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プロローグ《真》



「ちょっとお待ちになって」



凛としてはっきりとした声に、思わず肩が跳ねた。このゲームで女性声優がついているキャラクターは1人しかいない。

第一王子の婚約者であり、ヒロインと同じ聖女候補。美しいが苛烈。

ランドルフ公爵家長女、ダニエラ・ランドルフ。


声の主を振り返ると彼女は講堂の方から歩いて来たらしい。同じ制服を身纏っているにも関わらず彼女の服は輝いて一流のオートクチュールのように見えた。カツンと石畳を鳴らす靴は華奢なほどにヒールが細く高い。

銀髪のように白い髪は冷たい雪のようで、同じ色のまつ毛の奥にある瞳はサファイアにように青く、まるで雪の女王のように冷たい様相だ。

しかし、キャラクター紹介にも書かれた『凍えるほど美しい悪女』の一文に偽りは無い。ゲームの世界とはいえ、こんなに綺麗な人間が存在することができるなんて凄いな。と愛菜はしばらく動けずにいた。


パチンと音が鳴ってまた肩が跳ねる。ダニエラの手にある青いフリルの付いた扇子が手の平に当てられて出た音だ。

ダニエラは無表情に小首を傾げてこちらに近づいてくる。ゲームではダニエラと遭遇するのは完全にランダム。しかも選ぶ3択に決まった正解は無く、確率でバッドエンドにされる。

愛菜は思わず後退りしかけて、すぐに思い直してキッとダニエラを睨む。


「(負けない!ここで負けたら王子の攻略なんてできない!)」



この悪役令嬢も、設定同様典型的過ぎるほどの悪役令嬢だ。教科書や私物を捨てたり壊したり、頬をはられたりがほとんどだ。取り巻きを使って責めたり、大ごとだと雇った暴漢に襲わせる程度。しかも今回は初対面であれば嫌味を言われるくらいだろう。


「ごめんなさいね、突然。あなた、オーヴレイ男爵家の方かしら」

「え、ええ!アイナ・オーヴレイと申します! な、何か!?」


虚勢を張ろうとしたことで声が大きくなってしまった。が、愛菜はダニエラを強く睨んだまま一歩前に出た。虚勢にしてもなかなか上手くできたのでは無いだろうか。


「そう、今回は『アイナ』というのね」

「…え?」

「あらごめんなさい。敬称もつけなくてはね。アイナ様」

「い、いえ」


雪の女王の様に綺麗な口元が上がると、更に綺麗で同性でも見惚れてしまう。


「アイナ様、初対面で不躾ではありますが…さあ、選んでくださいませ」

「え」



ヒュッ


目の端で、何かが動くのが見えた。愛菜は動体視力が良くはないし運動神経も良くない。

これがゲーム補正だというなら凄い。なんて悠長に考えれる。

ゲームのように目の前に選択肢が現れた訳では無いが、選択肢が見えた様だった。


避けるか、そのまま受けるか、彼女を押すか。


「(…平手ぐらい受ける!)」


悪役令嬢の平手を受けている場面を攻略対象が見ていてくれるパターンかもしれない。そう思えば一瞬の痛みなど軽いものだ。

見えない選択肢を選んでグッと身体に力を入れる。


「(来る!)」


ゴズッッッ


パンと乾いた音は鳴らず手の平の感触とは比べ物にならない程の硬さと重さ、今まで、ゲームの外の人生でも経験した事が無い酷い痛み。


「ぎゃああああ゛あ゛あ゛ぁぁぁあ゛!!!!」


痛む左顎を軸に宙を舞った様に身体が横薙ぎに倒れた。反射で殴られた場所を手で覆うと手の平で感じられほどみるみる膨らんでくる。


「っっっだびを! ブフッ」


何を!と言おうとして口の中からダラダラと鮮血が流れてくる。血にむせて咳をすると、血溜まりにカランと白い塊が落ちた。それも2つ。


「あら、歯が抜けてしまいましたね。ごめんなさい」

「あ゛ あ あ゛」

「あらあら可哀想。やはりこの鉄扇を威力は素晴らし過ぎるわね。 «浄化»」


ダニエラの右手にあった水色の布とフリル、銀糸で何か刺繍がされているらしい扇は彼女曰く鉄扇らしい。

«浄化»を唱えると水色の布地に付いた血液が空中に浮かんで溶けるように消えた。


«浄化»は白魔術の基本魔術であり、『魔瘴』という魔術を使用した際に生じる濁りを取り除くものである。濁りは精神障害を引き起こすからだ。


「ら、らんえ !?」

「何故か、ですか。私にもさっぱり。あなたみたいな方達の血は何故か«浄化»で消えるんです」


ふう。とため息を吐きながらダニエラは頬に手を添えて血溜まりを見つめた。公爵令嬢という高貴な人生を生きてきた淑女が血を見て顔色も変えない。そもそも普通の淑女は鉄扇持ち、人の顔に叩きつけたりしない。


「ふむ、これではまともに話せないわ。ちょっとお喋りしましょう。 «治癒»」


治癒を唱えたとたん、痛みが軽くなる。舌を口の中で動かすと歯は無いが傷口はほとんど埋まっていた。完璧な治癒では無いが、それがわざとならたいした腕だ。

ダニエラがやはり笑う。


「あなた、アイナ様だったわね。どうかしら。まだ、ここにいたい?」

「え」

「こうやって聞くのは最初の1回なの。後はいくらでもやり続けるわ」


雪の女王という先程の表現は甘かった。氷だ。 氷柱かもしれない。

皮膚が切れるほどに冷たい笑顔だ。


元の世界でただ平凡なオタクとして生きていた愛菜の人生にはこんなに美しい女性も、出血する程の暴力も、ましてやトリップも無縁だった。


初めての事を約10分程の短い時間でいくつも経験してしまえば、当然パニックを起こす。


「…っ……、たい」

「何かしら」


「帰りたい…ママ…パパぁ!!」


「まあ可哀想」


心底そんな同情が声に籠っていないが、棒読みとは違う慣れた様子のその声に愛菜の全身は慄える。

自分を痛めつけた人間の感情の読み取れなさに、いつまた鉄扇が振り下ろされるか身構えてしまう。

しかし彼女はやはり笑ったまま、少しだけこちらに顔を近づけた。


「……どうかしら、そろそろ【選択肢】が出てきたのではないかしら」

「…え」

「確か【リセット】と出るのでしょう。それを選ぶと元の世界に帰れるそうですよ」


その言葉を聞いて、カッと頭に血が上る


「あああああんた!あんた!!!」

「……」

「てっ転生者でしょう!そうなんでしょう!? 何これ!これ『キミせか』の悪役令嬢転生物!?」

「落ち着いてアンナ様」


落ち着かせようとする声と同時、バシンッと先ほどより弱い衝撃音と、弱いんだろう痛みが同じ場所に感じる。弱いのだろうが、死ぬほど痛い。


「痛い痛い痛い!!!」


「私は【転生悪役令嬢】でも【憑依悪役令嬢】でもないわ。この世界での生しか知らないし、【前世】なんてないわ」

「痛い…う…うう…」

「本当に流行っているのね。【悪役令嬢物】だったかしら。150…160?もう何人からも聞いたのよ」


もう飽きたわ。と鉄扇が揺れる。ビクッと身体が震える。こんなに簡単に理不尽に痛い事があるなんて。





これ以上痛いのは嫌!!!


目の前にあり続ける救いの選択肢に、手が伸びるのはもう仕方なかった。




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