十二話 理解
『――共闘を頼んでみませんか?』
あり得ない提案だった。
持ち掛けられることはあったかもしれない。死に際の能力持ちが、生き残るために一縷の望みをかけて。またはだまし討ちの為に。
けど、私が了承することは決してない。
そんな輩がいたら返答もせずに能力で潰して、刺して、殺してやるつもりだった。
でも、そんなことを口にしたのは能力持ちですらない一般人。それも共闘してほしいというのは自分を嫌悪している能力持ちで、許可はこれから取る。
当てにならないどころか、与太話にも程がある。
それなのに。
『期待しないでおく――』
最終的にそう言ってしまったのは、どうしてだろう。
確かに一度は断った。それでも食い下がる彼を一蹴することはできたはずだ。
…やはり、彼が能力持ちではないからだろうか。
彼は能力を持っておらず、戦えないというのに自分に出来ることをしようとしている。見て見ぬ振りも出来ると言うのに。
それをただ自分が好きな人間の、一方的な好意の為だけの為に。
誰にでも出来る事じゃない。少なくとも、もし私が彼と同じ立場だったら同じことは出来ないだろう。
私の恋愛話好きにも呆れたものだ。そのせいだけではないと思いたいけど。
〔しばらく交渉から離れます〕
だけど、例え私が良くても向こうが駄目なら成立しない話で。
その翌日、彼からそんな連絡が来た。
肩透かしを食らったような、けどどこかやっぱりと思うような…形容しがたい気分だった。
ただ、一つ引っかかる点があった。
〔離れる?〕
〔はい、交渉自体は諦めません。
時間を置いて再挑戦してみます。それまではいつも通り接して様子を見ます。〕
やっぱり、難しいか。
気持ちは分かる。彼女は私を明らかに敵視していたし、私も協力関係というものに難色を示していたものだ。全く別の理由もあるけれど。
ただ、彼が提示したメリットは分からない訳じゃない。
「……」
一応、協力関係を築くかもしれない相手だ。
彼も頑張っていることだし、誠意を見せた方が良いのかもしれない。
そう思った私は放課後、城野さんと皆藤さんのクラス――零華が居た教室に足を運んだ。
…2人の距離感も見ておきたいし。
決して邪推ではなく、交渉の成功が見込めるかどうかを見極めるために。
……絶対、邪推でも興味でもない。
「氷倉さん…!? 氷倉先輩がどうしてここに!?」
どうやら確矢が連れてきた訳じゃないらしい。あの驚きようはとても演技には見えなかった。
「事情は後! それより、そこの人ほっといて良いの!?」
「!」
どうやら私も驚きすぎていたらしい。反上への警戒を怠ってしまっていた。
「よっ、よっと…」
氷倉先輩は靄の上に氷を作り、飛び乗りながら私に近付いて来る。
そして私の隣に立つと、こう切り出した。
「一応、協力関係の交渉中って話だけど…
今貴女が消えたら交渉も何も無いし、一時的に協力させてもらうわ。」
「それはっ…!」
「嫌? そんなことを言ってる場合じゃなさそうだけど?」
「……分かった、今だけはお願い。」
「了解、じゃあよろしく。」
今は反対している場合じゃない。
分かっている。私の能力と反上の能力は相性が悪すぎる。一人じゃ到底勝てない。
「先輩! 他の氷に飛び移って!」
「ちっ…」
どうやら足場にしていた氷にも靄が近付いていたらしい。
確矢がすぐに教えてくれたおかげで私達は素早く移動ができ、一本の小さなナイフになった氷と共に剣山と化した地面に落ちずに済んだ。
「アイツは反上、能力はあの靄に触れた物をナイフに変形させる。
アンタの氷も例外じゃないみたいだから、気を付けて。」
「アンタって…まあいいわ。」
言いたいことは分かる。一応先輩だし。
だけど、まだ彼女に対する反骨心は消えたわけじゃない。
…尤も、私も人殺しになるところだからこの際良いかもしれないけど。
「能力が分かればこっちのもの!
