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挿話 少女が見た絶望

 ――私には、両親がいない。

 いえ、いないというよりは殺されてしまったと言った方が正しいでしょう。つい一年前のことだ。弟が無事だったことだけが唯一の救いか。

 そして、今のこの状況――私にとってまさしく「絶望」だった。予想外のことがたくさん起こっているからだ。

 皆の記憶が奪われていること。

 閉じ込めると決断したけど、いつでも出られるようにとそのままにしておいたハズの玄関が鉄製になってしまったこと。

 学園内が勝手に改造されているということ。

 そのほかにも、最悪のことがたくさんある。完全に、私の推測ミスだ。

 まさか、閉じ込めた人達の中に二人も敵がいたなんて思ってもいなかったのだ。一人だけなら、対処出来たのに。

 一人は確実に紛れ込んでいるということを知っていた。だから、その一人さえどうにかなればと安易な考えを持っていたのだ。

 ――最悪な出だしだ。

 どうあがいても、私は無事では済まされない。いや、それはもとより承知だった。もともと彼女を敵に回した時点で、死ぬ覚悟はしている。最悪なのは、皆の記憶が奪われてしまっているということだ。

 このままだと、彼とたてた計画が、彼と、あの子達にした約束が全て無駄になってしまう。

 皆を元に戻そうという計画が。

 今の皆は、世に出したらどんなことをするか分からない。一つ言えることは、彼以外は皆世界を悪意に染めてしまう可能性が高いということだ。どこから記憶が奪われているのか私にも分からないから、何も言えないけど。

