑みを浮かべた。

「そりゃあそうよね、だってあんたにとってはじめ君はとっても大切な人だものね!あんたが絶望に堕ちないと言うなら、どんな手を使ってでも堕とすだけよ。ねぇ、「天才級の希望」さん?」

 こはるさんの言葉に、あかねさんは黙りこんでしまう。

「諦めないで!あかねさん!」

 ボクはあかねさんを励ます。だけど、表情は迷ったまま。今まで彼女がこんなに迷ったことがなかったのに。

 今まで、どんな時でも彼女がボクを救ってくれた。

 なら、今度はボクが彼女をそこから救う番だ。

「あかねさん、戸惑わされないで。こはるさんはそう言ってキミを絶望に堕とそうとしているだけなんだ!それに、こはるさんはボクらが負けない限り手は出せない。だって、校則にはルール違反をしないと手を出さないって書かれているんだよ」

 ボクの言葉にあかねさんから迷いがなくなる。

「……!小松さん。えぇ、そうでしたね。危うく彼女の言う「絶望」に屈するところでした」

 でも、それだけボクのことを大切に思ってくれているんだな……こんなことで知らされるなんて、なんだか複雑な気分だ。いや、嬉しいんだけどね。

「あーあ、せっかく「天才級の希望」を絶望に堕とせそうだったのに。まさか校則のことを出されるなんてね。

 確かに、あんた達が負けない限りあたしから手を出すことが出来ないよ。さすが、ここまで生き残っただけあるわね。じゃあ、今度ははじめ君に攻撃しようかしらね」

 その言葉に今度はボクが身をこわばらせる番だった。

「あかねさんはね、あんたを騙していたんだよ。許せないでしょう?」

 それは、裏切り者としてのことを言っているのだろうか。

「……それがどうしたの?あかねさんはボク達を守るためにやったんだ」

 そう、彼女はボク達を守るため……。

「本当に?本当にそう思ってるの?バカだねぇ、あんたも」

「何が言いたいんだ」

 ボクが聞くと、こはるさんはニヤリと悪い笑みを浮かべる。

「もし「利用する」ために近付いたとしたら?」

 その言葉にボクは呆然とする。あかねさんが、そんなことを……。

「……嘘、だよね?」

 否定してほしくて、ボクはあかねさんに問いかける。しかし、彼女は黙ったままだった。するとこはるさんは歪んだ笑みを浮かべる。

「ほら、そういうことだよ。あんたに向けられている愛も、全て偽りなんだよ」

「それは違います!」

 あかねさんはすぐさま反論した。するとこはるさんは「お、決め台詞が出てきたね」とまるで命を懸けていることを忘れているかのように嬉しそうに笑う。

「確かに、私は彼を利用しようとした……それは否定しません」

「ほらほらぁ、認めてるよ?信仰者ともあろう人がさ!」

 あかねさんは申し訳ないというように告げた。じゃあ、本当に……?

「ですが、彼に向けている愛さえも偽りと言われるのは心外です。私だって、あなたみたいにそこまで非道ではありません」

「それも嘘に決まってる!だって、あんたははじめ君を切り捨てようとしていたでしょう?結局人間は自分の身が一番大事なんだって!」

 どっちの言葉を信じればいいのだろう?ボクは目を閉じて考える。

 あかねさんはボクを利用しようとしていた。それはついさっき本人の口から聞いたばかりだから真実だろう。こはるさんの言う通り、信仰者なのに他人を騙すことは許されないだろう。

 だけど、本当に向けられた愛まで嘘で、彼女がボクを切り捨てようとしていたのか。拳を握りしめ、ボクが選んだ答えは……。

「……あかねさん。ボクはキミを信じるよ。利用しようとしたのも、ちゃんと理由があるんでしょ?」

 ボクはあかねさんの言葉を信じた。だって、彼女が自分から望んでそんなことをするわけがない。それに、もし本当に切り捨てるつもりならボクは今頃、絶望に包まれたままこの場に立っていたハズだ。いや、もしかしたら死んでいたかもしれない。

「小松さん。……ありがとう」

 ボクの言葉に、文字通り嬉しそうにあかねさんは微笑んだ。

「そ、そんな……「悪意」を目覚めさせようとしたのに……」

 対するこはるさんはまさに絶望した表情をした。そして、

「そ、外に出ても絶望しかないんだよ!悪意に満ち溢れているんだよ!あんた達にあるのは絶望だけなんだよ!」

 こはるさんはボク達に向かって必死に叫んだ。だけど、ボク達はもう惑わされない。

「小松さん」

 あかねさんはボクの名前を呼んだ。ボクに全て託してくれたのだ。ボクは彼女のその想いに応える。

「うん。……確かに、今外に出ても絶望しかないよ。悪意だって蔓延しているだろうね。だけど、それでも希望を持ち続けることは出来るハズだよ。どこかに善意だって必ずある。だって、未来はボク達のものなんだ!」

 その言葉がとどめだった。こはるさんは深いため息を零し、そして、

「……はぁ。あたしの負け、か。じゃあ、最後に一つだけ。あんた達が希望や善意を持ち続けるのはいいけど、何度だって絶望が訪れるよ。悪意だって、何度もやってくる。それを、覚悟しておくことだね」

 そう言って、床に何かを投げ落とした。それを拾って確認すると、何かのスイッチだった。

「出口のボタンだよ。あたしの処刑が終わったら、とっととここから去っていきな」

 その言葉にボクは喜んだけど、それもつかの間、ボクらが止める間もなくこはるさんは赤いボタンを押した。確かそれは……!

