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「イム寮長のマッサージ」

「ふっ……ほっ……はあっ! 」


新入生だからなのか一人で練習をするのなら部屋でもスペースは十分にあるため部屋に帰りひたすらと剣を振る。アローさんと今度はソウルありの勝負で戦いたい。その感情が芽生えたのだ。

……オレにソウルがないはずはない。目覚めろ、目覚めろ。

心の中に響くようにブンブンと何度も何度も力を込めて振る。ソウルは人間の根源といえるべき魂をクリスタルのある剣を通して四属性で具現化するというもの、それ故存在しないということはないはずなのだ。


「くそっ、ダメか」


流石にずっと剣を振っていると疲れが来たので剣を机の上に置くとベッドに横になる。ふんわりとした感触が心地よく疲労している体と合わさった眠りを誘うのに負けじと拳を握りしめる。


「何がだめなんだ、追い込まれていないからか? 」


人は危機的状況になると奇跡的な力が出るというけれどそれが足りないのだろうか? とはいえ、今日はかなり追い込まれたはずだけれど何もなかった。腕を天井へと伸ばして手を開いたり閉じたりする。


「一体、何が足りないんだ……あれ? 」


そこで初めて気がついた、いつのまにか手が黒く染まっているのだ。手だけではない辺りもシンとしてダークブルーの色に染まっている。


「もう夜じゃないか」


慌てて外へと出る、浴場は長いこと開いてはいるのだけれど食堂は別だ。空いている間に食べないと強制的にご飯抜きになってしまうのだ。

……皆がまだ寝静まる程遅くはないはずだ。

祈りながら階段を急ぎ駆け下りる。その祈りが通じたのか食堂は開いていた。中の様子を伺うと人はまばらだ、間に合ったとはいえかなり遅い時間に違いない。


「すみません」


謝罪の言葉を述べながら中へと入ると寮長と目が合った。今ではスタッフは彼女一人のようだった。


「ああ、ガイト君」


朗らかに笑う彼女だったがその声はか細い。流石にもう夜遅くで疲れたのかもしれない。


「すみません、遅れてしまって」

「いや、いいのよ。それよりガイト君が最後だから、丁度良かったわ。食べたら私の部屋で来て、待たせてしまうことになると思うけど」

「はい」


……遅すぎたからお説教かな? でも丁度良かったって何がだろうか?

不思議に思いながらも同意を示すとパンとコーンスープとコンガリと焼かれた肉を受け取り誰もいない長テーブルへと向かった。



「よう」


食堂を出ると不意に声をかけられたのでその方向を振り返る。柱から勿体ぶって出てきた長髪でソバカスの今日戦ったバーンの付き人だった。  


「何か用か? 」

「へっ、いいねえ剣が強いとこんな時間に飯が食えて」

「ソウルがないからな。気がついたらこんな時間になってただけだ、もうしない」

「そうなんだよ、お前はソウルが使えないんだよ」


男が肩を竦めたかと思うと突然オレの右手で胸ぐらを掴みかかる。


「だからさあ、あんま調子乗るんじゃねえよ。使えない奴は使えない並に大人しく負けとけよ。マグレで勝ったからっていい気になりやがって」


男が声を荒げて早口でまくし立てる。

事情はわかった。この男はオレに今日負けた憂さ晴らしをしにきたのだ。

……ふざけるなよ

心の中で何かがふつふつと燃え上がり震える。それに従うがままオレは胸ぐらを掴んでいる男の右腕を握り力を込める。

柔らかい感触が突如として硬いものに変わるも気にせずに力を込めるとメキメキメキッと音がする。


「あああっ、ぐあああああ」

「お前だけが腹を立ててると思うなよ、舐めた真似しやがって」

「おい、どうした」


悲鳴を聞きつけた学生や寮長が周りに集まり始めて我に返り手を離す。


「くそ、なんだこれ。跡がついたじゃねえか! 」


腕をまくり怯えながらもそう吐き捨てて逃げていく。


「セコイ真似してないで今度は堂々と向かってこい。学生相手にも正々堂々戦えない奴が剣士になれると思うな! 」


言い終える頃には男は階段を上り姿は見えなくなっていた。後にはオレと野次馬と化した生徒達が取り残される。


「ガイト君! 私の部屋に来なさい」


騒ぎを聞きつけたのだろう寮長が背後から現れるとそう口にする。その声はいつもの大らかな様子とは異なり迫力あるものだった。

……なんでオレだけが。寮長も敵なのか?


