九話 和解の手助け
「………」
「なあおい、お前皆藤に何かしたの? アイツ超不機嫌だしたまにお前の事睨んでるぞ?」
そんな険悪な様子が2人の共通の友人である真司に伝わらない訳も無く。
昼休みの食堂で早速そのことを突っ込まれた。事情が事情なだけに返答に困る。
「えと…ああ、うん、俺が悪い事だから…真司が気にすることは無いぞ。」
「気になるわ! だって皆藤ってお前の事……お前と滅茶苦茶話してたし!
急にパッタリそれが途絶えたら心配にもなるわ! お前が悪い事って何したんだ? 何したらあんなに怒らせることが出来るんだ!? 幻滅どころの話じゃないぞ!?
ま、まさかお前皆藤に…なんかアレな事でもしたのか!? エッ、なこととか! お前はそんな奴じゃないと思ってたのに!」
「ちげーよ、変なことはしてない。
けど、酷い事をしたのは確かだ。反省もしてるし、謝りたい。」
「なら謝ってくりゃいいじゃん。」
「そうは言うけどさ。
事が事なだけに、ただ普通に謝るだけじゃ済まないって言うか…考えなきゃいけないことがあるって言うか…」
再度勧誘するにしても、優先順位の問題は解決しておかなければならないだろう。
俺はまだ2人の共闘を諦めてはいない。もっと彼女達のことを真剣に考えて、答えを出す。
そしてどうにか交渉を成立させる。一度拒否されてもそれは揺るがない。
「訳分らんけどなーんかややこしい事になってるっぽいな…
まあ、お前のことだ。悪いことしたって言ってもなんか理由があったんだろ? それを素直に言って誠意を込めて謝れば皆藤は許してくれるさ。」
「それっぽいこと言われてもな…」
「いや、マジだって。皆藤はなんだかんだ言ってもお前を信じるよ。信じたいって思ってるはずだ。短い付き合いではあるけど、短いなりにお前を見てきたはずだからな。」
「………」
真司はこういう時、変に茶化したりはしない。
ふざけている時が無いわけではないが基本真面目な奴で、真剣な場面ではちゃんと考えて答えてくれる。その言葉がおふざけでも気休めではないことはこれまでの付き合いが保証してくれていた。
皆藤にとってもそうなのだろうか。
彼女も、俺の事を軽率な人間じゃないと信じてくれているのだろうか…
「……ありがとう、真司。」
そう考えると少し気が楽になった。
礼だけじゃ足りない。明日ジュースでも奢ってやるか。
「おう! 相談料は食堂の生姜焼き定食で良いぞ!」
……まあ良いか。
奢ってやるとしよう、助けられたのは事実だ。
「…分かった。明日な。」
「え? マジでいいの…?
いや、うん、半分冗談だったんだけどさ…」
「良い。ただ、俺一人暮らしだからポンポン無駄遣い出来ないんだ。謝礼でたかるのは程々にしてくれ。」
「…キャンセルしづらい雰囲気なんでもうワンポイントお手伝いしまーす。
ただお前絶対謝れよ? そんで許してもらって来いよ? じゃねーと奢られてやんねーからな?」
「ありがとな。」
真司のプランを聞きながら思う。俺は良い友人を持ったものだと。
同時に考える。皆藤にとっても俺は良き友人なのだろうかと。
…いや、“そうであるかどうか”ではなく“そうあるべき”と考えるのが正しいか。
良き友人と言うのは勝手にそう思われるのではなく、そう思われるよう相手を慮り助け合い、初めてそう思われるべきなのかもしれない。
……そう堅苦しくなる必要は無いかもしれないけど。
所詮ボッチの理想論だ、なんて言われたらなんも言い返せないし。自覚はあるしな。
「って訳だから、皆藤にはお前が声を掛けてくれ……聞いてるか?」
「あ、悪い。考え事してた。もっかい言って。」
「お前…」
少なくとも今のは良い友人がすることじゃなかったな、と心の底で笑った。
「皆藤! 今日の放課後、空いてるか?」
と言う訳で、教室に戻るなり皆藤にアタックを仕掛ける。
真司の作戦は皆と遊びに行こうと言って皆藤を誘い、期を見て2人きりにさせるというもの。
告白によく使われるベタなパターンだがそれだけに効果は実証されてる。俺が知ってる限りでは全部フィクションって言うのが玉に瑕だけど。
「……」
「あぁ、もちろんあれとは別件で! 真司とかも来るんだけどさ、一緒に遊びに行かないか?」
怪訝な顔になったのでしっかり遊びに行くことを伝える。真司が来るというのもポイントだ。
すると表情が無に戻り、少し思案した後に答えた。
「……それなら行こうかな。」
「そうか、良かった。なら来るって真司に伝えておく。」
第一段階はクリア。
ここで突っぱねられる可能性が無いわけではなかったので、ひとまずはほっとした。
まあ、問題は話す時なんだけどな…
一度真司と合流してしまえば皆藤と2人きりになるのは簡単だろうが、話を始めた途端に逃げられでもしたら終わりだ。そうなれば同じ手は通じないだろうし、似たような策を弄しても警戒される。
……一度距離を取ってみるか。
しつこく何度も声を掛けても断り続けられれば駄目。どうせすぐに了承されないのであれば少し期間を開けて勧誘するのも変わらないだろう。
どこぞの大佐も言っていたが、事を急ぐと元も子も無くすのだ。
一週間声を掛け続けるより2日開けて声を掛けて了承がもらえるなら誰だってそうする。まあ今回に関しては成功するとは限らんけど。
氷倉のお姉さんにも具体的にいつまで皆藤の了承を取るかなんて言ってなかったし、ちょっと時間がかかると言っておけばいいだろう。後で連絡しておこう。
って、今日ノーアクションなら真司にも言っとかないとな。絶対謝れって言ってたし。
放課後になると真司と皆藤、俺の三人で集まり、複合アミューズメント施設、“アラウンドワン”へと移動する。
今日の予定はゲーセンにバッティング、最後にカラオケをして解散だ。
「皆藤? どうしたんだ?」
アラウンドワンを目の前にして立ち止まる皆藤を見て声を掛ける。真司は気にも留めず先に進みそうになっていたが、俺の声を聞いて急停止していた。
「…なんでもない。」
皆藤が見ていたところを見てみると、営業時間が終わったらかけるのであろう鎖があった。片付け忘れだろうか。
にしたってそんな細かい事気にしなくたって…結構神経質なのか?
