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百一回目の解体新書  作者: 駄犬
運び屋「センリ」の裏事情
7/15

運び屋

 宇宙の膨張に比肩する三日間は、目玉が渦を巻く思考の目まぐるしさがあり、事を欠いて傾注した解体の末に、形容し難い渇きが久遠の向こうに霧散した。


 人を殺した数は、アンドレイ・チカチーロやジョン・ゲイシー、稀代の殺人鬼ヘンリー・ルーカスには遠く及ばないが、同じ女性を殺めた数は俺が一番に違いない。これは彼女の特殊な体質に起因する。脇の付け根にある黒子や好物、トイレを終える時間。全てを知り尽くした俺は、彼女にとって親類より頼りになる人間に違いない。


 解体の過程で、夥しい数の痣を見つけた。一目で、「虐待」を連想する彼女の身体は、身寄りをなくした路傍の猫と変わりない。だからこそ、警察の動きは鈍く、事件となって拡散されるにも約一ヶ月掛かった。その頃には、俺と彼女の関係は発展して、友人といって差し支えない間柄になる。そして、俺は料理人という職を退き、雑居ビルの一室を借りて、ある会社を設立した。


 出入り口前に置いた間仕切りの衝立と客を迎えるソファーに、書類の整理に用意した机と椅子で、面積の半分以上を使った。二人で切り盛りするには丁度いいぐらいだろう。商売のイロハもろくに知らず始めた太平楽な阿呆の電波は、のっぴきならぬ事情を抱えた者達が受け取って、繁盛とは行かないまでも、その日を食うに困らない収入は得ている。真っ当な仕事であれば、競争も生まれるのだろう。その点、暗唱も億劫な数の法に触れる可能性がある仕事を生業にした利はあったのかもしれない。呼び出し音が鳴った。


「お待たせしました。運び屋センリでございます」


 一語一句、聴き取るのが難しい靴底を地面に擦ったような低い声だ。その上、早口とくる。折り目正しく背筋をピンと張らなければ、外国人に耳を貸しているような気分にさせられる。耄碌して頻りに言い直させたかったが、いざ顔を合わせた際にバツが悪い。相槌で滞りなく話を進める。復唱せよと言われた日には、歯が抜けたようにまごまごと口籠りそうだ。


 耳から入ってくる音だけをひたすら追いかけながら、肝となる逢瀬の日付と時刻だけは、幾度か聴き直した。これを損じれば、依頼者同士がこの場にかち合うなんてことも起こり得る。


「それでは、失礼します」


 三日後の午後十五時。詳しい依頼内容は、当日に聴くことになる。依頼された仕事は何があろうがやり遂げることを信条としている。時には、託児場から幼児を依頼主の自宅まで送り届けたり、死体と思しきものを県を跨いで移動させたりもした。


「浦壁さん、買ってきましたよ」


 出入り口の前に立つ衝立を舞台袖とし、彼女は肥満気味なビニール袋を腕にぶら下げて登場した。俺が座っている机にそれをどさりと置くと、ビニール袋は水滴を落としたように平たく広がった。


「ありがとう」


 俺と彼女が必要としたもので構成されたビニール袋の中身はなかなか雑多だ。日用品の靴下や食べ物で言えば甘味類も。


「三日後に仕事が入った」


 先刻のことを彼女にさらいつつ、ビニール袋の中身を手分けする。小さく聞こえてきた溜息は彼女の悪癖である。


「ろくでもない依頼なんでしょうねぇ」


 文句も付け加えられたが、とくに怒ることもしない。彼女をここまで懐疑的な思考にさせたのは仕事の性質上、仕方のないことだ。

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