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よろず屋  作者: 菊華 紫苑
巻ノ壱 種子島品
1/20

其之壹 貴方どちらさま? わたしオシラサマ! ノ巻

 ぶちぶち。ぶちぶち。

 やあ! おいらの名前は種子島(たねがしま)。根無し草のよろず屋の一人だい。今おいらは、朝方見つけて来た草むしりの仕事をしてるんだ。もう田んぼじゃ稲があるっていうのに、お百姓さんはこれからも種を蒔いておまんまを作るんだって。エラいよなぁ、おいらはそんな生活はもうこりごりだ。ちょいと大変だけど、毎日仕事探して、色んな村を回ってる今が好き。

 ん? 昔は何を作ってたのかって? んーと、ええと、うんとね。


武蔵(むさし)、何してるの? 隠れてないで出ておいでよ」


 草むしりの手を止めず顔も向けないまま、声をかけると、武蔵(むさし)が屋根の上から降って来た。受け身も取らないから、凄い音がする。びっくりして振り向くと、おいらは思わず叫んだ。


「あー! シブキの山! このバカっ! これおいらの修行用に使うんだぞー!」


 シブキは生薬にしたり漢方にしたり、あとそのまんま使ったりする薬草だって、日向(ひゅうが)が教えてくれたんだ。ちょうどお屋敷の裏の草むしりだったから、シブキもいっぱい咲いてた。だから修行用にと思って、より分けておいたんだ。なのにこんなぐっちゃぐちゃじゃあ、どうやって作ればいいかわかんない! おいらが説教を始めようとすると、武蔵(むさし)はいきなりシブキを口に突っ込んだ。


「わー! 何すんだよ! おいらの修行用だって言っただろー!」

「うるせえぞ種子島(たねがしま)。俺は今最ッ高に腹が減ってるんだ。日向(ひゅうが)が財布持ってって、団子屋にも行けやしねえ。折角一仕事終わったってのに、そのお(あし)も蕎麦切り五人前でお終えだ。それなら同じ蕎麦でも、地獄蕎麦でも食ってる方がまだいい。と言う訳で貰ってる。……うん、ハラが減ってりゃ、何でも美味いもんだ」

「そ、そばきり……ごにんまえ…………」


 目がぐるぐるした。おいらは朝から草むしりを続けて、食べられる草を食べて、みたらしをがまんしてお(あし)を節約してるっていうのに……。この、この……!



「この食い意地達磨ァッ! おいら達に奢るそばきり代稼いで来ーい!」

「あいよぅっとぉ」


 おいらのコンシンの拳をひょいとかわして、武蔵(むさし)はまた堂々と屋敷の方へ歩いて行った。すぐに使用人たちの大騒ぎする声が聞こえてくる。…………あのバカ、またやりやがったな。


===


 あいつは武蔵(むさし)。剣の腕だけが取り柄の食い意地達磨だ。もし今が平和な世の中じゃなかったら、おいら達ももっと美味いもんが食えたんだろうけど、悲しいかな、今は人斬りが活躍するような時代じゃない。まあ、おいらみたいな力も無いちっこい見習いは、こういう時代の方がいいんだろうけどさ。でもだからって、毎日こうひもじかったら、いつまでも力が出なくて見習いのまんまだい! いつかでっかい仕事をして、日向(ひゅうが)を護るんだ! んで、そのまま嫁っこに貰うんだい。おいらのかっこいい仕事ぶりを見れば、日向(ひゅうが)だってきっと、おいらに首ったけになるもんね!

