第六話「編入試験」
アヒム学長に連れられ、別棟の闘技場に来た。とても広く、体育館のような感じだ。
生徒は授業中なのか一人もおらずガランとしている。
建物全体が魔術による強化が施されており、多少の魔術では傷一つ付かないらしい。
さらには、怪我などを無かった事にする頭のおかしい機能も付いてるそうだ。
この施設に1番金をかけていると、学長が自慢気に語っていた。
俺はこの場所で実際に一対一で魔術を使い戦う模擬戦闘をすれば良いらしい。
俺の相手をしてくれる人はここの学園の同じ歳の生徒で、学長曰くかなり優秀だそうだ。
その生徒がまだこっちに来てないので、しばらく待つ事になった。
それにしても、学長は俺に一体どれだけ期待してるのだろうか。
そんなに強いやつなら、瞬殺されてしまうかもしれないじゃないか。
不合格だったらゼノンの元にどんな顔して帰れば良いだろうか、などとヘタレたことを考えていたら闘技場に人が二人入ってきた。
一人はかなりの長身で細身の男で、おそらく教師だろう。
歳は40くらいだろうか。
銀縁の丸メガネを掛けており、そこから覗かせる眼光はとても冷たく感じられた。
というか、俺のことをあんまりよく思っていないから冷たく感じるのかもしれない。
この世界ではほとんどの人間がシャツやジャケットを着ているが、そんな中でもかなりフォーマルな服装をしていた。
そしてもう一人が俺の相手をする生徒だろう。
正直、一目見て驚いた。
俺の想像では筋肉ムキムキで角刈りの男を想像していたのだが、すらっとした女の子だったからだ。
長く、絹のように綺麗なダークブルーの髪を靡かせて、悠々とこっちに向かってきた。
とても美人なのだが、プライドが高そうだし、近付き難い雰囲気がある。
あまり、関わり合いになりたくない苦手なタイプだ。
いや、良くないな。
話したこともない人を勝手に決めつけるのは。
二人とも、まだ第一印象でしかない。
まずは挨拶をからだ。
「はじめまし……」
「学長!なぜ編入試験などを行うのですか!?この学園にそんな前例はありません!しかも、こんな学の無さそうな人なんて!」
女のほうが俺の挨拶を無視して、学長に詰め寄った。
前言撤回だ。
俺の直感は正しい。
とんでもない女だった。
「その通りですよ。しかし、学長は一度決めたら曲げられないお方。ですので私もここでこの少年の実力を見極めます」
男の方もなかなか手厳しい。
その同意は、編入試験に前例がないことに対するものなのか、俺がアホ面な事に対するものなのか。
教師だったら失礼な物言いをする生徒に注意とかしないのか?
とにかく少なくともこの二人は俺に対する好意は皆無のようだ。
泣きそう。
「まあ、よかろう。だが、この少年は奴の弟子。きっとお主らも認めざるを得んよ」
学長の優しさが身に染みる。
とりあえず、もし入学したら、唯一の知り合いになるので今のうちに仲良くしよう。
「……お手柔らかに」
「それはできません。手を抜いては試験の意味がなくなります」
ピシャリと言われた。
正論なんだけど、もうちょっとなんかあるでしょ。
もう合格でもここに行きたくなくなってきた。
とりあえず、学長にせっつかれて自己紹介を互いにした。
二人の名前は女の方がローザ・ハイデマン、男の方がラルフ・エメルトと言うらしい。
自己紹介を早々に済まして、互いに模擬戦開始時の所定の位置についた。
「両者構えて!……初め!」
ラルフが開始の合図をして始まった。
思ったより相手との間に距離がある。
15メートルくらいはあるだろうか。
近接戦に持ち込むには距離が遠い。
魔弾で様子を見つつ、距離を詰めていこうと斜め前に踏み出した瞬間ーー頬がスパッと切れた。
「…嘘だろ」
思わず声がでた。
一瞬だったが、相手の女、ローザが手を前にかざすと氷の刃が現れ、俺の方に向かって高速で飛んできて、俺の頬を掠めたようだ。
あれも魔術なのだろうか。
昔、ゼノンに魔術士は火だったり、氷だったりを生み出して戦ったりしないのかと聞いたが、そんなことはしない、魔術師は拳で戦うものだと言っていたが。
……まさか嘘なのか。
あいつなら言いかねないな。
とりあえず、想定外の事態は起こったが、冷静にならなくては。
やることは今までの修行と一緒だ。
バックステップを左右にして、氷の刃の照準を散らして、一旦距離を取る。
「少しはやるようね。……だけどこれならどうかしら?……アイスエッジ」
ローザは上に手をかざすと氷の刃が五つ現れ、高速で飛んできた。
数は多いがさっきと動きは同じだ。
距離を詰めないとジリ貧なので、床を蹴り出して、前に飛び出した。
拳に魔素を集めて強化して、向かってくる氷の刃をいなしたり、叩き落としたりして一気に詰め寄った。
