「寮長のスペシャルメニュー」
奇跡というべきか誰もいない大浴場を堪能した後少し部屋でのんびりした後食堂へ向かおうとロビーに辿り着くとそこにはディーネの姿があった。
「おーいディーネ」
「……あ」
振り向きディーネが驚きの声を上げて立ち止まったのですかさず駆け寄る。どうやら彼女もオレと同じでバーンと出会うことを避けるべく時間を変えたようだった。
「さっき以来だ、一人? 」
オレが尋ねると彼女が微笑みながら首を縦に振る。
「それならよかったら一緒に食べない? 」
「……ガイトがいいなら」
「よかった、何か一人だと心細くてさ」
オレが彼女に微笑みかけると彼女も微笑み返してくる。
……これなら、待ち合わせをすればよかったかな。
なんて考えながらオレは彼女と食堂へと向かった。
食堂は時間をずらしただけあって人はまばらだった。今頃は恐らく入浴場が混んでいることだろう。
「あ、ガイト君にディーネちゃん。ようやく来たのね、待っていたのよ」
ちょうどトレイに手をかけたところで寮長兼食事担当でもあるのだろうイムさんがオレ達の姿を見かけて声をかける。
「お待たせして申し訳ございません」
「聞いたわよ、早速練習場で練習していたんですって? 練習熱心なのねえ」
「いやまあ、明日は選考戦なので」
「新入生に仲間の名前と顔を覚えやすいように配慮しているらしいけれど、それをひいても試合の日程が急でしょ。だから街を見学したり体をゆっくり休めようって生徒が例年多いのよ。それにしても、今回は大変らしいわね。二人一組だなんて」
「はい、聞いたときはビックリしました。ですが……」
ディーネに視線を向ける。確かに、当時は驚いたけれどそのお陰でこうやってソウルがないというハンデを背負い浮いてしまったオレがディーネと仲良くなれたのだ。それを考えれば今ならそのルールにも感謝したい気すらする。
「おやおや、本当に随分と仲良くなったようね。あ、でも変なことをしたら退寮退学だからね」
「ななな、なにを言うのですか。オレ達がそんなことを……」
「……うん、わわ私達がそ、そんなことはまだ……」
慌てて二人で否定の言葉を述べる。冗談のつもりだろうけどこちらからすれば恐ろしいものだ、必死に否定しようとした結果声が震えて却って肯定しているようにも見えてしまう。しかし、そこは大人の彼女であってこれは思春期の男女の反応として捕えてくれたようだった。
「それならよかったわ。それにしても、そんなに仲良くなっていたなんて、ディーネさんの分も用意してあけばよかったわ」
……何の話だろう。
ディーネと顔を見合わせるも彼女の狙いはわからなかった。観念して再び彼女に目を向けると満面の笑みを浮かべた彼女は両手で掴んでいた物をトンと配膳台の上に置く。それは、同じ配膳台に置かれた横のものと同じ皿で同じ料理のようだったけれどその中身は遥かに真っ赤に染まっていた。
「あの、これは……」
「これはね、ラ・ムー肉に野菜とスパイスを加えて作ったフレイム寮名物、【フレイム鍋】にさらに特製スパイスを加えた寮長特製【イム鍋】よ! 本来は学年代表がこの寮から出た時にその子に振る舞うのだけれどガイト君にはソウルを目覚めさせてほしいから、ね。その力になればと思って」
一人だけ明らかに違う激辛料理というのは一見いじめのようにも見える。しかし、彼女の笑顔にはそのような邪な考えは一切見られない。完全に善意故の行動だった。
「ありがとうございます」
震えを隠しながら料理を台座に乗せる。
「それじゃあ、たんと召し上がれ」
「あ、ありがとうございます」
できる限りの愛想笑いを彼女に返すとオレは席へと向かう、
……そういえば、面談の時に辛い物は大丈夫かなんて質問あったなあ。
見送られながら席に着くとき、ようやく質問の意図に気が付き思わず笑みがこぼれた。
~~
「いただきます」
なるままになれと覚悟を決めたオレはフォークを右手に鍋へと目を向ける。
「……大丈夫、手伝おうか? 」
向かい合って座っているディーネが申し出てくれるもその声は震えていた。
「気持ちだけ受け取っておくよ」
笑みを返すと再び鍋に視線を向ける。
……そうだ、ディーネにまで無理をさせるわけにはいかない。一気に勝負を決める。
覚悟を決めると素早く小さな鍋の中に潜む赤黒い一口サイズの肉を発見すると一刺しにし一気に口に放り込む。
「う゛」
瞬間、体全体が熱を帯び体中から汗が噴き出す。口に含んだだけでこれはまずいと悟る。
「……大丈夫? 」
「み、水を……」
鍋のインパクトから手元にコップがないのに気付きこれ幸いと助けを求めると彼女は即座に手元にあった自分用の水を差しだしてくれる。
「ありがとう」
お礼を言いながら口に流し込む。
「うぐっ……」
さすが特製鍋だ、恐ろしい事に水すらも辛い液体へと変換されてしまう。これはむしろ長引いた方が不利だ。
……そうだ、オレの学園生活は始まったばかりだ。ここまで辛いのを作ることができるということはそれを食べられないということはない! イムさんの願い通りこれでソウルが目覚めれば願ったり叶ったりだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
もはやこれ以上辛くなることはない。吹き出る汗をお構いなしに次々と鍋の中の物を口へと移動させる。不思議なことに辛さに体が慣れた後はそこには辛さのほかにも旨味と呼ぶべきであろう甘さのような何かも存在し、そこからは口に運ぶのも楽しみになっていく。
「ごちそう、さまでした! 」
程なくしてスープ以外の食材を食べつくしたオレは顔を上げ宣言する。そこでディーネ以外にもオレを見つめている人がいることに気が付いた。その数は一人、二人……
「おおおおおおおおおおおおおおおお」
「マジかよ、完食したぞ」
「こいつは凄い新入生が入ってきたな」
数を数えている途中に歓声が上がる。何人ものおそらく先輩であろう人達が応援してくれていたのだ。ふと達成感に満たされる。
……そうだ、オレは乗り越えたんだ。この学園での一つの試練を。
「おめでとうガイト君、ここまで食べてくれてお姉さん嬉しいわ」
ギャラリーをかき分けてイムさんが姿を現す。ニッコリと笑みを浮かべている彼女の両手は背後に回されていて何かを持っていることが予測できる。
「それじゃあ、ご褒美を上げなきゃね」
そう口にするとイムさんは手を背後に回す。
……ご褒美、何だろう?
期待に胸を膨らませているとイムさんが後ろに回していた手を前に出し幾つもの小さな楕円形の物が入った器が姿を現した。
「ジャーン! 寮長特製スペシャル雑炊をご馳走しちゃいまーす! 」
その言葉とともに彼女が手に持っていたラ・イースを鍋に入れる。
「第二ラウンド、か。ハハ」
赤黒く染まっていくラ・イースを見てオレは力なく呟いた。
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