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2つの月が登る夜。
安い酒のせいか、底の様な酒場のせいか、クソみてえな俺のせいか。その黒目黒髪黒外套男の幻覚は話しかけてきた。
「貴様の魂を取り置きにきた」
春月10日
昼刻
戦場
傭兵の男
大国が相手か。
戦闘の最中、相手の装備の善し悪しで今回の出入りがハズレだった事に気づく。
話があっただろうと先程まで隣に立っていた男が光のない目で抗議した。実入りのいい話には裏があると何時注意されても忘れるが、やる事は何時も同じ。
俺の半身と同じ大きさ、名もない大剣と共に1番装備のいい奴へと突撃した。
夕刻
自宅
傭兵の男
”無礼者!”
領主姫の声を背に、騎士団長の苦笑いとその娘の副騎士団長の睨みを横目に、微動だにしない大臣達に手を振り、戦勝会を優雅に辞した後、自宅に帰る。
剣を振りまく契約書に次から愛想もと書いておけと契約金を受取ながら係に言っておいた。
「洗濯物!!」
こちらの声に背を向けては明日の飯も用意してもらえまい。のそのそと妹に服と金貨の入った袋を渡す。
「…兄さん、私薬大丈夫だから…」
「ダメだ」
いつものあいさつを切り上げようと、いそいそと酒場に逃げ出す準備を始める。
「兄さん!」
ほらきた。
「臭い」
……
夕刻
傭兵の男の自宅前
領主姫
無礼な男の無礼な態度に、騎士団長の軟弱な態度!領主であるお父様に対する態度を改めさせる為こうしてわらわが汚たない小屋まで完璧な変装をして足を運ぶ。路上で眠る人から漂う臭いから逃げる道でな。
騎士団長の様子を見れば他の者に頼んでも無駄じゃ、1人でやらねば。戦功一位で少々腕がたつようじゃが、あの無礼さ、何か小悪事でも働いてるに違いない。証拠を掴んで衛兵に突き出して、目にもの見せてくれる!
おや?小屋の庭で男が何か…
「なんだぁ?何処のガキだ、覗きなんて覚えやがって」
ぶ、ぶ、ぶ…
「ぶ?」
「無礼者ーー!!」
な、な、なんてもの見せるのじゃ!
ともかく、依頼の旨をつたえ家に入れて、男には服を着てもらった。
「見るもん見たなら早く帰れよ」
「わら…私が見たいのは街の様子じゃー!」
「兄さん、依頼者に失礼よ」
そうじゃ!わらわが依頼者じゃ!最近街に来た商人の娘として街の中を案内させてやろうというのじゃ!
どうせ無礼で破廉恥なこの男の事じゃ、直ぐにボロがでるに違いあるまい!
「まあ、なんでもいいが依頼料払えるんだろうな」
「ふっふっふ、金貨3枚でどうじゃ?」
むぅ…男が目を丸くしておる、安すぎたか。
「では、5枚」
「よー」
ガン!
な、なんじゃ!?男の妹が突然男に頭突きしおった?!平民の儀式か?!
何故か妹御がわらわの依頼料の交渉をしてくれ、銀貨5枚と現物支給に落ち着いた。途中、男が払う流れになった時はわらわがドキドキしたわ。
細かい話も決まり、やり遂げたわらわは気分良く帰ろうとしたところ。
「おい、まさかそのまま1人で帰るつもりか?迎えは?」
む!わらわは童子では無いぞ!
首肯すると、小さくため息をつく男。
「飲んでくる。先に休んでろ」
「兄さん、ちゃんと送っていくのよ」
「うるさい、飲んでくるだけだ」
男は軽い身支度と大きな剣を腰にまとい、ドアを出ると犬猫でも呼ぶようにちょいちょいと手招きした。
ぐぐぐ、どこまでも無礼者め!
夜刻
酒場
傭兵の男
「なあ、こいつ見えてる?」
酒場を走り回る給仕係に俺の正面に座る男を確認する。
「えーっと、黒髪のお客さんですか?」
酔っ払いの相手をさせた礼に硬貨と注文を放る。
「で、えっーと「レッドだ」そう、レッドさんは俺に何か用なのか?」
おかしなガキの依頼者を放り出せたと思えばおかしな酔っ払い。おかしい事は重なるもんだな。
今日はとことんおかしさに付き合ってやるか。
「貴様が死んだ時、その魂を俺にくれ」
「へー、それでお前さんは俺に何かくれるのかい?」
「何もない」
「おいおい、お話の悪魔なら金とか女とか色々提案する所だろ」
「死者は何もできない、死者に何もできないように」
「魂先払いかよ、とんだ悪魔だなお前」
お話しはおしまいだと席を立つ。
「待て」
「明日は早いんだ、また今度な」
「あの女に関わるな、死ぬぞ」
「何でそんなことわかるんだよ」
「匂いだ、死の匂いが濃くなる」
「そいつはどーも。でもそんなこと教えていいのかよ、俺の魂が欲しいなら死んだ方がいいんじゃないのか?」
「……」
話が一区切りついたところで給仕係がエールを運んできた。
「今度はもっと面白い話にしてくれ。そいつを飲んで、はよ帰れよ」
じゃあなと、俺は黒髪に手を振った。
春月11日
昼刻
観劇小屋
傭兵の男
ドラゴンの人形が火を吹くたびキャーとわめき、騎士の人形が剣を振るたび、おぉーっと叫ぶ。
よくある悪いドラゴンに囚われた姫を助けにいく騎士の話より依頼者を見てた方が面白いぐらいだ。
姫と騎士が結ばれる陳腐な終わり、涙する依頼者に人形使いが飴をくれたので、1粒拝借。
睨むなよ。現物支給だろ?
