「戦う理由」
翌朝、オレは学園長に呼び出され学園長室にいた。壁にずらりと並んだ棚には沢山の書類とともにいろいろなトロフィーと共にあの指輪が輝きを放っていた。
「突然呼び出してしまってすまないね」
学園長が椅子から立ち上がると手元の向かい合っているソファに腰かける。
「いえ……」
「ああ、あの指輪か。あのケースは特殊なもので、とても硬い材質で作られていてその鍵は私が持っている、どこかに預けたりするよりは安全だろうと会議で決まったのだよ。と君だけを呼んだのは他でもない、ケネット君のことだが……記憶がないらしく彼を罪に問うのは止めようということになった。代わりに剣士達の指導者となってもらう予定だ。それから君に『すまなかった、救ってくれてありがとう』と」
「そうですか」
彼自身に罪はないと思うのでそれは良かったと思う。しかし、それならオレ一人を呼ぶ必要はなく皆の前で話してもよいのではないだろうか?
「……というのが一つ」
全て分かっているというように寮長が言う。
「もう一つは、謝罪しなければならない。今回のことは全て私の責任だ。すまなかった」
「どういうことですか? 」
「そうだな、話が飛びすぎたようだ。まずはサタンと彼女の話から始めよう」
「彼女? 」
「君が知りたがっていた光の勇者、マリーのことだ」
「それって……」
思わず身を乗り出す。
今まで知りたかった彼女の名前がここで出てくるなんて……
「そこまで知りたかったのか……非常に言いにくいのだが、彼女はもういないのだ」
「……え? 」
彼女が……いない?
「彼女はサタンとの戦いに挑むときに説明してくれた。自らのソウルの最終手段を、それがサタンの魂を分割して封印するというものだった。しかし、それには代償が伴う、それが彼女の命ということらしい、事実彼女は戻ってこなかった」
うすうす勘付いてはいた、しかしこう改めて言われるとしんどいものがある。
唇を噛み締める。
「ただ帰ってきたものもあった。その一つがあの指輪だ。すぐにこの中に封印されているであろうことには気が付いた。しかし生徒達はこの指輪に価値がないことを知っていたためサタンの復活を企むものが現れても欺けると信じ切っていた。よもやヘルナイツが生きていたとは……私の責任だ」
「そうですか」
「本当に申し訳ない」
「なんでオレにだけ話したんですか」
「他人に話すと光の剣士がヘルナイツからアイテムを守るべきだと言う者も出るだろう。だが君はまだ学生だ。どうするかは君が決めることだ」
「わかりました。失礼します」
部屋を後にする。正直ウォルバーストさんに加えあの人まで失ったオレにとってサタンが復活しようがどうでも良かった
~~
廊下に出ると丁度休み時間のようで人々の話声が響いている。
「そんな顔してどうしたのよ? 退学にでもなった? 」
どういうわけか待ち伏せしていたらしいジェシーに会う。
「どうもなにもねえよ」
「そう、それならいいのだけれど」
「心配してくれたのか? 」
「べ、別にそういうのじゃないわよ」
珍しく分かりやすい反応をする彼女に感謝をしつつ好意に甘えてみることにした。
「それなら、ジェシーはどうして剣士になろうとしたんだ? 」
「そうねえ…………人に感謝されるのが好きだから……かしら」
「感謝……か」
あの人もそうだったのかな?
