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百一回目の解体新書  作者: 駄犬
運び屋「センリ」の裏事情
11/15

睨みを利かせて

 窓際に立ち、営業車やトラックが行き交う眼下の道路を眺める。間もなく、廃車となってしまうタクシーがのうのうとやってくるはずだ。そしてその後部座席に座しているであろう、ジュラルミンケースを携えた男の腹積りを穿つつもりで注視してやる。


「珍しいですね。そわそわして」


 彼女は助手でいうところのワトソンに当たる。


「あぁ、これは通過儀礼なものだよ」


「?」


 彼女に寄る辺がないのは、積み立てられた失敗を知らないからだろう。俺は一つの仕事を全うするまで、途方もない時間を要する。だからこそ、彼女には俺の毅然とした態度しか記憶には残らない。今回はまだ序の口で、失敗を見越した上での警戒心であった。


「お茶を出すなら、もう用意しといた方がいいかもよ」


「え?」


 一台のタクシーが網のように張られた信号機に捕まっている。赤から青へ、切り替わる瞬間を目測で測ったにしても、あまりに早い発進であった。後続車の呆れ顔が浮かぶ。忙しないタクシーはそのうち路側帯に停車し、支払いを促す姿が屋根越しに透けて見える。


「来るか」


 どこを見つめ直し、どう修正を施せばいいか。なるべく前回と同じ手順を踏みながら、難色を示されない程度に本質を突いてやり、男の魂胆をより明確に知る必要がある。


「こんにちは」


「どうも」


 寸分違わぬ角度でお辞儀を交わし、ソファーに案内する。同時に、テーブルの上に茶が置かれた。


「気が利く娘さんですね」


 見事な内助の功を演じてみせた彼女の器量を男は褒め称える。


「ありがとうございます」


 この男に、彼女の奉仕を無下にするようなきらいはない。見てみるがいい。出されたそばから、茶を口に含んでいる。


「もしかして、運ぶ物って……そのジュラルミンケースですか?」


 テーブルの上に置かれた物をおずおずと伺う。すると、彼女を労る柔和な目付きから、商談に向かう人間の目敏さを帯びた。


「えぇ」


 簡単な施錠を施されたジュラルミンケースは、壁に打ち付ければその衝撃で口を開きそうな軽薄さがある。


「見積もりを取るために、ジュラルミンケースの重さを計ってみてもいいですか?」


「そのまま? 計る?」


「無論、中身に関してあけすけにするつもりはありません」


 俺はジュラルミンケースを持って部屋の隅へ行くと、男の執拗な視線が追ってきた。タダの板切れをありもしない重さを計る機器と見立てて、手で持った際の軽重の如何をそれとなく知る。


「軽いですね」


 思うに、俺が携帯している物騒な鉄細工ではない。あのような強奪を引き起こすとなれば、一般の市場に流すことのできない金目のものか。


「これを何処まで運べば?」


「黒川港です」


「なるほど……」


 利用料金の算出を装って、斜め上を見上げる。


「実は、もうタクシーを下に呼んであるんです」


「うちは、運ぶ距離と拘束時間によって、料金が変動するんですよ」


「そうですか」


 俺が適当に好きな金額を提示すると、コートの懐からピンと張った一万円札を束にして渡してきた。そして、男は自らジュラルミンケースを持って立ち上がる。手放すことを毛嫌いする様子は、どれだけ中身が後ろ暗らい物かを語るに落ちた。

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