其之肆 おらだち最期の仕事! 之巻
「待たんかこらああああああああ!」
ひー! やっちまっただやっちまっただ! こりゃまた、てげえ腕の門守りさね! 雪の上に足跡ば残さんで走っても食らいつきよる。
あん? おらは日向だ。よろず屋紅一点、最強妖刀使いを拳一つで沈める日本最強のくノ一たぁ、おらんことよ!
って、今はそんなことどうでもえっちゃ! 関所超えて筑紫島まで行こう思とったら、城州で関所破りがバレた! 妖異や化生相手に修羅場潜って来たおら達が、人間の、それもお役所さまの手にかかって死ぬなんて御免被るってもんさ。武蔵、種子島、出雲で散り散りになって逃げたんやけど、おらんとこが一番しつけえ! まあ、捕まえりゃあお役所ひったってる前にオタノシミ出来るって魂胆だろがのう。…………んっ?
突然足音が消えよった。何ぞ刺客でもいるところに追い込まれたかんね。取りあえずひょひょいと百日紅を登って、辺りを見回す。……特に怪しい人物はいないけんど、敢て言うなら、門守を射殺したらしい浪人が何人か弓を構えちょる。じゃあけど、怪しくはないんよ。何でって、そりゃあんなに堂々と、『おら達がやりました』って、山ン中とはいえ突っ立ってるダラはいんちゃよ。
「門守りは殺しました。浪人の方のお仲間の、日向さまですね、どうぞ出て来てください。私は油谷小雪、仕事を失った浪人の方々のお世話をしています」
あのダラ共、簡単に人の名前教えやぁって。小雪と名乗った娘は、小柄じゃども、しっかりと脚を踏みしめていて、裏はなさそうじゃった。おらはするすると百日紅から降りて、苦無を持ったまま歩み寄った。
「おらの仲間の名前、言ってみろ」
「こちらで保護しましたのは、種子島殿です。貴方を入れてあと三人いらっしゃると」
種子島じゃったか。後でこぴっと叱っとこ。
「何が目的じゃ? 仕事でもあんにか?」
「はい、あります。多くの武士の誇りを取り戻すための戦いに、志を高く持った方々を保護しています」
「お銭は?」
「私共の人情分、と」
成程な。種子島はタダで転ぶようなこっちゃせんと、ちゃんと仕事も見つけて来たか。んー、じゃあ、拳骨くらいで許してやっかのう。武蔵のダラがやってたら、いつだったかの時みたく股から吹っ飛ばしたんだがの。
「楽しそうじゃ。乗ったで嬢ちゃん。おらも連れてってくろ」
===
そこから、おらが武蔵と出雲をひっ捕まえて、粗方の仕事の話をした。
まあ、難しい事は抜きにして、要するに増え続ける浪人、つまり元武士に、矜持を取り戻させるための反乱を企てている、というこっじゃな。ただ、この計画、小雪はんと、その協力者の丸橋中弥、金井半兵衛、そして唯一の男で小雪はんの許嫁、神魁直義は間違いなく小雪はんに協力しとるんやけど、どうもこの情報を将軍に売った戯けがおるらしい。将軍は、どんな手を使ってでも、今の武士の精神を腐敗させていくことにご執心と来ちゃ、まあ、手は選んどらん。早速妖異だの化生だのが出て来て、そらまあえれぇ事になっとるんじゃと。
んで、幸か不幸か、役人から逃げてる子供を捕まえよってんよ、まあこの子供がお誂え向きに妖異と化生が専門てえ言うもんじゃから、残りの仲間も、という訳じゃな。
「それで? 今のところの主戦力は分かってんのか? 嬢ちゃん達」
武蔵が鮭の西京焼きの頭を噛み砕きながら聞いた。ちなみにこの鮭は、おらと種子島が、身を切って出した特大の対武蔵罠なんやけど、我ながら情けなかよ。だってこいつ、関所門番より食欲が勝ったっちゅうことなんだぜ?
