其之參 行化雲雀散夜 之巻
古の息吹が大地の中に息づく。まだ神が日本を産むだけの力を持っていた頃から、その民はひっそりと、しかし確実に息づき、静かに静かに歴史を紡いできていた。朝廷を支えるその術は、嘗てはもう一つの一族が支えていたらしいが、いつの間にか彼等は忘れ去られていた。そして彼等もまた、朝廷とその周辺の有象無象が政をしていないこの時代において、衰退と常に戦い続けていた。彼女が生まれたのは、そんな民の、小さな家。
皇歴二二四一年。穀雨吹き荒び、原の葦が芽吹く頃。五行万化忍術を継承する行化《こうか》村において、雲雀散夜、産まれる。散夜の母が陣痛を訴え、散夜が産声を上げるまでの二日、村の牡丹の花は次々に花を開き、崩れた。
一つになった散夜の選び取りが、村長の家で行われた時のことである。
五行万化忍術、つまりは行化流忍術を修める者は、選び取りの時には一つの金属の毬を持たせる。この毬は、使う者の五行に反応する、行化の秘奥術で打たれた金属で出来ている。行化流の忍達は、皆この金属を使って忍び、化かし、戦い、潜む。故にその子がどのような五行を持って生まれたのか、又はどのような五行を特化させて成長してきたのかを、見極める大事な儀式だった。村長の家の庭で、散夜が毬に触れた途端、村長の家は一瞬にして歪み、家の柱は勿論、庭の雑草までもが瞬く間に生い茂り、辺り一面に花と言う花、草と言う草、小枝は大樹になり、大樹は神木のようになった。数千年の歴史を瞬く間に見せられた一同は、この天変地異が散夜の五行の為だと悟ったと言う。類稀なる才能を持って生まれた彼女は、その力が決して悪用されないように――否、自分達に牙を剥かないように、その牙を抜くことにした。つまり散夜にだけは、五行ではない普通の金属を持たせて修行を行わせることにした。
五年後、散夜の弟として、雲雀弥倭葉生まれる。この弟は散夜と違い、全くと言っていい程五行の才能を見せなかったが、触れた鉄の毬を、八十五の刃物に砕けさせた。これはどの五行にも当てはまらない特異な才能であると絶賛され、弥倭葉は字を八五刃と改め、修行を始めた。
破瓜の頃、散夜は唯の金属の苦無を握りしめ、父に詰め寄った。
「どんげやってわいには、五行の力も、八五刃のごつに物を化けさせる力も、んと? わいは、ほんじゃまこち雲雀家の娘?」
少女から女になり、やがて散夜にも縁談の話が来るだろう。その時、生まれた子供に、もし自分と同じように五行の才能が芽生えなかったら? 散夜が理由を知る由もないが、村の大人たちは、散夜の忍としての才能を高く評価し、また嘗ての恐ろしいまでの才覚を知っていた為、何も言うことはなかった。同年の忍達も、散夜の五行に頼らない苦無捌きを始めとする八法秘剣の優秀さを認め、決して彼女が五行を操れない事を馬鹿にしたりはしなかった。それでも散夜には、女としての責務の自覚が芽生えていたのである。
「散夜、わやは五行の力なぞ借りなくても、優秀なくノ一だ。だから、あさまさまはわやに、わざと五行の力を与えんかったのちゃが。優秀すぎる武術は、身を滅ぼす……。なんも、戦うだけがおなごの道じゃあん。散夜、わやにも――その時が、来たじー」
父はそう言って、優しく微笑んだ。
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散夜の深刻な悩みとは裏腹に、散夜と一、二を争う田力がいた。しかし彼はいつも、紙一重で散夜に負けてしまう。その日も剣術の稽古を二人で付け、その動きを八五刃が研究していたが、この田力の五行を、散夜は力付くで打ち破ってしまった。
「あーくそ! 今日こそはその動き、封じられると思ったち!」