 お天道さんが傾いてきたころになって、おいらはようやく草むしりを終えて、お(あし)を貰った。みたらし団子が四本買えるくらいしかないけど、おいらが出来る精いっぱいの仕事だから、誰も文句を言わないでくれている。


 武蔵(むさし)のせいで、余計に腹が減った。と言うのも、あの後武蔵(むさし)は堂々と屋敷の中を物色してそれを売りさばいたから、同じ村に居られなくなったんだ。一山飛び越えて、ようやく大肝煎さんに宿を貰ったって訳。おいら、一日草しか食ってなかったから、出された膳を平らげて、お代わりしちまった。きれいな正座をして、つつましく汁を吸っている日向(ひゅうが)が、クスクス笑う。日向(ひゅうが)は怒ると阿修羅みたいけど、いつもはこんな感じなんだ。


種子島(たねがしま)、よっぽど腹ァ減ってただなァ。どっかのダラの所為で」

「そりゃ団子四本分じゃ――スミマセン」


 ギロッと日向(ひゅうが)に睨まれ、武蔵(むさし)が小さくなる。日向(ひゅうが)の隣で、おいらと同じくらいの子供も笑った。こいつは出雲(いづも)。おいらより二つばっか年上で、いつも卜占で稼いでくる、一番の稼ぎ頭だ。この大肝煎さんに入れたのも、出雲(いづも)が卜占でご機嫌をとったからだ。


「おいごら、武蔵(むさし)出雲(いづも)に感謝すんべや。おめぇの所為で、おらだちの悪い噂があっちゅう間に広がるんだぞ。このダラ」

「まあまあ、人の噂も四十五――へぶっ!」


 まるっきり反省せず、ケラケラ笑っている武蔵(むさし)の両鼻に、用済みになった日向(ひゅうが)の箸が飛んで行った。鼻血を出しながら転がりまわる武蔵(むさし)をムシして、出雲(いづも)が口を開いた。


武蔵(むさし)、今の内に体調を整えておいてね…」


 意味ありげな言葉を放ち、出雲(いづも)は行儀よく箸を置いた。おいらが興味を持っていると、出雲(いづも)は鬼のような薄ら笑みを浮かべて言った。


「ここの大肝煎の跡取り息子が、許嫁のいる肝煎の娘に惚れたらしくてね…。処女を奪って強引に妻にしたらしいんだ…。でも唯の一肝煎に、十数の村を治める大肝煎に逆らう権力も力も無い…。泣き寝入りしてたところを、僕が見つけて、依頼を受けて来たんだ…。『大肝煎の身分を笠に着て奪われた女房を返してほしい』と、肝煎の息子からね…」

「じゃ、ここの肝煎の屋敷に入ったの……」

「そうだよ種子島(たねがしま)、唯の茶番さ…。でもお蔭でお腹はいっぱいになったし、肝煎の家からはそう少なくない妥当なお(あし)を貰ったよ…」

 出雲(いづも)の不思議な所はここだ。どこからどこまでがダサンなのか分からない。おいらとあまり年が変わらない筈なのに、妙にタッカンした所がある。だからおいら、出雲(いづも)に敵わないんだ。

「んじゃ、決まりだな。寝静まった頃に、ちょいと腥い稲刈りと洒落込むか」

「それなんだけど…。この屋敷、唯の屋敷じゃないよ…。念の為、二人組で移動した方がいい…。……ここには、化生が巣食ってる…」


 ピクッとおいら達の表情が引きつった。それでこそおいら達の本当の仕事だからだ。

 化生っていうのは、人の気持ちや未練が形となって、生きてる人間に害を及ぼす存在の事だ。いわゆる生霊、怨霊、人魂みたいな奴。それからもう一つ、似たようなのに、妖異というのもある。いわゆる妖怪や物の怪の類だけど、見分けるのが難しい。だって、人の怨霊によって生まれた妖異とかもいるんだもん。でも、おいらにもそれらを見分ける能力があるって出雲(いづも)はなぐさめてくれる。けど、おいらはちっともそんなの視えないし、分からない。


「多分、巣食ってるのは、養蚕一代で財産を築いた、あの成り上がり肝煎の息子の生霊…。でも、この悲劇は作り話かもしれないよ…」

「どーゆうこと?」

「単純な話だよ、種子島(たねがしま)…。娘は自ら望んでこの大肝煎の家に嫁ぎ、肝煎の息子はそれが納得できなかった…。肝煎も村を治める身分だからね…。勘違いしたんじゃないかな…」


 すました顔で、さらりと恐ろしい事を言う出雲(いづも)。それが不気味で、おいら出雲(いづも)は苦手だ。年だってそんなに変わらないのに、何で出雲(いづも)はこんなおじいちゃんみたいにしてるんだ?


