「代表発表」
その日の放課後、既に他のクラスが終了し廊下が騒がしくなっている中オレ達は着席していた。一つ前の講義がヴィリバルト先生の共通科目であるこの国の歴史ということで代表戦に出場する選手発表をする彼女をこうして待っているのであった。とはいえ、室内では緊張感は皆無でヒソヒソと話声が聞こえる。それもそのはずで、トーナメントを行いその後優勝者同士で戦って勝敗まで決めたのだから十中八九代表は決まっているのだ。まさかここで突然前の席の真ん中の生徒を指名して「貴方は進んでここに座った学習意欲のある生徒なので代表にします! 」なんてどんでん返しが起こることもない。ただ一人を除いて皆気楽なのだ。チラリと横目でディーネを見る。彼女は緊張しているのか目を瞑り何かを祈っているようだった。気軽に声を掛けられる雰囲気ではない。かといって、オレは関係ないと他の人と会話をしているのも違う気がするのでただただ扉が開いて先生が姿を現すのを待っていた。とても気まずい。早く来ないかなあ。何度目かの願いをした時った。ガラリと扉が開く。遂に待ち望んでいた時が来たのだ。待ってましたと立ち上がり拍手を送りたい衝動に駆られるがグッと堪えた。
「お待たせして申し訳ございません」
先生が神妙な面持ちでオレ達を見ると教室がシンと静まる。分かり切っているとはいえ代表発表は大事な行事の一つなのだろう。
「代表は……」
私が出ます、とふざけたことを考えてみる。こんなことを考えられるのはやはりオレが代表ではないと分かり切っているからなのだろうか、なんて考えていると先生が代表者の名前を口にする。
「ガイト君! 」
ほら、オレじゃなかった。
……え?
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ! 」
思わず立ち上がると同時にオレに視線が集まる。
「でも、オレはディーネに負けましたよ? 先生も見てましたよね? 負けたんですよオレ、なんでディーネじゃないんですか! ? 」
「いいから、座りなさい」
何が何だか分からない、しかしこのままだと何も進まなそうだと指示に従い着席をすると先生がふう、と息を吐いた。
「確かにガイト君はディーネさんに敗北をしました。しっかり審判として剣が彼の腹部に食い込んでいくところを見ていましたよ」
具体的に敗北内容を言われると恥ずかしくなり視線を落とす。
「ですが、二人の剣戟は素晴らしいものでした。それこそ三年生にも劣らないほどに」
そこまで口にしてオレをチラリとみる。
「なら何で剣戟で敗れたオレなのだと言いたげね」
図星なので黙って頷く。
「そう、確かにこれが普通の剣の大会なら勝者のディーネさんが代表となりますが、クラス対抗戦からはソウルの使用が可能になります。その点を踏まえると光のソウルで学年を問わずに剣戟に持ち込めるガイト君が適任だと判断しました」
そこまで述べると彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
「正直、入学仕立ての一期生から選出される一名は学園対抗戦においては戦力には数えられていないの。四名ずつ選出される二期生と三期生の戦いを間近で見て成長するようにって、それだけが目的。でも、ガイト君なら学園の戦力としても十分に数えられることができる、そう思って私は彼を代表へと選出させて頂きました。報告は以上です、皆さん気を付けて寮へお戻りください。ただし、ガイト君は残ること」
彼女がそう告げて占めるとともに納得した様子の生徒達が続々と退出していく。どういうわけかディーネも「よかったね」と微笑んで退出をした。
二人になったのを確認すると何やら書類に目を向けていたらしい先生の元へと歩いていく。
「何か御用でしょうか? 」
「ええ、ちょっと聞きたいことがあってね。貴方どうしてディーネさんとの試合で手を抜いたの? 」
思いもよらない問いに体中から嫌な汗が噴き出る。やはり先生の目は誤魔化せなかったようだ。ディーネに関してはもう解決したことなのだけれど話すべきなのだろうか? でもそれでまた再開するとかなると嫌だな……と悩んだけれど結局話すことにした。
「そう、それは嫌な思いをさせてしまったわね」
全てを話し終わった後に先生が力なく呟く。
「もう解決したことですから」
「本当に迷惑かけて、先生として失格ね」
どうやら相当こたえたらしい。いつもの先生の覇気がなくなってしまっている。
「いえ、そんなことはありませんよ。僕が生徒の立場だったからはやく気が付いただけで、先生ならすぐに気が付いたと思いますよ。現に今回僕が負けたのにも気が付きましたし」
先生らしくない落ち込みようだったので励ましの言葉を投げかける。これだと意図的に負けたみたいになっているけれどこの際仕方がない。
「ありがとう…………それじゃあ、そんな先生から言わせていただくわね」
おや、雲行きが変わった。思わず背筋を伸ばして身構える。
「貴方の優しさは十分に伝わったのだけど、クラス対抗戦では相手にどんな事情があろうとそれで負けてあげることがないことにね。もう、貴方はクラスの代表なのだから」
「はい! 」
気を引き締め返事をする。クラスの代表という言葉が重くのしかかった。
「それと、ディーネさんを大切にね」
「え? 」
何故ここでディーネが出てくるのか分からないけれどバディですし大切にしますという意を込めて頷くと彼女は微笑んだ。挨拶をして教室を出ると出口にディーネが立っていた。
「……ガイト、どうだった? 」
一緒に帰ろうと約束したわけでもないのに待っていてくれるだなんてやはりディーネはオレに勿体ないくらいの良いバディなのだろう。
「ディーネ、ありがとう」
大切にしろという先生の言葉が浮かび抱きしめる。柔らかい感触が体中に広がる。
「……え、ガイト? え? 」
戸惑うディーネ、それと同時にガラリと扉があいた。先生が来たのだろう。大切にするというのはこれで良かったのだろうかと彼女を見る。
「…………あ、貴方達、何をしているの? 」
先生は声を震わせそう口にした瞬間、持っていた書類をバラバラと落とした。