2
春月13日
昼刻
領主館
副騎士団長
「一族郎党極刑が妥当かと」
あまりの言葉に目の前が暗く、頭が熱くなる。
「承服いたしかねます!あまりに重い罰だ!」
ガチャガチャと金属の擦れる音がうるさい。
ああ、私の出している音だ。
領主様を始め、父である騎士団長や大臣等が集まる場であるのに何時もの振舞いができない。
「では、どの程度が妥当と?」
「と、当家で監視し、戦場での兵卒としての奉仕罰が適当であると考える」
若い大臣補佐は厳しい顔をし、領地転覆を考えた重罪人、かの大国の間者との言葉が続く。
「そもそも領主館は騎士団の管理地、姫様の無断外出を許し、傭兵を手元に置く?自家の力を大きくする企てではないのか!二心ありとのそしりはまぬがれないぞ!」
カッとなる頭に動きかけた身体を止めたのは大きな声。
「喝っ!」
大臣が若い大臣補佐の方を向き。
「大国の狭間でこの領地を維持できているのは、騎士団長を始めとする騎士の方々の血のたわもの!また、かの傭兵を捕縛したのは副騎士団長殿である!それを忘れ二心ありとは、恥を知れ!」
大臣補佐は小さくなり、私に詫びた。
だが、続く大臣の言葉にカッとなった頭の代わりに肝が冷える。
死刑にすべしとの領地の重鎮の意見は補佐のそれと重さが違う。大臣の発言は、他の意見から一族郎党は重すぎる事や追放処分等は他国で雇われた際の自領への不利益を考慮するものだった。
悪い空気を何とか出来ないかとの思いが通じたのか、扉が開く。
「お父様!」
領主様が顔に手をあてるのが見えた。
娘は語った、自身の判断で行動したと、傭兵の罪なき事を。その話に垣間見るものに心にさざ波か立つ。
「姫様」
波を止める巌の様な重さをもつ声。大臣は広がる波紋を止めるように続ける。
大臣が説くのは法。あくまで領主の娘を誘拐という事のみを終始説いた。
それに反論する、姫様であったがー
「静かにしなさい」
領主様が娘を窘める。領主様の娘の対し方は、赤子をあやすように、だ。
先程の姫様の意見も領主様には、おぎゃーとしか聞こえていないのだろう。
領主と地位に居ながら、妾もとらず妻の菩提を弔いつつ一人娘を可愛がり続ける姿に父を重ねる。
「騎士団長はどう思う?」
話の杯を傾けられた父は当たり障りのない答えをし、
「とはいえ、治安維持及び罪人の処断は騎士団の承けたまりし使命と考えております」
結局、結論は領主様預かりとなり、その場での話し合いは終わった。
14日
昼刻
地下牢
傭兵の男
3食昼寝付きの寝床だが、むさ苦しい看守と考える時間が多いのがよろしくねえ。
地下に作られた牢獄に入れられると、騎士団長と初めてあった時を思い出す。
優れた兵士の魂は戦乙女が天へと導き、不徳な騎士の死は雨と共に地の底に流れ、無念の戦士の霊魂は火となりて戦場を漂う、だったかな?野良犬だった俺の魂は何処にいくのかね。
おっと、客人の多い日だ。それなりに離れてるのに金属の擦れる音がうるせぇ、機嫌が悪いな。わかりやすいやつだ。
眉間にシワを寄せたそいつは看守に席を外すよう言うと牢の中に入り俺の前に立つ。親父そっくりだな、と眉間を指さすとますますシワが深くなり、俺の笑いを誘った。
「どうして……」
思い当たる節がありすぎて、答えられねえから、妹の件で礼を言う、どうやら俺一人悪者で良いようだ。
罵倒に始まり、罵声、悪態、よく続くもんだと思えば問いかけに変わり、最期は懇願で終わった。
それに答えるには遅いし、応える事はない。
悪ぃな、と頭のひとつでも撫でようとしたら
「馬鹿ァ!」
頭突きでお答えされた。
その後、死刑になりそうだの勝手に死んでしまえだの言って出ていっちまった。
さて、騎士団長の言う通りになりそうだ。朝方の差し入れの瓶を見ながら、息を深く吸い、吐く。残り香が混ざっていたようだ、心が動き、刃が刺さる。
夕刻
領主姫自室
領主姫
部屋の外で人の気配がする。
1度抜け出したせいで警護が厳しくなったようじゃ。何度目かの父への嘆願書を書き終え、息抜きに傭兵への手紙の続きを書く。
謝罪や反省、励ます文をしたためるがどうもあの無礼者にはあわぬ気がして、十何度目かの書き直しを行う。読み直すと、何処か連れてけー、とか何か食わせろー、とかばかり書いてある文になってしもうた。
ん?誰じゃ?