市場に移動し飴じゃ割に合わないと後悔。
つつく、触る、持ってくる。近くにいろと指示する傍から、何処に売っているのかわからんものを手に、甘ったるい菓子を口に、疲れた俺を尻目にする様はこの街の領主様さながら。
大人しくなったと思えば、露天に置かれた装飾品から動きやしない。値段を聞けばぼったくり、こんなもん買えるか!
夕刻
酒場
領主の娘
今日は概ね大満足じゃ!面白い観劇に珍しい物、街ゆく領民の活気の良い顔にわらわまで楽しくなってしもうた。祭りかの?と聞いたら馬鹿にしたような顔をしおって!
財布をこの目の前の男にとられてしもうてからは思う存分買い物できなかったのも不服。
じゃが、次はこの男にださせてやろう!妹御に頼めば難しく無いじゃろうて。
「これはなんじゃ?」
む!げんなりした顔をしおって、食べた事がないものを聞いとるだけじゃ。今のところ全て食べた事ないものじゃがな!
「動物の内蔵を煮たもの」
「なんでそんなもの食べるんじゃ?肉食べればよかろう」
「うるせえな、俺が好きなんだ。お前は食べんな」
「食べるわい!」
この男が注文する食べ物の半分は不味いが半分は美味い、悔しいがとりあえずは食べてみる事にしている。
「普通は自分の好きなものより依頼人の事を優先するもんじゃないのか!無礼者!」
「契約になかったからな」
ぐぬぬぬ、さっきの騎士の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「あんなのはお話だけさ。見返りもなくドラゴンの前に立ったらただの馬鹿だぜ」
「馬鹿者!騎士は私利私欲ではなく、忠義!名誉!貴婦人への愛!で動くのじゃ!」
「俺は騎士じゃねえ。それにー」
わざとらしく周りを見渡し
「貴婦人がいないしな」
むきぃー!おぬしが騎士になりたいと申しても、絶対!絶対!!ぜぇーったい!!してやらん!!!
「どこの世界に商人のガキの騎士になりたい奴がいんだ」
やれやれと杯をあおる無礼者に礼儀を教えようと抗議の声と共に手を上げた所ー
ドンッ!
「いってぇ、これは折れたわ」
「おいおい、何やってくれてんの?」
上げた手が2人組の片方に当たってしまった。
すまぬ。だが、折れてはおらぬし……なに?上級ポーション代?言われのないものなぞ払えぬ。
ぐ、腕を強く掴むな……
「あー、兄さん悪いな。折れてるんだって?」
わらわの無礼者はのっそりと動き、腕を抑えてる男に近づくとその腕を
ポキッ
「本当だ。折れてる」
へし折った。
叫ぶ男の声が呼び水に隣のテーブルに座った男達が立ち上がる。
同時に叫ぶ男はその反対側のテーブルに放り込まれた。
立ち上がった男達はギョッとした。恐らく全く関係のないテーブルだったのだろう。巻き込まれたテーブルの凶相持ちも殺気立ち、席を立つ。
「運がいいな」
無礼者がわらわに話しかけている事がわかる。
「祭りだぜ」
ポーション代払っておけばよかったかの。
夜刻
酒場
傭兵の男
右の奴が俺を殴り、左の奴を俺が蹴り飛ばす。どこのテーブルのかわからないエールを拝借、喉を潤し、座ってる馬鹿に頭から乾杯だ。
酒場全体を賑わす怒声の音楽に悲鳴のコーラスを付け足す。
いい感じじゃないか、楽しんでるか依頼者様?
一角に目をやれば、机の上のガラクタの王座に、杯を片手に顔を真っ赤にした依頼者が、何処で拾ったかわからない棒きれで目の前で跪く男の肩をばしばし。
その後俺を指している。
喧騒の雲海をかきこえてやってきてる騎士もどきに挨拶の右拳。
何を言われた?なに?素手で俺をやったら金貨1枚?