彼の名前は行化烏丸灯羽。金の五行を操る田力だ。散夜は飛び道具を得意とするが、灯羽は二本の十手を使い、大地から金の五行を呼び出す。本当ならば脇差の方がこの戦法には合っているのだが、灯羽は散夜と違い、絶望的なまでに回避能力がない。剣を受け止め往なすためには、十手が丁度いいのだ。
「ふふん、この程度の術なんて遅すぎるわ。突き刺してからの視線で、大体の発動場所が分かるもん。大道芸に近いわじな」
「カァーッ! それ! そん不敵な顔が腹立つんだ! おなごのわやより、こんおいさまが劣っちょるなんざ、虫唾はしるわ!」
するとその様子を見ていた八五刃が、足元の小石を拾い上げ、ひょいっと灯羽に放り投げた。小石は八五刃の手から離れたその瞬間に、小石は棘の長く鋭く細い蒔き菱に変わり、灯羽の足元に転がった。地団太を踏んでいた灯羽は、器用にその蒔き菱だけを避けて地団太を続け、何事も無かったかのように話を続ける。この程度の芸当は、田力どころか、普通の無学な農民の子供でも出来る、と、灯羽は散々言い聞かされてきた。
「大体な、散夜! わやも日向のおなごじゃったら、夫を立ちょる位したつって罰は当よーねぇねえぞ!」
「妻に一本も取れん男に、雲雀の娘とてもじゃがじゃが嫁げるもんじゃひか馬鹿」
「義理の弟じーり弱いって……。しかも八年も修行の差があんち……ぷぷっ」
「うっせーぞ五行なし――うわ、悪かった、悪かったからその石礫は止めろ! なんぶおいでん往なし――ぎゃああああっ!」
姉弟は大笑いし、いつでもそうやって修行していた。八五刃の能力は、任意に触れた金を全て刃物に変えることだ。軽く小さな砂粒でも、全て刃物に変化し、しかもそれが大量に投げられたら、散夜でも全ては防げないだろう。決して灯羽は弱い部類ではないし、寧ろ村の中では、烏丸一族は金の五行を得意としている。更にその中でも灯羽の八法秘剣は田力の中では群を抜いていた。実際全ての田力の中では、金の灯羽と謳われる程の実力者であり、烏丸一族の誇りでもあった。逆に言えば、灯羽の修業の相手になれるのは、散夜と八五刃くらいだった。
そんな三人だから、その内血の繋がらない二人の男女が夫婦になり、より強い子を、と、望まれるのは至極当然と言うもの。二人の祝言は、結局一度も灯羽が散夜に勝つことがないまま行われた。
「君が代は ちよに八千代に 細石の 巌となりて 苔の生すまで」。
祝辞に八五刃が詠んだ詩に、二人は顔を合わせてクスクスと笑った。
皇歴二二五三年。雲雀散夜改め烏丸散夜十二歳、烏丸灯羽十五歳、雲雀八五刃七歳、春の息吹の強い日だった。この日も、数日間の内に、多くの草木が蕾を膨らませ、花を付け、実を結び、そして散って行った。季節外れの実は、芽吹く夢を見ることなく朽ちて行った。
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行化村は貧しい村だ。それは、仕える主が質素な暮らしをしているからに他ならない。例え朝廷がその存在を歴史から忘れ去ろうとも、彼等の心は、彼等を育む大地を産んだその末裔を忘れない。そして、いつ戦いに出向いても良いように、彼等は常に武器を磨き、作り、その為に採掘をしなければならなかった。選び取りの毬にも使われているこの金属は、この山の炭鉱で良く採れるもので、散夜が雲雀家の家長であり、曾祖母である雲雀告天《ひばりのこうてん》から聞くところによると、加工の如何によっては、呪物から神具まで、何にでも作り変えられるという。過去、呪物を実際に作った一族がいたらしいのだが、その家は断絶してしまい、おまけにその『呪物』も行方知れずになってしまった、という、余計なことまで聞いてしまった。