扉のノックにこたえると、大臣補佐が扉の前で膝をついていた。見張りを探すと、人払いしましたので、と答えがあった。
いぶかしむと、すっと顔を寄せ
「領主様の御命が狙われております」
!?声無き返事で部屋に招く。
続く言葉は暗殺の全容。顔を変えることのできる暗殺者を用い、わらわの命と顔を奪い、父に近づくと言うものであった。計画者は大臣。
恐怖、怒り、そして疑問。
大臣補佐は、自分は領主様をお慕いしているが、大臣に逆らう事ができず、その指示を受けている事。
また、領主は大臣の怪しげな術により、意志を誘導されているとの事で姫の話も聞き入れづらい状態、直接訴える事もできない事を告げた。
だが、かの傭兵は大臣の手の襲撃者をものともしない腕前、見も知らない姫を助ける高潔さ、大臣も脅威に感じたのか排除を指示する様に希望を抱いたのだという。
なかなか分かっておるじゃないか。
「姫様にお願いしたい事があります」
傭兵と共に今は亡き母の隣国へ訪れ助けを求めて欲しい、とな。内部ではどこまで大臣の手が回っているか分からないため、外部より大臣を捕らえるのが最善手。
大臣の妨害が予想されるが傭兵と共にならば切り抜けられるはずじゃ。
よし、わかった。また、全てが終わった後、お主も悪いようには……
「いえ、私は大臣と共に罰されようと思います」
大国で孤児として産まれ、戦場で兄弟を亡くし、流れた先のこの領地で取立ててくれたのは同じ大国出身の大臣。
夏の暑さに影を、冬の厳しさに温もりを、夜に光を灯した人を裏切る胸中は想像もできなかった。
「声に出した事はありませんが、それでも大臣を父と思っております」
その目の揺るぎなさはひどく悲しげに見えた。
その後、考えられる傭兵の脱獄方法を記した紙、ポーション等の薬、赤い宝石が入った袋を手渡され
「赤い宝石は護りの魔石です。戦闘が始まりましたら、胸にその赤い宝石をお当て下さい」
15日
早朝刻
馬車荷台箱内
領主姫
ひゃっ!
突然、箱の中に刃が生えた事に、驚き立ち上がる。
ガンっ!
ぬおー!箱に蓋がしてあるのを忘れておった。
頭を抑えて悶えておると
「何やってんだ……」
上を見上げると蓋を開け覗き込む傭兵の男。
む!心底嫌そうな顔をしおって!無礼者!
あ、こら!わらわが出ようとしておるのに蓋を閉めるでない!
よいしょよいしょと箱から抜け出すわらわを横目に行者席に戻る傭兵。
屋根のない馬車に乗るのは初めてじゃが森での木漏れ日が気持ちいい、これが脱獄逃亡でなければ。
わらわは傭兵の隣に座った。
………………
あー、そのー、す、すま……
ゴンッ!
あいたっ!
「ガキが。謝んじゃねーよ」
頭に頭をぶつけた所をポリポリかきながら傭兵は言った。
そ、それでもわらわが父様と上手く話ができていれば……
「親と上手くいってねえのか」
……父様はわらわの話など聞いてはくれんのじゃ。
ガタガタと進む馬車、一際大きな音を立てた馬車に進められるようにぽつりぽつりと傭兵は自分の話をした。
「戦ってるとな、妙な気分になる時がある。相手の事がわかる気がするんだ。名前とかじゃねえぞ。それが何かわからねえから俺は魂だと思ってる」
わらわの方を見て
「家族だからってな、話し合いだけで分かり合えねえ時がある。そん時はな、ぶつけんだよ」
そして、頭をとんとんとした。
それで頭突きか。
「暴力じゃねえからな。きっちりこっちも痛い目見るぐらいがちょうどいいのさ」
できるかの。
傭兵はそれには答えず笑った。
その後、馬の進先を見てしばらく進み。
「悪かったな。領主様に良くねえ態度でよ」
……
「でも、悪くなかったぜ。お前の"無礼者"は」
ふん!次そんな事をしでかせば、わらわの騎士にして礼儀を教育してやる!
自然と、にやりとし
「商人の娘のな」
傭兵は勘弁してくれという顔をし、そもそも脱獄して領主姫を連れ回してる現状が知れれば縛り首だと憤った。
ふふん!そんな事にならぬ為にわらわがここにおるのじゃ!
大臣補佐から聞いた事の顛末伝え、わらわを褒めるよう促す。
なに?おかしい?
顔を変える暗殺者は基本依頼者にしか会わぬだと?
キンッ!
