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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほぼ実話&エッセイ あれこれ

こんな時だから敢えて「残酷な物語」の必要性を考えたい

以前トレパク問題のエッセイを書いた後、感想返信の大変さに「もう時事ネタは書かないぞ!」と宣言したのですが、今のニュースを見るにつれ、たまには真面目な話を書くことも必要かなと思い至りました。

我儘ですが感想はお手柔らかにしていただけるとありがたいです。m(_ _)m


 私は残酷な物語が嫌いです。

 ハッピーエンドが好きです。

 ここにいらっしゃる、大多数の皆さんもそうでしょう?


 現実は辛いから、せめてフィクションの中まで辛い事を持ち込まないでほしい。

 それは至極健全な考え方のように思います。


 でも、今、この時だから、私は過去のトラウマを思い出して「残酷な物語も必要である」とふと思うのです。


 私の過去のトラウマは幾つかありますが「物語」によって形成されたそれは、二つがトップクラスで一番を決められない状態です。どちらも小学生の時でした。

 ひとつは手塚治虫先生の「火の鳥」。

 もうひとつは広島の原爆の話を人形劇で再現した映画です。


 火の鳥は面白くて夢中になって読んでいましたが、あるシーンを見て吐きそうになり、そこから先が読めなくなりました。いまだに怖くて読めません。

 この事を誰かに言うと、相手によって「あ、このシーンでしょ?」と出てくる答えがまちまちで「あぁトラウマ量産漫画なんだなぁ……」と苦笑した覚えがあります。


 広島の原爆の映画は、事実を元にしていますからフィクションとは言えませんが、子供向けに可愛らしい人形を使っていた映画でした。

 小学生の時に、学校の授業の一貫で近所のホール的なところに行って見せられました。内容はかいつまんでいますが、以下のようなあらすじです。


 ======


 戦時中で食べ物が少ないけれど、なんとか毎日を生きている女の子とお母さん。徴兵されてしまったお父さんを待つ日々です。

 女の子は童謡を歌い、お母さんと笑顔を交わします。

 そんなささやかな幸せをある日、原爆が奪うのです。爆風で家も何もかも吹き飛ばされ、皮膚も焼けただれた女の子が「痛いよう、熱いよう、お母さん……」と瓦礫のなかをさ迷ってお母さんを探し、やがて命尽きてしまいます。


 ======


 映画が終わった後、私だけでなく、ほとんどの同級生が怖がったり泣いたりしていました。

 感受性が高いと言われていた私はトラウマをガッツリ植え付けられました。どれくらいのトラウマかというと、主人公の女の子が歌っていた童謡がかなりメジャーな曲なのですが、一年以上はその曲を聞くと映画を思い出してしまい、情緒不安定になるレベルでした。今でもあの曲はほんの少し苦手です。


 当時は「なんであんな残酷な映画を見せたの? 何の意味があるの?」と思っていました。

 今、自分の子供に尋ねるとそういう授業はないそうです。確かに親からクレームが来そうですし、私も自分の子供にあんなトラウマを植え付けたくは無いです。


 ただ、戦争を知らない世代の私達が戦争や核兵器は恐ろしいものだ、と心に深く刻み付ける事はできたのでしょう。

「残酷な物語」は恐ろしい物事を擬似体験できて、二度と起こしてはならないものだと学習できる役割があるのだ、と大人になった今ならわかります。


 今、海の向こうでは戦争が起きています。たくさんの人が亡くなったり傷つけあったりしています。

 あの国の大統領が核兵器の使用をほのめかす発言もしたとの報道もあります。


 それは仮に脅しで、本気で使う気が無いのだとしても絶対に言ってはならない事だ! とあの映画を見た私は思います。


 あくまでも例え話ですが、世間に不満のある、所謂『無敵の人』がガソリン容器を手に持ち、大勢の人が居るところで「火をつけるぞ!」と言ったらどうでしょう?

「本気ではなかった、脅しだった、世間に物申すつもりでああ言った」と釈明しても赦されないでしょう。間違って引火すれば大惨事になるのは目に見えているのですから。


 核兵器を戦争や政治の駆け引きに使うというのは、この例えのもっと巨大でもっともっと悪質なものではないかと思います。

 でも、果たして「残酷な物語」を教えられていない若い世代の人達に、この恐ろしさが伝わるのでしょうか。

 子供の学芸会を見に行ったら「桃太郎が鬼ヶ島に行って、鬼達を退治するのではなく説得して和解した」という筋書きだったのを思い出し、何だか不安になりました。


 子供達や若い世代の人達に、トラウマにならないレベルで(!)戦争や核兵器の恐ろしさを学んで貰う必要があるのではないか……と、思うのですが、トラウマにならないレベルって難しいですよね。

 受け止めかたも個人差もありますし。学校に任せるよりも、その子の個性を把握している各家庭で話し合ったりする方が良いのかもしれませんが、私も自分の子に何を見せるのが最適かは悩むところです。

 でもいつか、子供を広島の平和記念資料館には連れていきたいとは思っています。



 現実は辛い。だから物語はせめてハッピーエンドで、というのも大事。

 でも、今の現実以上に辛い世界もあるんだよ。貴方の未来がそうならないように、というのを知る為にちょうど良い「残酷な物語」も大事だと思います。



 そして今、物語ではなく現実で起きている残酷な事が、一刻も早く「侵略側の撤退」という形で終わります様に、と願ってやみません。

ご覧頂き、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全般に渡り、共感しかありません。
[一言]  残酷さというか、リアリズムを物語に含めていくことはとても重要だと思う。  ただ、それを利用してプロパガンダしている作品もあるので、そこは注意が必要かなぁとは思います。
[一言] 修学旅行で沖縄に行く予定の学生です。それの予習ということで学年のみんなで、沖縄での戦争の「子供だけの特攻隊」みたいな兵のグループに入っていた方の証言とそれをもとにして作ったアニメーションを見…
2022/03/07 12:36 退会済み
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