四章 真実を知る彼女と密室殺人事件
不思議な夢を、見た。
あかねさんが処刑される夢を。
彼女が人を殺したわけじゃない。それは分かっている。だけど、
「その通りです!あかねさんは――――でした!」
ミミックが大きな声で笑うと、皆があかねさんを罵倒し始めた。
「この――――!」
「あんたなんてもう――じゃないわ!」
ところどころ皆が何を言ったのか聞こえてこなかった。だけど、他の人達が彼女を蔑んだ目で見ていたのだけは分かった。でも、なんでそんなことを言われているのか、ボクには分からなかった。
「……小松さん、私は――――なんですよ」
あかねさんはボクに向かって何かを言った。なんて言ったのかは分からない。重要なところだけ聞こえないようになっているようだった。
彼女は、自分が死ぬと知っていながらも笑っていた。
「あなたは、まだ死ぬ時ではありません」
そう、ボクに言い残して彼女はどこかに連れていかれた。いや、正確には自らミミックについて行った。既に、覚悟を決めていたように。
彼女の処刑方法は火あぶりだった。画面には、「魔女狩り~最後の信仰者~」と出ていた。
彼女は、足元に火をつけられても、大きく燃え始めても、笑顔のままだった。ただ、皆を不安にさせないようにするために。
燃え盛る炎。それはボクに幻覚を見せた。
――火の中に誰かの笑顔が浮かんでいた。作戦が上手くいったと言いたげに。それが、黒幕なのだと直感的に思った。
火が消えると、そこにはぐったりしたあかねさんがいた。もう、彼女は動かない。
なんで彼女が殺されないといけない?
怒りと嘆きが巻き起こった。自分のものとは思えない強い感情だ。
彼女はボク達を救おうとしていただけなのに。ミミックの言いがかりで殺されることになってしまった。
――彼女がいないのなら。
ボクは生きている意味がない。なんでそんな風に思ったのか分からないけど、彼女はボクにとってとても大事な人だったハズだ。
ボクは自分に配られたナイフを取り出し、そして手首を斬った。痛いけど、あかねさんが味わった苦しみに比べればなんてことはない。
「ちょっとはじめ君!?何してるの!?」
「お前、やめろ!」
皆の止める声が聞こえたけど、ボクはやめない。
キミがいない世界なんて、生きていても意味がない。
何度も斬っていく内に、意識がぼんやりしてきた。立っていられなくなって、その場に倒れてしまう。
これで、キミのところに行ける。
その幸せを胸に、ボクの意識がなくなった。
ハッと、目が覚める。さっきの夢は何だったのだろうか。
コンコン、と聞こえ、ボクは返事する。入ってきたのはさくらさんだ。
「あかねさん、まだ起きないの……?」
二回目の学級裁判から二日、いまだに目覚める気配がないあかねさんの部屋に、さくらさんがボクの朝食を持ってきてくれたのだ。あかねさんの様子を見てそう聞いてきた。
「うん。……相当疲れてたんだろうね」
そう答えると、さくらさんはボクの隣に立つ。
「はじめ君もほどほどにね。自分のせいではじめ君が、なんてなったらあかねさん、なんて言うか分からないよ」
「分かってるよ。ありがとう」
確かに、ボクは自分の睡眠時間も惜しんで彼女の看病をしているから、恐らくそれを見かねて発した言葉だったのだろう。でも、さくらさんもボクに次いであかねさんの看病をしてくれている。
――さっきまで寝てしまっていたのは内緒だ。
「それより、皆の様子は?」
さっきの夢を振り払うようにさくらさんに聞くと、彼女は暗い顔をした。
「……いつも通りだよ。前より暗くなってる。こういう時、あかねさんはなんて言うんだろうね」
二回目の学級裁判の後、皆の雰囲気はさらに悪くなった。あかねさんのお見舞いに来る人もさくらさん以外にいない。だから必然的に看病はほとんどボクの役目になっていた。
「そういえば、ついさっきまたミミックに変なことを言われたよ。「この中に裏切り者がいるんだ」って」
「裏切り者?そんな人、いるわけないじゃないか!」
ボクが声を荒げる。そもそも、なんで今のタイミングなんだ。さくらさんは少し悩んだ後、こんなことを言った。
「うん。私もそう思ったんだけどね……。あいつ、意味深な言葉を言ってたんだよね」
「意味深な言葉?」
ボクが繰り返すと、さくらさんは頷いた。
「何でも、私達は記憶を奪われているらしいよ。だけど一人だけ、記憶を奪われていない人がいるみたいなんだ。その人が裏切り者なんだって。……まぁ、にわかには信じられないことだけどね」
確かに、簡単には信じられない。でも、頭の片隅で何かが囁いた。
――裏切り者、というのは嘘だと思う。
だけど、ボク達の記憶を奪われているというのも、その中で記憶を奪われていない人がいるというのもなぜか本当だと思えた。さっきの夢のせいだろうか。
「それより、あかねさん、早く目が覚めるといいね」
さくらさんが笑顔で言った。その言葉にボクは「そうだね」と答える。すると、彼女は爆弾発言を落とした。
「はじめ君、あかねさんのことが好きだもんね」
「え、い、いや。えっと……」
顔が熱くなる。そりゃああかねさんは綺麗だし、好意がないといえば嘘になるけど……。
「あれ?もしかして自覚していなかった?」
さくらさんがからかうように言う。な、なんか面白がってない?
