「怒りのソウル」
オレとディーネの剣で倒れたバーンを見てフウ、と息を吐いた後先生が手を高らかに上げ告げる。
「勝者、ガイト&ディーネ! 」
それと同時に会場がざわめいた。
「マジかよ、バーンが負けた! ? 」
「どっちが代表になるんだよ」
「ディーネじゃないの? あの娘それが狙いで彼と組んだのよ」
とまあ、嬉しい事ばかりではないが、優勝した今となってはそれも一興だ。オレはディーネに視線を向ける。
「ありがとう、ディーネのおかげで助かった」
ディーネは俯きかけたと思ったらオレの目をはっきりと見て笑みを浮かべる。
「……ううん、ここまで来れたのはガイトのおかげ、ガイトの教え方が上手だったから」
「それは聞き捨てならないわね」
突如声がしたので振り返ると先生が側に立っていた。なんと耳がいいのだろう。
「……いえ、あの、先生、これはその……」
ディーネが手をあたふたとさせて機嫌を悪くしたであろう先生に対して言葉を探そうとするも先生はそれを手で制した。
「冗談よ、だってまだ何も教えてないもの。そうじゃなくて、ガイト君その剣、どうしたの? こういった試合で模造剣が欠けるなんてこと前例にないのだけれど」
そう口にしてオレの模造剣の欠けた部分を指さす。前例がない。それもそのはずだ、模造剣を模造するなんて真似をする財力と発想、そしてそれを試合で使用する豪胆さを兼ね備えたものはそうはいないはずだ。
「これは……」
説明をしようとするも言葉を切る。これが明るみになるとバーンはどうなるのだろうか? 模擬戦で実際の剣を使用した上剣のないオレを切り裂こうと何度も剣を振った彼は退学をさせられるのではないか?
……それがどうした、別にあんなやつ構わないだろ。今まで自分が何をされたのか忘れたのか?
冷酷な思考が過ぎる、なぜここでバーンのことを想うのか、それは恐らく彼の実力が本物だからだろう。競っていくうえでここで彼を失ってしまうのはあまりに惜しいとオレだけが彼の今後を左右しているという状況故に考えてしまう。
返答に迷い倒れているはずのバーンに視線を向ける、すると不思議なことに彼の姿がなかった。
……バーンはどこだ?
背筋が凍る。素早く目を動かし彼を探す。
あの剣は本物なのだ。早いところ場所を特定しなくては、もし誰かに迫っていたらその者の命が危ないかもしれない。
時間はそんなにかからなかった、彼は倒れているはずの場所から数メートルしか離れていなかったのだから。そこに立っていた。こちらを睨みつけながらワナワナと震えている。
「なんたる様だ。クソ、クソクソクソっ! このオレ様がこんな失態を晒す羽目になったのも全部あの落ちこぼれのせいだ! 消してやる、消してやる消してやる消してやる! 」
「待て、落ち着け! 」
「黙れ! 『バーンブレード』」
叫ぶとともにバーンは剣を高々と掲げた。するとたちまちその剣が炎に包まれ数メートルリーチを伸ばす。フレイムだ。バーンは憎しみか名家故か既にこれほどソウルをコントロールできたのだ。
「入学仕立てでこれほどのソウルを」
「やっぱりバーンさんはすげえ」
何も知らない生徒たちが歓声を上げる。
……このままではまずい。
「皆を避難させてください」
「大丈夫よ、以前も説明した通り模造剣のソウルでは実害は……」
「あれは模造剣そっくりの本物の剣です」
緊急事態なので相手が教師だろうがお構いなしに怒鳴る。すると先生はオレの欠けた剣とバーンを交互にみて顔色を変える。
「バーン君! その剣を下ろしなさい! 」
先生が叫ぶもバーンは従わない。オレは即座に先生達から離れ数十メートル先の背後に観客席のない場所目掛けて駆ける。
……奴の狙いはオレだ、そして聞いた通りフレイムはこれほど離れていても熱気が伝わるのを見るとそう長くは放たずに維持してはいられないはずだ。長い剣なら太刀筋を見極めさえすれば躱すこともできる!