「いずれにしても、化生が出るにはまだ時間が早い…。ゆっくり英気を養おう…」


 出雲(いづも)はそう言って、さっさと膳を廊下に出して、布団に入ってしまった。

 おいら達は草刈から首狩りまで、何でもやる旅商人だ。だからよろず屋。おいら達が人の血を流す時は、決まって夜。別に昼間やっても良いんだけど、おいら達が退治するのが、化生や妖異の類だから、普通の人に見られると厄介なことも多いんだ。だって、普通の人に化けるのが、妖異の得意技だからね。おいら達が唯の人殺しだと思われると、面倒なんだよね。……武蔵(むさし)の所為で盗人扱いされるのも面倒だけどね。


===


 草木も寝しずまる深夜になって、ビリッとした匂いがしておいらは目覚めた。日向(ひゅうが)武蔵(むさし)出雲(いづも)も起きている。どうやら仕事の時間らしい。出雲(いづも)は静かに息をととのえた。


「いくつ?」


 声をひそめておいらが聞くと、闇の中で出雲(いづも)は指を二本立てた。


「肝煎の息子以外にも霊がいる…。種子島(たねがしま)、お前は武蔵(むさし)と行け…。息子の方なら、お前でも分かる筈…。僕と日向(ひゅうが)はもう一つの方を探す…。収穫があったらこの部屋に戻ろう…。青龍(せいりゅう)を置いておくから、もしいなかったらこの子に話しかければ、すぐに戻るよ…」


 そう言って、出雲(いづも)は自分の手首を噛み、血を掌に馴染ませて印を結んだ


卯辰巳亥子(ぼうしんしがいし)・開け東門・召喚青龍(せいりゅう)


 すると、出雲(いづも)のてのひらから、にゅるにゅると緑色の蛇が現れた。おいらにはまだ良く見えないけど、何れきちんと、青龍(せいりゅう)が見えるようになるって、出雲(いづも)が言ってた。


「これで大丈夫だよ…。青龍(せいりゅう)が離れていても呼んでくれる…。さ、行こう…」

「う、うん……。ほら、行くよ武蔵(むさし)っ」

「くれぐれも静かに…。屋敷の人に見られてはいけないよ………」


 そんなのおいらにとっては造作もないことだ。見習いだけど、おいらは田力だもん。……問題はこの食い意地達磨だけど、忍び足は得意らしい。すいすいおいらよりも早く歩く。


「おい種子島(たねがしま)。肝煎のドラ息子とやら、場所は分かるか?」

「わかんないけど……。気持ち悪い場所ならある……。ちょっとしずかにして付いて来て」


 目で見えない物を見るのには、心の目で見るのがいいって、出雲(いづも)が言ってた。おいらが目を閉じれば、おいらの心の目は自然と開く。だから夜、寝ションベンする必要もないって言ってた。だって、おしっこしたくなったら、心の目がそれに気づいて、おいらの目を覚ますから。同じように、目をつぶって、しずかな水面を思い浮かべる。そうすると、波が広がるんだ。初めは大きな波。それがだんだん小さくなって、波は短く細かく見えてくる。

 ――見つけた!

