其之貮 探し物はどんなもの? よろず屋捜索大作戦! ノ巻
じー…………。…………あ。
「こぉれ種子島。おめぇが見るにはまだ早ぇべさ。お銭も貰ったんにき、早さ帰ぇるど」
「……はーい……」
おいらの名前は種子島。利き腕くノ一である日向の、弟子の田力だい。今おいらは、名主の屋敷の屋根をなおしてお銭を貰って、帰る前に屋根裏部屋の穴からちょいと覗き見してたんだ。丁度この屋根の下の部屋で、名主の娘さんが、若い兄さんを連れ込んでるのを見たからさ。おいら、男と女は武蔵と日向しか知らないんだ。とちゃ様とあちゃ様がいたころは、周りには沢山の男と女がいたけど、もうずいぶん昔だしね。それに、もしおいらが武蔵くらいの年だったら、絶対日向を嫁っこにもらいたいんだい。
「そう言えば種子島、最近この辺りに、坊さんの妖異がいるらしいべや。夜な夜な人を驚かしては追剥して、お目当ての物がなければそのまま。お目当ての物があったら、持ち主ごと殺してしまうんだと。おお、怖か怖か。んで、その近くにお宿があるんだども、その噂の所為でだれも人が寄らんにき、商売あがったり。お銭も宿もないおらだちと、人が泊まりに来た事実がほしいお宿。良い話だべ」
今度のお仕事は、その坊さんの退治だな。
日向の持ってきた情報によると、数日前に、その坊さんが出た場所で、追剥があったらしい。その男は目が見えなくて、それはそれはくやしがり、介抱していたお宿の布団の上で死んじまったそうだ。その次の日から、坊さんの妖異が出るようになったんだって。ただ何かを探しているのなら、何かおそなえすればどうにかなると思うんだけど、なんでずっと出っ放しなんだろう? とりあえず、おいらがおびきよせて、必要なら退治しちゃおう。
「ねえ、それはいいけど、この大荷物だったら武蔵がやってよ!」
おいらはふろしきで、首がしまりそうになりながら叫んだ。おもくておもくて、まともに立っていられないんだ。左足を前に出すと右にころがりそうになるし、右足を前に出すと左にころがりそうになる。だからまともに歩けない。座ろうとすると、すってんところがって逆さま。
「だってよぉ、俺なんかがやったって、絶対ぇ誰も追剥しねえよ」
「んだな。短刀や脇差ならまだしも、野太刀持った浪人なんて、おらだって剥ぎたくねえ。かと言って、出雲じゃどっちかっていうと稚児狂いに巻き込まれそうだべな」
「どーせ出雲とちがって田舎ン坊だいっ!」
ちくしょー、どいつもこいつも! 今に見てろ、おいらだって立派に戦えるってみせてやる!
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……と、思ったんだけど。思ったより夜の街道が怖い。まして今のおいらは、ふろしきだるまだ。そばに日向や武蔵、出雲がひかえてくれてるんだけど、三人ともおいらより腕が上だから、まったく気配がしない。ただ、お守りだと言って、出雲が槍をくれた。でも、凄くソマツなつくり。ビードロの棒っきれの先っちょを叩いて作った、平べったい槍だ。これ、刺せるのかな? ていうか、なんでビードロなんだよ。なんで鉄の槍くれないんだよ。いくらおいらが子供で見習いだからって、馬鹿にするにもホドがあるやい。でも一体どこにしまってたのか分かんないけど、これを杖にして歩けってことだろな。それにしても、おいらの背丈の三倍近くあるのに、すっごく軽いや。ビードロってみんなそうなのかな? ……使いにくいけど。
「もし、そこの商人の坊ちゃん」
ふりかえると、そこには坊さんが立っていた。ゲンコツでつぶれちまったみたいな頭で、瞳は見えない。坊さんは暗闇の中で、おいらに手を伸ばした。てのひらで目が開いてる! こりゃ怖い!
「あたくしの落し物を知らんかえぇ? 綺麗な綺麗な宝物……」
とりあえず、おいらのふろしきの中には、日向や武蔵が詰めた草や木や石ころしか入っていない。おいらはあんまりにも怖くて、手の目玉の前で首を大きく横にふった。妖異が近づいてきて、おいらの荷物の結び目をほどく。な、なんでみんな、助けてくれないんだようっ!