なんて一幕があり、真司に本当は仲直りさせるという口実で遊びに来たかっただけなんじゃないか説が浮上したものの建物に入るとそんなものは吹き飛び年頃相応に遊び始めた。
現在はゲーセンを回り終え、三人で様々な速度でバッティングをしているところだ。
「あ! くそっ!」
今は真司が打っている。
奴はゲーセンで高得点をたたき出し、好調だと思い込んでいるせいで調子に乗っていつもより早いレーンに居るので物凄く苦戦している。1、2回掠当たりしたってところか。
数分前にヤッベ来てるわゾーン入ってるわとかほざいてたくせにこのザマである。
「おーい、ゾーン来てるんじゃないのかー?」
「うっせー! 黙って見てやがれ!」
結局真司はほぼ空振り、たまにファールと掠当たり、凡打を繰り返しパッとしない戦績でターンを終えた。
「くそぅ…」
「残念だったな。」
文字の間に草が生えそうな感じで言ってやると、真司の表情が一変する。まあ怒るよな。
「笑うんじゃねぇ! そこまで言うんだったらお前もやってみやがれ!」
なんか俺まで挑戦することになってしまった。
「あ、でもちょっとトイレ行ってくるから待ってろよ! 良いか!? 俺が戻ってくるまでは始めんなよ!? お前の無様を俺がしっかり見て煽ってやるんだからな!」
それ聞いて待つバカ居る?
…まあ、これが事前の打ち合わせにあった二人きりにするってやつなんだろうけど。
真司には断っておいたのだが今日は、いやしばらくは共闘の件を持ち出さない。
その上で2人きりになる機会を設けた方が良い、と言ったのは俺自身だった。
あえていくらでも話す機会を作っておいて一切話さないことにより、共闘の事を諦めたと思わせることで皆藤が身構えないようにする。先輩の方の氷倉さんにも同様の事を言っておいたので、彼女が痺れを切らして接触することは無いだろう。
姑息かもしれないが、ただ話さないだけの場合よりその方が効果的に話題との距離を置くことが出来るだろう。
「皆藤…さっきの打てると思うか?」
「…自信無いかな。確矢は?」
「いけそう…と思ったけど、俺もちょっと無理かな。
真司のヤツ、なんであんなのに挑戦しようと思ったんだか。」
「そう? けど確矢ならいけるんじゃない? ちょっとやってみてよ。」
ここに来る前からだが、他愛のない話をして交渉の意思が無い…というか覚えていない様子を見せ続けている。
それを見た皆藤は警戒を完全に解いたわけではなさそうだが、少し態度を軟化させていた。
「んー…じゃあやるだけやってみるか。真司は戻ってきてないけど別に良いよな。」
「うん、私にだけかっこいいトコ見せて。」
「…なんか、今の彼女みたいだな。」
「狙ったんだもん。」
「ははは、こやつめ。」
軽く笑いながらカードを装置に入れ、バッターボックスに入る。
バットを構え、ピッチングマシンを見据えると緊張感が心に生じた。
真司の時に見た球速を思い出し、イメージする。
その時ピッチングマシンが稼働し、球が飛んできた。
「……っ。」
イメージより早い。間近で見たからそう感じたのだろうか。
さっきまでの想像を破棄、更新して打ち出される球を待つ。
「…!」
次に放たれた球は掠当たり。だが分かってきた。
その次、その次と段々感覚を把握していき、掠っていただけの球が芯に近付いて行く。
そして――
カキン!
「よっし!」
流石にホームランとはいかなかったが、まともな手ごたえが返ってきた。
「やったぞ皆藤! 当たっ…」
皆藤に声を掛けるべく、俺は振り向いた。
しかし、彼女は今の一打を見ていなかった。
「……皆藤?」
皆藤はそこに居なかった。
トイレに行ったのだろう、と普段なら考えるのだろうが状況がそんな呑気な思考をさせなかった。
「皆藤!」
持っていたバットを放り投げ、飛んできた球も無視してバッティングセンターを出る。
「確矢、どうしたんだ?」
トイレの前で真司に声を掛けられる。
俺はざわつく心を抑えながら彼に問いかけた。
「真司、皆藤を見なかったか?」
「え? いや、知らないけど…」
「…そうか。
じゃあお前、絶対ここを動くなよ! 何があっても外に出るな!」
「お、おう…お前、どうしたんだよ。そんなに必死に―――」
困惑しながら言葉を続ける真司を放置し、外に飛び出す。
この辺で人目につかなそうな…能力を使っても問題無い場所は…
「…裏か!」
この辺りはひとたび建物の裏に回れば一気に人気が無くなる。バスは通っているが、駅からはやや遠い立地が関係しているのだろう。
間に合え、手遅れになる前に。
もう、二度とごめんなんだ。
誰かが突然居なくなるのは!
「皆藤―――――――――――――!!」