「……大丈夫だよ、きっとうまくいく。私の占いは絶対に当たるから」
そういえば彼女は占い師だったことをすっかり忘れていた。もしかしたら彼女はあかねさんとは違った意味で全てお見通しなのかもしれない。
すると、すっかり慣れてしまった放送が響いた。
『死体が発見されました。至急、体育館に集まってください』
「……また、だね……」
ボクの呟きにさくらさんは頷く。あかねさんの様子は気になるけど、放送を放っておくことも出来ず、ボクとさくらさんは体育館に向かった。
体育館に着くとまず目に入ったのはミミックの歪んだ笑み。
「あれれ?はじめ君よかったの?あかねさん、まだ目覚めていないでしょう?」
「……来なかったら怒るだろ」
いや、怒るだけならまだ可愛いかもしれない。ミミックの場合、本当に殺しかねないからな……。
「はじめ君も言うようになったね。あかねさんに似てきたよ」
そう言うミミックは楽しそうだ。何が面白いんだ、ボク達はお前に閉じ込められているというのに。
他の皆を見ると、疑心暗鬼になっているようだった。皆が皆、敵だと言いたげな……。
――こんな絶望に負けてはいけませんよ。
そんな時、あかねさんの言葉を思い出した。そうだ、ボク達はまだ諦めるわけにはいかない。絶望なんかに負けるわけにはいかないんだ!
「それよりほら、これをやるよ」
ミミックはあかねさんの代わりにボクにいつものファイルを渡してどこかに消えた。ボクはそのファイルを開く。
被害者は森田 らい。死亡推定時刻は午後十一時。
現場は保健室。密室にて殺人が行われたと思われる。
今回は密室殺人か……。あかねさんならすぐにトリックが分かるんだろうな……。ここに来て、あかねさんがどれだけ頼りになる存在だったかよく痛感した。
でも、今はそんなことを考えている暇はない。ボク達は現場である保健室に向かった。
保健室には簡単に入ることが出来た。密室と書いてあったから完全に閉まっているのかと思っていたんだけど。
「うわっ……何、この臭い……」
保健室の中は異臭が漂っていた。ボク達はひとまず換気扇をまわして、時間を置くことにした。
「なんだろ、この臭い……」
ボクの呟きに誰も答えてくれなかった。
しばらくして異臭がある程度なくなったのを確かめると、ボクはらい君の遺体を調べた。一見するとどこも異常はなさそうだけど……。
「……あれ?首に絞められた跡がある……」
それに、よく見ると顔が少し青くなっている気がする。青く、というより紫色に、といった方がいいかもしれない。それから、外傷がないのに指に血の跡があった。何だろう?とりあえず、覚えておこう。
それから、ごみ箱。そこには二種類の洗剤が捨てられていた。拾って見てみると、塩素系と酸素系と書かれていた。
「そういえば、今回は死因が書かれていなかったな……」
そのことに違和感を抱く。もしかして、密室殺人は嘘なのか?
