三章 コンプレックスとポイズンスイーツ
先輩は大丈夫なの?
今度は別の女の子の声が聞こえてきた。先輩、ということは、この子はボクにとって後輩にあたるのだろう。でも、ボクの後輩にこんな子がいた覚えがないんだけど……。いや、そもそも、ここに来たばかりのハズなのに……。
大丈夫ですよ、応急処置はしましたから。
前と同じ女の子の声。やはりどこかで聞いたことのある声。それに、応急処置って……じゃあ、ボクは今どこかを怪我してるってこと?
木護さんも、腕を怪我してるけど動かせるの?
キモリ?キモリって……確かあかねさんの苗字じゃ……?それじゃあ、この二人は知り合い?
えぇ、これぐらいならすぐに治ります。
これは、いつの時の会話なんだ?それに、ボク達は既に会っていた……?
すみません、森岡さん。ここまでしてもらって。
大丈夫だよ、これぐらいならいつでも協力してあげる。
そんな、女性との会話も聞こえてくる。この女性も、どこかで聞いたことがある。
私は私なりにどうにかするよ。あの機関にはバレないように気を付けてね。
その声とともに、足音が聞こえてくる。森岡さん、という人がどこかに行ったのだろう。
……でも、本当に分からないことだらけだ。それを聞く相手も、近くにいない。
最初の学級裁判から数日。ボク達はいまだに沈んだ気持ちでいた。当然だ、短期間で三人の犠牲者を出してしまったのだから。唯一冷静さを保っているあかねさんも食事の時以外は部屋に籠っている。なんだかんだ言ってやっぱり精神的に来ていたのかもしれない。
――そういえば、あかねさんの左手、大丈夫かな……?
りんたろう君がボクに襲い掛かってきた時、ボクを庇ってナイフを掴んでいたけど治ったかな……?いや、普通に考えてたった数日で治っているわけないか。
「ちょっと行ってみようかな……」
不意に心配になってボクはあかねさんの部屋に行くことにした。もしかしたら何か知っていることもあるかもしれないし。
――まぁ、行くと言っても隣なんだけど。
ボクはあかねさんの部屋の前に立って、一呼吸置く。そして、ドアをノックする。すると、十秒くらいたってドアが小さく開いた。
「……小松さん?」
顔をのぞかせて、彼女は誰かと確認する。そして、ボクを部屋の中に入れてくれた。
「どうしたんですか?私に何か用ですか?」
彼女が聞いてくる。その表情はまるで何事もなかったようだった。
「あ、うん。その、左手、大丈夫?」
「あぁ、それですか。はい、一応、傷は塞がっていますよ」
ほら、と彼女は手袋を外し、ボクに見せてくれた。確かに傷は塞がっていたけど……。
「……え?待って、それ、やけどの痕……?」
「あ、これですか?本当は、あまり見せたくなかったんですけどね」
その手には美しい彼女には不似合いなやけどの痕があった。あかねさんは笑っているけど……。部屋は沈黙に包まれた。
やがて、彼女はこの痕のことについて話してくれた。
「……ほら、前に両親はもういないと言ったでしょう?その時の痕なんです」
「えっと……それ、ボクが聞いていいことなの?」
前にも言った気がするけど、聞かずにはいられない。
「えぇ、前も言ったと思いますが、減るものではありませんし。……丁度、電車に乗っている時でした。私達は珍しく家族で旅行に行くことになったのですが……事件に巻き込まれて、電車の中が火の渦になったんです。もう一組の家族もそれに巻き込まれて……私や弟はやけどだけですんだのですが、そのもう一組の家族の娘さんは左腕を刀で斬り落とされて……酷い光景でしたよ。結局、どちらの両親も亡くなりましたし……私もあの時はさすがに死ぬかと思いました」
彼女の体験談に唖然とした。驚いたのだ。まさか彼女がそんな凄惨な事件を経験しているなんて思ってもいなかった。
……でも、もっと驚いたのは、そんなことがあったのにそれがニュースになっていないことだ。
