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コメディ系短編小説

ひきこもりは我々にお任せくださいゴルァ!

作者: 有嶋俊成

  ーーとあるひきこもりの息子を抱えた夫婦の話…なのだが…



 馬場夫婦は困っていた。二階の奥の部屋に二十五歳になる一人息子・稲男(いなお)が長年、引きこもっているのだ。人間関係が上手くいかず高校を中退してから早八年。既に成人し、本当ならもう家を出て手に職をつけ、自ら稼いでいる年頃だ。それなのに息子は中卒な上、バイト経験も無い。社会的に終わっているに近い。自分たちもいつまでも生きて息子を支えられるわけではない。このままでは自分たちがいなくなった時、息子はどんな破滅を迎えるかわからない。

 ーピンポーン

「来たぞ。」インターホンの音に反応し、馬場夫婦の夫・基良(もとよし)が立ち上がる。

「お邪魔致します。薬沢ひきこもり支援センターの薬沢(やくざわ)と申します。」玄関からスーツを着た男が部下と思しき男を連れてやってきた。

「今回はよろしくお願いします。」基良が頭を下げる。

「あの…息子は…どうにかなるのでしょうか…」基良の妻・早和子(さわこ)が不安そうな表情を浮かべている。

「お任せください。我々のもとで支援を受けたひきこもりの子たちはみんな無事に社会復帰しています。」薬沢が安心させるように言う。「では状況は一通りお聞きしましたので早速、稲男さんの部屋へ行きましょう。」

「どうぞお願いします!」基良は頭を下げる。

 夫婦はこれまで息子を連れ出そうとあの手この手を試してきた。しかしそれは全て無駄に終わった。二人は今回の支援センターの活躍に最後の望みをかけているのだ。

 薬沢は稲男がいる部屋のドアの前に立った。その後ろに二人の部下が立つ。馬場夫婦はその様子を息を呑んで見守る。

「では。」

 薬沢が夫婦に合図する。夫婦は静かにうなずく。

「稲男さーん、初めましてー、薬沢ひきこもり支援センターの薬沢と申します―。」

 薬沢の声が二階に響く。部屋の中からは反応が無い。

「稲男さーん、急に押しかけてしまい申し訳ございませーん。しかし、ご両親からの許可は得ていますのでこのようにお声かけさせていただいてまーす。」

 そう言い終わった時、部屋の中から物音がした。重く乱暴な足音がドスドスとドアの方に近づいているのがわかる。

「うるせぇよ! 寝てんだよ!」岩をぶつけてくるような声がドアを通じて二階に響く。

「あぁ…」早和子が声を漏らす。

「稲男さん、正直に言わせてもらいます。お父さんとお母さんはあなたにうんざりしているんですよ。」薬沢の呼びかけが続く。

「勝手にうんざりしてろよ!」

「今、あなたが感じているのと同じ思いですよ。」

「俺は俺の意思があるんだよ! つか、お前ら部外者のくせしてえらそうに! だいたいお前、人に物言うほど偉いのかよ!」

 薬沢は一旦、引き下がる。

「お父様、それでは本気を出してもよろしいでしょうか?」薬沢は後ろの方で様子を伺っていた基良に顔を向ける。

「ええ。もう何をしても構いません。息子を連れ出してください。」基良の目には強い決心が溢れていた。

 許諾を得た薬沢は再びドアと向き合う。肩を回し、首を鳴らす。後ろに立つ二人の部下も目つきを変える。

「稲男さーん、早く開けてください。」ドアを手の平で三回叩く薬沢。「おい、いるんだろ! 開けろ、開けろ!」さらに三回叩く。「さぁ、お前らも行け!」後ろの部下二人に指示を出す。