疑惑のもやを矢じりと大剣の音が払う。
いつの間にか傭兵の手には大剣が握られ、道沿いの草むらを睨み、わらわに隠れていろと指示する。
大丈夫じゃ!護りの魔石を付ければ……
赤い宝石を胸にあてた瞬間。
宝石より黒い水があふれだし、わらわは溺れる様に意識が遠のく。
最後に見えたのは、傭兵の驚いた顔。
最後に……
15日
朝刻
傭兵の男馬車に向かう道 馬上
副騎士団長
大臣の報を受け、脱獄犯に追いつくと宴もたけなわ。
グルゥと吠え尻尾を地に叩きつけて威嚇する黒いトカゲ人間、相対する傭兵は大剣を構え、深浅織り交ぜた傷の雫で地面を濡らす。
馬上の私と同じ高さの目線、トカゲ人間がこちらに目を向けた。
瞬間、私の後ろより矢が飛び、硬い音と共に落ちる。連れてきた部下2人の内、弓を射った方が小さな悲鳴を漏らす。
勝手な事をと、怒る私の怒りより先に怒る者がいたらしい。
その者は人では考えられない跳躍で矢の射出先に飛びかかるが、思い通りにはさせじと、傭兵は黒いトカゲ人間を大剣の腹で横から叩き、茂みへとたたき出した。
「どうなっている?!姫様は!?」
異形に怯えるものでは役には立たぬ。下馬して傭兵の横に立つ。
「姫さんはアレ。犯人は大臣補佐」
まさかと思う間もなく。
元に戻す、手を貸せ。と傭兵。
疑問、疑念が沸き立ち部下が溢れさせる中、私は傭兵にいつものあれを求める。
無防備に頭を私の高さまで下ろす彼。
お前は脱獄犯、私は追手。
トカゲ人間が姫様だと、大臣補佐が犯人だと、私が今正にお前に剣を突き立てないと、何故信じられる。
ガツンと頭をぶつければ痛いばかりだ。
「何をすればいい」
グルゥと茂みの向こうで立ち上がるトカゲ人間の胸を指し、鉄より硬い皮膚を切り裂き宝石を切離すと宣言すると、開始とばかりにトカゲ人間が襲いかかる。
傭兵がずいっと戦いのさきぶれをしに前に出、その間部下に下がる様に指示。
ブンブンと大振りに振り回される両の腕の間で大剣を指揮者の指揮棒のように右左へ振り回し受け流す傭兵。
下手糞な音楽は硬質な奏で部下二人を青ざめさせる。
遅い。トカゲ人間の死角に回りながら私の剣で少し音を足してやる。
キンッ!キンッ!キンッ!と打ち込むと不協和音を嫌ったのかちらりとこちらを見るトカゲ人間。
硬いな、あえて剣の腹でたたいている傭兵はこいつに刃を立てることができるのかと誇らしい気持ちが沸く。
少しテンポを上げ、音を高音に上げるとトカゲ人間が明らかにこちらを意識した。
動物に近いようだ、傭兵が宝石を取り出す段取りに移るのが見えた。
「副騎士団長!!」
部下の声に、我が身の不覚が、足に突き刺さった矢とともに深く刺さる。
敵は目前のトカゲ人間のみではなかった。
茂みより飛び出した矢は私の足を射、体勢を大きく崩させた。
くしくもトカゲ人間が私に攻撃対象を移し、その尾を槍のごとく突き刺そうとしたところである。
ドスッ
と、重い音がした時、私が考えていたのは領主姫が傭兵ともに子供を抱いている姿。
嫉妬かな。
朝刻
傭兵の男馬車付近
副騎士団長部下
傭兵の男の背よりトカゲ人間の尾が生えているのが見えた。
胸を通り背からいづるそれは命の火を消すには十分で、トカゲ人間と副騎士団長は同種の慟哭を上げる。
「死んだと思っただろ」
その声はどこから出ているのか。傭兵は慟哭の中、小さくも伝わる声を出した。
「胸を刺されたぐらいじゃ、男は死なねえんだよ」
振り切ったその大剣の切っ先は、震え一つ起こしてはいない。
「好いた女にもう刺されてるんでな」
ずるり、とトカゲ人間の胸の赤い宝石がずれ、トカゲ人間は水に包まれたと思えば中より小さな女の子、姫様を吐き出した。
抱えるともひっつかむともとれる手つきで、意識の失ったであろう姫様を支える傭兵は、少し安心した様子で姫様をわしに放り投げた。
「わりぃ。すまねえ。頼む」
思いつく限りの願いの言葉だと、姫様と副隊長を連れて逃げろと言外の意が伝わる。
言葉ばかりの任せろで伝わったのだろうか。薄く笑った傭兵は副騎士団長に何かを告げ、副騎士団長を射った矢のとびたした茂みに突き進んでいった。
わしが領主様の館に戻る間に刺されなかったのは、副騎士団長が怪我で剣を手にしてなかったからだろう。
わしは初めて孫を抱いた時のことを思い出していた。愛おしい者の手から無理に離されたあの泣き声を。
朝刻
傭兵の男馬車付近
第三者視点
「大したものだな」
物言わぬ死体の前で黒髪黒目黒外套の男がつぶやく。
地面には装備のいい死体達が転がり、生者は大剣を片手にした樹に寄りかかる死体に声をかける黒い男のみだ。
「俺は…いつも遅い…」
誰に対してのつぶやきだろうか。
辺りに転がる死体か、魂の引き換えに願いを述べし大剣の躯か、それとも置き去りにした過去か。
”死んだら終わりって思ってるでしょ”
黒い男は大剣を持つ死体の空いた胸に手を当てる。
”でもね、違うんだよ”
不思議なことに、胸に当てた手に光が集まる。
”だってね…”
光が収まると、黒い男の手には青い宝石が収まっていた。
”レッドが生きているんだもん”
「イグニッション」
ご指摘・ご感想いただけますと大変有難いです。