喰われる、と、身がまえていたら、ふわりと温かい絹がかぶせられた。これは……おべべだ。おいらくらいの年の子のおべべだ。暗いけど、それがきれいなものだって分かる。それから足袋をはかせて可愛い草履もはかせた。なんで?
「ほうら、盗られたもの、全部取り戻して来たわ。これでお前のおっかさんとおっとさんの所まで行けるな。嬉しかろう嬉しかろう」
なんかよく分かんないけど、おいらの事を誰かとカン違いしてるのかな? でも多分、この口ぶりだと、その女の子、もう……。
そう考えた時、出雲のくれた槍が、ふんわりと青く光り、刃にそれはそれは綺麗な青い蓮華が咲いた。何が何だか分からなくて、坊さんの目の前に蓮華を突きだすと、その中から、一人の女の子が出てきた。女の子はおいらの方を向くと、やさしい顔で近づいた。
「坊様、おら、もういいんじゃ」
おいらの口が勝手に動いた! 声も違う! 憑りつかれたんだ! 頭もふわふわする。気をしっかり持ってなくちゃ……。
「坊様、おら、おっとうとおっかあより、坊様と一緒に極楽に行きたいのう」
「ん?」
「おら、坊様の気持ち、すっげえ嬉しい。じゃから、一緒に行こう?」
おいらの魂はふわふわ浮いて行って、身体から離れていく。危ない危ない、ちゃんと戻らなきゃ、と、糸を掴んで手繰ろうとすると、突然地面が崩れて、大穴が開いた。下からものすごい勢いで、真っ赤な冷たい炎が吹き上がってくる。おいらは吹き飛ばされそうになりながらも、糸にしがみ付いた。この糸が切れたら、おいら、本当に魂が抜けちまう!
「退け小娘!」
ここに来てようやく、武蔵が刀を抜いてくれた。おせーやい!
でも武蔵が坊さんを雷光丸で真っ二つにすると、おいらの身体が持っていた杖が、弓のように変化して、武蔵の雷光丸を弾き飛ばした。徒手空拳になる武蔵。けど、弓はすぐに槍に戻って、一緒に吹っ飛んでしまった。……あ、出雲が拾ってくれてる。
「おらは……おらはおめぇみてえな武者崩れに殺されたんじゃ! お前も引っ張ってやる!」
真っ二つになった坊さんは、目のない顔で悲しそうな顔をし、炎の台風の中に落ちて行った。おいらの身体は、武蔵をぐいぐい引っ張って、地面の中に引っ張り込もうとする。でも、日向と出雲は助けに入ってくれない。出雲にはおいらの姿が視えていて、おいらが今どういう状況なのか分かっているはずなのに、日向と何かしゃべってる。どころか、拾ったビードロの槍を振り回して遊んでるようにも見える。叫ぼうとしたけど、声は出なかった。
ああもう、どうでもいいや! おいらは自分の身体に全力で体当たりした。ぐえ、と、蛙の様な泣き声がして、女の子の霊体が吹っ飛ぶ。おいら、身体に戻れたんだ!
「武蔵ー! 引き上げてぇ! 助けてーっ!」
「女の泣き寝入りなら聞かねえぞ?」
「食い意地達磨! 早くしてよ死んじゃうだろこのバカ!」
するとようやく納得してくれたみたいで、よいしょ、と、どうにかおいらを引き上げてくれた。その間に、執念のようにまた穴が広がる。さっき、おいらにやさしい顔をして近づいてきた女の子は化生になって、襲いかかってきた。そこに来て、やっと出雲が両手首から血を出し、本気を見せてくれた。おいらもまだ、二、三回しか見たことがない、出雲の陰陽術の奥義。出雲は自分の血で隈取を描き、鬼の面を付けたかのような顔になり、角を生やして真黒な顔に、提灯火みたいに真赤な瞳になる。
「陰陽終始結・開け中門・召喚黄龍、聞けよ黄龍! 我が名と血を憑代に我が願いを聞け!」
大きな穴から、金に光るものすごい龍が現れた。とても体力を使うから、出雲はいつも他の五獣ですませているんだけど、流石にこんなに大きな穴は、さすがに五獣よりも上のお方に頼むしかないんだろう。
「逃がさんずぇぇぇぇ! 呪ってやる、血に飢えた化物めがぁぁぁぁっ!」
化生は、そう叫んで地の底に封じこめられていった。なんだか後味の悪い仕事だった。