よく分からないまま、ボクはあかねさんの様子を見にいった。
「失礼します……」
ノックして部屋の中に入る。勝手に入室するのに罪悪感はあるけれど、それよりあかねさんが心配だ。……今更だけど、勝手に部屋に入ったのは起きた時に謝ればいいし。
あかねさんは相変わらず気を失ったままだった。
「……あかねさん。ボク、どうしたらいいのかな……?」
思わず弱音が零れてしまう。聞こえているとは思っていないけど、それでも彼女は話を聞いてくれていると錯覚してしまいそうだ。
「ここから出る方法も、外の世界のことも、ミミックが言う「裏切り者」のことについても、全く分からないよ。あかねさんは、何か知ってるの……?」
もちろん、返事は戻ってこない。ただ、静かな寝息だけが聞こえてくる。
その時、放送が流れた。
『今から三回目の学級裁判を行います』
いつになったらこの絶望から抜け出せるのだろうか?
そろそろうんざりしてきたこの状況に答えてくれる人はいない。
いつも通り学級裁判場に行くと、皆の顔がまだ暗いままだった。そりゃあ、もう六人も犠牲になっているんだから当たり前だよね……。
「あかねさんはまだ起きていないんだね。じゃあ、いつもの場所についてね」
言われるがままボク達はいつもの場所についた。
「確か、今回は密室殺人、だったよね……」
最初に口を開いたのはららさん。それにさくらさんが答えた。
「うん……。なんか臭いが酷かったよね」
そう、それだ。そこが重要なんだろうけど、なんか違和感を覚えたんだよな……。
「はじめが犯人じゃねえの?あんただってずっとあかねの看病してたわけじゃないんだろ?」
「ボクじゃないよ!」
確かその時間は看病していた。ほとんどずっと看病しているのでいつ休んでいるのかよく分かっていないというのもあるけど。
とにかく、何か証明出来るものがあればいいんだけど……あいにくそんなものはない。その時、
「それは違います」
澄んだ高い声が響いた。この声は……。
「あかねさん!?大丈夫なの!?」
「えぇ。心配してくれてありがとうございます」
そこにいたのはあかねさんだった。それを見たミミックは楽しそうな笑みを浮かべた。
「おやおや?あかねさんの決め台詞が決まったね!」
「いつの間に決め台詞になったんですか……。まぁいいです。それより、小松さんが犯人ではないという証拠を出せばいいんですよね?」
そう言うと、あかねさんは初日に女子だけ配られた監視カメラを取り出した。何というか、話が早いな……。
「もしもの時のために使わせてもらっていましたが……こんなところで役に立つとは思っていませんでした。これを見てください」
そう言ってあかねさんは監視カメラを再生する。時刻は昨日の午後十一時前後、あかねさんの部屋にはボクの姿があった。そして、確認のために「確か、犯行時刻は午後十一時でしたよね?」と聞いてきた。その情報はどこから手に入れたのだろうか?
「何で分かったのかといった顔をしてますね。小松さん、これを私の部屋に置いて行ってましたよ」
彼女はどこからかファイルを取り出した。そういえば、一度あかねさんの部屋に行った時に置き忘れていた気がする。そうか、それさえあれば少しは分かるからね。
「ですが、現場には行かずそのまま来たので、状況は全く把握できていません。詳しいことを教えてくれませんか?」
「あ、そうそう!密室殺人だよ!」
「密室殺人、ですか……。密室殺人には必ず裏があるものです」
あかねさんは普段通り冷静だ。でも、いくら裏があるって言ったって……。
「とりあえず、状況を教えてくれませんか?いくら私でも、情報がないと何も言えません」
そういえば未来を見ることが出来るけど、学級裁判の場ではそれだけで推理は出来ないって言っていたな。それならとボクは口を開いた。
「うん。とりあえず、ボクが分かったのは首に絞められた跡があったってことと、外傷はないのに指に血がついていたってことかな。それから、部屋が異臭で立ち込めていたね」
「異臭?……まさか、ごみ箱に洗剤が捨てられていませんでしたか?」
「え、うん。そうだけど……なんで分かったの?」
愚問かもしれないけど、どうしても聞きたかった。すると彼女は顔色を変えた。
「身体に異常をきたしていないですか?換気扇は?」
「え、えっと……大丈夫だよ。身体はなんともないし、さすがに酷かったから換気扇もまわしたよ」
そう言うと、あかねさんは安心した顔をした。どうしたというのだろう。
「それは、有毒ガスですよ。ほら、よく洗剤に「混ぜるな危険」と書かれているでしょう?それって塩素ガスが合成されてしまうからなんです」
そ、そうだったのか……。初めて知った。
すると彼女は情報を整理するためか少し黙った後、口を開いた。
「……なるほど、何となく分かりましたよ」
「え?分かったの⁉」
まさかあれだけの情報で分かるなんて。本当に頭がいいんだな……。もしくは、彼女の言う未来予知能力ってやつ?