 おいらはその目的地を見失わないように、武蔵(むさし)を踏みつけて屋根裏部屋にもぐり込んだ。こうすれば他の誰かに見つかる必要もないし、音がしても皆ヤモリか家鳴りの類だと思ってくれると、日向(ひゅうが)出雲(いづも)が教えてくれた。おいらはネズミのようになって、波の中心地へ行く。後ろからのそのそと武蔵(むさし)が付いて来るけど、おいらは気配を見失わないように急いで向かった。木目の下から、行燈の光が僅かに見える。屋根裏を照らすには余りに小さな光。

 この下だ。この下の部屋から、きな臭さがプンプンする。木目の隙間から見ると、この家に嫁いできたという娘さんが眠っていたけど、おかしいな? 夫婦なのに、夫の方がいない。変だと思ったけど、もしかしたらケンカでもしてるのかな。いずれにしても、この娘さんを起こさないように、部屋の中、調べなくちゃ。

 そうっと天井板を外して、畳に衝撃が逃げるように静かに降りる。おいらはこれでも田力なんだい。こんなの屁でもないぞ。武蔵(むさし)もそれくらい――。と、思っていたら、武蔵(むさし)が派手な音を立てて飛び降りて来た。前言撤回。こいつはそう言う奴だ。


武蔵(むさし)っ。しずかにしろって言われて――」


 おいらがお説教をしようとすると、シッと武蔵(むさし)が指先を当てた。忍び足で娘さんに近づくと、いきなり野太刀を持って、娘さんの首を斬り落とした!

 おいらは二重の意味でびっくりして、腰を抜かした。一つは武蔵(むさし)が、何のためらいも無く眠ってる娘さんの首を落としたこと。そしてもう一つは、娘さんの首から血が出なかった事だった。その代わり、切り落とした場所から、何か白い物がふんわりと出てきた。おいしそうだ。おいらはそれをつかまえると、口に入れてみた。甘い。でもこれなんだろう?


「やっぱりな。種子島(たねがしま)、この娘は、桑の樹を彫って作られたハリボテだぜ」


 ごろ、と、安らかに眠った娘さんの頭を足で転がし、そのままひょいっと手に持つ。ハリボテと分かったら武蔵(むさし)は容赦しない。布団を引き剥がしてじろじろと見る。娘さんは、顔以外は唯の大きな桑の枝だった。多分、人間位の大きな枝を切って、顔をほったんだ。


「じゃあ、本物の娘さんは?」

「その辺は出雲(いづも)だろ。初めの部屋に戻ろう、あいつらも少しは手掛りを掴んでる筈だ」


 そう言うと、武蔵(むさし)はおいらに首を渡して、おいらを天井裏に戻した。


===


 部屋に戻ると、出雲(いづも)が置いてったあの小さな青龍(せいりゅう)がうろうろしていた。と、言っても、おいらにはやっぱりそれが緑色の蛇みたいな霊にしか見えない。この四人の中で、聖獣がきちんと見えるのは、出雲(いづも)だけだ。調子がいいと、日向(ひゅうが)も見えるらしいけど、おいらほどは見えなくて、気配だけが分かるんだって。


「んっ?」


 出雲(いづも)に戻る様伝えて、と、言った時、武蔵(むさし)が何かを見つけた。紙……というより、姿絵だ。

 正直、不気味な絵だった。人食い悪鬼の絵だ。子供を殺して、餓鬼がそれを食い千切って、自分の血肉にしてるんだ。水墨画だけど、おいらにはそれが黒く乾いた血に見えた。


「なんじゃこりゃあ? ここの大肝煎の趣味かね。げろげろげろげ~」

「うーん、これも出雲(いづも)じゃない? 娘さんがハリボテだったんだから、この絵も何か関係があるよ。出雲(いづも)ならすぐわかるよ!」


 おいらが心の目を休める為に寝ころがっている間、武蔵(むさし)はしばらく、その水墨画に憑りつかれたかのように見入っていた。野太刀を持つ手がふるえてる。大丈夫、と、声をかけようとした時、突然武蔵(むさし)が野太刀を抜いてその紙を文字通り、一刀両断した。その時の武蔵(むさし)の顔は、暗闇でも分かる位に怖かった。


