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ぼくらはそれを魔法と呼ぶ  作者: 湯川美咲
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第1話 コウヤ

「う……」

ここは……?

頬に当たる冷たい感覚。

下がってくるまぶたを押し上げて、うっすらと目を開けると、見えるのは横を向いた世界と、ずっと続くレンガ造りの道。

「え……?」

私は勢いよく身体を起こす。

「うわあっ!」

と、叫んだのは、私ではない。

声の主を探して周りを見回しても、誰もいないように見える。

「あの、誰かいるんです?」

「ひぃっ!?」

うん、確実に誰かいるみたいだ。

とはいえこの辺りには人の姿どころか、レンガ造りの道が続いてる以外に、これといって何もない。樹とか草とかすらなく、隠れるにしたって、隠れられる物がない。

「どこにいるんだ〜?」

すぐに立ち上がる気力はなかったので、とりあえず適当にうでを振り回してみる。

「ぐえっ!」

あ、やばっ。顔かなんか殴っちゃったかも。

「ごめん、ここにいるの?」

今度はそっと、何もないように見える空を掴むと、しっかりと人の肩の感触がある。

「ははっ、そんなに怖がらないでよ」

私が掴んだ肩がすごく強ばっている。

「ごめんね、怖がらせる気はないんだ。でもちょっと私困ってるから、助けてほしいんだけど……」

私の素直な気持ちを伝えると、スーッと目の前に、頭から半透明のベールを被った子がうっすらと見えるようになる。

その男の子は、こくん、と頷いた。

「……街まで、ご案内します」

「え?ホントに?」

予想外の言葉に、普通に驚いてしまう。

「……ついてきてください」

とだけ言った男の子は、また見えなくなってしまった。

けど、握ってくれてる優しい手の感触がある。

冷たいけど、たしかにそのぬくもりを感じて、少しホッとする。

「……ねえ、キミの名前は?」

男の子はまたビクッと身体を震わせ、少しの間の後、ためらいがちに口を開いた。

「……えっと……通り名は……コウヤです」

「通り名?本名じゃないの?」

「……本名は教えてはいけないので……」

「教えたらダメなの?なんで?」

「……いや、あの……。あ、貴方の名前は……」

今、露骨に話そらされた気がするんだけど。

好奇心にまかせてぐいぐい聞いちゃったから、怖がらせちゃったみたい?

「結奈」

「……え?」

「森川結奈っていうの。私の名前」

ちょっと悪かったかなと思って、素直にこたえておく。

「……ユナ……」

「ん?」

少年ーーコウヤくんがそう呟くと、ぼんやりとそのシルエットが見えてくる。姿がだんだんハッキリしてきて、何かを思い出そうとしているような、逆に少し嫌なことを思い出さないようにしているような、硬い表情が見える。

「だいじょぶ?コウヤくん」

私が顔をのぞき込むと、彼はハッとした表情になって、また見えなくなった。

「……すみません、大丈夫です……」

「そう…?」

姿が見えないと、感情が読みづらい。

そうは言ってもこのまま何も話さないで歩いていくのもなんだし、とりあえず話しかけてみることにした。もちろん、好奇心がなかったと言えば嘘になるけれど。

「コウヤくんは、魔法使いか何か?」

「……まあ、そう、なるのかもしれません……」

歯切れの悪い言い方。疑問が顔に出ていたのか、コウヤくんが言葉を付け足してくれる。

「……正確には、魔法使い見習い、といったところですね」

「魔法使い見習い?」

見習いとかあるんだ。

そもそも、魔法使い、なんて、きっと私がいた世界にはいなかった、と思う。会ったことはなかったし、ゲームや漫画でしか聞いたことがなかった。

やっぱり、ここは所謂(いわゆる)―異世界、なのかな。

魔法がある、私がいたのとは、別の世界。

起きてすぐに、目の前に現れた透明人間に好奇心をもっていかれて夢中だったけど、今になって急に、自分が置かれている状況に頭が追いついてきて、混乱する。

私は死んだのかな。

あまり記憶がはっきりしないのは、後ろ頭が痛むのと関係しているのだろうか。

「……ユナさん?」

今度はコウヤくんが心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。

「ああ、ごめん。大丈夫……」

正直、大丈夫ではないんだけれど、心配してくれている優しい見習いくんにこれ以上そんな顔をさせたくなかった。

「いえ……、着きましたよ」

「え?」

ずいぶんと長く考えこんでいたのか、思っていたよりも目的地が近かったのかわからないけれど、もうそこは街だった。

薄茶の壁の建物が立ち並び、その前に布製の屋根が取りつけられ、まるでお祭りの屋台のようだ。野菜や果物、金属製の武器、それからあれは、装飾品だろうか。うすく紫がかった透明なガラスでできた、細長い筒状の花瓶のようなものが売られている。中には液体が入っているようで、陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