頭を下げて礼をいい、仰向けに倒れた顔へ丁寧に足裏をくれてやる。
楽しそうで何よりだ。
怒号の波を真っ直ぐに酔っ払いを目指すと、急ごしらえの騎士団がこっちへ続々とやってきた。
深夜刻
傭兵の家続く道
傭兵の男
「いけー!次のやつー」
「うるせぇ!静かにしろ!」
酒場からの帰り道、騒ぐ荷物を頭を使って静かにさせた。夜の闇に吊るされた2つの月を見上げ、路上人のボロ布毛布を避ける。でかい態度のガキも背負うと小さなもんだと当たり前の事を思うほど酔っていた。
二つのお月様がいつもより近いじゃないか。
と、気配の生まれた側に剣を一閃。
くっそ〜!
上下に泣き別れした襲撃者に毒つく。
自分の斬撃がへろへろへろ〜と振るわれる事に衝撃を受ける。
背負う依頼者を起こさない様にと気を使う心の動きに刃を飲んだ思いだ。
この手の刃は動けば動くほど深く刺さる事は副騎士団長で経験済み。
ムカついたので襲撃者の財布を探ってやろうと上半身側に回れば顔なしな顔が目に入る。げぇ、ツーフェイス、厄介な奴らじゃないか。
「大したものだな」
初めて声を掛けられた時と同じ、直前まで気配がない。昼間の幽霊みたいな奴だ。
緊張が薄まり警戒が高まる。俺を殺しに来たとは思わんが目的がわからん。
「警告したはずだ。その女に関わるな、と」
シラフでの説教は騎士団長を思い出すから止めろ。
「まさか商人のガキ1人に顔を変える暗殺者をおくってくると思うかよ」
「油断するな、死の匂いは今だ濃い」
瞬間、襲撃者の上半身がもぞりと動いた。仕事熱心にナイフでも投げるかと思えば、赤い宝石を自分の胸に当てていた。面の皮が剥がれてるわりに人間味がある。
「カーネリアン…」
レッドが何事か呟くと、襲撃者の上半身が黒い水で包まれ、その姿を変えていく。
光沢のある肌に硬質を感じさせる色合い、胸を赤い宝石で飾った黒いトカゲ人間の悪魔がいればこんなもんだろうなと、呑気に考えれたのはここまで。
上半身だけで襲ってきやがった!
片手を足替わりに俺の胴ぐらいある腕を振り回し、距離を取ろうとすると今では全身となった上半身で体当りをしてくる。
背負うもんはひとつで充分と、避けざまにへろへろ剣を繰り出すが硬質的な音と共に奴の肌を滑る。
「むにゃむにゃ……無礼者…もう食べられない……」
荷物のおしゃべりが俺の身体を硬直させた。大きな音は気を付けねば等と阿呆な考えでは、体当りを避ける事はできない。
ドンッ!
という音の割に衝撃がねえ。
「大したものだな」
「イヤミか、この野郎!あ、ちょっと待て、背中のこいつを持っててー」
「それは騎士殿にお任せしよう」
レッドはそう言うやいなや、片手で押し留めていた黒いトカゲ人間の上半身を押し返す。
地面に転がった上半身はもう前足と言っていいほど両手を器用に使い、レッドの接近に身構える。
「覚えておけ、こいつらは肉体的損傷に強い」
上半身だけで動いてる奴だしな。
「狙うなら胸の赤い宝石」
黒いトカゲ人間は近づくレッドに右拳を何度も繰り出す。
ボッ、ボッと空気を押し退ける音をものともせず、前へ前へかわしていくレッド。
ん?レッドさん?剣とかは?
黒いトカゲ人間と抱擁するほど接近したレッドはそっと胸の赤い宝石に手のひらをあてる。
相手方の黒いトカゲ人間は辛抱たまらんと抱きしめにきた。
ドンッ!
振られたな、トカゲ人間。レッドの足元の地面が陥没した様子を見ると手に込められた力が想像できる。
胸から砕けた赤い宝石を撒き散らしながら後ろに倒れるトカゲ人間。いや、黒い水を再度見にまとい元の面無しに戻って行った。
「死んだのか?」
「魂を砕かれては肉体の生死は意味をなさない」
「助けてやれよ、人殺し〜」
「胸に取り付いたカーネリアンを砕かず取り外せば人に戻るかもしれん。だが心の臓を傷付けずに取り外すのは至難の業。それにー」
俺の方を見るなよ。
「半分に分かれていては人に戻した所でな」
はいはい、俺が悪い、俺が悪い。
と、俺はレッドに剣を向けた。
黒いトカゲ人間の仲間では無いだろうが、無関係と考える程呑気では無い。
レッドは黒い瞳でその剣先をじつと見つつ
「1杯の礼だ」
自身の黒を深く、夜の闇にその身を浸し去っていった。
おーい、俺の魂はいいのかよー。
謎の襲撃者に態度のでかいガキ、不思議な黒い男とおかしな事は続くとは言えもうたくさんだ。
「むにゃむにゃ……お父様……無礼者……」
2つの月明かりに先導され、ガキの寝言を背に、俺は自宅に急いだ。
春月12日
朝刻
傭兵の男自宅
傭兵の男
ドンドンドンッ!と、乱暴に叩かれたドア。
うるせえな、こっちもノックしてやろうと扉を開けると…
「領主姫様誘拐罪で貴様を拘束する!」
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