先輩の戦い方、しっかり見て学びなさい――前に跳んで!」
言われるがままに跳ぶと、着地点に氷の足場が出来る。さっきの足場もきっとナイフに変えられたのだろう。
「ここからは休まずに動くから、付いてきなさい! 来られなかったら見捨てるから!」
「協力関係じゃないのっ!?」
「足手まといは知らない!」
軽口を叩き合いながら次々と創られる足場に飛び移っていく。
前、後ろ、上、下、足場は不規則に創られていくけど、取り残されることは無い。
彼女の挙動を見た後に跳べばいいし、足場だってすぐに消える訳じゃないからそこまで難しい事でもなかった。
「そこだ!」
反上がナイフをこちらに投げる。
パターンを読んだ、というよりはあてずっぽうに投げたように見えるがそれは確かにこちらに向かっていた。
「こういう時は防御!」
氷倉先輩の手に氷の盾が出現し、ナイフが防がれる。
お手本っぽくやってはくれたけど能力が違い過ぎて真似は出来ない。足場を創るのもそうだけど。
「靄の能力は飛び道具で対抗しなさい!」
そう言って彼女は鋭い氷をいくつも生成し、投擲した。だから真似できないって。
…糸を伸ばせばいいのかな? けどそれもう知ってるし…糸を絡ませた毛玉を投げてもダメージにもならないし…
「あぶなっ!」
投擲される氷を避ける反上。いくら女の子の力と言っても氷はそれなりの質量があるので当たれば痛いし目に刺さろうものなら最悪だ。
「相手になにもさせないくらいの手数で勝負!」
だから出来ないって…あ、私の能力なら手数に頼らなくても敵を縛ることは出来るんだった。
今回は効かなかったけど、相手によっては一方的に勝てるだろう。
それに、手数というのも良いかもしれない。私の能力で出せる糸は一本だけじゃないし。
「じゃあ、私も投げるから氷出して。」
「良いわ。」
創り出された氷を手から出したグリップテープのような糸で巻き付け、受け取る。
そして、それを反上に向かって投擲する。
「おおっ!?」
先輩が投げた物より数段早いそれは、彼を大いに焦らせた。
さっき鎖で私自身を持ち上げた時に分かったけど、私の能力で創られた糸を動かす時の力は私自身の力とは無関係。
能力で創られたいくら私が非力でも、プロ野球選手顔負けどころか、優に超える剛速球を繰り出すことが出来ると言う訳だ。
更に4本、全く同じ物を出して動作を確認する。
問題なさそうだ。これなら両手で出来るかも。
「もっと。私の周りにどんどん創って。」
「…分かった。」
化け物を見るような視線を無視して、周囲に創り出されていく氷をかたっぱしから能力の糸で掴み、投げる。
「ふざっ、けん、なっ…!」
彼の焦りは怒りに変わっていく。
有利な状況だったのに、今は苦戦どころか手も足も出ず一方的に嬲られているから。
絶え間なく降り注ぐ特大かつ高速の雹。あれは私も食らいたくないと見下ろしながら同情する。
「ぐっ、うっ、がっ…あああああああああああああ!!」
雹を弾き、避けていた彼はやがてその一つに被弾し、体勢が崩れて次々と雹に打たれていく。
敵ながら同情はするけど、手は決して止めない。
妙な心遣いで手を止めれば、こちらが危ない――
――ようやく、心の底から理解できた気がする。
この人が…氷倉雹華が、どんな気持ちで戦ってきたのか。
それにしたって、なんて考えていたけど彼女が言っていたように甘かった。
甘い、というより上辺でしか理解できていなかったからだろうけど。
それなのにあんな言葉をかけてしまったことを後悔した。
人殺し、だなんて。
「……貴女が思ってたことは当たり前の事だったし、私が言われた事はかけられて当然の言葉だった。
だから気にしなくていい、それより今は目の前の敵に集中して。」
「…ありがと。」
表情に出ていたのだろうか、隣に居る彼女がそんな言葉をかけてきた。
そうは言っても後で謝らなきゃ。私が思ったこと、言った事が当然だったとしても、彼女の考えには私も思い至ったのだから。
許す、許さないは置いておいて、そうしなきゃならないと思った。
「う…ぐ…」
無数の雹に晒され、反上はもうボロボロだった。
もう止めても良い気もするが、彼はまだ消えていない。まだ戦える。
「…トドメね。」
雹華さんは小さな氷を創るのを止め、反上の真上に移動する。
そして彼女は人が数人入りそうな程大きな氷を創り、落とした。
バリィィィィン!
けたたましい音を鳴らし、氷の破片が飛び散る中。
反上の姿は無くなり、代わりに小さな木のオブジェが落ちていた。