「強敵の妖異は、二体おりまする」
そう言って、兵衛っぺは二枚の墨絵を出した。……うーん、禍々しかぁ! この絵師、よっぽどおっかねえ目に遭っただなぁ。
「一体目は、通称『書文』。剣豪の一種らしいんですが、刃物であれば何でも使いこなしまする。それでいながら肉体戦術にも優れております故に、大陸の武道家書文から、書文と呼んでおりまする」
「…………」
「武蔵様? 種子島様? 如何なされたか?」
顔色の悪い二人に、中弥ちゃんが近づきよった。なーん知らんと、腹が立って、間にそれとなく入り、続きを促す。
「二体目は、通称『イペタム』。蝦夷の言葉で、刀の妖怪の意味なのですが、本当に刀の妖異でして、何処を切っても刀に塞がれてしまい、寧ろ刀が伸びて行って例え火縄銃を持った襲撃者だとしても、刀で突き殺してしまうのでございまする。それ故、この妖異に出会いましたら、すぐに撤退する様に言っておりまする故、最も情報が少のうございまする」
イペタム? なんぞどっかで聞いたな……。
「もしこの二体を武士道が討伐すれば、国はその功績を称え、武士を浪人になんかさせない筈なのです。そうすれば浪人が無駄な罪を犯すことは無くなります。この国は――」
「ぼくは反対です……」
それまで黙っていた出雲が、初めて口を開いた。ぎょっとする。こういう手合いで、出雲が口出しすんのは、大体碌な事がにゃあよ。
「あ……っと、そうではなくて、ぼく達はこの城にいない方がいい、ということです……」
「しかしこの二頭城は、古くよりあるとはいえ隠れ身には最適ですし、仲間が多く四方散らばるよりは余程よいかと」
小雪はんが正しいの。うんうん、と、おら達が頷くと、出雲はそれきり何も言わなかった。でもなんじゃろ、何だか出雲の顔色が悪ぃ気ぃすんよなあ。出雲は勘が良いからな。
「失礼ですが、小雪殿、兵衛殿、中弥殿。この城を使っていて、何か奇特な事はございませんでしたでしょうか……。例えば――そう、妖異や化生を頻繁に見るとか…………」
「? その様な事はございませんよ、出雲様。確かにこの地は曰くつきですが――」
あ、と、小雪はんが口を噤んだ。残る二人も、やっちまった、という顔しちょる。とはいえ、悪意があるとも思えん。おら達に仕事に集中してほしいだけだろう。
「とにかく、決戦は明日でございます!」
出雲以外の皆が意気込んどった。体調でも悪いんじゃろうか。と、ピクリ、おらん耳が足音を捉えた。少し遅れて種子島も気づく。が、小雪はんがおら達を宥めた。
「大丈夫です。あの方々は徳の高いお坊様」
「へえ、じゃあこの妖異共のせいかい?」
おらとしては武蔵に食べられた鮭と料理人も弔ってやってほしか。何匹食えば気が済むんじゃこの食い意地ダラ。それ誰の銭じゃ?
「そうではありません。今宵は大雪。二頭城では建立の古きより、大雪の日には『大雪経』という経典を読むのが代々の習わしでして、その経典を読む専門のお坊様方なのです。決戦を明日としたのも、その為。大雪の日は、二頭城では特別の日です故」
そう笑った小雪はんの後ろ、雪が降り始めた。
===
そして夜、おら達は出雲に起こされた。
「日向、武蔵、種子島。悪いことは言わない……。確かに武蔵はもう、八匹分は鮭を食べてしまったけど――」
思わずおらと種子島は、八回ぶん殴った。
「だけど、この仕事だけは駄目だ……。ぼくは、皆とまだ旅がしたいし、あまりに危険だ……」
「ぼ、くへんに、でらのか?」
武蔵が顔を歪ませて言う。出雲は嫌々ながら、どこからか真白の紙を一枚取り出した。
「先見、急々如天子令」
ビシャッ!
