「優勝への熱意」
空いた席を見つけると早速ハンバーグを一切れ口に放り込む。
うまい。
「……おいしい」
ディーネも顔を輝かせて言う。
「まさか、学食で食べたものをそのまま出してくるとはイワン恐るべし……こんなことなら他の店のハンバーグ用の肉も買い占めておけば……」
「……それはちょっと」
「冗談だよ、そこまで仕入れても純利益勝負なら共倒れが良いとこだ。でもそんな考えが浮かぶくらいの驚異的なうまさだ。しかも、肉で被ってるから正門でこれを出されて屋上でわざわざまた肉食うってのもなかなかない」
「……確かに、それにここには屋台があと二つもある」
「そうなんだよな、モノによってはここからは二人で一つ、最悪冷やかすだけになるかもなあ」
ハンバーグを放り込み噛むと閉じ込められていた肉汁が口いっぱいに広がる。
やはりうまい。毎日食べたいくらいだ。
気が付くと彼女の皿同様完食していた。
「よし、次行くか! 次はブリザードだけにアイスだったりしてな! ハハハハハ」
またもや冗談を口にすると席を立った。
~~
「え、アイス? 」
「そうよ、アイスよ」
接客をしていたジェシーがキッパリと言う。
「いやでもさ、ブリザードがそのままなアイスを出すなんて捻りがないんじゃないか? 」
「そんなの関係ないわよ、私達は優勝を目指しているんだもの」
「いや、優勝っていったって肌寒くなる時期にアイスなんて出しても……まさか」
「気が付いたようね、そうよ、この屋台が並んだ場所では身体が温まる物を食べた人が沢山いてそこから見込めるのよ、本当はその役を貴方達フレイムに期待していたのだけれど結果オーライね」
なんという策士、最初からデザート方面で舵を切っていたなんて……
「……でも、アイスなら料金を高めにはできない」
「そこも織り込み済みよディーネさん」
得意げに一歩右に避けるジェシー、驚くべきことにそこには大勢のブリザードの生徒達の姿があった。
「これはひょっとすると……」
「そうよ、このアイスは剣からソウルで出した物よ、つまり原価は0、実質シロップ代だけよ」
「なんだって! いや流石にそれは暴動が……」
驚き背後の生徒達を見回す、すると氷を砕いている集団に見知った人の背中があった。
「ヴィルゲルさん、何してるんですか」
「おゥ、ガイトかァ……手伝ってくれって言われてよォ……優勝すれば恩恵は寮全員が受けられるし一期生は休まず最後まで働くから少しだけ協力して欲しいなんて言われたら断れねえじゃねえかよォ」
「そうですね……」
恐るべしジェシー、一期生に一日中働かせるばかりか二期生まで駆り出すとは……
「そういうこと、人件費は関係ないというルールだもの。それで、ご注文はアイス二つで宜しいでしょうか? 」
微笑む彼女がオレには悪魔に見えた。
~~
アイスの次に並んだのはウィンディの屋台だ。しかし、他の屋台と異なり違和感がある。
「……女の子多い」
ディーネにより違和感の正体が明らかになった。そうだ、この列に並んでいるのはオレ以外全てが女性だったのだ。
「女性に人気って……一体何をしているんだ」
数分後、答えが出た。なんとここではサラダを販売していたのだ。
「サラダってことはまさか……」
「察しの通り実質原価0円さ」
接客担当らしいフウトがキラリと歯を見せる。この収穫祭では豊富な種類の野菜が沢山貰えるらしく野菜関連はどれだけ頼んでも無料で出してくれるのだ。見事にルールを最大限に活かした形となる。
「優勝を狙っているからね、最大限切り詰めて最高のモノを出そうとした結果こうなった」
ジェシーと似たようなことを口にする。しかし、様子を見るに生徒総動員というわけではなさそうだ。
……働くとしたらこっちの屋台が良いな。
ぼんやりと考えながらサラダを二つ注文した。
ーー
サラダを片手に席へと座る。
「なんかさ、優勝にかける信念ってああいうのをいうのかな」
原価0やら人件費0やらと遥かに上の優勝を狙いに行く姿勢を目の当たりにしポツリと呟く。
「……そんなことない、ガイトも頑張っている」
「ありがとうな。でもあれだけぶっ飛んでると仕入れた肉全部売れてどうにか引き分けってレベルだからもう勝ち目がな……」
そう、もう勝ち目はほぼない。二人がここまでぶっ飛んでいるとは思わなかった。なのでこの際洗いざらい話して楽になろう。
口を開く。
「あと、それは違う」
「え? 」
ディーネが首を傾げる。その純粋さに胸が痛んだ。
「実は、優勝出来なくても分厚い肉が余れば打ち上げと称して皆で肉パーティーができるなんて考えていたんだ」
「……そうなの? 」
「ああ、売れ残ったら皆でパーっと肉食べようって考えてた。肉が食べたかったんだ。分厚い二人分くらいの肉にかぶりつきたかった……正直心のどこかにそういう思いもあったんだ」
「……ガイト」
ディーネがオレの手を掴む。
「……ガイトは悪くない、私も食べたい」
「ディーネ……」
ふと心が軽くなった。
「……今やれるだけのことをやろう。それで勝てなくても誰もガイトを責めない。ガイトが色々とやってくれたのを皆知っているから。だから、どんな結果になっても食べよう」
「そうだな、じゃあもう少し頑張ってみるか」
サラダを食べ終え勢いよく立ちあがったその時だった。
「うおおおおおおおおおおおお急げえええええええええええええええええええ! 」
大勢の団体が正門を駆け抜けていく。
「何だ? 誰か有名人でも来たのか? 」
「……ゲストが来るみたいなことは聞いていないけれど」
まあいいか、と場所を変えて客引きをしようと席を立つ。すると一人の女性がフラフラになってこちらに手を振っているのが見えた。リラさんのようだ。
「ごめんなさいガイトさん、私のせいで……あれ、ガイトさん? なんで無事なんですか? 」
「何でと言われても……何かありました? 」
「さっき、お酒を運ぼうとしていた時に、以前光の剣士さんに助けられたという村の方達に学園までの道を尋ねられて屋上でお店を開いていると」
「以前、助けた村……? 」
「……多分、四人で荒野に向かった時だと思う。村の人が被害にあっていたって聞いた」
ディーネが囁く。
「あの時か」
まさに目の前のリラさんが魔人として立ちはだかった時のことだ……彼女に面と向かっては言えないけれど恐るべき運命のいたずらを感じる。
「ってその人達が向かったってことは……」
「はい、ガイトさんがいないと大変なことになります」
なんてことだ、このままではいると言われた光の剣士が店におらず下手すると店の評判すら落としかねない。真実にするために急がなければ。
「じゃあ、行ってきます」
緊急時なので仕方がない、一目散に駆け出した。