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日向がその後更に調べて来たんだけど、どうやらあの妖異――『手の目』は、女衒に売られた娘を家に帰す最中、浪人くずれの強盗に襲われ、死んだのだと言う。娘を連れていたのは目の見えない修練者、つまり坊さん見習いだったんだってさ。襲われる前日も、あの宿に泊まり、娘が故郷に帰り喜ぶ顔を見られないことが、唯一の邪心――つまり、嫉妬だったのだというんだ。それなのに、あと少しの所で、強盗に殺されてしまった上に、娘も連れ去られた。もし目が見えていたなら、娘は助けられたかもしれない、そんな責任感が、皮肉にも強盗をくりかえす妖異になり、うばわれた娘の着物や草履を集め、最終的には背格好が似ているおいらを、自分の目じゃ見たこともない娘とカン違いしたってわけだ。聞けば聞くほど、やるせない気持ちになる。だって、元はといえば人間の強盗が悪いんだ。おいらと、武蔵を引きずり込もうとしたあの化生は怖いけど、手の目も化生になっちまった娘も、望んで成った悪鬼や外道じゃないんだ。
と、思っていたんだけど。
宿に入るなり、武蔵がたおれた。ものすごい量の血を吐いて、真っ青になってガタガタふるえだし、それなのに着物を振りみだして暑がる。あきらかに、あの化生の呪いのせいだった。
「厄介だね……」
いやしの五獣である朱雀で厄払いをしたけど、武蔵は変わらずふるえている。日向は武蔵の手をにぎり、必死になって呼びかけつづけていた。
「武蔵を助けるのには『飾り刀』が要る……」
「かざりがたな?」
おいら、武家の出じゃないから、刀とか鎧とかは分かんないよ。
「観賞用に作られた、血を求めない刀さ……。戦場に出すと、血を求めないから、抜刀される前に、持ち主が死んでしまうと言う、ある種の呪いの刀……。大太刀でも長巻でも……」
「それを持ってくれば、武蔵は助かるの?」
「あの娘の呪いは多分、妖刀を持った武蔵に強くかけられたもの……。娘の怨念を晴らすには、血を吸わない刀で、娘の『刀』に対する偏見による妄執を祓うしかない……」
「おいら、探してくる! どこにあるの?」
「蝦夷の毛人が、イコロという儀礼刀の信仰を強く持ってると聞いたことがある……。ただ、海峡を渡らないと行けないし、ここからじゃ白虎を使っても三日は――」
「おいらが行く! おいらがトンマじゃなかったら、武蔵はこんなにならなかったもん!」
でもだからと言って、陰陽術で呪いを軽くさせる出雲が出向くわけにはいかない。それで日向がついて来てくれる事になった。出雲に何度も、武蔵をどうか死なせないでくれと念をおして、出雲は、わかったわかった、と、うっとうしがりもせず日向に答えた。
「ああ、種子島、それからこれを返しておくよ……。この武器は、種子島専用だから、大切にするんだよ……」
そう言って、出雲はおいらに、槍を返してくれた。これ、すぐに折れちゃいそうだけど、あの戦いで傷一つついてない。何でだろ?
「それは『五行』と呼ばれる特別な金属で出来た武器の一種でね……。名前が二つある……。弓型の『梓』と、槍型の『木呪』だ……。今のこの形態は、木呪だね……」
「これ、金属なの? 武器に出来ないよ。おいら、弓も槍も使ったことないもん」
「問題ない……。『木』の五行は、本来助力の力……。誰かを援助したい時は、『梓』で弓をかきならすと良い……。近くの五行の力を強めてくれる……。逆に自分が戦いたい時は、『木呪』として、跳んだり綱渡りに使ったりすると良い……。これからの旅で、必要になる……」
「うーんと……、誰かを助けたい時は、あずさちゃんで、戦いたい時はもくすちゃん?」
あ、あきれられた。でも武蔵の野太刀は雷光丸って名前があって、日向の苦無は鮮火って名前がついてるんだ。おいらだって、エモノの名前くらい欲しいやい。
「とにかく気を付けて……。毛人は、何をするか分からないからね……。酉戌亥酉申・開け西門・召喚白虎」
出雲の呼び出した若くて大きな白い虎が、乗れとおいらの目線まで背中を降ろす。日向が持ち上げて、おいらを背中に乗せてくれた。日向もその後ろに飛び乗る。
「何かあったら青龍を飛ばすから……。飾り刀の事だけを考えてていいよ……」
「うん! さあ行け白虎! 目指すは蝦夷! 飾り刀を探すんだー!」
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……って、威勢よく出雲と武蔵のもとを旅立ったのが四日前。蝦夷に着いたのはいいんだ。
…………でもだからってこんなに寒くてシラカバ以外何も無いなんて聞いてないやいっ! 五獣ってのは、そんなに長くいるもんじゃない。何でかは知らないけど、ふわふわの雪のど真ん中においら達を置いて、とっとと帰っちまった。薄情者、いや、薄情獣がー!