「ーーなっ」
ローザは俺の曲芸じみた動きに驚いたらしい。
普段クールそうなやつの表情が崩れるのは面白い。
そのまま畳みかけようとローザに向かって拳を振り抜こうとした。
「アイスシールド」
しかし、途中で目の前に氷の盾が現れて防がれた。
魔法で防御したようだ。
そのままカウンターのように蹴りを頭に横から打ち込まれそうになったので、すかさず腕を使いガードしたが吹き飛ばされた。
あの細身からは信じられないくらいの威力だ。
体勢を立て直して着地し、追撃で飛んできた氷の刃を横っ飛びでよけた。
あのシールドはかなり硬く、岩ぐらいの強度はありそうだが、本気で殴れば壊せていた。
相手が女の子で知らず知らずのうちに力を抜いてしまっていた。
このままじゃダメだ。
相手にも失礼だし、覚悟が足りていない。
俺は魔導士になって記憶を取り戻して、元の世界にかえるんだ。
……死ぬ気で戦おう。
また距離を詰めるために走り出した。
今度は両手を広げ、手のひらに魔素を集めて魔弾を二つ作りながら。
「……何度やっても同じことよ。そろそろ本気出したらどうなの?」
「言われなくても!」
飛んでくる氷の刃を避けながら、作った魔弾を飛ばす。
青白く光る球が空気を切り裂き、高い音を立てながら一瞬でローザに着弾する。
「アイスウォール!」
ローザは両手を地につけ、氷の壁を作りそれをギリギリ防いだ。
ぶつかった衝撃で訓練場が揺れる。
アイスシールドくらいなら一発で割れる威力だったが、防がれるのは想定内だ。
そのまま距離を詰め、右足に魔素をありったけ集めて、回し蹴りで、氷の壁を叩き割った。
さっきを大きく上回る衝撃が走り、ローザは吹き飛んだ。
即座に間合いを詰めて、アイスシールドを軽く壊せる威力の突きををはなった。
よろめいていたローザは体を捻り、体勢を整えると、その勢いを利用して、俺の拳に向かって蹴りを放ち、俺の突きをいなした。
「…体術もできるのかよ」
流石に今ので決めれたと思った。
「そんなお世辞いりません。それよりまだ隠すつもりですか?」
「なんのことだ?俺は本気を出してるつもりだが」
最初はそうだったが、今は違う。
本気でやっているが、ローザには伝わっていないらしい。
みるみる怪訝そうな表情になった。
「……あなたがそのつもりならいいでしょう。私が本気を出させます。……アイスポゼッション」
「だからおれはーー」
本気を出している、と言う前に今度は打って変わってローザが間を詰めて、突きを打ってきた。
腕を使いガードしたが、打たれたところがちぎれそうな痛みを覚えた。
腕に魔素を集めてしっかり強化しているのでインパクトによるダメージじゃない。
……魔術か。
一度引いて、打たれたところを触ると氷のように冷たく固まっていた。
おそらく触れた場所の熱を奪う的な魔術なんだろう。
かなり直接攻撃が主な俺には効く技だな。
だが、対策はできなくもない。
迫ってきたローザの攻撃を受け流すことを最小限にし、避ける事に集中する。
しかし、触れずに避けることは難しく徐々に体が凍っていき、可動域が狭まっていく。
激痛に耐えながら、隙を窺う。
とにかく耐えるしかない。
もうだめかと思ったその時チャンスは訪れた。
「……そこ!魔掌波!」
一瞬の隙に、手のひらをローザの鳩尾に触れるか触れないかのところまで持っていき、溜めていた魔素を一気に放出した。
体を衝撃波に撃ち抜かれたローザは気を失った。
「勝負あり!」
満身創痍だが、なんとか勝てた。
勝ったと言うより、逃げ切れたという感じだが。
とりあえず、これで入学は認められると思いたい。
模擬戦の後、アヒム学長は合格をくれた。
銀縁メガネの教師、ラルフは渋々だったが俺を認めてくれた。
勝負相手のローザは認めない、と少し涙目になって闘技場から走り去っていった。
どうやら俺は本気を出していたつもりだが、彼女にはそうは見えず不満だったらしい。
学長曰く、魔素を火に変えたり、氷に変えたり、性質を変化させる技である、応用魔術なるものを俺は使わずに戦っていたことが原因らしい。
そんなものゼノンから聞いたことなど一度もなく、しばらく言葉を失ってしまった。
奴ならそうだろうと学長は笑っていたが、笑えない。
どうすれば身につくのか聞いたが、自然と魔術を使っていれば身につくもので、人によって使えるようになる性質は様々らしい。
俺のような歳になってまでまだ使えない奴は珍しいそうだ。
まあそうだよな、まだ魔素に触れるようになって5年くらいだからな。
この世界の人間は生まれた時から魔素に触れてるし。
仕方のないことだが、本当に先が思いやられる。
もしかしたら俺一生応用魔術が使えないなんてこともあり得る。
まあ、合格できたし良しとする。