盗賊
突然の馬車の揺れに二人はバランスを崩してしまう。マックスが苛立たしそうに呟いた。
「……もう少しだったのに!」
(残念……)
内心で同意しつつ、外で何か喚いている人の声が聞こえて、シルヴィアは急いで馬車の扉を開けた。
御者をしていたトムが、近くの木に縛りつけられた男性と話している。
男性はほとんど裸の状態で縛りつけられており、筋骨隆々とした体つきが見てとれる。こんなマッチョ男性を無理矢理木に縛りつけるのは大変だったろう。
「トム、何があった!?」
マックスが声をかけるとトムが振り向いた。
「マクシミリアン様。追いはぎです! 彼はボールドウィン辺境伯領の騎士だそうです。辺境伯令嬢の護衛をしていたのに、どこからともなく現れた追いはぎに襲われて身ぐるみはがされ、剣も奪われたとのことです」
縛られている騎士は悔しそうに歯ぎしりをした。
「お見苦しい姿をうら若き乙女の前で晒してしまい、大変申し訳ありません。情けないことですが、わけも分からぬうちに盗賊たちに襲われ、木に縛りつけられ、全てを奪われてしまいました。護衛騎士として周囲に気を配っていたはずなのに、突然何の気配もなく襲撃されたのです。セーラ様だけはお守りせねば、と思ったのですが、何もできず……。こうして生き恥を晒しておりますっ! はっ、それよりもセーラ様をどうかお助けください!」
彼の視線の方向に馬車が横倒しになって倒れていた。馬車の脇でのびている下着姿の男性がいる。彼が御者だったのかもしれない。
「セーラ嬢というのが辺境伯の令嬢なんだね? 君が護衛していた」
マックスの質問に騎士は頷いた。その間にトムが騎士の縄を解く。自由になった騎士は一目散に倒れた馬車に駆け寄った。
「セーラ様! お嬢さま! ご無事でいらっしゃいますか!?」
馬車の中からゴソゴソいう音と女性の声が聞こえた。
「ダメっ! 扉を開けないで!」
「お嬢さま!? ご無事ですか? お怪我は?」
心配そうな騎士の問いに、馬車の中の令嬢はきびきびとした声で返事をする。
「大丈夫。怪我はないし、無事よ。ただドレスを奪われてしまったので、人にお会いできるような状態ではないの」
「お、おじょうさま!? なんてことだ! お嬢さまがあられもない姿で……!?」
騎士が狼狽えている間にシルヴィアは閃いた。
「あの、ドレス一式あります! 今持ってきますね」
そう叫ぶと乗っていた馬車からキャリーケース、通称コロコロを運んできた。
「サイズが合うといいのですが……」
シルヴィアは中からドレスや靴を取り出すと、少しだけ馬車の扉を開けて隙間からそれらを押し込んだ。
「まぁ、よろしいのですか? ありがとうございます。心より感謝申し上げます」
馬車の中のセーラ嬢がゴソゴソとドレスを着ている間に、マックスは騎士から詳しい話を聞きだした。トムは倒れている御者を介抱している。
幸い怪我人はいない。シルヴィアがホッと安堵の息を吐くと、ガタンと音がして馬車の扉が開いた。
馬車は横倒しになっているので、扉は上向きに開く。中にいる令嬢はよじ登るように外に這い出なくてはならない。しかし、それが苦ではないようで彼女は身軽にピョンと外に飛び出した。
「この度は誠にありがとうございます」
シルヴィアに向かって深々と頭を下げる令嬢は、礼儀正しく好感が持てる。
「いいえ、どうかお気になさらず。念のために持ってきたものですから、お役に立てて何よりですわ!」
顔を上げたセーラ嬢がニッコリと笑った。ブルネットの髪に茶色の瞳が良く似合う美女だ。
「セーラ・ボールドウィンと申します。ボールドウィン辺境伯の次女です。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「シルヴィア・クリフォードと申します」
「まぁ、クリフォード侯爵のご令嬢でいらっしゃるんですか!?」
驚くセーラに、シルヴィアは少し居心地が悪くなった。クリフォード侯爵の令嬢と言えば絶対に悪い評判がついて回る。なにせ悪役令嬢なのだから。
セーラ嬢と面識はないが、きっと『あの悪評高い!?』などと思われているかもしれない。
「シルヴィアさま。はじめまして。お会いできて光栄ですわ! 私は辺境に住んでおりますので、王都の魔法学院に通ったことはないのですが、お噂はお聞きしております。あのアーチボルド公爵閣下が一目惚れして夢中になっているという評判のシルヴィア様ですね!」
「いえ、そんな……」
(あれ? ネガティブな噂は聞いていないのかな?)