「あ、一応言っておきますが、娘さんは生きていますよ。左腕はお母様から移植しました」
「そ、そんなことも出来るの?」
ボクが聞くと、彼女は「一応、この学園の管轄下の病院に入院していましたからね」と答えた。確かにこの学園の管轄下なら四肢を移植するぐらい出来そうだ。何せボクと違って天才級の才能を持っている人だらけだし。
「でも、助かったのは本当に奇跡に近かったですよ。何せ結構人数いましたからね」
「そんなに多かったの!?」
「はい。十人いました」
それならなおのこと、ニュースになっていないなんておかしい。どうなってるんだ?この国は。
「最近は物騒ですからね~」とのんきな声を出す彼女はやはり落ち着いていた。冷静すぎて、今話してもらった出来事も嘘なのではないかと思えてくる。
でも、左手のやけどの痕は本当に事件に巻き込まれたのだと現実味を帯びていた。
「あ、そうです。せっかく来てくれたのですから、何かおもてなしでもしましょうか?」
そう言って冷蔵庫の中を見る彼女にボクは「いや、いいよ。ボクが勝手に来ただけだし」と断った。いや、確かにあかねさんの手作りお菓子はおいしかったけど。というより、あかねさんの部屋には冷蔵庫とかコピー機とか、あるんだな……。
すると、スピーカーからまたミミックの声が聞こえてきた。
『えー。皆さん、体育館に集まってください』
「……またか」
「……嫌ですね」
ボク達二人はそれぞれ嫌そうな顔をして呟く。でも、ミミックに従わないとどうなるか分からないし……。
「とりあえず、行きましょうか」
その言葉に頷き、ボクらは部屋から出た。
「ったく、今度は何だよ」
「ほんと、もう嫌なんだけど」
体育館に来ると、皆思い思いに愚痴を言い合っていた。当然の反応だ。
そんな様子でも構うことなくミミックは、今度はボクらの名前が書かれた封筒を取り出した。そして、それをばらまいた。
「えー、その封筒にはお前らの他人には知られたくない過去や恥ずかしい思い出が書かれています。他の人に知られたくなかったら早く殺し合いをすることだね」
言うだけ言って、ミミックは姿を消した。ボクは自分の名前が書かれている封筒を拾い、中身を見る。すると、そこには「小松はじめは中学に入学するまで理科が赤点だらけだった」と書かれていた。恥ずかしいけど、絶対に知られたくないかと問われたらそうでもない。
「……今度はコンプレックスを煽ってくるのですね……」
あかねさんの呆れた声が聞こえてきた。何のことを言っているのか分からないけど、彼女が動揺することはないだろう。少なくともボクは、この程度のことで殺人が起きるとは思っていなかった。
――そう、その秘密に対して隠したいほど強いコンプレックスを抱えている人がいたとは思っていなかったのだ。
昼過ぎ、ボクは廊下を歩いていた。
――本当に、大丈夫なんだよね……?
そんな不安にさいなまれながら立ち止まると、だいち君に話しかけられた。
「あ、あの、さ。はじめ」
「どうしたの?だいち君」
彼から話しかけられるとは思っていなかったから少し驚いた。「本当に、殺人なんて起きないんだよね?」と聞いてくる彼も不安だったのだろう。
でも、ここで「当たり前じゃないか」なんて言っても何の慰めにもならない。極限状態では、殺人は身近に起こってしまうものだと思い知らされた今となっては。こんな時、あかねさんはなんて言うのかな?
すると、今度はらい君が話しかけてきた。
「やあ、二人で話してるの?」
「らい君。まぁ、そうだね」
ボクがそう言うと、彼は周囲を見渡して言葉を続けた。
「珍しいね、はじめ君があかねさんと一緒じゃないなんて」
「そういえばそうだね。はじめ、よくあかねと一緒にいるよね」
確かに。ボクはこんな生活が始まってからほとんどあかねさんと一緒にいた気がする。でも、それが自然な感じがして……。
あれ?