「お? 種子島、喜ぶべさ。村があっぞ」
「ぶるるっ。それ、廃村じゃないよね? ちゃんと囲炉裏とかみたらしとかあるよね?」
「みたらしはわがんねっけど、人は住んでるみてえだ。ほれ、もうちょい、きばっぞ」
「……やだぁ。疲れたし指も痛いよー」
「ああん? もう足がこわくなったか。……しかたね。この四日間の褒美だ。武蔵と出雲には内緒だぞ、ええな」
わーい! おいらが日向の背中に飛びつくと、日向は赤ちゃんをあやすように、おいらのお尻の下に手を入れた。
あったかぁい……えへへ。
「あったけぇなぁ……。昔みてえだ。おら、嬉しいぞ、種子島。ありがとな」
ちょっと引っかかる言い方だけど、おいらも昔のことはほじくりかえされたくなかったから、何も言わなかった。おいら達は、互いが互いを根掘り葉掘り聞かないって知ってるから、時々こうやって、何のエンリョもなく昔を懐かしんだりできるんだ。だからおいらも、好きなだけ日向に甘えられるんだ。
えへへ、おいら、女の人、大好き! あちゃ様みたいだもん!
「種子島」
おいらが日向の背中からころがり落ちると、おいらの頭があった場所を短い矢が通りぬけていく。多分だけど、こういうエモノには大体毒がぬってあるものだ。
「薙ぎ払うべ! 種子島、梓!」
日向の言う通り、おいらが背負った木呪に『梓』と呼びかけると、儀礼用の梓弓に変化した。おもいっきり強くはじくと、日向の鮮火による火の針が、細い火の玉となってシラカバに当たる。でも雪でかちこちのシラカバには屁でもない。おいらは意地になって、もっと強くはげしく、梓をかきならした。指は痛いけど、なんだか気分が良くなってくる。楽しいってわけじゃないんだけど、なんだか気分がいいんだ。いつのまにか日向の苦無からは、紅蓮の帯がなびいて、何人か火のついた服で雪の上をころがる人間も出てきた。こいつらが毛人かな?
「こりゃ! いきなり撃つダラがどこにおんさ! おらだちをイタズか何かと勘違いしたとか言うでねえぞ! ちゃああ! 雪煙でなんも見えね! 種子島! 捕まえい!」
近くまでころがってきた毛人をとっつかまえて、背中でぎゅぎゅっと手をしばった。毛人は何か叫んでる。でも、おいらには何言ってるかさっぱりわからない。
「日向、これ、何処の州の言葉?」
今にもかみつきそうな毛人は、よく見ると、出雲と同じくらいの年ごろみたいだった。
「おらにもわがんね。蝦夷州の言葉はもう、蘭語みてえなもんさね。通訳探さにゃあな。ほれチビッ子、おめえの集落まで案内しなはれま。でねえとここで真白な骨にすんぞ」
言葉は多分通じなかったけど、日向が鮮火をほっぺたにピタピタ当てて、村を指さすと、通じたみたいだった。歩いている時、やたらとおいらの顔に雪が当たったのは、多分ワザとだ。
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案内された村は、村と言うより集落だった。五、六軒の、雪に強そうな、あまり見たことのない形の、多分この蝦夷州ならではの家がぽつぽつ。こんなんじゃ、多分一族郎党くらいしかいないんじゃないかな。おいらのいたお里も、とちゃ様とあちゃ様と、それからあちゃ様の血のつながった人達しかいなかったけど、それでももっと家は大きかったし、もっと広い土地にいたよ。すぐ隣に、とちゃ様のお里もあったしね。でも海一つ、へだてただけで、こんなにちがうものなのかなあ?
