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百一回目の解体新書  作者: 駄犬
百一回目の解体新書
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百一回目の解体新書

 俺は一日目の朝、心掛けていた挨拶を黙殺する。そして、余計な接触を避けるために浴室へ放置したまま、三日間を過ごした。顔を見ない日がなかった獲物との関係を洗い直した影響から、すっかり衰弱した状態の獲物と鉢合わす。これより、百二回目の解体に入る。


 まずは、右腕を外そう。大きな骨に当たる肩峰は避けて、右肩口から糸鋸を入れ、脇を目指して切り走らせる。最初のうちは氷の上を滑らせているような空々しい感覚に襲われる。それは血ではなく、垢のような黒い屑が糸鋸の下に溜まってしまっているからだ。息で屑を吹き払いつつ、齷齪と押し引きしていれば、血がとめどなく飛散し始まる。幾つか注意すべきことの中に、粒軍手がある。これは酸欠した血から持ち手を守るためだ。さて、マネキンのような切れ目にうつつを抜かし、そのまま糸鋸を引いていると、床へ指を擦るぞ。一度身体をひっくり返し、反対側、つまり脇から糸鋸を入れ直す一手間がいる。落とした右腕は、事前に用意していたサランラップでぐるぐると巻き付ける。横に置くと邪魔になるので、浴槽の中に仕舞うのが望ましい。


 左腕も同様の処理を施し、両足へ。骨盤を意識して根本から肉を削ぐ。大量の出血が伴うため、随意にシャワーで口を濯ぐことを勧めたい。周囲に充満する血の臭いが口の中にまで染みつくからだ。計二回のうがいを経て、落とした両足を壁へ立て掛ける。


 振り返れば、円形の黒い花弁を広げた青白い雌しべが臭気を飛ばしている。激しい雨に打たれた河川が醸すあられもない生物の匂いだ。俺はそれを跨ぎ、飾り気のない頭を摘み取る。小さい頭ではあったが、途上を感じさせる重みに肘を軽く曲げ、両手で押し頂く。顔の半分を覆う前髪の隙間から、酒精に寄った半目が覗く。乾ききった唇に唾を吐き、点々と光らせた。


 サランラップを巻き付けた四肢を台所に持って行く。皮膚を除くために俎板の上で四肢を桂剥きにし、余った皮膚は洗濯バサミで吊るす。赤身となった四肢は、まるで事故に遭った鹿を捌いたかのように発色が悪い。恐らく、普段口にする家畜の肉より遥かに質が悪い。挽いて牛や豚に混ぜてやれば、或いはといった所だが、そういう趣味はないので、検討もない。


 百一回目の解体は首尾良く終わった。襟を正して幼き頃の再現に拘泥した結果、最低で、最高の、解体だった。刃物が血と油でめらめらと輝き、筋に沿って刺し身にするのも、繊維を断ち切って汚らしく切り分けるのも、「人間の肉を切っている」という高揚感は比類なかった。

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