セーラ嬢の瞳は明るく嫌味や棘は感じられない。シルヴィアはホッと大きな息を吐いた。
「その通りだ。実際に僕は彼女に夢中だからね」
背後から現れたマックスは、シルヴィアの肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「マクシミリアン様! ご無沙汰いたしております」
セーラが頭を下げると、マックスは頷きながら微笑みかける。
「セーラ嬢、久しいな。いつぞやは世話になった」
マックスが親しげに令嬢に声をかけるのは初めてで、シルヴィアは戸惑った。同時にセーラの顔が紅潮し、恥ずかしそうに上目遣いでマックスを見つめている。
(え? なに? 友達? まさか……元カノとか?)
様々な思惑が脳裏をよぎる。これだけモテる人にこれまで恋人がいなかったはずないし、親しい女性がいたって不思議ではない。
「お知り合いですか?」
シルヴィアは平静を装って尋ねた。
「ああ、四年程前に魔王退治をしただろう? その時に辺境伯領に滞在させてもらった。一緒に戦ったこともある」
「そうだったんですね」
魔王が復活したのは辺境の地だった。共に死闘を生き抜いた縁があるのなら、親しくなっても不思議はない。
ただ、マックスが登場してからセーラの表情が変わったのが気になる。頬をピンクに上気させて、何か言いたげに彼を見上げているのだ。マックスはそんな彼女に気づいていない。
「セーラ嬢は盗賊たちの顔を見たか?」
「いいえ。残念ですが、全員が黒い覆面と、手まで覆うような黒い服を着ていました。十数人いたと思いますが皆似たような背格好でした。襲われるという気配もなく、気がつくと馬車に乗り込んでいたのです」
「辺境伯の人間は戦闘に慣れているはずなのに。敵は相当の手練れだな」
腕を組んでマックスが考え込む。セーラも真面目な顔で言葉を続けた。
「目の部分は黒いガラスのようなもので隠れていました。それでも視覚に問題はないようで、手の動きで意思疎通を図っていたようです。声はまったく聞こえませんでした。ただ、私のドレスを剥いだのは女性だったかもしれません。ただの勘ですが、ドレスの扱いに慣れている印象でした」
「なるほど」
「盗賊は捕まえられそうですか?」
シルヴィアが尋ねるとマックスは首を振った。
「分からない。なんの痕跡も残っていないんだ。誰一人怪我を負わせずに馬や剣、衣類など、あっという間に目当てのものだけを奪って去っていった。一体どんな盗賊だ……」
「いずれにしても怪我人や死者が出なくて良かったですよ!」
トムが明るく言う。
「王宮には通報しましたので、いずれ近衛騎士団が来るでしょう。御者と騎士は、ここで彼らの到着を待っていただきますが、セーラ嬢は私どもでお屋敷にお送りしたらいかがでしょう?」
「そうね。それがいいわ」
シルヴィアが答えると、マックスが「せっかく二人きりだったのになぁ」と周囲に聞こえないほど小さな声で呟いた。
馬車の中で、セーラは何度も口を開きかけては閉じるを繰り返していた。そうなると、さすがのマックスも気がつく。
「僕に何か?」
「実はアーチボルド公爵閣下にご相談したいことがあります」
セーラは馬車の中でマックスの顔を熱っぽく見つめた。
「なんだい?」
「えっと、ここではちょっと……。後ほど二人きりで話をする時間を取っていただけないでしょうか?」
チラリと私のほうを見ながら、彼女が頬を染めた。その様子は完全に恋する乙女だ。
(やっぱりマックスが好きなの? こ、告白とか? でも婚約者がいるのに……?)
