坊様になった山賊の頭
ある国に、悪名高き山賊の頭がいました。
彼は悪逆非道の限りを尽くし、ケダモノのように天下を食い荒らしました。
ところ変わって天の国では、天の帝がこれを憂いて「このものをとらえて、悔い改めるまで鞭打ち、己の罪の深さを思い知らせよ」とみ使いに仰せられました。
天のみ使いによってとらえられ、鍛冶の神によって作られた金剛の檻に投げ込まれた彼は、なおも反省しませんでした。
そこで、正義の神のみ使いがやってきて、「今後同じように悪事を働くことがあれば、しばらくの間、お前を人間としては扱わない」と告げ知らせました。
その言葉に強く憤った山賊の頭は、躍りかかってみ使いたちを皆殺しにしようとしました。
すると、なんということでしょう。
金剛の檻が分裂して二重の構造になり、内側の金剛の檻がどんどん小さくなってみ使いたちをすり抜け、山賊の頭を縛って動けなくしたのです。
「取り決め通り、お前を今日から軒の床の上で何度も粗相をする飼い犬として扱う。その苦しみにせいぜい打ち震えることだな」
「なんだと!? 俺を何だと思っていやがる!」
ひゅぷっ、バッヅン!!
ぎゃああああああああ!!
山賊の頭が叫びます。
「ありがたき幸せでございます、み使い様と言え! この愚か者が!」
「だれがそんなことをいうものか」
正義の神のみ使いは、何も口にせず鞭を打ち鳴らしました。
それにおびえた彼は、しぶしぶいうことを聞きました。
「あ、ありがたき、幸せで、ございます、み使い、様」
「トロイ!! さっさと済ませろ!」
ひゅぷっ、バッヅィィン!!
「ぎゃあああああ!!」
こんな調子で、延々と調教は続きました。
そのせいで精神的に参ってしまった彼は、毎日床にうずくまり、訳も分からないままごめんなさいと繰り言を返すようになりました。
そこでみ使いが、こう問いかけます。
「お前はなぜこのような目に遭うかわかるか」
彼は答えます。
「分かりません。ただただ罰が恐ろしいのです」
み使いは冷めた顔で告げます。
「お前の罪によって苦しむものは、お前の何倍も苦しい思いをしている。それがお前の罪深さだ。わかるか」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
その日の彼にはもう考える余裕はありませんでした。
ある日、彼はどうしたらこの苦しい罰がなくなるか、素直に考えました。
日々の責め苦に疲れ切っていた彼は、ほんの気の迷いでしたが、悪いことって何だろう、とぼんやり思いました。
それは、人が困ったり苦しんだりすることかも、と思いました。
彼は、はっと気が付きます。
「そういえば、今まで目を背けてきたけれど、自分がやりたい放題した跡には何も残らないじゃないか。
これって、人が困ること、つまり、悪いことなんじゃないか」
そんな彼の独り言を聞いていた一人のお坊さんが牢に入ってきました。
「よく気が付いたな。これからお前に更生のための修行をさせる。寺に入って坊主となるのだ。では、ついてまいれ」
その日から、彼の少しでも人道に適う人になろうとする修行の日々が始まります。
はじめのうちは白い目で見られたり、無視されたりしました。
でも自分が正しくあろうとする限り、鞭うたれることはありません。
そのことに彼は深く安堵したのです。
努力が積み重なるにつれて、応援してくれる人も少しづつ現れ、理解しようとしたり、そばにいようとしてくれる人が増えていきます。
悪の片鱗が見え隠れしても、注意すれば素直に従う彼を見て、至らないなりにがんばっているのは微笑ましいとほめてくれます。
そこで、彼は初めて、自分の行いが誰かを笑顔にしたという喜びを得たのです。
こうして彼は着々と堅実に努力を積み重ねていきます。
そんな彼の健気な姿に胸打たれた人たちがある機会を用意してくれました。
厳しい更生の生活では縁のなかった贅沢を、ささやかなものなら一つだけ与えるというのです。
ですが彼は丁重に断りました。褒美の贅沢が身を亡ぼすかもしれないと言ってその勧めを退けたのです。
人々は彼の慎み深さにますます感心しました。
更生の日々はそれから長く続き、彼も身を固める年の頃に差し掛かりました。
彼には再三の縁談が持ち掛けられましたが、一向に彼は受け入れません。
自分の身に潜む悪が生涯にわたることをよく知っていたからです。
俗世の華に目を背けて、いつか幸せになりたい、という当たり前の欲求さえをも封じる為に、彼は老境に差し掛かるまで己を律し続けました。
ある日、ふと我に返って、自分は何のために生まれたのだろうと考え、ふいにほほに一筋の涙が伝いました。
そこからは虚しさがとめどなく押し寄せ、涙があふれ出て止まりませんでした。
そこで師が彼にこう問いかけます。
「お前はなぜ泣いているのか。お前は清く正しきあろうと己を律してきた。そうあれることは幸せではないのか」
彼は答えました。
「いと尊き師よ、私はまっすぐに申し上げます。私は幸せではありません。世の罪なき人のように、冬に身を寄せ、春を謳い、夏に働き、秋に思いをよせ、友と語らい、伴侶と愛を交わしたかった。
ですが、消えることのない悪をこの身に宿す私には、幸福など分不相応なものだったのです。
ああ、嗚呼、師よ! これが私の罪に対する、最後にして最大の罰なのですね」
師は厳かに言いました。
「お前は何か勘違いしているようだ。私はそれを正さねばならない」
「ああ、罰してください、罰してくださいませ。私は何にも劣る獰悪の徒なのです。もっと罰を、さらに罰を。さあ、厳罰を!!」
ひざまずき、諸腕を大きく師に向けて広げ、今もなお罰を乞う彼を。
お師匠様はひしと抱きしめました。
「よく頑張った。お前は、人並みの道理を備え、身の内に潜む悪を、人並みと同じだけの罪深さへ抑えることができたのだ」
「お師匠様。私は俗世の余人は罪けがれのない清らかな方々だとばかり思っていました。それは違うのですか」
お師匠様は、彼から身をゆっくりと話して答えました。
「その通りだ。天下において心に悪を宿さぬ物など一人もおらぬ。お前の悪が決して消えなくとも、それはこの世に生きる者の定めなのだ。安心するといい」
「おお、天の帝よ! 今こそ、心の底から感謝いたします! ありがとう!」
こうして彼は、人並みの道理を備え、平凡な家庭を持ち、普通に幸せになりましたとさ。
それっきり。