皇歴二二五七年、睦月の月。新春の慶びを噛みしめる間もなく、時の太閤により、招集命令が下った。何でも、海を隔てた蛮国をこの国のように平定する心算らしい。それそのものは、別にどうでも宜しい事だ。一介の庶民風情が、太閤に任命されたと言うことは、即ち自分たちの主が、その地位を与えることを許可したと言うことだ。同じ主を戴くのだから、思想や行動規範は違えど、逆らう理由はない。逆らえば、悲しむのは我等が主だということを考えても、行化村は傘下に下る事に異論はなかった。何でも麓の港町や大名屋敷では、何人もの水主や船を作っているらしい。しかし山の中にある行化村には、兵を集めるだけで良い、武器を作るだけで良い、という命令が下った。その時、太閤は八五刃の能力に気付いてしまった。
もし触れた金を全て刃物に変える力があるのならば、それを鉄砲に応用すれば、吹き矢の要領で素晴らしい、鉄砲以上の新しい武器が出来る、と言うのだ。天子の力も太閤を止めるには及ばず、散夜もその騒ぎに駆けつけようとした。だが、告天自らに戒められた。
「散夜、わやはもう、雲雀《ひばり》のおなごこつせん。烏丸の嫁じょとして、烏丸に尽くしなさい」
そう言われてしまっては、散夜も強くは出られなかった。何故なら。
何故ならその時散夜の腹には、三月になる赤子がいたから。
烏丸の跡継ぎが生まれるかもしれないと言うときに、灯羽が、夫が、戦に出かけると言う。それだけでも十二分に不安なのに、この上生家の事情などに巻き込まれて居たら、本当に子供を流してしまう。大きな戦で行化の術が途絶えてはならない。その為に、夫を送り出す嫁たちは、家に引きこもって、一人でも多くの子宝に恵まれるように祈り、ないた。
男衆を送り出し、峰の頂から雲の海へ沈んでいく船を見つめながら、告天は、雲間を裂いて鳴る神のように叫んだ。
「愚かなんめり獣心太閤! 天地の理、真明の理を穢す猿面冠者よ! わやには罰が下る。苦しみ、嘆き、悲嘆にくれ、この世の惨憺を思い起こし、火之夜藝速男神に焼き尽くされて死ぬのじゃあァァァ!」
この戦は失敗に終わる、と、ぶつぶつ繰り返す告天は、最早正気の沙汰ではなかった。今まで天子やその一族のために戦った者達は、皆日本の大地の上に死んでいったから、死体を回収することが出来た。だが今回は違う。海を隔てるにしても、全くの遠い大陸に行くのだ。長の一人としての告天の怒り、苦しみ。その筆舌尽くしがたい激情は、彼女の頭髪の異常な脱毛の様を見れば一目瞭然だった。
「告天曾様、八五刃は……」
散夜は幾度その問いをしたが、その度に、『わやは烏丸の嫁じ』と言われ、詳しい話は分からなかった。その不安の所為で腹が張ると言うと、告天は思い出したように、戌帯を箪笥から引き出してきた。本来であれば、姑である灯羽の母から貰うものだったが、彼女も散夜の母と同じく、戦に出ていた為、貰うことは出来ていなかったのだ。
今、村にいるのは、告天を始めとする戦力外の各家の長、十に満たない子供、そして散夜のような妊婦だけ。子供達は目や耳の効かなくなった長たちのそれになり、家族が根こそぎ戦に入った事の寂しさなど微塵も見せない。寧ろ悪阻に苦しむ彼等の姉や母たちの方が、激しく荒れ狂っていた。散夜はというと、五月を迎えるまで、出兵や八五刃の行方等、忙しくし過ぎていて、全く気付かなかった。
八五刃の行く末については、結局誰も分からなかった。太閤がその能力に気付いた時、灯羽を始めとする五行の精鋭らが十人以上はいたそうなのだが、その危険性に灯羽達が気付いたころには、既に八五刃も太閤も、その側近たちもいなかったのだと言う。