「おい開けろゴラァ!」「出てこいゴルァ!」「いんだろうがゴルァ!」「やるぞゴラァ!」

 ドアから衝撃音が鳴り響く。それを見ていた馬場夫婦は目を丸くした。

 薬沢が部下を払いのけ、再びドアの前へ出る。その瞬間、木製のドアが壊れんばかりの音が炸裂する。

「オラ開けんかいゴルァーーー‼」ドアに膝蹴りする薬沢。

 馬場夫婦は身を寄せ合いながら木目に向かって叫ぶ支援センター一行を見つめている。

「早う五秒で出てこいゴルァー‼」「調子乗ってんのか! イキってんのか!」「おいもう壊せ! 壊せ!」

 怒号と共に二階の空気が揺れ動く。

「ねぇお父さん、この人たち誰?」早和子が基良の腕を引く。

「支援センターの人だろう。」

「何の支援センター?」

「ひきこもりだろ。だから呼んだんだろ?」

「違う違う、どういう類のひきこもり支援センターってこと。」

 夫婦の目の前には獣のような声と天変地異のような音が響く惨状が広がっている。

「早よ開っけんかいっコッッッルァァァァ‼」薬沢の部下の罵声が響く。

「部屋の中から何も聞こえないじゃないの。」

 早和子の声は耳打ちでもしなければ基良の耳には聞こえない。

「ねぇあなた、ちょっと行ってきてよ。」早和子は基良の肩を押す。

「は? なにしに行くんだよ?」

「一回、止めてきてよ。」

 基良は意を決して薬沢たちに近づく。

「あの!」

 基良の声を合図にするかのように薬沢たちは罵声と手足をピタッと止めて振り返る。

「どうされました?」

 直前とは打って変わって穏やかな顔つきと優しい声を見せる薬沢。

「息子…どうですか?」

「お任せください。我々が必ず社会復帰させてみせます。」

「…お願いします。」

「では。おぉぉぉい‼ 開けろゴッラーーー‼」薬沢は再びドアに向かい叫ぶ。

「ちょっと、何やってんの!」戻ってきた基良に早和子が耳打ちする。

「お前も見ただろ? あの落差。」

「怯んでるんじゃないわよ!」

 馬場夫婦がそう言っている間にも薬沢たちの罵詈雑言が続く。

「い・な・おさーん、そろそろ腹くくらねぇと、エラいことになるぞぉ~」薬沢がそう言って後ろに下がると部下の一人がドアの前に立ち、拳を構える。

 ードンッ、ドンッ、ガンガンガン、ドガンッ

 部下はドアの板を拳や肘で乱暴に殴る。

「いけーっ! やれーっ! どつけどつけ!」「いけっ!いけっ!いけっ!ひゃーっ!」

「競馬場みたいだな。」基良が呟く。

「のんきなことを…」早和子が呆れる。

「痛ってぇ…変われ。」

 もう一人の部下と交代する。

 ードンッ、ドン、ドンッ、ドガッ

「おーっ! いいぞいいぞ! やれやれ!」「もうちょいだ。覚悟せぇゴルァ!」

 ドアの木板にひびが入る。

「ヤクザの戦いみたいだな。」

「あなたもういい!」夫のその言葉を聞いた早和子は完全に呆れてしまった。

「よーし、一気にいくぞー。」薬沢が体をほぐし、腕を振り上げる。

「待ってくださーい!」

 薬沢の後ろから甲高い女性の声が聞こえた。

「なにやってんだ!」急に叫んだ早和子に基良が驚く。

「あとは私が…」ドアにかけよる早和子。

 薬沢たちは一旦、引き下がる。

「稲男、何やってんの! こんなことされて…もうお母さん見てられないわよ!」

 薬沢や基良たちは早和子の豹変に唖然としている。

「高校でちょっと人間関係こじれただけで、ふさぎ込んで…中退なんてふざけんじゃないわよ! あなた中卒よ! 職歴もないのよ! そんな人間これからどうすんのよ!」

 涙を流しながら必死でドアの向こうの息子に呼びかける早和子。そんな様子を後ろから見ていた基良はこれまで自分が息子にしてやれなかったことを思い出して父親として自分を恥じた。

「稲男! 一緒にご飯食べよう。外食でも良いぞ。」基良も早和子とともにドアの向こうへと声を掛ける。「開けても良いか?」

 基良がドアノブに手をかける前にそれが自ら内側へと引き込まれていった。

 稲男が自ら部屋から出て来た。黒い髪の毛は目を覆い、ヨレヨレのスウェットが長い引きこもり生活の経過を感じさせる。色白の肌、細い手指。基良はそんな息子の窮状を目の当たりにしてこれまでの非力な自分に嫌悪が込み上げた。

「稲男…悪かったな。」

「めっちゃ…怖かったよ…」弱々しい声を上げる稲男。

「ごめんな、それは本当にごめん。謝る。」

 稲男は俯く母親にも声を掛ける。

「母さん、今まで本当に迷惑かけてごめんなさい! 俺、何度も外に出ようと思ったけど、昔のこと思い出すと怖くて…何度も出ようと思ったけど…」

母親の早和子は俯いたまま動かない。

「そうだ母さん、クローゼットの中漁ってたらこれが出て来たんだ。」稲男は一枚の写真を差し出す。「俺が小学生の時みんなで遊園地に行った写真。ジェットコースターから降りた瞬間俺が吐いた時のやつ。」

「そんなこともあったな~」基良も写真を見て記憶が甦る。

「それとこれ、小学校の入学式ではしゃぎすぎて停まってた自転車にぶつかって自転車が全部ドミノ倒しになった時の写真。」

「あれ大変だったな~」

 基良がすっかり思い出に浸っていたその時、早和子が稲男の手から写真を奪い取り、部屋の中へと投げ込んだ。

「早よ出てけコラァー!」

 あまりの剣幕に縮こまる基良・稲男父子。

「この汚ぇゴミ息子がヨォ! 人様の金食う乞食めがァ! オラお前ぇらァ! さっきの勢いはどこに捨てたァ‼」

 薬沢にまで怒鳴り散らす早和子。

「おい、おい、お前落ち着け! 近所の人来るだろ…」なんとか妻を落ち着かせようとなだめる基良。「すいませんみなさまちょっと今回はこのようなことになってしまい…」

「お前らァ、かかれェー!」

 薬沢が部下二人に指示を出すと、部下は稲男を抑え込む。

「な、何すんだ!」母親に呆然としていた稲男は簡単に薬沢の部下らに連れ出される。

「ちょっとなにしてるんですか!」基良が息子を連れて行こうとする部下らを止めた。

「お父様、我々もお母さまには負けていられません。」獣のような目つきの薬沢。

「さぁ来いコラァ!」「オイオラ歩けぇ!」「痛ってぇな! おい離せよ!離せよ!」「動けカスが! かわいがってやんよぉ!」言い争いながら階段を下りていく稲男と薬沢たち。「親父! なんだよコイツら!」

「母さん! 稲男が!」基良の声は虚しくも早和子の耳に届かない。

「おうおう! 行け行け! お荷物が消えたわァ! ゴミは出ていけェ! 燃やされて灰になれェ! 戻ってくんなァー!」

 早和子の罵詈雑言を通り越した悪口雑言に基良は吹き飛ばされるような感覚を覚えた。

「稲男!」基良が叫ぶ。「大丈夫。反社ではないと思うから。多分。」

「親父ー‼」

「…ガンバレー。」

 ドアを挟んだ攻防戦は弱々しい基良の声と共に終わりを迎えた。



  ーー終わり

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