「多分ですが、森田さんの死因は窒息だと思います。絞められた跡があったのでしょう?顔色は変わっていませんでした?」
「あぁ、確か、青っていうか紫色に変わっていたんだよね」
ボクがらい君の様子を思い出しながら言うと、あかねさんは「なるほど」と呟く。
「紫色に変わっていたのなら、長時間首を絞められたんですね。相当苦しんだでしょう……」
どこまで知識があるんだ……。パソコンなんかで調べたら出てくるかもしれないけど、調べる勇気なんてない。
「そして恐らく異臭は窒息死ということを誤魔化すため……ちょっとしたトリックです。でも、絞めた跡はどうしても隠せなかったみたいですね」
なるほど、冷静に考えたら確かにその通りだ。ボク達が捜査した情報だけでそこまで推察できるなんて本当にすごい。
「じゃあ、換気扇が回っていなかったのは「既に死んでいた」からなの?」
「そうでしょうね。もし生きていたのなら、異臭に気付いて換気扇を回していたでしょうから。……まぁ、それでもどれぐらい吸い込んだかでどうなるかは分かりませんが」
ここまでの情報で犯人として浮かび上がる人物は……。
「もしかして、かおる君……?」
確か、彼は「天才級の理学部」だった。なら、洗剤を混ぜたら何が発生するかなんて分かるハズだ。
「はぁ!?なんで僕なんだよ」
かおる君がボクを睨むと、あかねさんがため息をつく。
「まぁ、そうですよね……。では、手首を見せてください。私の考えに間違いがなければ、深いひっかき傷があるハズです。恐らく、森田さんの指の血は犯人のものですから」
そうか。らい君の指についていた血は犯人のものだったのか。それだと話が繋がる。さすがあかねさん。
すると、かおる君は観念したように言葉を紡いだ。
「……そうだよ。お前は知らないだろうけど、ミミックが言うには僕達の中に「裏切り者」がいるんだと」
「それで、殺人を犯したんですか?」
彼の言葉を聞いて、あかねさんは目を丸くする。そういえばボクはさくらさんから聞いたけど、あかねさんは何も知らないんだった。
「……………………」
だけど、あかねさんはそれ以上何も言わなかった。何か思うことがあったのだろう。
「でも、らい君は裏切り者じゃなかったよ。だって、放送がなかったもん。それに、本当に裏切り者がいるかどうかも怪しいし」
ららさんがボクの代わりにかおる君にそう言った。ちょっと待って、放送の件はボクも初めて聞いたぞ。
「はい、その通りです。殺されたのが裏切り者ではないので放送は流れませんでした。でも、裏切り者は確実にいるよ」
ミミックの言葉にかおる君はため息をつく。彼はりんたろう君やひびや君の時みたいに泣き崩れたり懇願したりしなかった。
「あぁ。僕は無実の人間を殺したことになる。だから、どんな罰でも受けるさ。ほら、早く投票を始めてくれ、ミミック」
彼は覚悟を決めたように言葉を紡ぐ。
「はいはい。分かったよ」
ミミックは仕方ないと言いたげだ。そんな反応をするということは本当にかおる君が犯人なのだろう。
投票の結果、クロに決まったのはかおる君だった。
「正解だよ。でも、今回の学級裁判はつまんなかったな……」
人の生死がかかっているのにつまんないという感想はどうなのだろうか。やっぱりミミックの感性は分からない。
「……あの、ミミック」
不意にあかねさんがミミックを呼んだ。どうしたんだろう?
「どうしたの?あかねさん」
「まだ体調が優れないので、先に退室してもいいでしょうか?」
「うーん……悩むな~。まぁ、いいよ。あかねさんはついさっき起きたばっかりだし。ついでにはじめ君も連れていきなよ」
随分あっさりだな、ミミックも。
「だそうですので、小松さん、行きましょうか」
本当に体調を崩しているのかと思う程清々しい笑顔でボクを呼ぶ彼女に、まぁいいかと開き直ることにした。
そうして、皆をその場に残してボクとあかねさんは学級裁判場を後にした。
あかねさんの部屋に来ると、彼女はベッドの端に座った。ボクは彼女に促され、近くにあった椅子に座る。
「えっと……気分悪いんじゃなかったの?」
「あぁ、あれですか?言うほどではありませんよ。退室するほどではありません」
あかねさんは全く悪びれずあっけらかんと言った。じゃあ何で嘘をついたのだろうか。あかねさんは少し沈黙を落とした後、口を開いた。
「……さっき、赤石さんが「裏切り者がいる」って言っていたでしょう?」
彼女の言葉にボクはドキッとした。
「あ、あぁ、それね。でも、そんな人がいるわけ――」
必死に否定しようとすると、
「多分、私のことを言っているんだと思います」
あかねさんの思わぬカミングアウトにボクは文字通り開いた口が塞がらなかった。それに気付いているのかいないのか、彼女は言葉を続ける。
「……本当は言いたくなかったんですけど、落ち着いて聞いてください。そして、誰にも言わないでくださいね?