告天は、最早負け戦と分かっている戦で死ぬ男衆を見るなど出来なかったのだろう。卜占も何もしなかった。帯を締めはじめた妊婦や、杖を叩く年寄達は、何人か散夜を励まそうと訪問に来てくれた。妊婦たちは知らないだろうが、年寄達の本当の目的は、散夜の五行の力にあった。出産と言う大事の前、不安定なこの時期に、不安定なこの状況で、どのように暴走するのか全く予測できないからだ。
今までにない戦に、恐らく誰も彼もが狂っていた。散夜の腹にいる子どもが大切なのか、村が大切なのか、自分の一族が大切なのか。長老たちも年寄達も、次第にその本性を露し始め、そしてそれはくノ一である散夜に聞かせてしまうと言う愚行まで犯してしまった。
「場合にじーっては嫁じょを殺して…………」
散夜は急いで旅立とうとしたが、散夜が気付いているとかぎつけているのか、灯羽の曽祖父であり、長老の一人であり、何より噂をしていた一人である烏丸輝羽が、もう家事仕事も辛かろう、と、張り付いていた。もし灯羽が要れば、おいの嫁に、と、怒るだろうし、或いは散夜が妊娠していなければ、間違いが起こっていたかもしれない。それくらいに近くに居た。
自分が本当は木の力を使える? そんな筈はない。だって皆と同じ五行を使って、十年以上修行に励んできて、その五行から蔓の一本も現れなかったし、周りの五行の武器に影響される事も無かったのだ。と言うことは、八五刃と同じく、自分には何か、特殊な形で木が現れたのだろう。そして長老たち、つまり散夜の選び取りに立ち会った者達は、それを覚えていて、恐れているのだ。このままでは、自分ばかりか灯羽の子までも危ない。
どうする、どうする、と、焦っていると、もう無くなったはずの悪阻が出てきた。床に伏せることも多くなり、それは即ち、いつ首を取られてもおかしくない状況になってしまったと言うことだった。
新月の夜のことだった。輝羽ではない足音に目を覚まし、箱枕の下から苦無を取り出して身構える。襖が開き、先手を取ろうとしたところで、相手に敵意がない事に気づき、苦無を修めた。卜占を得意とする鶺鴒家の長と、巨大な葛篭の中に、その一人娘で、散夜とも年の近い朔羅《さくら》がいた。
「静かに。助けに来たじ、散夜。部屋に入れて。貴方の悪阻を占う名目で曾様と来たの」
嘘は言っていないだろう。もし鶺鴒の長老が、散夜の腹にいるのが男の子だと言わなければ、散夜はとっくに殺されている。足音を立てないように、そっと後退り、二人を部屋の中に招き入れた。
「散夜、鶺鴒家は貴方と子どんを守る事に決めたわ。ここから遥か東、朝真という山があん。そこまで逃げれば、そこに坐わす日子穂穂手見命の御母堂様が助けてくれるわ」
「朝真にお住いのって……たしか、神阿多都比売様……」
「そう、わい達筑紫島の祖の海佐知毘古様の御母堂様で、初代天子様の曾祖母に当たられる方じ。絶対助けてくれる。わいが身代わりになる。じゃあ、うちら山を下りて。こん村から南に一里行ったところに、わいの妹の鍔樹>が案内役として控えちょる。さあ、急いで!」
言っていることは確かに筋が通っているように聞こえた。否、通っていると思うしかないのだ。今ある希望が裏切りの刃で光っていたとしても、行かなければ。
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卜占道具を入れて来た大きな葛篭に入り、散夜と朔羅は入れ替わった。腹に大量の暗器を入れ、朔羅は最後に、祖母に話しかけた。
「わいの代わりに、頼んだじ」
そうか、朔羅の子は確か――。そんなことを考えていると、身体が揺れた。散夜は何も言わず大声を上げ、烏丸の屋敷を出た。
緊張と、走っているからだろう激しい揺れに、眩暈がして、どすんと地面に葛篭が降ろされた事に気付かなかった。葛篭の蓋を開けられ、強引に立たされる。
