二十一話 迎撃の覚悟
「…すぅー…すぅー…」
「………」
カフェに向かっている途中でリータさんの調子が目に見えて悪くなってきたので、俺たちはその時すぐ近くにあった公園に寄った。
ベンチは空いていたのでありがたく2人で使わせて頂き、テキトーな飲み物を買って休憩していこうと思ったのだが…
「……マジか。」
リータさんはベンチに腰掛けて眠ってしまった。
座って休んでるうちになんとなくこうなるんじゃないかとは思ってたし、ありえなくないとも思ってはいたけど、予想よりも早かった。まさか腰掛けてすぐに寝てしまうとは。
しかも状況が非常によろしくない。あろうことか彼女は俺のすぐ隣に腰掛けてしまった。
その状態で眠ってしまったので…俺の肩に身を寄せて眠っている。間違いなく初見さんはカップルと勘違いするだろう。
まずいのはそれだけではない。もう夕方だし、ここに長居してしまうと町の案内が出来なくなってしまう。
とは言え、中途半端に休んで倒れられてしまっても困る。無理に起こすのも悪い気がするし。
今日中にと強く言われてはいたけど、これじゃ流石に仕方ないか。またの機会にすることにしよう。リータさんも分かってくれるだろうし、気遣った結果ならそう強く怒られることはないはずだ。
(とはいえ、このままじゃな…)
心の中で謝りながら、彼女に触れて退けようとする。
俺とカップルだなんて噂が立ったらリータさんも出歩き辛くなってしまうことだろう。それは可哀想だ。
「…いや…」
……寝言だろうか。
いや、実は起きてるのかもしれない。
彼女の指は、弱くだが確かに俺の制服の裾を掴んでいた。
リータさんは異国に来たばかりだと言っていた。もしかしたら表に出さないようにしていただけで、相応の心細さを感じ続けていたのかもしれない。
最初は先生に頼まれた(クラス全員にだけど)こと、席が隣でサポートがしやすいことから事務的な意識で助けていたが…これからは心から力になってやることにしよう。
ちょっと違うかもしれないけど乗り掛かった舟だ。懐かれているのかなんなのかは分からないが、こうも頼られてしまっては期待に応えたい気持ちも出てくる。話していて楽しいし、何故か悪い気もしないし。
そうと決まればと、リータさんを起こさないようにしながら暇つぶしの為スマホを取り出し、起動する。
起動…する。起動……
「…あ。」
そうだ、昨夜電池が切れて充電してないんだった。
くそう、今から携帯充電器買いに行くのもちょっとな…高いしコンビニ遠いしその間リータさん一人になるし。
「…復習でもするか。」
俺はため息をつきながらカバンから教科書を取り出した。
「……んぅ…Oh!」
ぼんやりとした意識も束の間、自分が眠っていたことに気付いて失態を悟る。
セーブポイントを上書きしてしまった。これではもう今日をやり直すことは出来ない。
しかもカクヤに話しかけてばっかりで他のクラスメイトをおざなりにしちゃったし…!
「おはよう…いや、グンモーニン?」
すぐ隣にいるカクヤに気付き、反省ばかり浮かぶ思考を一度止める。
「……どうしてカクヤが隣にいるんデスか?」
「おま…リータさんが隣に座ったからだよ。起こすのも悪いかと思ってそっとしておいたんだけど…それについて一つ謝らないといけないことがある。」
カクヤは手に持っていた本…教科書を閉じて横に置き、手を合わせて頭を下げた。
「…いただきマス?」
「違う! 仮にそうでも頭は下げない!」
そうじゃないならそのジェスチャーは一体?
「今日案内無理! ゴメン!」
「あ、そういうことデスか…」
あのジェスチャーは確かに見たことがあった。確か人に頼む時とか謝る時にするんだった。
「しかし、案内が無理とは…Oh…」
周りを見れば理由はすぐに分かった。
もう夜だ。どうやら寝過ごしてしまっていたらしい。
「Ah…では、ワタシが寝てた間ずっとカクヤをお待たせいたしまシタ?」
「お待たせしましたで良い。
けど別に良いよ、疲れてたんだろ? 慣れない土地に来てさ。」
「…ハイ。」
疲れていたのは慣れない土地に来てたからじゃなくて何回もやり直してたからなんだけど…言わないでおこう。
「ずっと待たせて、ごめんなさい。だけど、ありがとうございマス。おかげさまで元気になりまシタ!」
しっかりした睡眠とは言えないけど、少しは眠れたおかげで回復することが出来た。
おかげでこれからの行動はもう少し慎重に出来るし、能力もまた使うことが出来そうだ。
とは言っても、今日はもう帰って寝るだけだけど。
「案内は明日、お願いして良いデスか? こんなことになって言うのも…えっと、良くないとは思いマスけど…」
「良いよ、だけど今日はたっぷり寝てくれ。また明日寝られちゃ困るからな。」
「…善処しマス。」
明日も上手くやり過ごして、能力を使うことなく放課後を迎えられればそれも出来るだろう。
だから明日は、もっと慎重に行動しなきゃ。
カイトウの動きに気を付けて―――
「―――え?」
端末が反応する。
こんな時にどうして―――いったい誰が? どこにいる?
「リータさん?」
カクヤは当然気付いてない。端末を持ってなければ能力持ちの接近には気付けないから。
「…カクヤ、逃げてくだサイ。」
「リータさん…?」
「早く!」
様子が変わったワタシを見て、カクヤは驚いていた。
けど、その足は動く気配がない。
「何してるんデスか! 早く逃げてくだサイ!」
「いや、逃げない。」
「どうして!」
「出来ないんだよ、リータさんを見捨てて逃げるなんて…」
優しいとは思っていたけど、まさかここまでとは。
誤算だった。今だけは嬉しくない。
「俺はもう、居なくなってほしくないんだよ。誰にも。
多分ここで俺が逃げたら、リータさんも居なくなる。なんとなくだけど、それは分かるんだ。」
「……」
もしかしたら、気付かれているのかもしれない。
ワタシが能力持ちであることも、カイトウを殺すかもしれないことも。
それでもなお、ワタシを守ろうとしている。例え相応しい力が無かったとしても。
無謀だ。バカなことをしている。きっと本人も分かってるんだろうけど…
…そんな相手を、巻き込みたくない。
「…!」
「リータさん!」
ごめんなさい、と心の中で謝って公園を出る。
カクヤが離れないならワタシが離れる。
どこにいるか分からないけど、ワタシ一人になれば出てくるはずだ。
「リータさん、どうしたんだ! リータさん! リー…」
暗い道を、物陰を駆使して追ってくるカクヤを撒いて公園に戻る。カクヤはしばらく周りを探し回り、戻ってこないだろう。
「出てきなサイ! ワタシはここデス!」
大きな声で接近してきた能力持ちを呼ぶ。
声の反響が治まると、公園に入ってきた人物がいた。
「やっと見つけた。」
「アナタは…!」
カイトウだ。
もう何度も見た、冷徹な目をしている。殺す覚悟を決めた眼を。
記憶が蘇り、体が震える。
二度だ。ワタシはあの目に二度も殺されかけた。怖くないだなんて嘘でも言えない。
…やり直す?
カクヤから逃げずに、一緒にカイトウを説得する?
…それこそ逃げだ。
ワタシはカクヤを巻き込まないように彼から逃げた。
彼の後ろに隠れて震えるだけじゃ前に進めない。
立ち向かうんだ。今、ここで。