「優勝を目指して」
「意外と広いんだな」
室内の広さを見て驚く。ベッドに机と椅子のほか1人で剣を振るスペースに加えベランダがある1人部屋と十分すぎるくらいの贅沢だ。おまけに内装は密かに恐れていた外装のような真っ赤ではなく白い壁に茶色い床と赤一色ではなくカラフルだ。この部屋が3年間の学園生活においてオレの帰るべき場所となるのだ。
「諸々のお金を立て替えてくれた皆のために頑張らないとな」
ポツリと呟く。親のいないオレがこの学園に通うことができたのは孤児院の皆がここの学費と寮費を立て替えてくれたからだ、彼らに報いるためにもオレはここで生活して剣士にならなくてはならない。
決意を胸に模造剣を手に取る、親切なことに腰に巻くホルダーもついていたので腰に着けるとそこに剣差し込んだ。それから空気を入れ替えようとベランダへと近づき扉を開き足を踏み入れる。広い中庭を通して真っ赤な女子寮が向かい側に見えた。
「えーっと、ディーネの部屋は、と」
同じ部屋番号なのだから5階なのだろうと目で左から9番目の窓の様子を伺おうとするも1キロは離れているので何もわからない。それはこう向かい合っているという構造上、覗きなどを防止するためには必要な距離なのだろう。
「別にお互いにベランダに出て手を振りあうような関係でもないしな、それにほかの部屋にもベランダも窓もあるんだ。そんなことをしたら何人の生徒に目撃されるのやら」
前方を見つめながら穴だらけのラブロマンスを頭に浮かべニヤリと笑う。
「あれ、そういや何でオレディーネの事名前で呼んでるんだろう」
突如、疑問が浮かび上がると同時にこれまでの出来事を思い出したちまち顔を赤らめる。
「名前呼びで手を繋ぐってなんか凄いそれっぽいな、いや、練習練習」
恥ずかしさを振り払い部屋に戻ろうとした時だった。正面のベランダから人影が現れた。おそらくディーネだろう。彼女はオレのように目いっぱい手すりに近づくと動かなくなる。
「もしかして、オレが何か合図をすると思って待っているのか? 」
ディーネの立場になって考える。待ち合わせをした向かい側の人がベランダに立っているとなると確かに何か伝えたいことがあると思うかもしれない。
『今から向かう』
そう伝えるべく振り返り自分の部屋と中庭の真ん中にある練習場を交互に指差す。それが伝わって欲しいと願いながら踵を返し部屋へと引き返す間際にチラリと振り返ると遠ざかっていく彼女の姿が見えた。
「まあ、オレ達はバディなわけでディーネが何も気にしないならいいか」
自分に言い聞かせるように呟くとオレは練習場へと向かった。
~~
練習場の扉の前に向かうと既にそこでディーネがポツンと1人で立っていた。
「遅れてごめん」
「……ううん、私も今来たところだから。ってガイトなら知っているはず」
「ハハハ、そうだったそうだった。それじゃあ、行こうか」
そう口にしながら練習場の扉を力を込めて開くとかなり広い練習場が姿を現す。
「……大きい」
「部屋もそうだけど、さすが剣士を育てる学園だなあ」
スケールの大きさに感嘆の声を上げながら中へ入る。中は人が人が100人が入っても十分なほどのスペースで打ち込むために布と木で作られた的が30個ほど並んでいた。
「これだけあれば余程混んでいたりしない限りは練習ができそうだ」
「……うん、そういうトラブルは避けたい」
ディーネだけでなくオレも練習するにおいて誰が何を使うだスペースが狭いから出て行けといったトラブルは避けたいものであったけれどこれなら心配なさそうだ。いや、今はオレ達は代表の座を巡って1年生は全員が敵という状態だ、一概にそうとも言えないか。窓から差し込む空を見上げる、空は炎のように真っ赤に染まっていた。そろそろ街で遊んだりと直帰しない生徒達も帰ってくる頃合だろう。
「それじゃあ、万が一ここが埋まってしまうかもしれないことも考えて、早速始めよう」
「……うん」
「まずはお互いの実力を見ることも兼ねて一度打ち合ってみようか」
「……ガイトと? 」
彼女が首を傾げたので頷いて答える。
「……無理、勝てるわけない」
小さく彼女が呟く。これは勝負でないのだけれど、いやこれはもうオレの実力は分かっているという意味だろうか? もしくは攻撃をされるのが怖いのかもしれない。それならば……
「じゃあ、オレは防ぐだけで攻撃はしない。ディーネの攻撃を防ぐだけだから、ディーネは気にせず打ち込んでほしい」
腰から模造剣を抜くとあちこちに傾けて剣を防ぐジェスチャーをすると彼女は「……それならいい」と剣を抜いた。
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