「あなた、本当に狂っていますね。自分で自分を処刑するなんて」

「言ったじゃない。あたしは純粋な絶望と悪意だけを求めているんだって。あぁ……これが悪意に対する罰、死に対する絶望なのね……!」

 とても正気の沙汰とは思えなかった。その瞳も表情も、これから死ぬというのに恍惚に満ちていた。これが、影内 こはるという人物なのか。

 ガシャン、ガシャン、と後ろから音が聞こえる。そちらを見ると裁判前に現れた大掛かりな仕掛けから大きなプレスが動いていた。これが、あかねさんが言っていた最後の処刑方法なのだろう。

「それじゃあね。この身体とはお別れだわ」

 なんだか意味深な言葉でどういう意味か聞こうとしたけど、それより前にこはるさんはプレスの下に立つ。そして、プレスが落ちた音と共に肉の潰れる音が聞こえた。周りにはこはるさんの血が飛び散った。

「終わり、ましたね」

 それを見届けたあかねさんはボクの方を見る。結末は、シロの信仰者が勝ったことになるのだろう。

 でも、それまでに失った命はたくさんある。どんなに後悔しても戻ってこない。だから、ボク達はその人達の分まで生きないといけない。

「……それじゃあ、行こうか」

 ボクはあかねさんと共に出口に向かう。その間、会話はなかった。

 出口に着くと、あかねさんは口を開いた。

「……本当に、よかったんですか?」

「何が?」

 ボクが聞くと、彼女は一瞬視線を下に逸らした後、こう言ってきた。

「さっきも言ったでしょう?私はあなたを利用するつもりだったって。そんな奴と、本当に出たいんですか?」

 心配そうに問いかけてくる言葉に、ボクはたまらず笑った。その行動が意外だったのだろう、彼女にしては珍しくおろおろし始めた。

「え、えっと……」

「あぁ、ゴメン。だって、分かりきったことを聞いてきたからさ」

 ボクは彼女の手を包む。

「当たり前じゃないか。キミはボクをずっと支えて来てくれたんだよ?それに、その……ぼ、ボクはキミのことがす、好きだから、さ」

 後半を言うにつれて、ボクの顔は真っ赤になっていっていることだろう。そんなボクにあかねさんはかすかに頬を赤く染めながら、花のように笑った。

「……えぇ。私も、あなたが好きです」

 そうして、ボク達は一通り笑った後、前を向いた。

 大丈夫、たとえどんな未来でも、二人なら乗り越えられる。

 その希望を胸に、ボクはスイッチを押した。

 鉄の扉が開いた。ボク達は久しぶりに外の世界に出る。そこに待っていたのは、黒い空と廃墟と化した建物達、そして……。

「木護さん、小松先輩!よかった、間に合って……」

 中性的な顔をした小柄なスーツ姿の女の子だった。先輩、ということはボク達よりは年下ということだ。

「えぇ、ありがとう。……左腕、動かせるようになったんですね」

「はい。さすがに重い物は持てないけど、前よりずっと動かせるようになったよ」

 左腕が動かせるようになったって……彼女がそんなことを聞く人なんて心当たりが一人しかいないんだけど。

「二年生はどうなっていますか?」

「相変わらずだよ。……あぁ、でも一人はバレちゃって、今はボクの召使いとして働かせているよ。そうじゃないと上司が許さなくてさぁ……」

 二年生……確か、ほとんど全員悪意に染まっているんだったよね。それじゃあ、彼女は危険人物である二年生を保護しているということだろう。

「その人って、あなたの恋人でしょう?」

「うっ……さすがだね、木護さん」

「一応、未来を見ることが出来ますから。……その人と一緒にいて、幸せなんですね。よかった、あなたもその人も、天涯孤独の身でしたから、安心しました」

 彼女はあかねさんの知り合いらしく、二人は仲良く話していた。ボクは彼女が何者なのか分からないけど、二人の会話から何となくこの少女が誰なのか分かった気がした。

「えっと、あかねさん。その子って、もしかして……」

「あぁ、そうですよ。この子が一年前に被害に遭った女の子です。私達の後輩で、唯一生き残った一年生でもあります」

 やっぱりか。そりゃあ、左腕がどうとか言っているし、その子しかいないよね。後輩だったというのは驚いたけど。

 すると、その子はボクを見て、自己紹介をしてくれた。

「初めまして、小松先輩。ボクは天才級の――――――」

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