何かおかしい。
ボク達は、何かを忘れている気がする。それが何なのか分からないけど、とにかく記憶が抜けている気がする。
本当に、ボク達は黒幕に閉じ込められたのか?
本当に、ボク達は初対面なのか?
あかねさんが巻き込まれたという事件も、本当にニュースになっていないのか?
何か……何かを知っているハズ……。
そんな、妙な感覚に陥った。そしてあかねさんは、本当は何か知っているのではないのかということも。
でも、そんなことを本人に確認出来るハズもない。
「そういえば、二人はなんでボクに話しかけてきたの?」
ボクが聞くと、二人は「なんか初めて会った時から話しやすそうだったから」と声をそろえて答えた。
「もちろん、不安だっていうのもあるけど……話してみたかったんだよね」
「でも、さっきも言った通りはじめはあかねとよく一緒にいるだろ?だからどうしても話しかけられなくて。ほら、あの人真面目そうじゃない?」
まぁ、確かにボクはよく話しやすそうだって言われるけど……。
「それに、はじめはどこか落ち着く雰囲気がある」
そんなこと、男に言われても嬉しくないんだけど……。
そんな時、急に放送が入った。
『死体が発見されました。至急、体育館に来てください』
それはまさに、ボク達を更なる絶望へと導くものだった。
体育館には、既に他の人達が集まっていた。
「また、ですね」
あかねさんがため息をつく。なんで彼女はこんなに冷静なんだろう?彼女が殺人を犯したとは思っていないけど、こんな異常な状況なのにまるで元々知っていたかのように落ち着いている。
……知っていたように?
――信仰者と言っていたけど、まさかね……?
不意に思い浮かんだ考えを一蹴する。まさかそんなわけない。
「お前ら、皆来たね」
どこからともなくミミックが現れたけど、それに驚く人はいない。
「ほら、これ渡すね」
ミミックはソフィさんの時と同じようにあかねさんにファイルを渡す。そして、風のようにいなくなった。受け取ったあかねさんは早速それを開いた。ボクも覗き込むように見る。
被害者は白夜 きく。死亡推定時刻は午後三時。
毒殺されたと思われる。
今度はきくさんが被害者なのか……。なんで彼女が殺されないといけなかったのか。
「現場は食堂です。行きましょうか」
そう言って真っ先に動いたのはあかねさん。今回も彼女が先に死体を発見したのだろうか?
そういえばソフィさんの時、部屋に入る前にボクに「覚悟が出来てるか」と聞いてきたことを思い出す。犯人でもなければ、見ていたわけでもないのに、まるで既に知っていたように……。すると、先程振り払ったハズの考えが再び頭に入った。
「……あの、さ、あかねさん」
ボクが彼女を追いかけると、あかねさんは立ち止まってくれた。そして、ボクの方に顔を向ける。
「どうしたんですか?」
「えっと……もしかして、だけどさ。あかねさんって、未来を見ることが出来るの?……なんて……」
そんな不可思議な能力、人間が持っているハズがない。そう思って聞いたのだけど。
「……なんで分かったのですか?」
なんと、彼女はあっさり肯定したのだ。今鏡を見たらボクは今までにない程驚いた表情をしていることだろう。それは彼女も同じだった。
でも、それなら。
「え?じゃあ……キミはこうなることを知って……?」
「まぁ、そう……ですね」
ボクが聞くと、彼女は躊躇いがちに呟く。道理で現場や被害者、犯人が分かっている様子だったわけだ。
じゃあ、殺人を未然に防ぐことも出来るのではないか。すると、彼女はボクの心を読み取ったように答える。