驚いた種子島がおらの頭に飛びつく。出雲唱えた言霊に反応した紙は、どす黒い内蔵色の、濡れた紙になり、紙はその重さで、ちりちり、ちりちり、ちりちりと、出雲の手元から三つに千切れて落ちた。だのに、まだ紙は膨らんでいって、どろどろと血を流す。怖ぇ。
「この仕事の未来には、地獄が待ってる………本当にぼくは皆が心配なんだ……。だから、」
「うっげえ! マッズ! 河豚食った後でさえこんな不味いモン食わねえよ!」
「武蔵河豚食べたの? 武士なのに!」
「いつの間にそんな銭使ったずら?」
「関所破りの前にちょいと……」
「その所為で見つかったんかー!」
「ぎゃー! 出雲助けて地獄だ地獄だ! 獄卒様ー! 勘弁、ちょっと食指が――」
「ぶっ殺す! 舌根抜いてやるわー!」
「いいいやああああ! タスケテー!」
「…………いいよ、もう……。ぼくが怯えてただけだから………そうだよ、皆なら大丈夫……」
そう言って出雲は根雪みたく笑ったけど、武蔵はきっちり二人でシメといた。
===
しかしまあ、大雪とはよく言ったもんじゃのう、どっさりこどっさりこ、雪が降りよる。さっきから雉が撃ち落とされてんじゃねがってくれえ、雪の音がうるせえ。寝れん。
…………。ま、寝る必要なんかないんじゃが。
「来ないね……」
「ぐおおおー……。ぐがあああ……」
「黙りゃ種子島。…………雪に紛れて氷のとっかり共がズルズル、二匹おる」
「お、おいら一匹しかわかんな――」
ドフン!
武蔵の布団に深々と大きな棒っこだか刀だかが突き刺さる。それだけでおら達のやることはもう決まった。出雲? 寝る前からずっとおらんよ。多分どっかの部屋で祈祷でもやっとんじゃろ、ああ見えて家族想いじゃけん。
「もちっと身軽じゃなきゃなんねえなあ、女武者さんよ。トドが迷い込んできたのかと思っちまったぜ? 脂の乗った不味そうな奴」
不覚、と、無念を呟くことだけは許してやり、武蔵は首を切り落とした。それを合図に、どこかにもう一匹のとっかりが降り立ったらしい。血の臭いがする。真っ暗な中でも、未熟な田力ができる仕事ってなぁ、原始的なモンよ。忍なら、暗殺してもその報告がなきゃあ意味がねっちゃ。つまり、忍の本来の仕事は、『生きて情報を持ち帰り伝えること』。種子島もそりゃようわかっとるな。武蔵の頭を踏み台にして、城の屋根裏に飛びつく。うん、少し余裕が出てきた。良かろ良かろ。
「日向、本丸の刺客は任せろ。お前はこの二の丸の始末を頼む。臭うぜ、アシカもいるぞ」
「応」
おらが二の丸庭園に飛び出すと、途端にでら重ゃあ圧がかかった。気ば張っても息苦しい。ただの刺客だったのは、さっきの一匹目のとっかりだけじゃったな……。妖異、それこそ落魄の類に違ねえ。だども、こういうのはビビった方が負けだで。妖異の顔は頭の灯火でよく見える。鬼女、なんて生っちょろいモンでね。半分蛇になっちまって、口の端から真白の炎がちらちら見えてら。ついで、その装いは丑の刻参り。あー、分かりやしぃやの。
「男子と寝床を共にできるなど……。悔しい、恨めしい、万死に値しますわ……」
「何じゃ、男にフラれて蛇にでもなったか」
すると妖異はシャッと短く炎を吐いた。
「如何にも! 妾は天下の将軍より求められ呼び寄せられし妖異が一、道成寺鐘をも焼き尽くす、名を清姫! 焦がれし男子に寄り添う汝、叶わぬ想いを慮り、烏口処程度に焼き尽くしてやろ!」
「そりゃええの! おらン炎と勝負じゃ!」
相変わらず降り続ける雪が、おらの苦無の炎を熱く冷たく焦がす。その炎は白い熱と青い灼けつく炎に包まれ、おらの拳をじりじり焼いた。でもこれくらいしねえと、負ける!