武蔵(むさし)、物騒なものは納めなよ…」


 出雲(いづも)たちが帰って来た。出雲(いづも)は少し疲れているようだ。おいらなんかよりもたくさん見える分、つかれるのかな? 野太刀を納めた武蔵(むさし)は、しばらく震えていたけど、すぐにぷいっとそっぽを向いてしゃがみ込んだ。出雲(いづも)が先に報告してほしいと言ったので、おいらは見たことを話した。出雲(いづも)はまるで老人のように腕を組んで聞いていたけど、おいらが話し終わると同時に、ぽいっと何か転がした。これは……骨? でも人間の骨にしては大きい気がする。


種子島(たねがしま)が見たの『オクナイサマ』だね…」

「オクナイサマ? 奥方様じゃなくて?」

「ここいらに伝わるカミさんの一人だよ」


 ここに来て、ようやく武蔵(むさし)が口を開いた。苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。


「オクナイサマってな、夫婦のカミさんだ。ここいらの大きなお屋敷で祀られ、厳しい信心と掟を求められる、俺に言わせりゃ器のちっさい神さんよ。……で? 出雲(いづも)。妻のオクナイサマが居るんだから、その夫のオシラサマもいるんだろ? そいつはどうした? 邪神にでもなってんのか?」

「大丈夫、ちゃんと見つけたよ…。来て…」


 そう言って、出雲(いづも)は闇の中に溶けるようにきびすを返した。おいらは出雲(いづも)のこういう所が怖い。日向(ひゅうが)武蔵(むさし)も慣れっこみたいだけど、おいらはやっぱり駄目だ。置いてくぞ、というので、慌ててついていく。


===


 出雲(いづも)はおいら達を、屋敷の中庭に連れてきた。大きな大きなクワの木があって、実がなったらどっさり採れそうな、そんなうまそうな樹だ。だけど、何だか気持ち悪い。


「哀れなご神木さまだべさ。ここの大肝煎が化生に気付かず、オクナイサマばかりに構ってたけんね、余計性質が悪くなってら。オシラサマにどっさりくっついてんべ」

種子島(たねがしま)、よく見てご覧…。目を開いていても、君なら分かる筈だよ…。心の目で…」


 そんな事言われても、相手が動かないクワの木って言ったって、おいら見習いだし、そんな大層な事出来そうにないやい。でも日向(ひゅうが)出雲(いづも)も無言で期待して来るし、武蔵(むさし)に至っては、早く大元を叩こうと今にも刀を抜きそうなありさまだ。これも修行だ、仕方ない。

 じいいっとご神木を見る。下から上まで、じっくり、じっくり、じーっくりと。

 おいらの身長と首じゃあ、上までしっかり見えない。でも、上に何かある事に気が付いた。出雲(いづも)が大丈夫だと言うので、おいらは武蔵(むさし)を連れて、すいすいと木に登った。なんだかふわふわしたものが、おいらを支えてくれているような温かさがある。これがご神木の力って奴――。

 『それ』と眼が合った瞬間、おいらはあまりの姿におどろいて転がり落ちた。一本下の枝にしがみ付き、必死になって『それ』を指差す。


武蔵(むさし)! そこ! 今おいらが登ってた枝の上! そこに何かいる! 妖異だ!」


 仮にもご神木なのに、武蔵(むさし)はためらいもなく、そこに雷の力を借りた野太刀を食らわせた。武蔵(むさし)には妖異と人間の区別がつかないけど、流石に『あれ』は妖異だと分かったみたいだ。武蔵(むさし)の抜いた野太刀に斬られた『それ』は、雷で欠けた刃の欠片と共に真っ逆さまに落ちていく。正直近づきたくないけど、登ったら降りなきゃならない。それを察した日向(ひゅうが)が、下で腕を広げてくれたので、思い切ってその胸に飛び込んだ。出雲(いづも)の足元には、馬の首の妖異が落ちている。出雲(いづも)が素早く妖異の目玉を、おおいかくしてくれたけど、妖異はあばれにあばれて、おいらをにらんだ。ぞくり、と、二の腕が震えて、気持ち悪くなって立っていられない。ふらふらのおいらを、日向(ひゅうが)がぎゅっと抱きしめると、胸が軽くなった。


