「控室にて」
時は流れクラス対抗戦当日、オレ達四人の代表は一期生全員が入れる場所ということで大きなメインスタジアムの控室へと案内された。一大イベントなのかラッパの音がここでもかすかに聞こえる。
控室には西と東で二人ずつということで西側はオレとイワンというガイアの代表が使用していた。共通の話題といえば歴史の講義の先生が彼のクラスの担当であることくらいで彼とは初対面なので観察してみるとボサボサの茶髪におっとりとした印象を与えるタレ目とは裏腹にシャープな鼻でイマイチ性格が掴み辛い風貌だ。このまま黙っているのも辛いので思い切って声をかけようかと悩んだ末に決心をしたオレは口を開く。
「はじめました、オレはガイト。フレイムの代表、よろしくな」
「……ガイアのイワン、よろしく」
小さな声で帰ってくる。ディーネみたいだ、という印象を受ける。
「お互い勝ち残れば決勝で戦うことになる、頑張ろう」
「……まあ、勝ち残れたらね。ごめん、精神を集中したいから」
後ろ向きな返答の後にそう口にすると彼は目を閉じてしまった。そう言われると知らずに音を立ててるラッパのように邪魔するわけにもいかない。というかこのラッパが鳴り響く中で集中できるのも凄いなと彼をしばし見つめるも邪魔するのも悪いので扉を開き外へ出る。
ドアを開けたその瞬間、遮断されていたプープーという大音量の音が部屋に入り込み慌てて振り返るも彼は身じろぎ一つしなかった。驚異的な集中力だ、これは強敵かもしれないと気を引き締めながら外へと出る。
「あら、追い出されちゃったのかしら? 」
控室を出たところで先生と出くわす、もう試合まであと僅かなのだろう。
「そんなところです、瞑想中ということで邪魔するのも失礼かなと」
「人によっては控室で瞑想するのが悪い! って邪魔するでしょうに変なところで真面目ねえ」
褒められたのだろうか? 嬉しくなり思わず顔がにやけるのを頭をかいて誤魔化す。
「決勝で当たるとしたらベストな彼と戦いたいので」
「なるほど」
「はい」
会話が止まった。思えば先生とこのような状況になるのは始めてだ、いつもはこのように要件というか一つ会話が終わると『それじゃあ』と口にしてどちらかが去るものだった。しかし今は特殊なイベントで先生はオレを連れてくる係のため先生から去ることはできない、かといってオレがどこかへ行こうにも控室から追い出されたという会話をしたばかりなのだ。気まずい沈黙を破るべく願いながら口を開く。
「もう試合ですか」
「もう少しね」
再び会話が止まる。さあ困ったぞ、と呑気に考えて咄嗟に言う。
「学園に通いながら働くのって駄目ですか? 」
しまったと口を塞いでももう遅い。先生の目が一段と鋭くなりこちらを見つめる。
「原則禁止だけれど……どういうつもり? 」
「い、いえ……剣を買いたいなあって。実はウォルバーストさんが購入した伝説の剣と同じモデル、ボクも狙っていたのですけれど、タイミングが悪くて買えなかった以前にお金がないのが惨めで……」
「なるほど、でもそれじゃあ認められないわね」
「でも、金が稼げないんじゃ卒業しても装備を整えることが……」
「それなら心配はいらないわ。剣士になったらある程度の装備は支給されるから」
「安心しました」、と胸を撫で下ろして見せる。危ないところだったけれど失言を上手い事個人の問題としての相談へとすり替えるのに成功したようだ。
「……それにしてもウォルバースト君がねえ」
「何かあったんですか? 」
「それがね、去年私が三期生だったときはケネットさんに憧れていると聞いたのだけれど」
ケネット、というとその昔、仲間を救うために魔王軍の大群にたった一人で立ち向かったという英雄だ。オレもその話を聞いた時は心が震えたものだ。
「憧れている人が複数いるということでしょうか? オレが伝説の剣士と先生の二人に憧れているように」
「ガイト君、そういうのはやめたほうがいいわ」
失敗か。軽すぎた言動を自省する。といっても満更ウソでもないのだけれど……
「ほら、馬鹿なこと言ってないで。もう試合の時間よ」
そう言ってカツンカツンと大理石の床を鳴らしながら先を歩く先生が不意に転びかける。
何もないのに、やっぱり嬉しかったのかな?
考えながらも口に出す勇気はない。「はい」とだけ答えると彼女の後を追った。