相手の炎を薙ぐ力はおらにはねえ。そうなると、脚を使って――あ、ありゃ?
「少し遅いわ、殺生石」
おらの脚が、真っ黒になって、それは布を水が上っていくようにあっという間に膝まで来た。立ち上がれん。臓物が重く――。
「ひは! ざまあない、あっけない! 一度は妻成れど母成れど、鬼に成り果てられぬは所詮その程度の念いよ。安心せい、魂までは固めぬ。蛻より出で家族の末路を見よ!」
おらの言葉はそのまま魂として出て行った。
===
どうやらおらの身体は、石になって砕けたらしい。女子同士の勝負に負けて石になるなんて確かに悔しゅうて悔しゅうて堪らんが、とにかく今はアシカどころか海坊主が出た事を何とか伝えにゃあ。魂だけでどれだけ残ってられるかわからねえもんよ。
唐門の方から、鈍い音が聞こえてきた。
せや、種子島じゃ。種子島じゃったら、魂になったおらでもちゃんと相手ができる!
それにしても、魂ちゅうのは不思議じゃの。急流下りみたく早く、土の中の蛇みたく滑らかに動ける。種子島は木呪を弾き飛ばされたらしく、徒手空拳でおっさんと戦っていた。
……ん? おら、こんおっさん知っとる……?
「こ、この、畜生、おいらみたいな半人前に本気出しやがって、大人気ないぞ!」
するとおっさんは、ズズッと三歩摺足をして距離をとり、構えを変えて名乗りを上げた。
「此は失礼。我が名は既に久遠に消えせしめ、今は時の将軍より望まれその手足として顕現した。この城の者よりは、書文と呼ばれる」
「へん! そんな名前知らねえやい!」
こんダラ! んなダラダラ冷や汗かいて何虚勢ば張っちょる、何遍も教えたやにき、逃げることは何も恥ずかしかねえ! おらを入れろ! それか武蔵の所に逃げぇ!
「その方とは以前会ったやも知れぬが、今は呪禁に縛られる身。将軍の千年安政の為の礎になるべく贄とならん。定めしこの城に集いし者ら全て、須く人の世には戻らざりし」
種子島は気づかんかった。不味いと思っておらが身体の中に飛び込むと、すぐに腹の中に手が突っ込まれた。皮膚と筋と肉と臓をかき分け、吐き出した血に着物が汚れることも厭わず、震える身体の軸を握りしめ――。
「がふっ!」
「……哀れな幼子よ。背を砕からば、妖異も化生も啄むまい。安心して彼岸へ渡るがよい」
内側から真っ二つにおられた背が、全ての痛みをおらから奪う。消えていく。種子島の命が消えていく。流れて、砕けて、なもかも無くなって。怖かろうなあ、こんなもん。こんな死に方怖かろうなあ。安心し、ちゃんと死にきるまで、おかんがこうして側におるけんねえ。全くおらは果報モンじゃ。世の中の親ちゅうもんは、子供が苦しんでても代わってやる事なんざ出来ひんのに、おらは代わってやれたんじゃからのう。
「日向! 日向! 死んじゃやだー!」
「あほ、もう死んどるわ」
「ぎゃー!」
「骸から出ただけじゃ! 何そんなビビッとる! 言いつけも守らんと!」
スーッとまた、おらは魂だけになる。うん、降霊術なんかやっとるからかね。おらより種子島は結構しっかり魂の姿がサマになっとる。
「出雲の言うこと聞くべきだったかな……」
「阿呆、もう人情分貰っとったやろ。おら達はおら達のやり方で仕事して、失敗しただけじゃ。あの食い意地ダラでも出雲が傍さ残っとりゃ、まあ当分二人だけでも――」
それを聞いて、種子島は顔色を変えた。
「そうだ、武蔵! まだあいつ、知らない!」
「あん? なんぞ?」
「おいらが門にいた理由! 行かなくちゃ!」
ひゅーん、と、種子島は文字通り飛んでった。速ぇ速ぇ! なんじゃありゃ、吹雪か!