「でもオレは」

「いいから来なさい」


ピシャリと言われ肩を落とすオレの肩に手を置き「約束でしょ? 」と寮長。その声は小さいけれど優しいものだった。


「分かりました」

「良かったわ、行きましょ」


彼女はそう口にするとオレの手を引いて自分の部屋のドアノブに手をかけた。


~~

寮長室は広く整理整頓されていて鉄製の本棚には本がぎっしりと詰まっていき更に扉があった。彼女はそこへと向かい扉を開くとタンスと大きな純白のシーツの上に真紅の毛布がかかった大きなベッドが姿を現した。恐らくここが寝室なのだろう。


「ごめんなさいね、ああでもしないとあの場は治らないと思って」


いつものほわっとした彼女の口調で謝罪をするもオレは首を振った。


「いえ、あんな騒ぎを起こしたのが悪いのですから」


「気にしなくていいわよ、代表選抜の時期はこれくらい日常茶飯事だから。お姉さんとしては生徒達がいがみ合うのは嫌だけど学園側からすれば競争心を煽るためにとよかれとやっているみたいでね」

額に手を当てながら彼女が口にする。

……なるほど、確かに学園側からすれば優れた剣士を代表に選ぶことができながらも緊張感も生まれて良いのかもしれない。しかし、それを生活面で支援する寮長としてはこうしたトラブルも起きて悩みの種だということだ。


「とにかく先輩達もまた始まったくらいにしか思ってないから気にしなくていいわよ」

励ますように彼女は口にするとベッドを指差す。

「じゃあそこに横になって」

「え? 」


聞き間違いかと彼女を見つめるとオレの考えていたことが分かったようで顔を真っ赤にする。


「ああ、ごめんねそう言う意味じゃないの。ええとね……お姉さんマッサージが得意だからね。うん……」


パニックになり身振り手振りで説明しようとしているのは伝わるもののそれが何をしているのかまるで分からない。


「そういうことでしたら、お願いします」


このままでは気まずかったのでそう口にすると上着だけ脱ぎ黒いアンダーシャツ姿になるとベッドにうつ伏せになった。


「はい、それじゃ行くわよ」


程なくして背後から声が聞こえる。どうやら彼女は調子を取り戻したようだ。


「お願いします」


そう口にするとともに背中に強烈な痛みが走る。


「あら、ごめんなさい強すぎたわ」


どうやらまだ本調子じゃないようだ。そこからオレはしばらく彼女のマッサージを堪能した。彼女のマッサージの腕は確かで段々と身体が軽くなっていくような感じがする。


「……ディーネちゃんと何かあった? 」


肩に手を置くと、寮長が尋ねる。


「ディーネちゃんね、今日帰ってきてから元気がなくてね。ご飯もずっと一人で食べていたの」


……寮長がここまでしてくれた理由が分かった。彼女はディーネのことも心配していたのだ。オレは今日の出来事を話した。


「そっか、あのディーネちゃんがね」


彼女がしんみりと口にする。それだけだった。でも実際、アローさんもバディであるオレでさえも予想外で言葉が見つからない行動だったのだ。


「とりあえず、明日ディーネちゃんと話し合ってみて、嫌なのは分かるけどね。あの顔は……ちょっと放っておけなくて」


寮長がそこまで心配するなんてディーネはどんな顔をしていたのだろうか?

ふと考えるも振り払ように首を振る。


「寮長は人が良すぎますよ、彼女はオレになんも躊躇いもなく剣を振ったんです。味方だったのに、そう思っていたのに……」

「そうね、辛かったわね。ごめんなさい」


そこで彼女は言葉を切った。


「なら、ディーネちゃんが謝ろうとしたときは話を聞いてあげて」

「…………はい」


ポツリと答えるも喉が渇いて声が思ったように出せず伝わったのか分からない返事をする。


「よーし、じゃあ大分練習で疲れてるみたいだしここからは本気のお姉さんスペシャルマッサージよ」


彼女が声色を変えて高らかに叫ぶと、背中にグッという力強い感触とともに痛みが走った。


「ぐっ……」

「我慢我慢、痛い方が身体に良いんだから。さっきのでガイト君の弱いところは全部分かっちゃったから飛ばすわよー」


その声とともに一段とマッサージが激しくなった。

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