「ハッ! 自分が囮になろうってか。涙ぐましいねえ」
そんなオレの判断を鼻で笑うように言い捨てるとくるりとオレから視線を逸らし体をディーネたちの方へと向けた。
……まさか。
慌ててディーネ達の方向へと走る。
「こうすれば、お前みたいなのは助けに向かわざるを得ないだろ」
そう口にすると同時にディーネ目掛けて剣を振る。慌てて先生がディーネの盾になろうとするもバーンの剣は大きくこのままでは二人とも死んでしまう。
「間に、合ええええええええええええええええ」
精一杯大理石の床を蹴り飛ぶ。すると二人の体に手が届いた、オレは力の限り二人を押す。
ドンっ! 二人が宙に舞うもバーンが真上から振り下ろしてくれたおかげで何とか軌道から外れることができた。
……あとはオレだけど、これは無理かな。
何とか受け身を取るもそこから逃げるだけの時間はない。無駄だと分かりながらも剣を差し出したその時だった。
「大丈夫? 」
目の前に女性が現れる。忘れもしないあの日、オレを助けてくれたブロンドヘアのあの女性だ。だがそんなことはあるはずがない。この状態で彼女がオレの前に現れることがない。幻覚だ。恐らくオレがそれだけ追い詰められたということだろう。現にもう諦めかけていた。しかし、その幻覚が力をくれる。
……そうだ、オレはまだあの人に追いつけていない。いや、あの人に会いたい。会って成長した姿を見せなければいけない、そのためにここで死ぬわけにはいかないんだ。
決意を胸に剣を力強く握りしめたその時だった。オレの握っていた剣が眩い輝きを放つ。とても暖かい光だった。そして気が付くと、バーンの放った炎が消えていた。
「は? 」
シンと静まり返る中バーンが振り下ろした剣をみつめながら頓狂な声を上げる。当然だろう、自らのソウルが突然消えたのだから。正直、オレも何が起きたのか分からない。でも、今はボーっとしてはいられない。すかさずバーンに駆け寄り剣を振る。
「はあっ! 」
「あ」、と声を発するだけでバーンの剣が祓われた。
「しまった! 」
今の一撃で我に返ったバーンが叫んだ直後、オレはバーンの顔に剣を突き付ける。
「ぐっ……貴様ごときに」
「やりすぎだ。実力は本物だっただけに、残念だよ」
ありのままの感想を告げるとバーンは背後に何かを見たようで不敵に笑う。
「フハハハハハ、いいぞ。その剣をこっちに寄こせ! 」
慌てて背後を見る、するとバーンのバディの男がオレが弾いたはずの剣を拾っていた。
「バーンさん、寄こせって……これは…………」
絶句して剣とバーンを交互に見つめる。恐らく今、剣の重みから気が付いたのだろう。これはバーンの独断だったのだ。
「良いから寄こせ! 」
青ざめていく彼を怒鳴りつけるバーン、慌てて先生が向かうも彼次第ではバーンに投げて渡すことのできる距離だ。正直、今ならバーンを倒すことはできる、バーンさえ眠らせてしまえばもう安心だ。ただ、試してみたくなった。彼が、バーンと同じなのかそれとも違うのかを。だからオレは動かずに彼を見守った。
「さっさとしろ! 取り上げられたらどうなるのか分かっているのか! 」
バーンがそう怒鳴った時だった。彼が決意を決めたように顔を上げ剣を持ちあげる。
「うるせえ、この犯罪者! 」
その言葉と共に振り下ろされた剣は勢いよく地面に叩きつけられ、キィーンという金属音を奏でた。
「どうやら、彼はお前の仲間じゃない様だな」
バーンへと顔を近付けて目を見開いている彼に告げる。
「ふ、ふざけるなよ貴様あああああああああああああああ! 」
激昂し彼の元へ向かおうとするバーン、しかしそうはさせない。オレは思い切り剣を振る、風を切る剣は狙い通りバーンの腹部を強打する。
「ぐべえ! 」
うめき声を上げるともにその場に倒れこむバーンの元へ先生が駆けつける。念のためにオレはその背中に剣を向ける。
「バーン君、貴方って人は……」
バーンが震える声で語り掛ける。
「先生、ソウル見ていただけました? 凄いでしょう、こんなやつよりも俺様の方が代表に……」
「貴方、まだそんなことを言っているの? 」
先生の声はとても冷たく怒りの籠った声だった。
「同期に向かって実際の剣を振るったばかりかソウルまで使用するなんて、貴方に剣士になる資格はありません、即刻退学処分とします」
「退学処分だと! ? この俺様をか? 貴様ごとき下っ端にそんな判断ができるものか」
豹変して先生に向かって怒鳴るバーン、しかし彼女は一切動じずに背後を振り返り横へと移動する。
「それならば、直接学園長様に聞いてみるといいわ」
その言葉と共に彼女が移動したことにより今まで見えなかったスキンヘッドの男性がこちらに歩いてくる姿が見えた。彼は静寂を破らないようにとスタスタとこちらへ向かってくる。その姿をみてバーンの表情がみるみる青ざめていく。
「が、が、学園長」
「久しぶりだねバーン君。全部観客席で見せてもらったよ。正直君のお父さんとの仲を考えると心苦しいのだが、流石にここまでのことを見逃すというわけにはいかない。私にも立場というものがあるんだ。本当は君を祝福したかったのだが、こんな形になってしまい残念だ。バーン君、君には今日付でこの学園を退学してもらう」
そうハッキリと述べると気が付くと背後にいた男性二人に合図をすると男性達は呆然としているバーンの腕をそれぞれが抱え持ち上げると出口へと歩いて行った、それを見送ると彼は振り返りオレを見た。
「見せてもらったよ、君のソウル。実に十数年前の彼女を思い出す。君のこれからの活躍が非常に楽しみだ」
「ありがとうございます」
ニコニコと笑う彼にお礼を述べる。彼女についてオレの憧れの人かどうか尋ねたかったけれど、それを尋ねるには余りにもオレの持っている情報が少なすぎると思い留まる。オレは彼女の名前すら知らないのだから。
「このソウルはどう使うのですか? 」
他に気になっていたことを尋ねる。オレの先ほどの力がソウルだというのなら他の属性のように戦い方などがあるはずだ。彼女と呼ぶ人と同じなら、戦い方を教えてもらいたかった。
「君のソウルは光属性と呼ぶものでもうこの世にそのソウルを持つ者は存在しないと思っていた。その戦い方は君自身の中にある。君次第だ、それでは私はこれで失礼するよ」
彼はそう告げると出口の方へと歩いていった。