「でも、私の場合、未来を見ることは出来てもそれを変えることは出来ないんですよ。それに、全てが完全に見えるわけでもなくて、大抵場面ごとに止まって見えますし、いつ起こるか時間までは分かりません。それに、直前に分かる時もあるので……」
だからせめて、犯人が誰かを見つける手がかりだけは皆に伝えるようにしていたんです。
言葉を選んでそう言う彼女の表情は寂しそうだった。それが自分の役目だと言いたげに。
「だったら、わざわざ情報収集をしなくても皆に話して……」
「駄目ですよ。そんなこと、ミミックが許すとは到底思えない」
ボクが何を言いたいのか分かったのだろう、あかねさんは真剣な顔で首を横に振る。
「あいつは校則を誰よりも重んじる奴なんです。もし全く情報収集せず私の能力だけで学級裁判すると何されるか私にも分かりません。……言ったでしょう?本気で倒したいなら、今は我慢するべきだと」
それは、ボクも分かっているつもりだ。実際、こはるさんがそれで殺されてしまったのだから。
「じゃあ、犯人が誰か他の人に伝えることも出来ないの?」
その質問に「恐らくは」と彼女は小さく頷いた。
「そう、なるでしょうね。……ただ、今回もサポートはしっかりしますよ」
サポートというより、ソフィさんが殺された時の学級裁判の時はボク、ほとんど何もせずに流されるままだったんだけど。
「あ、今のことは誰にも話さないでくださいね。その、他の人には不気味だと思われてしまうので……」
その表情は今までにない程傷ついたものだった。それは、今までその能力のせいでたくさん傷ついてきたのだと容易に想像出来るものだった。ボクはただ、それに頷くしか出来なかった。そんなボクの様子にあかねさんはまた少し寂しそうな表情を浮かべたけど、ただ一言「ありがとう」とだけ呟いた。
「では、行きましょうか」と彼女の言葉を合図に、ボク達は食堂に向かった。
食堂には、倒れたきくさんの遺体があった。ただ眠っているだけと錯覚しそうになるほど綺麗で、外傷は特にないようだ。でも、手首を掴んでも脈は測れなかった。
「……毒殺されたというのは本当みたいだね」
その言葉にあかねさんは頷く。でも、毒らしきものはどこにも見当たらないけど……。
「多分、料理かお菓子に混ぜたんだと思いますよ」
困っているボクを見てか彼女はそんなアドバイスをくれた。考えれば分かることだけど、こういう状況に慣れていないからそこまで頭が働かない。
「じゃあ、厨房を見てみましょうか」
あかねさんに促され、ボクは厨房に入る。厨房に入ったのはソフィさんが殺されたあの時以来だ。確かあの時は凶器が包丁なんじゃないかって思って見たんだっけ。結局違ったけど。
ボクは、今度はごみ箱を見る。するとそこには何かのビンが捨てられていた。それを拾って見ると、ドクロマークのシールが貼られていた。
「……これ、明らかに毒だよね」
「思いっきり禍々しい雰囲気を醸し出しているんですし、そうでしょう」
というか、毒だと表すのにドクロマークなんて、漫画じゃないんだから。
なんて、今はそれどころじゃない。ボクは何気なく裏を見ると、そこには「即効性」と書かれていた。なら、朝食や昼食に混ぜられたという線は低いな。そもそも、もしそうだとしたら下手をすればボク達全員死んでいる可能性が高いだろう。
とにかく、これで何が原因か分かったけど、なら犯人は料理やお菓子を作ることが出来る人ということになる。共同生活を送ってきて、女子は全員料理が出来ることが分かっている。だったら、男子が犯人じゃないのか?