ぼんやりと考えると始業を告げる鐘が鳴った。
「……もうこんな時間なのね。とりあえずいつでも相談に乗るから行きましょ」
「ああ」
流石に立ち往生という訳にもいかないのでオレ達はそれぞれの教室へと向かった。
~~
放課後、今度は先生に呼び出されたオレは二人きりの教室で見つめあう。
「ガイト君、大丈夫? 今日はいつにも増して酷かったわよ。皆も心配してたわ」
「すみません」
「ウォルバースト君のことね……切り替えろと言われても難しいでしょうけれど……このままだと」
「このままだと何ですか? 」
反射的に尋ねる。昼にはフウトも心配してくれてありがたいと思った。でも切り替えろと言われてそうそう切り替えられるはずがない。そう言えば、先生はカルロスさんの訃報後も取り乱した様子はなかった。もしかすると剣士になるということは人の死になれないといけないことなのだろうか? だとしたらオレは……
ありのまま考えたことをぶつけようとしたときに彼女が力なく笑う。
「私みたいに剣士になれないわよ? 」
忘れていた、彼女も兄を失っていたのだ。
「すみません」
「謝る必要はないわ。事実だもの。でも、剣士っていうのはそういう世界なの。戦地で仲間が死んで悲しみから実力が出せないと自分まで死んでしまう。厳しい世界よ、だから私は向いてないと教師になったの……ところがね、教師は教師で貴方達生徒を送り出す側だから悲しんで講義を疎かにしてしまうと生徒達が死んでしまうから悲しんでいるわけにもいかないの。とんだ誤算よね」
そこまで言い終えると先生は不意に頬を叩く。
「って私は何生徒に話しているのかしら。とにかく、剣士になりたいならあまり悲しんでいる時間はないわよ。深く短く悲しみなさい」
恥ずかしそうにそう口にすると先生は足早に出て行った。
激励というやつだろうか? とにかく先生も心配してくれてるのだから早く立ち直らないとな、とオレも彼女に倣って頬を叩いた。
~~
教室を出るとディーネがいた。
「待っててくれたのか。悪いな、それじゃ帰ろうか」
「……ガイト、お願いがある」
「何だ? 」
「……私と戦ってほしい」
「え? 今? ここで? 」
彼女は頷く。
どうも急だけれど断るのも悪い。
「分かった、じゃあ教室でやろう。廊下よりは広い」
教室に入り模造剣を構える。彼女も同じように数メートル離れて剣を構えた。
「それじゃあ、試合開始」
まずは出方を窺おう。
彼女の動きを見る、すると彼女は一瞬でオレとの距離を詰めた。
おい、明らかに速くなってるぞ!
慌てて剣を掃う。しかし、続けて二打目を放つのを再び防ぐ。
「やるなディーネ、ここまで強くなってるなんて」
「……まだ」
突如彼女が剣を掃い距離を取る。
ソウルか! ?
瞬間、彼女の剣が炎を纏い巨大な剣になる。忘れるはずもないウォルバーストさんがやっていたことだ。
「ディーネ……それは」
思わず剣を落としそうになり咄嗟に唇を噛み切り替えると光の翼を出現させ駆け出す。
……その時だった。
不意に巨大な炎の剣が消えてディーネが倒れた。
「ディーネ」
素早く床との間に入り彼女をキャッチする。
「大丈夫か? 」
「……うん、ごめん。ウォルバーストさんの代わりになろうと思ったけど、無理だった」
「そりゃたった一日じゃ一期生がウォルバーストさんに追いつくのはオレでも無理だよ」
そうだ、たった一日しかなかった。一日でここまで出来たのは驚異的だ。だが練習する機会は夜までほとんどなかった。
「ディーネ、昨日寝てないのか? 」
彼女は答えない。だが、それがもう答えだった。彼女は徹夜でこの技を練習していたのだ。
「どうしてこんな無茶をしたんだディーネ、そんなに急がなくても良いだろ。徹夜して体を壊したら……」
いや、違う。
言葉を切る。考えればわかることだった。まだ一期生の彼女がどうして徹夜をしてまで三期生の真似をしたのか。
「ごめんなディーネ、オレのためなんだろ? オレがウォルバーストさんがいなくなって元気がなかったから」
「……ううん、謝るのは私の方。早く元気になって欲しかったけど、出来なかった。ごめん、でも来週までには形にするから……ガイトも……」
「もういいって」
彼女を抱き締める。
そうだ、ジェシーにフウトに先生にクラスの皆にディーネとこんなにも心配をしてくれる人がいるんだ。それならばオレが剣士として戦う理由は彼等を守るというだけで十分だ。
「よし、こうしちゃいられない。ディーネ、歩けるか」
「……うん、ちょっとふら付いただけだから」
そう強がるも彼女はどうも足元がおぼつかない。今にも倒れそうで心配だったので彼女を抱える。
「……ガイト! ? 」
「悪い、時間がないから我慢してくれ」
「……いや、我慢とかじゃなくて……どこ行くの? 」
「風呂」
「……え! ? 」
「今日だけは一番風呂は誰にも譲れない! 」
彼女を抱えたままオレは寮目掛けて進んだ。