三話 零華の理由
「…俺、一曲も歌える曲無いんだよな。」
「歌いに来たわけじゃないんだけど…
せっかくだし一曲だけでも歌えるようにしておく?」
「いや、いい…」
氷倉さんに連れられて来たのは近くのカラオケボックス。
到着する頃には血の気も戻り、ちょっとおっかない印象が残っていると言っても元は好きな女子。一緒に歩いていて気分が浮つくまでそう時間はかからなかった。
すれ違う客(多分、というかほぼ確定で非リア)に嫉妬の視線を向けられたが本音を言うと悪くない気がした。はい、俺完全に調子乗ってます。明日死んでも良いや。
いやだってお前好きな子と一緒に歩いてカップル認定(つけあがりすぎ)だぞ。死んでも良いとも思うわ。
「話す前に飲み物持って来ない?」
「そ、そうですね…」
なんか今更緊張してきた。ついさっきまで怯えたり逃げたりしてたのが嘘だったみたいに。
好きな女子と一緒、それも2人きりというシチュエーションにドキドキする。青春してるな俺。う~ん爆ぜそう。幸せで。
「……」
俺が急によそよそしくなったからだろう。ジト目で見られる。
それもなかなかに悪くないのだが居心地の悪さも否めないのでそそくさと部屋を出る。氷倉さんも飲み物を取ってくる為に部屋を出た。着いて来てるみたいで可愛いとか考えた俺キモッ。
2人で飲み物を持ってきて、ソファーに座ったところでコップ片手に話が始まった。
「まずは能力のことから話すね。
能力って言うのは限られた人しか持ってない…魔法? みたいな力で、制限はあるけどその内側なら何回でも使える力のこと。
私の能力は…物を凍らせる能力とかそんな感じかな。さっきの氷は空気中の水分を凍らせて作ったの。」
やっぱり超常的な力か…今更信じられないとかって反応は無いな。だって俺被害者だし。
で、氷倉さんはその能力とやらで物を凍らせることが出来ると。
かつて愛読してきた数々の漫画やラノベが俺に適応能力を与えてくれた。やっぱ知識と経験は溜めとくもんだな。
「その“制限”っていうのは?」
俺が気になったのは制限だった。
もし氷倉さんがなんの制約も無しになんでも凍らせることが出来るとするならば、俺はとっくに凍り漬けになっていたはずだ。流石にそこまでするとは思えないけど。
そうでなくとも足を凍らせればあんな追いかけっこをする必要はなかった。なのにそれをしなかったのは出来なかったと考えるのが自然だろう。その“制限”のせいで。
「私も、自分の能力のことしかよく分かってないけど…
私の場合は、能力が…なんて言えばいいのかな、能力を使ってる時に触れた物じゃないと凍らせることが出来ない?」
「?」
「えっと、さっき霧みたいなの出てたよね? アレが触れた物だけ凍らせることが出来るの。」
「ん~…?」
「……見てて。」
氷倉は自らのバッグからハンカチを取り出した。
折りたたまれたそれを広げてコップに付着した水分を拭きとり、ヒラヒラと動かしながら俺に見せつける。
「今、いくら触ってもこのハンカチを凍らせることは出来ない。」
「ああ。」
「それで…」
氷倉さんが濡れたハンカチを一度机に置くと、彼女の手は先程の青いオーラに包まれた。
「この状態で触って、」
彼女はオーラを出したままハンカチに触れ、中央を少し持ち上げる。
「能力を使うと…」
ハンカチはさっき持ち上げられた形のまま振り回される。
特に意味はないけど漫画とかでよくある重力に負けないスカートを連想してしまった。
「こんな感じで凍らせることが出来る。
触ってみて。」
手渡されたハンカチを取ると、手が冷やされる感覚があった。
確かに凍っている。俺も氷倉さんの真似をしてハンカチを振り回してみたが、結果は先程と変わらなかった。
「なるほど…」
さっき氷柱を創り出した時、彼女はその直前に必ず腕を振っていた。
