第七話「入学初日」
俺の合格は決定事項だったんじゃないかとつくづく思う。
あの後、ホテルに戻ろうとしたら、制服を渡され、すぐに寮がある棟に案内された。
住む部屋までもう決まっているらしく、俺は最上階である5階の一室だった。
あまり期待してなかったが、ユニットバスやベランダ付きで8畳くらいはありそうなのでなかなか住みやすそうだ。
トイレはしっかり水洗式だ。
もう本当に異世界なのか疑いたくなるくらい文明が進んでいると実感する。
ベランダからの眺めはなかなか良かった。
高い建物が少ないようで、学校周辺の街が一望できる。
最上階でよかったと最初は喜んでいたが、どうやらここの学園では教師や職員以外はエレベーターが使えないらしい。
階段しか使えないのはめんどくさい。
当たり前のようにエレベーターがあるのにはもう驚かなかった。
職員さんからの寮についての説明がおわったので、ホテルから荷物を運び、そのあとは特にすることもないのですぐに寝た。
学園生活初日だ。
この学園は全部で七学年あり、クラスはAからDまで4つあるらしい。
俺は5年A組と言われているのでそこまで向かう。
かなり広いし、教室も多かったが、職員さんに聞いてなんとかたどり着くことができた。
教室では席も指定されており、廊下に貼り出されていたので確認して教室に入った。
入った瞬間、既にいる生徒からの視線が集中した。
好奇の目が多い中、1人から殺気を感じて目を向けると彼女がいた。
ローザだ。
これは最悪のケースだ。
まさか同じクラスになるとは。
とにかく、なんとか友好的に接しようと、軽く会釈するがシカトされた。
あの女……
しばらく周囲の視線に耐えながら机でポツンと一人座っていると、教師が入ってきた。
銀縁メガネの神経質そうな男、ラルフだ。
最悪だ。
俺を嫌ってる人が担任かよ。
ラルフにローザとか、あえて学長がぶつけてきたのか?
学長のあの人を食ったような笑顔がありありと浮かんできた。
この仕打ちは絶対に忘れんぞ。
ラルフが教壇に立つと、水を打ったように教室が静かになった。
「おはようございます。みなさん、気づいている人も多いでしょうが、我々のクラスに編入生が来ました。名前をリョーマ・クロセと言います。クロセ君、自己紹介をお願いします」
「はい。リョーマ・クロセと言います。ナッサウって言う田舎出身でわからないことが多いのでいろいろ教えてもらえるとありがたいです。ちなみに応用魔術は使えません」
何故か周囲がざわつき出した。
かなりダサいくらい置きに行ったんだが、何故だろうか?
応用魔術が使えないことがやっぱり不味かったか。
ローザに誤解されたままなのが癪だったのでつい言ってしまった。
「……なんで応用魔術も使えないような奴がうちに入ってこられるんだよ」
「コネらしいぜ」
「今や貴族ですらコネが使えないってのに、そんなこと許されていいのか?」
「いいご身分だぜ」
……聞こえてる聞こえてる。
せめて聞こえないくらいの声で喋ってくれよ。
本当にやっていける気がしなくなってきた。
「静粛に。皆さん前例のない編入に思うところはあると思いますが、彼の実力は私と学長の認めるところです。彼に戦闘において勝てる者はこのクラスにはほとんどいないでしょう。彼は君たちにとっていい刺激になるはずです」
ラルフは良い人なのかもしれない。
……いや、DV男の法則と一緒だ。
普段ムチばかり打ってくる男がたまに飴をくれるととても優しい人に見えてくるアレだ。
騙されないんだからね!
「それではホームルームを始めます」
こうして俺の学園生活は始まった。
この学園は元の世界とあまり変わらない授業形式だった。
教室も来た当初はそこまで気が回らなかったが、よく見ると元の世界と変わらない。
二人がけの机が三列ならんでおり、後ろの席に行くにしたがって黒板が見えるように、床には傾斜が付いていた。
授業科目は数学や歴史、国語に外国語といったごく普通のものに加えて模擬戦や、魔術指南など、実践的なものまであった。
途中から入学して、ついていけるのか不安だったが、ゼノンから学問に関してはかなり教わったので、難しかったが根性出せば追いつけそうなレベルだった。
ゼノンは脳に筋肉しか詰まっていなさそうだが、やはり腐っても魔導士、論理的に様々なことを教えてくれたので助かった。
魔術に関しては応用魔術を除く、基礎的な技術はむしろ俺の方が平均より進んでいる気がする。
やっと午前中の授業が全て終わって昼休憩に入った。
昼食はこの時間に食堂で済ませるものらしい。
食堂はとても広く、細長いテーブルが並んでいる。
とても長く一つのテーブルに50人はつけそうだ。
テーブルの上には細かい装飾が施された燭台がならんでおり、マナーに気をつけなければいけなさそうで、息苦しく感じる。
バイキング形式で好きなものを食べられるのは良かった。
ゼノンといた時は、動物の丸焼きだったり、そこらの野草だったり、虫だったりを食べていたので、どれも美味しい。
「おい、リョーマ。この後どうする?俺が学園を案内しようか?」
隣に座っているこの茶髪の好青年はホームルームが終わると話しかけてきてくれた奴だ。
授業は隣の席がこの男で本当に運が良かったと思う。
名前はハンス・エルマンという。
この学園について色々教えてくれている。
どうやら彼は父の仕事の都合でナッサウに住んでいたことがあるらしく、俺に興味津々だったようだ。
ナッサウについての話に花を咲かせていると、金髪角刈りのガタイの良い男が俺を睨みつけているのに気づいた。
いかにもガキ大将と言った見た目だ。
子分も二人連れている。
俺の横にトレーを持ったまま立って無言で睨んでくる。
目があったまま何も言わないのでハンスに助けてもらおうとした時、男は口を開いた。
「俺は貴様のような奴は認めんぞ。ちゃんとした試験も受けずに入ってきたらしいじゃないか。ハンス、お前、こんな弱そうな奴と絡んでいたら、成績が下がるぞ。」
まあ確かに、普通に難関の入学試験を勝ち抜いてきた人間からしたら俺の存在に腹が立っても仕方がないだろう。
……弱そうは心外だが。
「それは言い過ぎだぞ、ジーク。リョーマはあの学長が認めるほどだぜ。」
「……ふん。どうせ何かのコネを使ったんだろう。とにかく、俺は認めない。次の模擬戦でお前の化けの皮を剥がしてやる」
「まあまあみんな仲良くしよう。僕の名前はヨハン・ユーバシャール。よろしく、リョーマ君。ジーク、君は言い過ぎだよ。彼の佇まいは僕たちの学園で学んでこなかったにしては相当洗練されているし、君くらいなら倒せそうだよ」
金髪でロングヘアの優男が割って入ってきた。
なんというか、イケメン王子って感じがしっくりくる。
金持ちそうだな。
ありがたいけど、その言い方は燃料の投下にしかならない気がするんだけど。
「なんだと!?」
ジークは感情を露わにした。
……ほらな。
「ハンス、今のうちに逃げようぜ」
「そうだな」
面倒くさいので気付かれないうちにそそくさと退散した。