日向に言われて、子供から手をはなすと、しばらくして若者が出てきた。武蔵の頭以外の毛を全部そって、白い肌にしたら、多分あんな感じだ。
「ワは行商人じゃ。陸州の言葉ァ話すごどができます。ナタジは何者じゃか」
なつかしい言葉に、おもわず走りよろうとすると、別の毛人が刀を抜こうとした。ぴん、と、音を立てて、日向の苦無がその手の甲に突き刺さる。痛そう。かまいたちが切ったみたいに、血がこおりついてる。…って、そんなことはどうだっていい。
「おいら達ね、ここにある、イコロに使うっていう飾り刀が欲しいんだ! 持ってるんでしょ? ちょーだい? タダとは言わないよ。一つなんでも、お仕事するよ。ね、ね?」
行商人は毛人達の集まりの中に入っていって、通訳を始めた。毛人達はすると、おいら達をなめるように見て、うなずききながら行商人に伝えた。それを行商人が持ってくる。
「最近この周辺サ悪魔が出ます。ワンドはそれば『イカメナシュレナ』ど呼んででゃ。このイカメナシュレナば退治してけだきや、ナタジの欲しいものば差し上げましょう」
「ふーん……。日向ぁ、『あくま』って何?」
「妖異の、親戚みてぇな奴っちゃかな?」
「ふーん。でも、受けちゃっていいよね?」
「んだ。とっととふんじばって、帰ぇるど!」
日向もやる気マンマンだ。おいらは笑って、やる! と、答えた。すると毛人達は、小さい家を貸してくれた。……というより、村人全員で一番大きな家に移動したみたいだ。ま、おいらがもし、とちゃ様もあちゃ様もいないお里にいたら、こうするだろうな。通訳の行商人だけが、おいら達をもてなしてくれた。
「イカ何とかってのは、どない妖異やにき?」
おいらが出された獣汁をかきこんでると、いつの間にか食べ終わってた日向が言った。
「……アイヌたじも『空中の悪魔』どしか知りません。フキもヤマセもねばて、突然切きやれ、時サは殺されらはんです」
「なんかかまいたちみたい」
「かまいたち?」
なんだ、雪国の人でも知らないなんてことがあるんだ。あ、でも『かまいたち』という言葉を知らないだけかな?
「日本中にいる風の妖異だよ。管狐だったり、三人の悪神だったり、いろいろいるよ」
「鎌鼬相手としても、油断はならねえべ。蝦夷には何があるかわがんねって、出雲も」
「とりあえず、明日そのイカ何とかがたくさん出る場所に案内してよ、行商人さん」
行商人は答えず、ふて寝してしまった。そりゃおいら達だってあんまり信用してないし、何しろ印象サイアクだったと思うけど、ツレない奴だ。
……おいらの昔の名前出したら、おびえるんだろうけどな。でもいいんだ、おいらはもう、『種子島』以外の何者でもないもん。
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と、いうわけで、翌日。おいら達は何もない寂しい雪原に案内された。行商人は途中で、こわいし死にたくないからと言って帰ってしまった。仕事が終わって、おいら達がお里に帰れるか心配だったけど、ちゃっかり日向が行商人の背中に、赤い蜘蛛の糸をつけてた。これで帰れなくなる心配はないな。
あらためて雪原をよく調べてみると、雪が浅い場所には、鳥や小動物が死んで凍り付いていた。けっこう深く切り裂かれている。これが人間に当たったら、…………やめた、こわい。
「種子島、妖異の気配は?」
「んー……。しない……」
日向が何か答えようとしたとき、ぴゅん、と、何かが雪をかきあげた。おどろいて辺りを見回した時、周りはきらきらと光っていて、そこだけ切りとった世界みたいになっていた。
「な、なんだべ……? 雪……? なん、氷……?」
「妖異の気配はしないよ。何? すごいきれい」
「油断するんじゃねえ種子島!」
そうはいうけど、本当に妖異の気配も化生の気配もしないんだ。それに、きらきら、きらきら、凄くきれいなんだよ。おいらのお里もたくさん雪がふってたけど、こんなきれいなもの、なかったもん。おいらがその、きらきらしたものに手を伸ばした、その瞬間だった。
日向がかぶさってきて、その着物の背中が大きく裂ける。もしそのまま立ってたら、おいら真っ二つだ! でも気配がしない。
「種子島、どこさおる?」
日向が苦無を両手ににぎるけど、おいらは何もわからない。本当に気配がしないんだ。
…………ん? 気配がしない……。だったら!
