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百一回目の解体新書  作者: 駄犬
百一回目の解体新書
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いざ行かん

 七月十四日、時刻は午後二時半だ。鼠色のセダン車を軽く流す。人間社会に於いて最も中途半端な時間であることは、人通りの少なさから把捉でき、今初めて犬を散歩する貴婦人とすれ違った。気にも留めない見慣れた風景の一部として咀嚼され、殊更にアクセルに頼るような事柄でもない。法定速度に即した

走りこそが、社会に馴染む唯一の方法である。


 合わせ鏡を配したような一軒家の連なりが切り詰めて整然と並んでいる。どこにでもある住宅街の似たような表情だ。警戒色の黄色い紐で区分けされた空き地の小さな駐車場で、車を止めて事を構える俺は、つぶさに周囲の景色を巡視する。そうすると、近隣住民の迫り合いが透けて見えてきた。郵便受けの装飾やローマ字表記の表札であったり、ささやかな自尊心でもって、自己を誇示していた。景色として眺めたなら、欠伸に次ぐ欠伸で瞼を下ろしているところだ。


「やっとか」


 太陽の照り付きを真っ当に享受した褐色の肌は、舐めて然るべきだし、それを挨拶代わりにしたいぐらいだ。住宅街を走る自動車の慎重さを遥かに超えた、地面を這うナメクジの如き愚鈍な走りでもって、獲物に近付いた。暑さと引き換えに運転手席側の窓を全開にし、腕を伸ばせば触れる距離まで接近する。そうすれば、酷く数奇な顔をした獲物と目が合い、俺はとっさに喉元を狙う。手は獣の口に比肩する、噛み付けば絶対に離さないという断固たる意識が働いた。危機を察知した獲物の口は大きく開かれ、なんとかして窮地を脱走とするが、俺の与える圧迫感は、大蛇に巻き付かれたかのような拘束を全身に与えた。もはや、意識はとうに失って見える脱力加減を落ちた肩から察して、そのまま窓から車内へ担ぎ入れた。


 気を失った人間の身体の重さはなかなか手強い。さながら巨大なピザを釜に入れるかのような苦闘を強いられながら、後部座席へ獲物を移し終える。これだけ雑に扱っても、一切の文句を言わない獲物の森閑とした様子は、いよいよ此方の都合に即した。用意してあった旅行バッグを後部座席の足元に口を開いて置き、獲物を転がしてそこへ落とす。膝を畳めばすっぽりと収まり、恙無く進む事態の流れに思わず笑みが溢れた。


 俺は自宅のマンションへ颯爽と帰る。重苦しい印象を与えぬように、なるべく涼しい顔をしつつバッグを抱えて、駐車場からエレベーター、自室までの廊下を踏破する。俺は、逸る気持ちに後押しされ、洗面所に駆け込む。何度かつまずいたことのある風呂場へ上がるための段差にバッグを横倒し、口を開けてやる。バッグの背中をさすれば、丸まった彼女が吐き出され、岩のように鈍い音を響かせた。


 舞台はついに整った。比類ない解体は、真心を込めて行わなければならない。長年の鬱積を加味した上で、カエルを相手にするような手捌きとは袂を分かつ。俺は腰を下ろし、獲物と相対した瞬間、腰を労るオヤジ臭い動作に手が何度も伸びる。


 より良い解体を実現するために、中途半端だが、一度風呂場から出ることにした。床へ横臥し、身体のリフレッシュを図る。眠るつもりは一切なかったが、重力にかまけて目を閉じてしまった。どれくらい時間が経ったか。時計に目をやっても曖昧だった。身体の重さを取り払う程度には時間を割いたことは判る。洗面所の水を口にして、風呂場の戸を開けた。

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