「伝説の剣士の剣」
クラスの代表が決まり時が流れ日が長くなり始めた頃、オレは登校すると太陽に照らされ熱を吸収した体を机につける。日陰に冷やされた机からヒンヤリとした感触が広がりオレの体の熱が机に吸収されていく。
「はあ、涼しい~」
「……相変わらずだね、ガイトは」
微笑みながら彼女も席に着く。暑さに強いのか遠慮しているのか彼女はオレみたいな行動はしない。見てみたい気もするが誘うのもどうかと思う。いや、ディーネの場合は……
相槌を打ちながらほんの瞬きするほどの一瞬、彼女の胸に視界を向ける。黒のアンダーシャツから夏服の半袖の赤いシャツを着ている羽織る彼女の胸は冬よりもその凹凸が露になっている。これでは机に体をつけようにも邪魔になるのかもしれない。
……動き辛そうだし得ばかりじゃないんだろうなあ。
即座に目を閉じるとそんな彼女の苦労を勝手に考える。無論それは悲しき男の性というべきものへの照れ隠しなのだけれど……
邪な考えで頬が熱くなったので冷却続行。いつもより長めに突っ伏していたので気が付くと生徒全員が着席していた。そしてオレが起きるのを見計らっていたように扉が開き先生が姿を現す。
「今日は皆さんにお知らせがあります」
いつもは淡々と報告をする先生が声を若干上擦らせるのをみて何やらすごい発表がありそうだと身構える。近付いたクラス代表戦の件だろうか? いやそれならばここまで態度に出るほど興奮したりはしないだろう。
あれこれ思考を巡らせて先読みしようとしているもその努力空しくこれといった回答が浮かぶ前に先生が口にする。
「本日より数日程、あの伝説の剣士が使用していた剣のレプリカが当学園の特別室にて展示されることとなりました」
途端に冷えた体が暑くなる。
レプリカ? あの人の? 本物は無論勇者との戦いで使用したのだろう。どこまで模して作られたものかは分からないけれど外見が全く異なるということはないだろう。それならばオレの記憶の剣と照らし合わせることができる。一致したらビンゴ、オレの憧れていた人はとんでもない英雄だということになる。
「……嬉しそう。そんなに剣が見たかったの? 」
ディーネが首を傾げる。確かに客観的に見ても先程まで寝転んでいた人物が今では起き上がり元気よくガッツポーズをしているのを見たら何かあったと思うのも不思議ではない。
「まあね、何せレプリカといっても伝説の剣だから」
咄嗟に取り繕うと彼女はにこりと笑って正面に向き直る。危ない所だったと喉を鳴らす。ちゃんと平静を装えていただろうか? 剣士との思い出は彼女には悪いけれど誰にも話したくないオレだけの思い出にしたいという考えがあった。
「それに形を覚えて同じ製作者の剣を買いやすくなるからな」
本音を付け加える。ただし他のライバルがいないようにと小声で。そしてニッと笑った。
「放課後が楽しみだ」
「放課後? 」
「休み時間は混みそうだからなあ」
放課後、オレは人混みを避けるために剣を見に向かった。ディーネとともにスタスタと展示室へ向かう、予想が外れそこには放課後にも関わらず大勢の生徒が剣の前に集まっていた。段差が剣の方が高くなっていて遠くからでも見えるようになっているのだけれど生徒達がガラスにピッタリとついてかじりつくように見つめているので何も見えない。参ったな。
「そういえば、何でディーネがいるんだ? 」
「……気になることがあるから」
答えてオレをじっと見つめる彼女、オレの顔に何かついているのだろうか? それとも剣が見たいけど言い辛くて咄嗟に照れ隠しをしたか、真意は分からないけれどオレみたいに彼女にも隠しておきたいことがあるのだろうと「そっか」と流す。
「しかしこの並びじゃかなりかかりそうだな」
「……制限時間もないから、見られないかもしれない」
そう答えると何故か彼女がしゃがんでみせる。ブーツの紐が解けたのだろうか? 視線を向けるもそういうわけではなさそうだ。
「……乗って? 」
「え? 」
「……肩車、多分これならガイトが剣を見られる」
「いやいやいや、それは……」
華奢な体を見て両手をぶんぶんと振る。
「……大丈夫、私も鍛えているから」
「ああ、いや、でも……人前だからさ。やっぱり良いよ」
流石のオレでも彼女に無理をさせてまで剣を見ようとは思わない。「わかった」と彼女は立ち上がる。
そこからは見学者たちのチキンレースだ。門限が怖くて降りたら負け、シンプルなルールだ。赤い光が差し込む展示場から一人、また一人と剣から逃げるように消えていく。しかし面白いもので去るのは大体前方で剣を見学できたものだ、ここで初めて列形成が意味を成したのである。とはいえもう日が沈みかけているため時間がほとんどない。
「ディーネはもう帰った方が良い」
「……ガイトは? 」
「オレは……抜け道を知っているからまだ大丈夫だ」
ウソは言っていない、でもオレには門限を守ろうという気もない。あの剣をもう一度見ることができるのなら……あの人だと分かるのなら……門限を守らずにどんな罰でも受ける、例え退学にもなっていいという想いだった。
「……それなら私もいる」
オレの考えを見抜いたのだろうか、顔をはっきりと見つめながら彼女が強く手を握る、陽に照らされていたせいかとても暖かい、これは離せなそうだ。一緒に帰るか残るかのどちらかしかできなくなった。先生の言葉を思い出した、彼女の言う通りオレはもう一人ではないことをこの熱が教えてくれる。
「帰ろうか、走って怪我したら危ない」
そう言って背を向けようとした時だった。
「もうそんなにやべえのか、帰ろうぜ」
我先にと人々が列から抜けていく。そしてその一瞬、オレの視界に剣が映った。脳裏にあの人の笑顔が浮かぶ。あの剣だ……オレがあの日見た黄金の剣だ。気が付くとオレは涙を流していた。咄嗟に誤魔化そうと口を開く。
「凄い綺麗な剣だったからつい、ディーネも見たか? 」
「……うん、見たよ」
その声は震えていた。それが気になって視界を向けると彼女はオレを見たまま涙を流している。あの人と顔が似ているので何か通じる者があったのかもしれない、というのはこじつけだろうか?
「良い剣だったな」
「……うん、うん」
彼女は手を放し涙を拭うと何度も何度も頷いた。