実は、私は学園長の娘なんです。それに、本当は私達皆、もう三年生なんですよ」
その言葉にボクは頭のパズルがはまった。そうだ、木護って、朝木ヶ丘学園の学園長の苗字だ。そして、彼には娘と息子の二人の子供がいた。その一人が、彼女だったというのか。
彼女が言うには一年前に彼女が話した事件――絶望事件と呼ばれている――が起こったらしい。そしてその時の犯人が当時一年生のこの学園の人達だったのだそうだ。学園長を失った学園だけど、あかねさんが高校生ながら学園長になったことで学園は何とか保っていた。けれど、ボク達が三年生になった夏、とうとう世界が悪意と絶望のせいで崩壊したのだそうだ。それで彼女は一度学園を閉ざし、ボク達をこの学園に閉じ込めざるを得なくなった。外の世界は、なんとか建て直そうといろいろな組織が必死になっているところらしい。もともと壊れていたこの世界は、とある女性を中心に復興させようとしているところだそうだ。
だけど、学園内も既に荒れていて、残っていたのはボク達三年生と二年生のそれぞれ十数人、そして一年生の中で唯一生き残った女子生徒だけだった。学園内には三年生しか残すことが出来なかった。しかも、二年生と三年生はほとんど全員「悪意に染まっていた」らしいからどちらにしろ全員を学園内に残す訳にもいかず、唯一生き残った「希望」の一年生も学園から出ていくことを決意した。だからあかねさんは生き残った一年生に朝木ヶ丘学園の卒業生が立ち上げた機関を紹介し、二年生を誰にも知られないように逃がしたのだそうだ。
「もちろん、二年生の中にも悪意に染まっていない人はいたんですけどね……ほとんどの人が染まっていたので全員排除の対象になったんだそうです」
「えっと……そんなこと言われてもすぐには信じられないんだけど」
その説明だとつまり、黒幕ではなくあかねさんがボク達をこの学園に閉じ込めたということになる。だから、最初の反応も演技だということに……。
「……すみません。でも、事実なんです。すぐに信じろとは言いません。ですが、これだけは言えます。私は、壊れそうになっている世界を守るためにあなた達にこの生活を強いたんです。まさか、学園が黒幕に奪われて、その上、皆の記憶さえも奪われているとは思っていませんでしたけど」
続く言葉にボクの心は冷めていく。彼女は未来を見ることが出来る。ということはつまり……。
「……こうなることも、知っていたの?」
ボクの冷たい言葉に、彼女は暗い顔をしながら頷いた。その顔は少し、後悔しているようだった。しかし、それでも続きを紡ぐ。
「……「天才級の悪意と絶望」を外の世界に出さないようにするには、こうするしか出来なかったんです」
「「天才級の悪意と絶望」って?」
そんな最悪な才能、初めて聞いた。誰のことを言っているのだろう?……いや、分かっている。
「ミミックを操っている人物、つまり黒幕のことです」
ということは、今こうなっているのは黒幕と……彼女のせいで……。
気がついたら、ボクはあかねさんの首に手を回していた。彼女の喉が酸素を求めて必死に動こうとしている。それでも構わず、ボクは手の力を強めた。
彼女のせいで、ボク達はこんな目に遭っているんだ!