あの腕の軌跡にあった空気中の水分を凍らせたのだろう。無駄な動作ではなかったらしい。
「でも、そんな力があってどうするんだ?」
「………」
ふと出た疑問を浮かべると、氷倉が表情を曇らせる。
霧が触れた物を凍らせる力。
確かに凄いし、散々見せられた身としてはもう疑うことはない。
しかし、そんな力は何に使われるのか。どうして俺が襲われたのか。まだどちらも分からない。
「……殺し合い、だよ。」
「!?」
突然紡がれた残酷な言葉に声が出なかった。
信じられなかった。彼女が人殺しをするだなんて。
…普段の彼女を見ている分には。
先程俺に襲い掛かってきた時の彼女は、確かに明確な戦意があった。
冷静に考えてみると殺意にしてはやや容赦が過ぎた。持っていなかったとはいえ、わざわざ俺が能力を準備する時間をくれたり、宣言してから戦闘に入ったり…
恐らく、彼女は慣れていないのだろう。その“殺し合い”に。
「…詳しく話すね。
能力を持ってる私達、“能力持ち”はこんな感じの端末を持ってるんだ。」
彼女が取り出したのは最初に俺に見せていた発光体だった。
「端末って、この木みたいなのが?」
「そう。
これを手に取った瞬間、全部わかった。能力持ち同士で殺し合いをしてることと、そのルールが。」
「ルール?」
「うん。
自分が能力持ちの最後の一人になったら勝利。
相手の端末を奪って自分の端末に吸収するか、能力による攻撃で…殺す、ことで勝てる。
そして、勝ち残って最後の一人になれば願いを叶えることが出来る。」
「……氷倉さんは、その願いのために戦ってるのか?」
俺は氷倉さんの事をよく知らない。
想い人ではあるのだが、同時に一人のクラスメイトでしかないのだ。遠目から時々見ていただけで、話したことも事務的なことだけだ。流石にあんな殺意を向けてくる危険人物には見えなかったので、襲い掛かってきた時には面食らったが。
「ううん、違う。
私の目的は、この戦いを終わらせること。
…さっき殺し合いって言ったけど、実は本当に死んでるわけじゃないんだ。」
「どういうことだ?」
「負けた人は一時的にこの世界から消える。血の跡とかの痕跡と一緒に。
消えるって言ったけど、時間を止められた状態で何もない世界に行くみたい。この戦いが始まる前の状態でね。
そして…この戦いが終わって、最後の一人が勝ち残って願いを叶えた瞬間、負けた人たちはこの世界に帰ってくる。
殺された人も、死ぬ直前で別の世界に送られるから戦いが終わったら生きて帰ってくるんだって。」
…なるほど、合点が行った。
確かに殺し合いには近い戦いではあるが、正確に言えば殺し合いではないし命のやり取りも無いと。
しかも、もし戦って負傷して腕とかが無くなっても五体満足で帰ってくると。
そこは安心した。
「それでね…最近、この町で行方不明者が出てるって話は知ってるよね?」
「ああ、知って…まさか!」
世界から消えた敗者、依然見つからぬ行方不明者。
二つの情報、その組み合わせが脳裏で閃き、思い至った結論に衝撃を受けた。
「そのまさか。
この町で出てる行方不明者って言うのはこの戦いで負けた人。
そして…私の妹、凍華がその行方不明者の一人なの。」
「………え?」
更なる衝撃が心に届く。
同時に合点が行った。俺を襲ってきた時の、氷倉の必死さ。
俺の無抵抗に戸惑いながらも、進み続けようとした原動力が。
「だから早くこの戦いを終わらせなきゃいけないし、私も頑張らないといけない。
もう家族が悲しむ顔を見たくないし、心配もさせたくないの。」
「……じゃあ、さ。」
口が勝手に開いていた。
「俺、氷倉さんを手伝うよ。」
「え?」
無責任な言葉を紡ぐ。どうやって、なんて全く分からないくせに。
けど、何故かならわかる。悲しみに暮れた彼女の顔を見たくなかったからだ。