杖代わりに木呪になっていた五行に変化を命じると、槍は弓に姿を変えた。両手、と言うよりも、両腕をせいいっぱい伸ばし、今おいらが出来る最大限の力で、思いっきり梓をはじく。すると、きらきらしたものがいくつか吹っ飛んだ。梓の力で、白い鋼のような炎をまとった鮮火を握った日向が、残ったきらきらしたものに突っ込む。そこからものすごい勢いで雪煙が光った。噴き出したんじゃない、光ったんだ。あっという間に、目の前にいるはずの日向の姿が見えなくなる。でも気配はする。それは確かだ。多分、すっごい強い光だったから、おいらの目がびっくりしちゃったんだ。どこからか、熱の動く気配がする。日向の苦無だ。光で目を潰されたおいらが出来ることは、日向が一番の力で戦えるように、梓をはじくだけだ。さっきほどじゃないけれど、強い力で梓をひたすらはじく。冷たくこごえる指先の皮が剥けて、血が飛び散るけど、日向が見たことも聞いたこともない妖異と戦って命をかけてるんだ。武蔵の命がかかってるんだ。問題ない。
だけど、ベリッと音がして人差し指の爪がはじけとんだ時は、さすがに悲鳴をあげてちっちゃくなった。青くなった指先から、真赤な血が小さな丸を作って、それで大きな血の粒になる。おいらがもだえていると、突然梓の姿が、キレイな男の人に変わった。
なんだこりゃ、おいらがポカンとしていると、男の人はおいらの指先を両手で包んだ。あったかい。そして手を開いた時には、おいらの指先はロウソクみたいに綺麗になって、青さも無くなった。どころか、身体がぽかぽかしてあったかい。同時に、おいらの目のくもりも晴れる。日向がこっちに走って来た。無事だったんだ。おいらは抱きついて、くちびるが青くなって、肌に雪がくっついてる日向にぽかぽかを分ける。
「貴方方の様な存在を、待っていました」
「うわー! 梓が喋ったー!」
ビビッて日向の後ろに隠れる。梓から姿を変えた男の人は、両手を広げて頭を下げた。
「私の名前はオキクルミ。遥か昔この地を創り、そして人々と暮らしていました。しかし睦州から伝わった人々の齎した堕落により、私はこの地に居られなくなりました。でも貴方方は違った。だから私は、イカメナシュレナを下がらせ、貴方方の前に現れたのです」
よくわかんないけど、カミさまなのかな? とりあえず、おいらが言うことは一つだけだ。
「おいらの仲間の武蔵って奴が、呪われちまって、イコロに使う飾り刀が欲しいんだ!」
「知っています。娘よ、その刃を一つ私に」
日向はためらうことなく、苦無を一つあげた。オキクルミさまがその苦無を高々とかかげると、苦無は細く、長くなり、おいらの手首からひじくらいまでの長さになった。大きなシカの角みたいな形だ。何だか曲がりすぎた短刀にも見える。これじゃあ確かに、人を斬ったり出来そうにないなぁ。
「このメノコマキリに、私の力を宿し、イコロと致しましょう。……貴方は私に、もう一度人を信じる心をくれた。礼に、待ち人の所までお届けいたしましょう」
その言葉は日向に言ってるみたいだった。多分、おいらの目がつぶれている間に、何かあったんだろうなあ。でも日向は、涙を流してイコロを抱きしめ、うなずくだけだった。
おいら達は吹雪に包まれた。
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出雲はおいら達がオキクルミさまと来た事におどろいていたけど、イコロをもらって、深々と頭を下げた。オキクルミさまは出雲に言った。
「童子よ。イカメナシュレナを退け、私を彼の地に再び導いた者の一人として、蝦夷の民に祈祷を捧げるように命じましょう」
「有難うございます、オキクルミ様」
そしてオキクルミさまは、日向に言った。
「娘よ、イペタム――人食い刀に気を付けなさい。それは常に貴方の傍に居る」
オキクルミさまはそう言って帰って行った。
イカなんとかのことも、オキクルミさまのことも、よくわかんなかったけど、出雲は聞かなかったし、疲れてたから、何も話さないで寝た。
翌朝になると、寝かされていた筈の武蔵がいなかった。元気になったのか、それとも弱ってるところを妖異にさらわれたのかわからなくて、叫びながら探したら、案外すぐに見つかった。
……ん? どこにいたのかって? ……町のそば屋だ。よわってたからハラがへったんだと。
おいらと日向で、蛇がまきつくみたいにしてシメておいた。
な、泣いてなんかいるもんかっ! ほっぺたがぬれてたのは、汗のせいだーい!