いや、一人だけ例外がいる。
「先に言っておきますが、女子は全員アリバイがあります」
あかねさんが言うには、きくさんと彼女以外は全員さくらさんの部屋で女子会なるものを開いていたらしい。彼女が嘘をつく理由なんてないし、あかねさん自身も体調が悪かったから自室で休んでいて部屋から出ていないらしいから、彼女を信じるなら考えられる人物は一人しかいない。あかねさんはそのビンを回収する。
「他にも証拠がある気がしますが……とりあえず、保健室に行きましょうか」
毒薬が保存されているところを把握しているのか、彼女はそう言ってきた。ボクはそれに頷き、食堂を出た。
保健室には当然ながらベッドに加え、薬品も揃っていた。ボクらは早速薬品棚を開く。
「……あれ?ここ……何か置かれていた痕跡があるね」
ボクが調べた場所には一か所だけ薬品が置かれていた跡があった。それを見て、あかねさんは写真を撮った。
「これも十分な証拠になりますから」
そう言って、彼女は撮った写真を確認する。
「では、私は写真を現像しないといけないので部屋に戻りますね」
前もボクが気付かない内にこうして写真を撮っていたのか……。さすが、他の誰より冷静さを保っているだけある。
「それでは、また後で」
「……うん」
立ち去る彼女を止めるわけにもいかず、ボクはその背を見送った。
彼女は犯人が誰か既に分かっている。でも、それを誰にも伝えることは出来ない。それは、どれ程辛いことだろうか。
――それでも、彼女は戦っている。
なら、ボクもそれに応えてみせると心に決めた。
『今から、二回目の学級裁判を行います』
アナウンスが聞こえ、ボクは赤い扉の前に向かう。再び始まる命を懸けた裁判――。
あかねさんが近付いてきて、小さな声でボクに聞いてきた。
「犯人は誰か分かりましたか?」
その言葉にボクは頷いた。でも、証拠が少ない上にそれを他の人にも納得してもらわなければいけない。前はあかねさんがそれをほとんどしてくれていたけど、彼女だけに任せるわけにもいかない。ボクも頑張らないと。
ボク達は扉の中に入り、前と同じように自分の名前が書かれた席に着いた。
「それでは、学級裁判開始!」
ミミックの合図に、まず口を開いたのはさくらさん。
「確か、きくちゃんは毒殺されたんだったよね?」
「うん、そのハズだよ」
らい君が頷く。
「じゃあさ、いつ、何に盛られたの?」
今度はららさんが聞いてきた。
「それは、昼飯の時だったんじゃないか?毒が遅効性だったとか」
「それは違うよ」
かおる君の言葉にボクは反論した。なぜなら、
「毒は即効性だったんだ。あかねさん、ビンを持ってきてるよね」
「はい、これでしょう?」
ボクが指名すると、あかねさんはどこからともなくさっき回収したビンを取り出した。
「ほら、裏を見てもらえば分かるけど即効性だって書かれてるでしょ」
「なるほど、それならご飯に盛られたとは考えにくいね」
「それに、もし昼ご飯の時に盛られていたら皆死んでると思うよ。校則違反になっちゃう」
ボクがそう言うとかおる君はさらに疑問を投げかけた。
「それなら、いつ毒を盛られたって言うんだ?」
「多分、昼ご飯の後だと思うよ。何かに混ぜたんじゃないかな?」
それにボクは答える。実際、そうだとしか考えられないし。
「そういえば、関係ないかもしれないけど」
かれんさんがきくさんのことについて話した。
「確か、きくは誰よりもお菓子が好きだったハズだ」
「お菓子好き、ですか。なるほど」
これでようやく頭の中のパズルがはまったのか、あかねさんは納得した声を出した。
「じゃあ、女子が怪しんじゃないか?確か、全員料理出来たよね」
「でも私達はその時、女子会を開いてたよ。きくさんとあかねさんは来なかったけど……」
だいち君の言葉にららさんがそう言った。そう言えばあかねさんもそんなこと言っていたな。
「それに、そのビンも厨房から見つかったんです」
「だから何だ?事前に混ぜた可能性も否定できんだろう。きくに毒入りの何かを作って持って行ったとか」