===
種子島の後を追えば追う程、なんぞ息が苦しくなって来ん。もう現世にゃおれん、時間がないということじゃろうか。だども、おらより後に死んだはずの種子島も、何だか生気がね。あん? もう死んでる? やかましか。
キン、キキン、と、鎬を削り合う音がする。多分、小雪はんや中弥ちゃん、兵衛っぺもおるんやろ。この様子だと、相手はイペタムか。
「くそ……っ! もう一発、金盾! 押しつぶせ!」
十万億土を並んでいるかのような、すさまじい数のイペタムが、階段で背水の陣を極めている武蔵ほか五人を追い詰めていた、雷光丸は地面を盛り上げ、床を突き破り、土の津波が数十体のイペタムを押し潰す。それでもまだまだ、相手は減らない。
「武蔵殿! 一度退かれよ、これ以上は……!」
「妖異退治専門の俺が逃げる訳に行かねえだろ! この国を変えたいなら無名の武者崩れに情けなんかかけるな! 逃げ延びろ!」
もう武蔵の両腕はボロボロで、その傷は肘辺りにまで及んでいることが見えた。否、もしかしたら着物が切れた場所以外にも壊疽しちまったところがあるのかも知れねえ。
「これで纏めて吹き飛ばす! 二階へ行け! ――応えろ氷点丸、渦水!」
氷点丸がぶるぶると震え、イペタムの金属の身体が呼応する。その震えはだんだんと大きくなり、最後には派手な音を立てて砕けた。部屋中のイペタムが砕けたんけど、その代わり、武蔵の拳は凍り付いて、アオナジミだらけになって、ひび割れとった。その上、右の目玉の水が凍り付き、血の涙すら凍っとる。
「種子島の奴、苦戦してるか、今――」
「だめだよ武蔵! ここにおいらは――」
種子島が声をかけても、武蔵には通じんかった。種子島が必死に話かけとる横で、何かが動いた。カチ、カチ、カチ……。何の――。
「な……! 嘘、だろ……」
きらきらと部屋の中が光り出す。けんど、そりゃ雪が入ってきたわけでも何でもない。部屋の中は、まるで天井でも取っ払っちまったかみたいに冷えて冷えてこわいが、その光の正体には種子島以外は気づいた。
この光の反射でしか見えない物は、イペタムじゃ! 砕けて死んどらんかった! 寧ろ砕けた所為で、数が何倍にもなってもた!
「く、くそ……。雷光丸、もう一度来い!」
右目を押さえつける手に光の刀を握り、おらでさえ聞き取れない位の声で言霊を唱える。それでも雷光丸は応えてくれた。細い稲光が、イペタムの群れを波打ち鞭打ちするけんど、数の暴力には勝てん。おら達は目の前で武蔵がブツブツと皰くらいの穴でぼろぼろに貫かれるのを見ているしかなかった。傷口は凍り付いて行き、凍り付いた皮膚は縮んで裂ける。
「日向! ちょっと見てきたけど、小雪さん達二階にいないよ。逃げ切ってる!」
「武蔵、こっちゃ来。良か、もう良かよ」
朧な武蔵の頬を撫で上げると、あっさりと武蔵の魂が引きずり出された。もう死んどったんじゃな、それを気力で…………。武士の鑑じゃ。おらはおめぇの家族で誇らしかよ。
「そういえば種子島、なしておめぇ、逃げんかったんじゃ?」
「あ! それそれ! 魂だけになった今なら、出雲にも伝えられるかも知れない。この屋敷、変なんだ。どの門から出ても、同じ門に入っちゃうの。多分出雲の言ってた――」
その時、ひゅーっと、種子島がどこかに飛ばされそうになって、おらの脚に掴まった。なんぞ、と思うたら、そのままおらも引っ張られる。頭を掴んだ武蔵も一緒に引っ張られる。ぎゃあああ! 回っとる回っとるー!