「『さがり』だね…。どうして陸州なんかに…? こいつは作州の妖異なのに…」

「さがりっていうと、あれか? 馬の怨念がどうのこうのっていう?」


 武蔵(むさし)は心当たりがあるみたいだ。出雲(いづも)はうなずいて、まだあばれる『さがり』とかいう妖異を布でしばりあげ、武蔵(むさし)に止めを刺すように目で言った。武蔵(むさし)の野太刀がうなって、突き刺すと、『さがり』は馬のような人のような、やかましい声で悲鳴を上げて絶命した。引き抜いた刃の先が欠けている。武蔵(むさし)の野太刀は、妖刀としてはハンパ物だから、その分反動が来るんだって。でも妖異相手に唯の野太刀じゃ太刀打ちできない。例え武蔵(むさし)が妖刀使いじゃなくても、その力を使わなくちゃ。

 その時、クワの木がざわざわと鳴った。

 …………。え、あの、その、これって……。


「やっちまっただな、出雲(いづも)

「やっちゃったね…、日向(ひゅうが)

「だなぁ。まあ、俺は全部叩っ斬る自信あるけど、どうする?」

「え、え、え? ウソでしょ?」


 おいらの予想は的中してしまった。クワの木ががさがさ音を立て、ばらばらと馬の首が落ちてくる。それも、いっとう不気味な奴だ。頭から人間の手が生えていて、人間と馬とタコの目がぎょろぎょろとおいら達を見定めてくる。日向(ひゅうが)が苦無を取り出し、力強くにぎると、苦無が燃え始めた。出雲(いづも)もカサブタを噛み千切って血を流し、今度は別の詠唱を始める。


辰巳午未申(しんしごびしん)・開け南門・召喚朱雀(すざく)


 出雲(いづも)の血の梵字から六芒星が広がり、美しく燃える鳥が召喚された。おいらがビクビクしながら日向(ひゅうが)にしがみ付いて怖がっていると、日向(ひゅうが)はぎゅっと抱きしめてくれた。


「なんも怖ぇ事なんてねえずら。今出雲(いづも)武蔵(むさし)が退治するべ」

「何か……。気持ち悪いよう……」

「『さがり』を見たら、病気になるらしいっちゃ。後で出雲(いづも)に祓って貰われま」


 うん、と、応える前に、出雲(いづも)が叫んだ。


「焼き尽くせ!」


 朱雀(すざく)が灼熱の炎を吐いた。馬の首が奇声をあげて燃えていく。一本の腕だけで逃げ出そうとするさがりは、武蔵(むさし)が切り捨てた。燃え上がる火の中に飛び込む様に、次々とさがりが降ってくる。日向(ひゅうが)が苦無を持った腕を振ると、まるで何十本もの苦無が飛んでいくように炎の塊が飛んでいく。その炎のかたまりは、決して火の粉とかじゃなくて、正しく燃える苦無なんだ。日向(ひゅうが)はこおるようなおいらを抱きしめたまま、向かってくるさがりの目を潰す。


「おい出雲(いづも)! 屋敷の連中、お前の五獣で眠らせることは出来るか? 埒が明かねえ、起きてこられたら面倒だ!」

「出来ない…。でも、すぐ逃げる事なら…」

「それでいく! こうなったら一網打尽だ!」


 燃え盛る炎の中で、武蔵(むさし)は野太刀を真っ直ぐに上にかかげた。精神を集中させ、服に火が燃え移っても動じない。青い光が、バチリバチリと刀に集まる。それはお互いにくっつき、いびつな線になり、そしてそれがどんどん増えていく。そしてその線は、武蔵(むさし)の身体全体を包んで、火を蹴散らしていった。


「いっけえええええええ!」


 武蔵(むさし)が刀を振り下ろしたその瞬間、大きな雷がクワの木を直撃し、真っ二つに割れた。掴む枝が無くなったさがり達が、ぼとぼと落ちてきて、全部煙になっちまった。そして、真っ二つになったクワの木に煙が吸い込まれて行って、その煙は女の人になった。


