二十話 近付く限界
「カクヤ! 食堂に案内してくだサイ! カクヤも食堂、行くんデスよね!?」
「お、おう。分かった。」
無理に元気を出すのも辛くなってきた。今は12時だから、一周目、二週目と合わせると………23時間30分か。
こんな簡単な計算にすら時間が掛かってしまっている。もう時間を戻せる回数は本当に少ない。
戻したとしても寝不足ではあっさり隙を晒し、アミがカクヤに協力を持ち掛けてしまうだろう。だからこれがラストチャンスだ。
「よく分かったな、俺が食堂に行くって。」
「それは前の周…Ah、弁当箱が無かったデスから。
そのバッグに入るくらいの弁当箱では足りないでショウ? もし弁当箱があるなら、もっとバッグが膨らんでいるはずデス。」
「へー、なかなか見てるな。」
あ、危ない…前の周とか思いっきり言う所だった…っていうか言ってた。
「ところで、マエノシューってなんだ?」
「何でもないデス! アーニホンゴムズカシーアル!」
「アルって差別用語らしいから止めた方が良いらしいぞ。」
「そうなんデスか!? アル最低デス! 二度と使いまセン!」
「そう思ってる奴がいるってだけだと思うけどな。
まあいいや、とにかく行こう…野郎共の視線が痛いし。」
「最後なんト? あ、待ってくだサイ!」
足早に教室を出て行くカクヤを急いで追いかける。
目的地までの簡単な校内案内もそこそこに、ワタシ達は視線を集めながら食堂へ向かう。
すれ違う人は黒い髪ばっかりだ。明るい髪色のワタシはやっぱり目立つのだろう。
「着いた…じゃあ、まずここで食券を買おう。分からない字があったら読み上げるから言ってくれ。」
「ハイ!
…この#みたいなのはなんデスか?」
「丼だな。ご飯の上になんか乗ってる料理によく使われる。
ここにあるのだとかつ丼とか親子丼とかだな。」
「オヤコドン…」
聞いたことがある。それは親子ともども食べてしまうという恐ろしいプレイだと。
それを料理感覚で、こんなところに…!?
「………」
「…どうした?」
「い、イエ。けど、オヤコドンだけは止めておきマス…」
「? お、おう。分かった。」
他のメニューをカクヤに訊き、ワタシはカツカレーを選択。
カクヤは……鶏肉に卵が絡めてあるものだ。
「カクヤ、それは?」
「親子丼だ。」
「………???」
おかしい。
ワタシが訊いた話では、こんな美味しそうな料理では無かったはず。
「食ってみるか? ちょっと待ってろ。」
そう言うと、カクヤはワタシのスプーンを取って肉と卵、米を同時に掬って丼の蓋に乗せる。
それを二度繰り返し、蓋とスプーンをこちらに渡してきた。
「良いんデスか?」
「もちろん。ほら、食ってみろ。」
カクヤと同じように米と肉、卵を掬ってスプーンを口に運ぶ。
「!」
美味しい。
濃い味の出汁に肉と卵が絡み、それに米が見事にマッチしている。
2、3口しかないのは物足りないけど、カクヤから全部奪う訳にもいかない。それに、ワタシにもカツカレーがあるのだ。
「Great! Think you カクヤ!」
「はは、そんなに気に入ったなら良かった。明日はそれ頼んでみるか?」
「ゼヒ!」
美味しいものを食べれば、その時だけは不安が無くなる。
明日が無いかもしれない、そんな不安も今だけは無かった。
「町を案内してほしいって言ってたけど、その前に学校の案内した方が良いよな。」
「…イエ、学校の案内は大丈夫デス。特に空き教室なんて絶対行きたくないデス。」
昼食後も他の休憩時間もカクヤに話しかけ、なんとか密談すらさせずに放課後まで来た。
連続起床時間は27時間。とうとう一日を超えて徹夜明けの状態だ。
それも部屋にずっと籠っている訳ではなく、何度も登校して校内を歩きまわってだ。徹夜でアニメを観たことはあったけど、ここまで辛くは無かった。
もう言われたことをすぐに理解できない。その内会話にも支障が出てしまいそうだ。
「空き教室? 確かにあるけど…なんでそんなに行きたくないんだ?」
「……ちょっとしたイヌネコデス。訊かないでくだサイ。」
「いぬね…あ、トラウマか。そうとは知らずに悪かった。」
「大丈夫デス。それより、今日はお願いしマスね…ふぁ…」
「本当に大丈夫か? 疲れてるみたいなら明日にするぞ?」
「イエ、今日にしてくだサイ…絶対に。」
「…分かった。けど、本当に辛かったら言ってくれよ? すぐに休ませるから。」
「……ハイ…ありがとう、ございマス…」
本当に、カクヤは優しい人だ。
…本当に良いのだろうか。
そんな人に、隠し事なんかして。
ワタシはカイトウを害しかねない能力持ちの一人であることを。
伝えるべきだろうか、いや、伝えてしまったらカクヤはカイトウと協力し、ワタシを殺すだろう。確実に。
…ワタシには叶えたい願いがある。だから絶対に負けるわけにはいかない。
…そこまでしなければならないのだろうか?
ワタシの願いは、本当にそこまでして叶えなければならない願いなのか?
疑問が溢れて、思考を覆う。
「…大丈夫か?」
「…え、ハイ、大丈夫、デス…」
…考えることに集中しすぎた。
また心配をかけてしまったことに罪悪感を覚えながら、何でもないように笑って足を進める。
「行きまショウ! まずはどこデスか?」
席を立って、空元気を振り絞って訊いてみる。
「そうだな…じゃあ、休憩がてらカフェでも行くか。
俺もここ最近知った場所なんだけど、良いところらしいからさ。」
「カフェデスか。日本のカフェ、興味ありマス!」
話題で脳を占拠し、無理矢理テンションを上げることに集中する。
深夜テンションもあることだろう。少し気分は悪かったけど、それでも元気を装ってカクヤに付いて行った。