シルヴィアが逡巡していると、マックスが彼女の肩をグイと引き寄せた。
「最愛の婚約者がいるのに、他の女性と二人きりで話をするなんて不実なことはできないよ。僕と話がしたいならシルヴィがいる前にしてくれ。疚しいことがないと証明しなくてはならないからね」
ハッキリと言い切ったマックスの端整な横顔をつい見つめてしまう。彼はちゃんと自分の不安を掬い上げて安心させてくれる。
そんな中、セーラは胸の前で手を合わせ、拝むような体勢になっていた。
「さすがですわ! 女性なら誰しもそんな風に情熱的に愛されたいと思いますわよね! お二人に憧れます! 理想のカップルですわ!」
興奮した口調にシルヴィアは「ん?」と考えた。
あれ?
マックスのことが好きなんだったら、こんな風には言わない……はず、よね?
無理しているのかな、と顔を覗き込むが、彼女の表情に暗さはない。ただ熱に浮かされたように話し続けている。
「ああ、私もそんな恋愛がしてみたい。マーケットでお忍びデート! なんてロマンチック! 嗚呼、ロマンス! 初恋! 壁ドン! 顎クイ! そして、馬車の中で二人きりになった時に、く、くくくくちづけを交わすの。ああ、甘ずっぱいって本当かしら? 素敵ですわ! 羨ましいですわ! 憧れますわ!」
えーと、それはマックスとのロマンスではない、のかな?
「セーラ様? セーラ様はマックスに恋しているわけではないのですか?」
単刀直入に聞いてみた。
「は!? まさか! 婚約者がいる方に懸想するほど非常識ではありませんわ!」
慌てたようにセーラが手を振った。
「大変お恥ずかしい話なのですが、近衛騎士団長でいらっしゃるハリー・ウィンチェスター様に恋文を送ったのです。それでハリー様の親友でいらっしゃるアーチボルド公爵閣下なら相談に乗っていただけるかと。厚かましいお願いでした。どうか忘れてください」
俯きながらポツポツと話し出したセーラは、照れくさそうに頬を染める。
「あの、そんな事情があったのなら、私抜きでもマックスが後で相談にのりますわ」
人の恋バナに無関係の人間が首を突っ込むのは申し訳ない。
「いえ! ご迷惑でなかったらシルヴィア様も聞いてください。私はハリー様をずっとお慕い申し上げているのです。それでハリー様が辺境伯城を離れる時にお荷物の中に恋文を忍ばせました」
セーラ嬢の真っ直ぐな瞳が眩しい。しかし、マックスは驚いて叫んだ。
「おい! 俺たちが辺境伯城を離れたのって、もう四年近くも前の話じゃないか!? 四年もずっと返事を待っていたのか?」
「はい、そうなのです。ハリー様からは待てど暮らせど何の返信もなく」
肩を落として項垂れるセーラはとても悲しそうだ。シルヴィアはだんだん腹が立ってきた。純情な乙女が勇気を出して書いた恋文を無視するとは!
いくらプレイボーイとはいえ、いや、プレイボーイだからこそ、女性の気持ちを傷つけないように努力するべきではないのか!?
もしかしたら良い返事ではないのかもしれない。それでも返事があれば、次に進む道もある。一番良くないのは中途半端に宙ぶらりんにすることだ。気持ちが動けなくなってしまう。
「セーラ様、私にできることはありませんか?」
シルヴィアの闘志に火がついた。