「綺麗……」

思わずため息とともに、こぼれた。

それを聞いてか聞かずか、隣に立っていたコウヤくんが、透明化を解き、足音もなくその屋台に近づいていく。屋台に並ぶ紫のガラス瓶を指さし、

「……これ1つ」

とだけ言った。

どうして、という考えは店主の声にかき消された。

「おう、まいどありって、こ、コウヤ様!」

コウヤ、“様”?

コウヤ様、という単語を聞いて、周りで買い物をしていたお客さんたちも、一斉に声のした方を見る。

その場にいる全員の視線を受けたコウヤくんは、フードを深く被ったまま少しだけ礼をして、コインを2枚屋台の机に置いた。

数瞬、瞬きをしたその一瞬で、私の目線の高さにはコウヤくんしかいなくなっていた。

み、みんな消えた!?

と思ったけど、違った。私とコウヤくん以外の全員が、地面に頭をつけていた。

『コウヤ様、本日も我らの街、国、世界を守って下さり、ありがとうございます!』

全員の声が、一言もズレることなく重なって届く。

「……おもてを上げよ」

コウヤくんの言葉で、皆がゆっくりと頭を上げていく。顔を上げた全員の視線が、今度は私に集まった。

「ーっ!」

背筋を冷たいものが伝っていく。それは制服のままである私の格好を訝しむとか、そういう好奇心からくるものとはかけ離れていた。言葉はないのに、全ての視線から、ただ1つの言葉が私を刺す。


どうして頭を下げないの?


パシッという小気味よい音に、見ると、コウヤくんが私の手を取っていた。

「……もらっていくぞ」

もう片方の空いた手で、ガラス瓶を1つ取り、そのまま歩き出す。

「あ、ありがとうございました!」

我に返った店主の声を背中で受け、コウヤくんはさらに足を速めた。

何?今の

あの、恐ろしい、視線ーー

身体が震えて、立っているのもやっとで、口の中がカラカラで、息を吸うこともままならない。一刻も早く立ち去りたくて、もうどこかに行ってしまいたくて、耐え難い。

薄暗い建物と建物の隙間の裏路地に入って、コウヤくんが止まった。

「……ごめんなさい」

顔はこちらを向いていなかったから、表情は見えないけれど、その声は、先程までのものと違い、どこまでも優しい声をしていた。

少し、震えがとまる。

コウヤくんは振り返り、私と向き合う形になって、両手を握ってくれる。深いフードで、顔は見えない。でも、不思議と少し安心できた。

「……きちんと、話しておかなくてはなりませんね」

何を?とか、いつもの私なら聞いたのだろうけど、好奇心に任せて首を突っ込んでいいものではないということは嫌というほど感じ取っていたから、何も言わなかった。言えなかった。

「……とりあえず、のどが乾いたでしょう?これを、どうぞ」

さっき買ってくれた、紫のガラス瓶が差し出される。

「ありがとう」

コウヤくんのぬくもりで少しだけ取り戻した冷静さで何とかお礼を言い、瓶を受け取る。蓋は空いていた。いつのまに、空けてくれていたのだろう。

間近で見ると、中の液体は水色で、少しとろみがあるようだった。

瓶を口につけ、1口、飲む。

ざらざらとした舌触りに、違和感を覚えたところで、ドクン

心臓が大きく波打ち、足の力が抜ける。

「ユナ!?」

コウヤ、くん?

うすれゆく意識の中、何度も名前を呼んでくれている。必死な顔で、本気で心配してくれているのがわかる。

私は大丈夫だよ。

だから、そんな顔しないで。

フードの隙間から、一瞬、澄んだ緑の瞳が見える。

「綺麗な、目ーー」

ハッとした表情を見せたコウヤくんの顔が、だんだんとぼやけていく。

あれ、あなたはーー

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