ひびや君があかねさんの言葉に食い下がる。しかし彼女の次の言葉が決定打となった。
「霧咲さん達は昼食のすぐ後にお菓子を作り始めたんです。その時私は気分が優れなかったので薬を飲もうと保健室に行っていたのですが、その時薬品棚のビンは減っていませんでした。確か、それが十二時五十分ぐらいのことですね」
なるほど、だから保健室に行ったのか。そりゃあ分かるよね。
でも、それだと。
「じゃあ、お前が一番怪しいじゃないか」
かおる君がボクの考えていたことと同じことを言った。もちろん、彼女がそんなことをする人ではないと分かっているけど。
すると、さくらさんが助け舟を出した。
「あかねさんは厨房に来てないよ」
「その代わり、一時過ぎに別の人は来たけどね」
ららさんがさくらさんの言葉につぎ足すように言った。
「その人って、まさか……」
お菓子作りをしている厨房に来る人なんて、女子以外に一人しか思い浮かばない。
「うん、ひびや君だよ。お菓子作りを手伝ってくれたんだ」
やっぱり。さくらさんの言葉でボクは確信を得た。
「そういえば、同時進行で何か作っていたわね。私達はお菓子を作り終えたらすぐにさくらさんの部屋に行ったんだけど」
何かを考えるように、ららさんが話した。
「……それから、これ、捜査前に食堂で見つけたのですが」
今度はあかねさんが一切れの紙を取り出した。それを見ると、そこには「三時に皆でお茶会を開くから厨房に来てほしい」と書かれていた。字体からして、男子が書いたものではないだろうか。
「皆、と書かれていますが、これは白夜さんにしか渡していなかった」
「うん。……最初からきくさんを狙った犯行だったんだ。そうだよね?ひびや君」
ボクが指定すると、彼は明らかに動揺した。
「っ!なぜ……!?」
「今の情報で考えられるのはあなたしかいないでしょう」
あかねさんがひびや君を追い詰めるけど、彼がそれに怯む様子はなく。
「でも、お前はアリバイがないだろ!」
「私はずっと部屋にいましたよ」
あかねさんのその言葉に、ひびや君は慌てて言葉を紡いだ。
「そ、それが怪しんだって!」
しかし、それでもあかねさんは冷静に指摘した。
「そんなに慌てるなんて、あなたらしくないですね。それだと自分が犯人だと言っているも同然です。それとも、私が犯人だというのなら何か証拠があるんですか?」
その言葉に彼は反論出来なかった。ひびや君はその場に泣き崩れてしまう。
「だって、どうしても知られたくなかったんだ!だから、隠すためには……!」
彼の言葉にあかねさんは目を閉じた。
「……終わり、ですね。早かった」
彼女の言う通り、今回は早く終わった。それに安心するべきか否か。
「こ、今回は殺人なんて起きないと思っていたのに……」
「起きる、起きないではないんです。自分の視点や価値観だけで語ってしまえば、今回のようになりますよ。……人というのは、どうしても隠したいものがあるんですから」
ららさんの言葉にあかねさんは厳しい言葉をかけた。でも、その通りだった。実際、こうして人を殺してまで自分のコンプレックスを他人に知られたくない人がいたのだ。
「結論が出たんだね。それでは、お手元のスイッチを押してください」
りんたろう君の時と同じように、ミミックはニヤニヤと笑いながらそう言った。投票の結果、ひびや君が選ばれた。
「正解だよ。いやぁ、やっぱりあかねさんはすごいね!不利な状況から犯人を当てるなんて!」
「……あんたの声なんか聞きたくないのですが?」
そんなあかねさんの冷たい言葉にも慣れたのか、ミミックはニヤニヤと笑ったまま。
「相変わらずつれないな~。まぁいいや。それじゃあ始めましょう!」
「ま、待ってくれ!」
ひびや君の必死な声に耳を貸さず、ミミックは赤いボタンを押した。
するとこれまたりんたろう君の時と同じようにひびや君はどこかに連れていかれた。映像には「三分クッキング」と出ていた。
ひびや君は厨房に似たところにいた。その傍にはミミックに似たぬいぐるみがいて――部屋が激しく燃え始めた。
