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戦う意思は誰が為か  作者: じりゅー
三章 三度目の朝、二度目の夜
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十五話 不可思議な接触

 胸の鼓動さえ不快だった。

 それで止む訳でもないと、分かっているけど手で強く胸を抑えて考える。

 見逃しても良いのではないか? 今しなければならないことなのか? 私ではなく他の誰かでは駄目なのか?

 心が逃げようとする。引き返すべきだと叫ぶ。

 …逃げちゃだめだ。

 これは、いずれしなければならないこと…いや、今しなければならないことだ。

 怖気づき、引き延ばしてしまえば傷が大きく、深くなってしまう。それも、いろんな人を巻き込んで。

 だから、今―――


「…ごめん、なさい。」








「ふぁ~…」


 憂鬱な月曜日、俺は教室でこらえきれない程大きなあくびをして机に突っ伏す。

 昨日は真司の家で遊んでいて帰りが遅くなってしまった。

 大きな理由としては俺が1人暮らしである事と、負けず嫌いに散見される“もう一回症候群”を発症してしまったことにある。

 あれはかなり危険なもので、ギャンブルをしているときに発作が出てしまうととんでもないことになってしまうので要注意だ。そうでなくとも対戦ゲームで発作が起きるとこのように自分と相手の睡眠時間を削ってしまうことからその恐ろしさが垣間見える。