しかしその瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。
幸せで、楽しかった一年生。彼女が笑顔で新入生であるボク達を迎え入れてくれた。たくさん、楽しい話をした。たくさん遊んだ。いろいろなことを教えてもらった。
学園の生徒が起こした事件を知って嘆いた二年生。彼女は「絶望事件」で大やけどを負いながらも学園内でボク達を守ろうとした。反対に、彼女を守ろうとして怪我をしたボクを心配してくれた。悪意に染まっていない人達を庇ってくれた。
そして、苦渋の選択肢の上、彼女が選んだ三年生の夏。学園長になった彼女は生き残った一年生にファイルを託し、ボク達三年生を学園内に留まらせた。悪意に染まった三年生や世界がこれ以上悪意や絶望に染まらないように。顔の知らない黒幕による洗脳を解くために。
ボクはそれをずっと彼女の傍で見てきた。
「……ぁっ……」
ボクが力を緩めた隙にあかねさんは僅かに酸素を吸い込んだ。そして、
「……私を殺してもいいですが、私は外に出るための鍵は持っていません。だって、あの扉は黒幕が勝手に変えたんですから」
彼女の言葉が聞こえてこなかった。
「あ、あぁああ……!」
思い出した。
ボクと彼女は「約束」を交わしていた。この閉鎖された空間で一緒に黒幕と戦おう、と。ボクは黒幕の顔を知らないけれど、それでもボクを頼ってくれた。なんで、それを今まで忘れてたんだろう?
「……ゴメン、あかねさん」
ボクは彼女の首に回していた手をどける。その行動に彼女は咳込みながら驚いた表情を浮かべる。
「……なんで?謝るのは私の方でしょう?」
「ゴメン、約束を忘れてたりして。キミは一人で戦ってきていたのに……」
あかねさんの台詞を無視して、ボクは謝った。ボクの言葉に彼女は目を見開いていたけど、それに構わずボクは続ける。
「思い出したよ、ボクらは本当に記憶を奪われていたんだね。ボクらは……クラスメート同士で殺し合いをしていたんだね」
それを知っていた彼女はどんな思いで見ていたのだろうか?きっと、相当苦しんだに違いない。
すると彼女はクスリと笑った。
「まだ完全には思い出せていないみたいですね」
その言葉にボクはぐっ……と言葉を詰まらせる。彼女の言う通り、完全に思い出せているわけではないのだ。なんで皆が悪意に染まったのかも、黒幕の正体も。
「まぁ、今の状況では関係ないことですし、別に構いませんよ」
しかし彼女は気にしていないようだった。しばらく笑った後、不意に真剣な顔になった。
「とにかく今は、黒幕と戦うことを考えてください」
「それじゃあ、今いる皆も集めた方が……」
そう言った瞬間、彼女の顔が曇った。それでボクは悟った。もう、皆は助からないのだと。
――未来を見ることは出来ても、それを変えることは出来ないんです。
前にあかねさんが言ったことを思い出した。それは、こういう意味だったのか。
「……私も、救えるなら助けますよ。だけど……」
「分かってるよ。ゴメンね、辛いことを言っちゃって」
彼女はその能力のせいで無力さを感じ、ずっと苦しんでいた。少なくともそれはボクの想像を絶するほどのものだろう。
だけど大丈夫、ボクが傍にいるから。
もう、約束を違えたりしないから。
その誓いを胸に、ボクはあかねさんの手を握った。
彼のその真剣なまなざしに私の心臓は跳ねた。手を握られていることさえ忘れてしまう程、自分の心臓の音がうるさい。
顔は赤くなっていませんよね?
胸の音は聞こえていませんよね?
こんな絶望的状況なのに、私の心臓は一体どうしたというのだろう。
小松さんは奪われた学園生活を思い出したみたいだけど、まだちゃんと思い出せていない。私達にとっては、重要なことを。
――私達は、本当は――。
それから、皆は――。
本当は、今すぐにでも教えてあげたい。
だけど、慌てる必要はない。
だって、こんな「予想外」も楽しいでしょう?
何度も言っているけれど、私だけでは未来を変えることが出来ない。そんな私が見ていた未来では自分が殺されて彼も自殺するという、いわゆる「全滅エンド」だった。別のエンド名をつけるなら、「世界滅亡エンド」だろうか。
誰も報われず、誰も助からず、誰も思い出さず。私が見ていたのは本当に「絶望的」な最後だった。世界が絶望と悪意に堕ちて、最終的には全てを壊してしまう、そんな未来。
でも、彼は学園生活内で記憶を取り戻すという「奇跡」を起こした。私が見ていた未来にはなかった道を開いてくれた。
だからきっと、彼と一緒なら、変えることが出来る。そう信じている。
私は絶対に、「悪意」なんかに屈しない。弟にもあの子にも、そして目の前にいるあなたにも誓ったから。
だからあなたも、絶対に屈しないでね。