「あ――――ーれえええええ――ー!」
「凄ぇ力じゃ! 種子島しっかり掴まりや!」
「うぉぇぇぇえ? なんで回ってるの俺ー!」
おらだちはそのまま吹っ飛んでいった。
「おめでとう、皆……。さようなら……」
目が潰れたのかのような光に吸い込まれる時、出雲が笑っているのが見えた気がした。
===
ちゃぽーん……。ちゃぽーん……。ちりりん……。
うー、まだ目がくらくらすんなあ……。でもなんか、肌触りのいいとこに寝取ったみたいじゃ。……ふむ、こりゃ蓮じゃな。蓮の花弁の船じゃ。見渡すと、残りの二人もいた。起こす間もなく、それぞれ起き上がる。武蔵は起き上がるなり船の縁から吐き戻した。
「おえええええええっ! な、なんだあれ……。生きた心地しなかったぜ……」
「あたぼうよダラ。おらだち死んだもんよ」
「あー、やっぱそう……。なんかこう、観音様がふーっと俺を助けてくれた気がしたしな」
それ日向、と、種子島が言いそうだったんえ、睨みつけたら黙った。紫がかった不思議な霧の中を、蓮華の舟が進む。…………?
「……武蔵、おめえ、ちんちんどうした?」
「へ? ……あれ? あれっ? 何で俺着物着てないの? なんで褌もないの? てか俺のちんちんどこいったの? 種子島あるか?」
「わ! おいらのちんちんも無くなってる!」
ピーッと泣き出した種子島を慰めると、おらの着物もなくなっとった。誰やこん助平!
「おん? おい、あそこでヒラヒラしてる柳についてるの、俺たちの着物じゃねえの?」
武蔵が河の向こうに何かを見つけた。ふむ、ありゃ確かに武蔵の織部色、種子島の鳶色、おらの猩々緋の着物じゃな。なんであんなとこにあるんじゃろ。つか、なしておら達裸?
「めでたきな、めでたきな。あなめでたき」
「ぎゃああああ――ー!」
驚いて三人で飛びつく。目の前には綺麗な観音様がいらっしゃった。
……ん? 着物が吊るされた木、観音様……?
「もしかして優婆尊様でねか。ここは葬頭河でっか? てげ」
「如何にも。聡明な娘よ、気高き武士よ、賢しき童子よ。汝らの徳は遂に、遙か那由多の先の過恒沙にも匹敵した。故に汝らはこれより、須弥山を渡り、忉利天を通り、二十五層へと至る資格を得た。めでたし聖寵充ちみてる子らよ。今こそ菩薩の家に帰る時」
「ちょい待って下され、優婆尊様。ここにいる全員、その菩薩様の家? に、行くのけ?」
「はい、そうですよ」
「つまり、三人だけでごんすな?」
「然様」
ふーん…………。おらだちは顔を見合わせた。
「種子島」
「うん」
「武蔵」
「応」
よいしょ、と、赤子のように丸まった種子島を担ぐ。背中を向けて先導する優婆尊に向けて、どおりゃと投げつけ蹴飛ばさせた。武蔵が無い筈の刀を抜く。おらは怒鳴りつけた。
「何勝手なことしてくれやがんでえこの奪衣婆如きが、おらだちよろず屋相手に勝負張るなんざぁ、それこそ不可思議程も見くびってるってもんさね! おら行くぞおめえら! あのダラ息子ばとっ捕めえて、この婆の旦那に直接カチコんだるわ、漕げ!」
「押忍!」
ばしゃん、と、河の中に落ちた種子島が、蓮華の舟を泳いで押す。みるみる河は黒ずみ、蓮華は枯れていく。正体見たり、じゃな。その間に武蔵はひょいと河の向こうへ飛び、懸衣翁を斬り転がして衣領樹から着物をぶんどってくる。着物は自らおら達の身体に巻き付いた。
「おい! 河の奈落が見えてきたぞ! 種子島上がれ! 餓鬼共がうじゃうじゃ居やがる。しかもあの様子じゃ、場所は二頭城だ!」
「やっぱり城毎変な場所に移動させられてたんだ。おいら分かる、出雲はあそこに居る!」
「おっしゃ決まりじゃ、よろず屋最期の仕事、派手にぶっ放すぞ、突撃じゃああああああ!」