ふとあかねさんの方を見ると、心なしか顔色が悪かった。手で口元を覆っている。そういえば、彼女は両親を目の前で亡くしているんだっけ。その時の状況と似ているのかもしれない。
「……………………」
「あ、あの、あかねさん?」
でも、だんだん顔色が青くなっていく彼女が心配になってボクは彼女の名前を呼んだ。するとそれが合図になったようにその場に倒れてしまった。
「あかねさん!?大丈夫!?」
ボクはすぐに彼女を抱き起したけど、反応はない。気を失っているようだ。トラウマと疲れがあわさって精神的に来ていたのかもしれない。
「あらら……あかねさん、倒れちゃったね。いいよ、はじめ君は彼女の看病に行っていいよ~」
ミミックの言葉にボクははじかれたようにあかねさんをおぶってその場を走り去った。正直、ひびや君がどうなってしまうのか分からなかったけど、どうしてかボクが彼女を看病しないといけないと思ったのだ。
なんでそう思ったのか分からない。だけど、彼女は……あかねさんは、死んではいけないと感じた。
そのまま、ボクはあかねさんの部屋に向かった。
あかねさんの部屋に着くと、ボクは彼女をベッドに寝かせた。呼吸は整っているけど、何が起こるか分からない。だから、その場を離れるわけにはいかなかった。それに、彼女にはたくさん助けられた。
――彼女は、絶対に敵じゃない。人殺しなんて、そんなことは絶対にしない。
そう思いたいだけかもしれないけれど、今までの行動でミミックとは敵対していることは分かっているから。
ボクは彼女を信じる。だから、早く目を覚ましてほしい。
ボクは彼女が目覚めるまで、出来るだけ看病しようと心に決めた。
両親が亡くなった時の夢を見た。
電車が火の海になって、私達家族ともう一組の家族が逃げようとするけど、退路も断たれていて……もう一組の家族の娘さんの左腕が刀で斬り落とされて、親も斬り捨てられて。更には他の乗客の人や運転手の人まで切り殺されていた。その光景はまさに「絶望」だった。
警察が来た時は、もう遅かった。犯人達がその場にもういなくて、かろうじて保っていた意識で私と彼女は縋りついていた。
私達の家族を助けてほしいと。
でも、私の両親と彼女の父親はもう手遅れだった。彼女の母親はかろうじて生きていたけど、もう助からないと言われた。だから、その人は彼女に自分の左腕をあげた。
彼女は泣いていた。彼女の両親のお葬式の時、私も当事者だったから出たけど、彼女の動かない左腕が妙に痛々しかった。だけど、その子は私にこう言った。
「ボク、絶望なんかに絶対屈しないから。お母さんから貰ったこの左腕と命、絶対に大切にするから」
その瞳は強く、両親を一気に失った人とは思えなかった。彼女は自分の才能のせいで、家族どころか親戚も死んでしまったらしい。中学生の、それも受験前の彼女には辛いことだろう。それでも、こうしてまた歩き出そうとしている。そんな彼女に、私は勇気を得た。
――この時の事件は、世間では「絶望事件」と呼ばれている。実際、この時の犯人は希望の学園と呼ばれているこの学園の生徒だったのだ。そしてそれをきっかけに世界中が絶望に包まれてしまった。その黒幕は「あの人」……私はそれを知っている。だけど、それを小松さん達はまだ思い出せていない。……もちろん、出来ることなら思い出してほしくはないけれど。もし、殺し合いなんて疑心暗鬼になりそうな状況じゃなければむしろ覚えていないのは好都合だ。でも、こうなってしまった今、せめて小松さんだけでも思い出してほしい。
それは不可能な話かもしれないけれど、私は諦めない。だって、全てを失った彼女が立ち上がったのだ、私がいつまでもくよくよしているわけにもいかない。
私は自分が持てる力で彼女を守り、「悪意の残党」と呼ばれている学園の生徒達を逃がしたり、庇ったりした。全ては世界を「希望」に立ち返らせるために。
その決意は今も揺るがない。そのためにはこの「悪意」に勝たないといけない。「絶望」に負けてはいけない。
この殺し合いに、屈するわけにはいかない。お父さんの遺言を守るためにも。
でも、今は……少しだけ、休ませて。