 1人暮らしの自由さにも注意が必要だ。誰も待っていない家と言うのは不思議とその人の外出衝動を増幅させ、あと少しで補導と言うところまで外に居てしまう。

 …まあ、外出衝動の増幅は毎日と言う訳ではないのだが。弾ける時は弾けますよって感じ。

 しかも今日は日直の為早出しなければならず、余計に早い起床を強いられた。

 出発もドタバタで朝食は冷蔵庫にストックしているゼリー飲料だけなので昼食は多めになりそうだ。実際今も空腹である。


「よー、この睡眠泥棒。」


「おっす、睡眠泥棒被害者。」


 うまく頭が回ってないのか特に上手くもない返ししか返せなかった。今日は早めに寝るか。そう思って本当に早く寝られたことは数える程しかないけど。


「2人とも眠そうだね。」


「よー、かいとー。」


「言葉が溶けてる…」


 チーズのようにとろけた返事で応対する。

 まあ、一日だけちょっと夜更かししたぐらいじゃそこまで辛くは無いのだが…まあなんかついついやってしまうややオーバーな表現の一つだ。昨日寝てねー(笑)みたいな。


「…んん?」


「どーしたしんじー?」


 真司が明後日の方向を二度見して疑問の声を上げた。

 見てみても特に不自然な点は無い。


「いや、なんか席増えてね?」


「席が?」


「増えた?」


 …言われてれば。

 確かに今真司が言った通り、端っこから一つ隣の席の後ろ…と言うか俺の席の隣に俺たちが使ってる机と椅子が置いてあった。というか増えていた。

 このクラスは人数と教室の面積の都合上、廊下側の二列の一番後ろの席が欠けている。

 6、6、6、6、5、5、みたいな感じだ。

 それが今、6、6、6、6、6、5となっていた。

 これが示すものと言えば。


「転校生か?」


「あー、なんかさっき聞いた気するな。今朝職員室に金髪の生徒が居たって…」


 真司のヤツ情報早いな。さっきとか今朝の事をもう聞いてたのか。


「染めたって訳じゃないよね?」


「注意してるって感じじゃなかったらしい。顔も外国人っぽかったってさ。」


「つまり、マジモンの外国人ってことか?」


「そうそう。

 マジモン、ゲットだぜ! ってやつだ。」


「ゲットはしてないよね。」


 ゲット(転校)。ゲットの範囲広っ。


「それ懐かしいな。」


「それはお前がアニメから離れてるせいだ。現役バリバリ絶好調だろ。」


「足を上げて?」


「勝利のポーズだ!」


「飛んでる飛んでる。それ俺らが小学生の頃のだろ? よく覚えてんな。しかも皆藤も知ってるし。」


「私は真司と一緒に観てたから。学校でもよく話されてたし。」


「あ、それは俺も聞いた気がする。」


「休み時間とかにアニメの感想言ってる奴は結構居たよな。」


「今でも居るだろ。ジャンルは変わってるけど。」


 なんて雑談をしばらくして、予鈴が鳴る前に全員席に戻る。

 ホームルームが始まるとクラス全体の空気が緊張しているように感じた。皆真司のように職員室での噂を聞いたり、増えた椅子に気付いたりしたのだろう。

 先生もそれに気付いてか、連絡事項もそこそこにしてその話題を切り出した。


「皆なんとなく分かってるみたいだが、今日からこのクラスに入ってくる転校生の紹介をするぞ。」


 緊張した空気が一変、途端に教室中がざわつきだした。

 入りなさい、と先生が声を掛けると、扉が開いて渦中の人物が姿を現した。

 …少しの間、夢の中にでもいるような違和感を覚えた。

 見慣れた教室に、全く見慣れぬ金髪。

 コラージュ画像でも見ているようだった。まるで現実感が無い。


「My name is…じゃなくて、リータ・アンサーって言いマス! よろしくお願いしマス!」


 ますの語感だけ少しズレているが、他の言葉はしっかり言えている。

 流暢、と言えるかどうかは怪しいけど。

 その後ろでは先生が彼女の名前をカタカナで黒板に書いていた。ちょっと考え込んでいたのでかっこよく横文字で書くかどうかを考えていたのだろう。

 綴りが書けなかったのか読みづらさへの配慮だったのかはまあ考えないでおこう。うちの担任英語の先生じゃないし。


「アンサー君はアメリカから来たばかりだそうだから色々と勝手が違って困ることもあるだろう。先生がずっと見ていられる訳でもないからクラスの皆で助けてあげて欲しい。アンサー君も気兼ねなく頼ってくれ。」


「ハイ!」


「良い返事だな。それではホームルームを終えるが、次の授業もあるからな。アンサー君への質問は程々にな。」


 そう言って足早に去って行ったのは彼女への質問時間を少しでも延ばすためだったのだろうか。

 ともあれ先生が教室から出て行くと同時にクラスメイトが転校生に群がる。ちなみに真司も群がっている。

 俺はそんな人混みを割って行ってまで尋ねたいことがある訳でもないので席でステイ。大人しく最初の授業の準備を始めることにする。


「あの、ちょっと良いデスか?」


 教科書とノートを取り出して無意味にトントンしていたその時、聞きなれない声が耳に届く。


「…アンカーさん?」


 目の前に居たのは人混みクラスメイトの中心にいたはずの転校生だった。

 その人混みはまだ残っていて、俺を一瞥した後議論を始めた。彼女への質問を話し合っているのだろうか。


「ハイ、リータ・アンカーデス。ドウゾ気軽にリータと呼んでくだサイ。

 貴方はキノカクヤ、デスよね?」


「あ、ああ…そうですけど。

 リータさんは、俺に何か用ですか?」


 言葉に気を付けながら慎重に話す。

 俺たちがネイティブな英語を聞き取りづらいように、いつも通りに話してると聞き取れないなんてこともありそうだ。

 もちろんというか、彼女とは初対面だ。実は昔会ってたなんて言うことも無いし、そもそもそんなことがあれば絶対覚えてる。リアルで天然の金髪とか今初めて見たわ。

 そんな彼女がなんの用なのか…なんて、つい最近同じようなことを考えた気がする。なんだかおかしくなったが頬を引き締めて答えを待つ。


「敬語はいりマセンし、いつも通り喋ってくれても大丈夫デス。

 放課後、学校を案内してくれまセンか?」


「良いけど…俺、今日日直だからちょっと待っててもらうことになるぞ?」


「大丈夫デス! デスカラお願いしマス!」


 なんだこのよく分からん熱意…いや必死さ?

 別に良いんだけど、なんで俺なんだろうかって裏を探ってしまう今日この頃。色々ありすぎてこういう時おっかない。確かに席隣だけどさ。

 …いや、素直に喜ぶべきか。

 可愛い外国美人とお近づきになれるなんて、全男子高校生の憧れのシチュな訳だし。

 尤も俺の心には氷倉さんが居る訳だが。もちろん同級生の方。

 ……一方的に想ってるだけだけどな!


「分かった、じゃあ放課後になったらしばらく教室で待って…

 …リータさん、その首どうしたんだ?」


「首、デスか?」


 金色の髪に目が慣れるまで時間が掛かったのだろう。

 今になってリータの首にある異常に気付いた。


「なんか、赤い線みたいなのがあるけど…」


「オ、オゥ! これは昨日ネックレスを付ける時に…気にしないでくだサイ。」


「そういうことか。」


 随分細いネックレスだな…プライベートではそれをつけるのだろうか。


「とにかく、そう言う訳だから放課後になったらしばらく教室で待っててくれ。多分、待ってる間暇にはならないだろうしさ。」


「どうしてデスか?」


 すっ、と彼女の後ろに指を指す。

 会議が終わったのか、静かにこちらを見るクラスメイト達が今か今かと待ちわびていた。心なしか真司が冷たい視線を送って来てるような気がする。


「そうデスね、じゃあ放課後はよろしくデス!」


 それからリータは始業のアラームが鳴るまでずっと質問攻めになっていて、終わる頃にはぐったりしていた。

 質問が次から次へと来るだけでなく、慣れない日本語の理解と行使も必要となると消耗も倍増するだろう。転校生も大変だな。

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