「こん先、この方向に真っ直ぐ行けば鍔樹がおる。絶対に生きるんちゃが、絶対じゃよ」
真っ暗で何も見えない。声の聞こえた方に会釈する事だけが、散夜に出来る全てだった。駆け下りる山は急だったけれども、おかあさん、と、腹の子が手伝っているようだった。おいも生きる、と、駆け抜ける脚の負担にならないよう、腹の中で硬く散夜に抱きついている。坂が少しなだらかになった所に、黄色の五色米が、特殊な配置で一列に置かれていた。恐らく鍔樹だろう。散夜は苦無で、その五色米と同じように音を立てた。
かかか、かんかんかん、かかか。
「良かった間に合って。この先にお舟があるよ。この舟で取りあえず、泉州まで行くじ」
鍔樹は震えながらも鶺鴒のくノ一として任務を果たそうと、気丈に散夜を導いた。船と言うには余りにも粗末すぎる盥舟に乗り、鍔樹は必死になって櫓を動かした。恐らく普通の舟を組み立てる事すら、出来なかったのだろう。散夜は、漸く筑紫島から逃げ出せると思ったのか、そのまま寝入った。
穏やかな海とはいえ、迂闊に立ちどまっては潮に流される。僅かな兵糧を、妊婦である散夜しか与えられていないのも気づいていた。そして、兵糧が、丁度二人分あっても、鍔樹がそれを口にしていない事も。三日に一度、一口ずつ水と干し肉を口にし、腕が震えても脚が震えても、座ってでも櫓を漕ぎ続けた。下弦の月が舟を救う夜、鍔樹は衰弱しきり、折れた腕を伸ばし、遠くに光る灯火を指差した。港の漁火だ。ホッとしたのだろう。鍔樹はそこでがっくりと倒れ、二度と櫓を握ることはなかった。生きよう、鍔樹おねえちゃんの分まで生きるんちゃが。もう誤魔化しきれない腹の子が、また身体に巻きついて、散夜に力を分け与えた。朝方頃に港に着くと、散夜は自分の藁草履を解き、盥桶を港に結びつけた。町人が起きる頃、衰弱しきった名もなき少女を弔ってくれるだろう。
十にも満たない命を使い果たした恩人に対して冷たいだろうか。そんな事は解らない。とにかく山へ。あの山へ行かなければ。濃州に入り、木曽福島宿に下諏訪と通り過ぎる間にも、腹の子は待ってはくれないし、追手の痕跡も噂も確かに届いていた。どこか別の道を通って先回りしているのかもしれない。でもどうでもいい、とにかくあの山に…………。
「もう良いのだよ、娘。全て終わっている」
朝真の関所を抜け、山頂を目指している時、時々そのような声が聞こえた。行化村の者の声ではない。ならば無視するだけだ。
この子だけでも、この子だけでも。
殺させるものか。殺させるものか。絶対!
「娘よ止まりなさい。それ以上は行けない」
美しい山の頂は、雲の中に隠れていた。その雲の上には、あの神々が坐わすのだろう。この子を護ってもらわなくては。この子を育てて頂かなくては。わいの所ではもう育てられないから。せめてせめて、せめてあの方に。
「娘よ止まれ。その体を良く見なさい」
まだ纏わりついてくる声を振り切り、只管登る、登る。どうでもいいのだ、そんなことは。はやくはやく、この命尽きるまえに。
ワタシ ノ コ ニ アイタイ。
もう声も遠い。そうだ、辿りついたからだ。求めて求めて漸く辿りついた、この場所に。なんて熱い想いに溢れた場所だろう。ここなら、きっと寒い思いをしている私の子も温かくなれる。ああ、世界が赤く光る――。
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「遥々、既に死んだ者等の為に訪れた娘よ、そなたに名前を授けよう。子を失った無念を負い込んだ娘よ、そなたの功徳を僕が手伝おう。さあ山より甦れ、日向よ!」
皇歴二二五七年。葉月の月十九日。朝真山噴火。死者多数。