 だけど、私は絶望に屈するわけにはいかない。希望が輝く未来を創るために。

 ――そう、思っていたけど。


「キミが、奴の言う裏切り者なの?」

 あなたが私に聞いてきた。それは責めているわけではなく、自分の考えが間違いだと確認のためだったのでしょう。

 でも、私にとっては背筋が凍る宣告だった。そう、死刑宣告を受けたような感覚だ。

 ――ここで認めてしまえば、きっと皆助かる。

 だって、奴がそう言ったから。裏切り者を見つけ出せば、これ以上は干渉しないって。

 いつの間にか、皆が私を冷めた視線で見ていた。

「……どうして、そう思ったのですか?」

 緊張して、口の中が渇いていくのが分かった。こんなこと、初めてだ。私は家柄上、今まで人前に立つことが多かったから、緊張することなんてもうないと思っていたのに。

「ボクは、キミが裏切り者だなんて……敵だなんて思っていないよ。だって、キミはボクをいつも守ってくれたから」

 疑うことを知らないあなたはそう言ってくれた。

 私を、信じてくれた。

 でも……ごめんなさい。

「……いいえ、私は確かにあいつの言う「裏切り者」ですよ。あなた達にとって敵か味方かは置いておくとしてね」

 あなたの期待を裏切ってごめんなさい。

 だけど、本当のことを言わないと、きっとあなたは後悔してしまうから。

 すると、あなた以外の人達が私を罵倒しだした。

「貴様が元凶か!」

「あんたが全部悪いのね!」

「お前なんて、死んでしまえ!」

 そんな言葉を、私は静かに聞いていた。だって事実だったから。

 私が皆をここに閉じ込めなければ、きっとこんなことにならなかった。それは理解しているつもりだ。

 だけど、それが出来なかったのには理由がある。でも、何も覚えていない彼らにとってはそんなこと関係ないのだろう。

「くくく……!いいの?言われっぱなしだけどさ」

 禍々しい黒ウサギのぬいぐるみが私に聞いてきた。それでも、私は黙りこんでいた。いや、言い返す気力もなかったと言った方が正しい。

 でも、そんな中でも、あなたは私を責めるどころか庇ってくれた。

「皆、そんなことを言わないで!きっと彼女にも何か理由があるハズだよ」

 やはり、あなたは他の人とは違う。数年かけて探し出したかいがある。

 だけど、もう手遅れだ。こうなってしまっては、もう私は助からない。

「では、投票してくださーい!」

 黒ウサギがニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら大きな声で言った。

 あぁ、随分抗ってきたけど、私はここまでですね。

 覚悟を決める。さすがの私でも、人間なのだからやはり死ぬのは怖いのだ。でも……皆を助けるためには、こうするしかない。私も、自身に票を入れた。

 投票の結果、私が選ばれた。

「正解です!裏切り者は―――さんでした!」

 黒ウサギの言葉にあなたは唖然としていた。この事実が信じられないと言いたげに。

「せっかくだから、きみには最期の言葉を言う時間を与えようかな。ほら、何かない?」

 黒ウサギが楽しそうに告げてきた。人の命をおもちゃのように思っているのだ、このぬいぐるみは。

「最期の言葉、ですか……」

 私は考える。この黒ウサギが求めているものを。

 答えはすぐに分かった。こいつは命乞いを見たいのだ。私が無様に泣きながら、こいつに縋りつく様を。

 でも、そうはいくか。

「……――さん」

 あなたの名前を呼ぶ。あなたは目を見開いた。

 その瞳には涙がたまっていた。自分では気付いていないだろうけど。

 そんなあなたに、私は出来る限りの笑顔を向けた。

「あなたは、まだ死ぬ時ではありません」

 そう、あなたに告げた。これぐらいしか、あなたに残せるものがない。

 あぁ、でも、あなたは私の後を追ってしまうのでしょうね。私には分かります。

 だって、私はエスパーですから。

 ……いえ、冗談はよしましょう。いや、私は「未来を見る者」ですから、ある意味合っていますけど。

 もう希望なんてない。

 でも、私は死ぬとしても絶対に絶望に染まらないと心に決めたのだ、だから……最期まで笑顔でいよう。

「遺言はそれだけ?それじゃあ、処刑を開始します!」

 黒ウサギのその言葉を合図に、私は歩き出す。

 自分の処刑場へ。

 ――キリストが十字架を背負い、自らの処刑場へ向かったという聖書の記述を思い出す。十字架こそ背負っていないが、状況はまさしくそれに似ていた。

 私は大きな木の棒に縛られる。そして、足元に何かが撒かれた後、火をつけられた。恐らく、撒かれたのは油か何か燃えやすいものだろう。

 少しずつ大きくなっていく炎。それは、私にとってはトラウマ同然だ。

 ――両親が殺された時のことを思い出すから。

 それでも、顔色を変えないように気を付ける。そう、さながら物語の中の魔女のように。

 これが皆に見られているということは既に承知済みだ。

 息が苦しくなって、視界がぼやけていく。火あぶりにされると人は大やけどで死ぬ前に煙による呼吸困難で死ぬことが多いなんて言われているけど、それは本当だったようだ。私は上を見上げる。そこにあるのは無だった。

 あぁ……やっと両親の元に行けるかな?

 心配なことが多いけど、大丈夫。私がいなくても、きっと世界はいずれ希望に包まれる。そう信じてる。

 意識が途切れる直前、私の頭にはあなたの顔が浮かんでいた――。



 ハッと、目を覚ます。ここはどこだっただろうか。周囲を見て、すぐに思い出す。

「……ここは……教室ですね」

 どうやら私は寝てしまっていたようだ。窓を見ると、外が暗くなっているので今は夜時間のようだ。確か、外が橙色に染まっていた時に来た覚えがあるので、その時に寝てしまったのでしょう。

 ここは私の思い出の場所。ここで私はあなたと出会った。

「でも、あなたは何も覚えていない……」

 私の呟きは教室の沈黙に消えた。今はここには誰もいない。

 それにしても、さっきの夢は何だろう?あんなにリアルな夢を今まで見たことがない。

 ……いや、本当は分かっている。あれは、私が死ぬ瞬間を見たのだ。

 夢で未来を見たのは初めてだ。私は未来を見ることが出来るけれど、いつもは数時間後の未来を見ることが多いのに。

 あれは恐らく数日後の未来だ。直感だけど、そう思った。

「……未来を、変えることが出来ないの……?」

 誰もいないことをいいことに、私は弱音を吐く。そうでもしないと不安に押しつぶされてしまいそうだったから。

 実は、皆が記憶を奪われているというのをついさっき気付いたのだ。だから、私も何も分かっていないふりをした。

 誰が悪いわけでもない。悪いのは黒幕ただ一人。それは分かっている。分かっているけれど……。やっぱり恨まずにはいられない。

『大丈夫だよ』

 過去のあなたの声が聞こえてくる。いろいろなストレスでとうとう幻聴まで聞こえてきてしまったのだろうか。

『大丈夫。ボクがずっと傍にいるから』

 それとも、私は過去に縋りついているのだろうか。

 もう、過去は振り返らないって決めたのに。

 思わず、涙が流れてしまう。私は、本当は弱い人間なのだ。

 そんなことをしても、何も変わらないのは知っているけど。

 どれぐらいそうしていただろう。涙を拭った後、私はもう一度教室を見渡す。そうすると、ここでの出来事が思い出された。

 楽しく過ごしていた日常。今、ここにいるのは皆新入生だったから、話しかけにくかったことを覚えている。

 そんな中、あなたは緊張しながらも私に話しかけてくれましたね。それから、一緒に昼食を食べたり、図書館で本を読んだり、ゲームを一緒にしたこともありましたね。本当に、楽しかった。今まで経験したことがないことばかりだったから。

 それが崩れたのはいつだっただろうか。

 そう、あの事件からだ。あの時から、絶望と悪意が始まった。

 こうなることは、小学生の時から知っていた。さっき「主に数時間後の未来を見る」と言ったけど、これだけは例外だったようだ。

 けれど、細かいところまでは知らなかった。知っていたら、いくらでも対策出来たのに。

 希望が輝く未来を創る。その気持ちは本当だ。

 でも、本当に出来るのだろうか?

 不安と絶望に苛まれながら、私は何も映らない窓を見る。

 いつになったら、外に出れるだろうか?

 いや……もしかしたら、外に出る前に死んでしまうかもしれない。それこそ、さっき見たあの「未来」と同じように。

 でも、私は信じる。奇跡が起きることを。

 だから、どうか――。

 どうか、生きて。

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