「モチベーションアップ」
足の行くままに彷徨っているといつの間にかグラウンドに出ていた。二人の剣士が向かい合って剣を構えているのが見える。グラウンドでは一年生はオレ達が使っている施設を時間ごとにローテーションしていくので上級生だろうどこかのクラスが代表選抜のためのトーナメントで戦っているようだった。
……あの服の色は、ウィンディか、ということは二年ならアローさんがいるな。
特に行くあてがあるわけでもないので試合を観戦することにして立ち止まる。アローさんの試合までいつまでも待つつもりだったがその必要はなさそうだった。
「キャー! アロー様ーがんばってー! 」
黄色い声援が上がる。ここからでは顔までは見えないがどうやら一人はアローさんのようだった。
「あれじゃあ対戦相手がやりにくいだろうなあ。それにアロー様って……」
仮に破りでもしたら矢の如し罵倒を浴びせられるであろう相手のやりにくさに同情していると審判らしき教師が試合開始を宣言した。上級生からはソウルが使える、それ故に勝負は一瞬だった。
二人同時に剣に力を込め風を纏い近接戦での斬りあいになるかと思えたその刹那、アローさんに向かっていく相手とは対照的にアローさんは剣だけを相手に向けた。
「『クリアランス』」
その声と共に剣から発生した風が剣が伸びたかのように鋭く相手に向かう。相手は慌てて剣を横にし防ごうとするも巨大な剣となった風の前では無駄なことだった。
「ぐああああああああああ」
風に貫かれたようにみえる男は悲鳴を上げる。模造剣同士の戦いなのでソウルは映像であるため実際の痛みはないのだ。それ故にソウルを用いた試合の勝敗はフレイムなら相手が炎に包まれたように見えたらなどというように致命傷と思える一撃を与えた方が勝利となる。今回は明らかにアローさんの勝利だ。
「勝者、アロー! 」
「きゃあああああああああああああああああアロー様ー素敵ー! 」
教師の勝利宣言と共に再び歓声が上がる。なんというか凄い人気だ。
……それに対してオレときたら。
ため息をつきその場を去ろうと回れ右をしようとした時、ふとアローさんと目が合った。
「おーい」
彼がこちらに声をかけると友達を見つけたかのように駆け寄ってくる。正直話す気分ではないのだけれど、ここでしらばっくれて逃げたら彼だけでなく彼のファンらしき女性たちも敵に回すことになってしまうだろう。仕方がないのでこちらも彼へと歩み寄る。
「やあ、入学試験以来だね。君の噂は聞いているよ、ソウルのことは残念だったね。でも、君の剣術は素晴らしいと思う。それに惹かれて突然目覚めるさ」
「そうだといいんですけれど」
「しかし、先生も思い切ったものだね、一年生のフレイムだけ異例のタッグで代表を決めるなんて学園中で話題になっているよ」
「ソウルはないのに試験のために手加減をしてくれたとはいえ相手がアローさんでしたからどうにか出さないようにと変に特別扱いされてしまって参りますよ」
「そうか……」
ふと、彼が言葉を切る。何か失礼なことを言っただろうかかと言葉を反芻するも心当たりはない。
「でも、その様子だと初戦は勝ち抜いたようだね。パートナーとよほど息が合っているんだね」
「いえ……」
言葉に詰まる、ここから先をアローさんに伝えるべきか迷ったからだ。最早いじめとも呼べる行為を彼に伝えるのはいじめられているとカミングアウトするようなものだ。そんなの彼からすれば困惑する状況だろう。だというのにアローさんは不安気にオレの顔を覗き込む。観念したオレは彼に今日のことをかいつまんで話した。
「なんだって! ? 彼女がそんなことを……」
どういうわけかアローさんは声を荒げて尋ねる。まるでディーネの事を知っているような反応だったがあの美貌だ、二人は同じ町出身で付き合っていたとかだろうか?
「ああいや、すまない。前に見かけたんだけれどそのようなことをする子には思えなくてね」
オレの考えを読み取ったのか彼はそう説明する。
「本当に驚きました。人は見かけによらないということでしょうか」
美人でも盗賊や人を殺している人は存在する。そのことを頭に浮かべながら答える。
「……そうだね、もしくは他に何か理由があったか……ボクも調べてみるよ。そろそろ戻らないと」
そう口にすると彼は踵を返して仲間たちの観戦をしたいのかグラウンドへと向かっていく。
……随分とディーネの肩を持つんだな、もしかしてアローさんが一目ぼれか
彼の行動が不可解だったのでそう考えているとふと彼が立ち止まりふとこちらを向いた。
「言い忘れていたけど、ボクは剣の試合で手を抜いたことは一度もないよ。だから、そんな腕があって剣士にも意欲的な君が辞めるのはもったいないと思う」
彼はオレを見てニコリと笑うとグラウンドのクラスメイトの元へと走っていった。
……嘘だろ? オレは、本気のアローさんに勝てたのか?
先ほどまでの悶々とした感情が瞬時に消え幸福感に包まれる。
「帰って練習するか」
どこまでも続くような青い空を見上げ呟いた。