「ああ……。私のあんた……」


 女の人は、さがりとは似ても似つかない、きれいな馬の首を抱き締めて、涙をこぼした。


「勇士達よ、ありがとう。貴方のお蔭で、最愛の人と再会することが出来ました」


 人って、馬じゃないか。しかも頭だけじゃないか。と、思ったんだけど、女の人はおいらのほっぺたにてのひらを当てて、すぅっとおいらの寒気を取ってくれた。多分、さがりの呪いを解いてくれたんだ。


「オシラサマ…。危険が伴ったとはいえ、ご神体を侮辱し遊ばしましたこと…。どうぞ御赦しください…」


 出雲(いづも)は神さんや妖異、化生なんかがはっきり見える。おいらには普通の女の人に見えるけど、もしかしたら出雲(いづも)には、もっと神々しく見えているのかもしれない。オクナイサマが女の人だったから、オシラサマは男のカミさんだと思ってたんだけど、違うのかな?


「勇気ある修羅の子らよ、今の私に出来る礼は、これしかありません。これからも旅を続け、功徳を積み、業の道程を旅するのです」


 なんかよく分かんない事言ってるけど、女の人――オシラサマは、さっきの一撃で今にも折れそうな武蔵(むさし)の野太刀に触れ、バシッと小さな雷を落とした。途端、その刃はきれいな雷の姿を反射して、一切のくもりをうちはらった。


雷光丸(らいこうまる)。……それがこの野太刀の名前です。貴方は雷を持ってして、私達夫婦に光を齎してくれた。これから先、貴方と貴方が護る人を、鳴神の名において庇護するでしょう。この妖刀に相応しい使い手となるのです」

「ふわぁ……すっげえ! 俺が野太刀使う度にボロボロになっちまってたのに! こりゃすげえや! ありがとさん、オシラサマ!」

武蔵(むさし)…いくら御姿が人に似ていても、オシラサマは神様なんだよ…?」


 出雲(いづも)が呆れたように言っていたけど、武蔵(むさし)はただの刀にツバつけたような妖刀が、たしかに変化したのが分かるらしく、こどもみたいにはしゃいでいた。野太刀――雷光丸(らいこうまる)を鞘から抜き差しするだけで、小さな雷が出る。オシラサマはふと、じいっと品定めをするように出雲(いづも)をみつめた。出雲(いづも)は無言でその視線に答えている。


「童子よ。貴方の功徳の為に、加持祈祷を行う様、屋敷の者達に伝えましょう」

「ありがとうございます、オシラサマ…」


 なんのことかな? 出雲(いづも)の霊獣が大かつやくしたからかな?


「さあ、屋敷の者らの枕辺に立つ前に、貴方方を送って行きましょう」


 そう言うと、オシラサマは四頭の馬を呼び、おいら達をずっと山を超えた古寺まで送ってくれた。古寺に着いて、おいらがお礼を言おうとしたとき、オシラサマはもういなかった。でも出雲(いづも)は、喜んでいたよ、と、言った。


「あ、そうだ出雲(いづも)。これ、お屋敷で見つけたんだけど、オシラサマに返し忘れちゃった」

「何それ…。……水墨画…?」


 そうかも、と、おいらが真っ二つになった水墨画を出雲(いづも)に渡すと、出雲(いづも)はいつもよりも冷たい無表情になって、びりびりとその絵をやぶいてしまった。


「多分、紙舞の仕業だね」

「カミマイ?」

「神無月のころ…。風も何もないのに突然紙が舞わせて人を驚かす、妖異の一種だよ…。時期も外れてるけど…でも、多分そいつの仕業だと…、うん、思うよ…」

「何の絵が描いてあったの?」

「知る必要もない他愛のない落書きだよ…」


 そう言って、出雲(いづも)はさっさと寝てしまった。

 まあ、オシラサマも助けられたみたいだし、もういっか。お休みなさーい!

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