十一話 窮地の救い
「…!?」
確矢の声に驚き、一度止まってしまった足を再び動かそうとして再び停止する。
「なに、これ…」
地面から鋭い刃が生えている。
刃は地面のコンクリートと同色で、足首に届く程の長さだ。もし踏んでしまえば刃の先が靴を貫通して出てくるだろう。
それも一つだけではなく、前にも後ろにも、不規則に何ヶ所も…
「皆藤! 大丈夫か!?」
「来ないで!」
「うおっ…なんだこりゃ。」
背後からの声の主を制止する。こちらに来ようとすればこの刃の餌食だ。
転倒などすれば目も当てられないことになる。
「あーあ、あと少しだったのに。ってか、お前も能力持ちだったのか。」
縛られたままの反上がため息をつきながら言った。
「彼は違う!」
「その割にこっちの事情に詳しそうじゃねーか。こんな時に見え見えの嘘つかなくて良いんだぜ?」
「…素直に信じてくれるわけないか。
気を付けろ皆藤! その靄が出てるところから棘みたいな奴が出てるみたいだ!」
靄? さっきあの人の手から出てた…
…確かに、見てみると地面のあちこちに靄が張り付いており、刃はその場所からしか出現していないようだった。それが恐らく反上の能力の条件なのだろう。
しかし、靄の無い場所もある。恐らくそこを踏めば刃を踏むことは無い。
なんだ、法則さえわかってしまえばなんてことは無い。常に靄が無い場所に居れば良いというだけだ。
つまりここから攻撃すれば…
「避けろ皆藤! 靄がそっちに行ったぞ!」
「え…!?」
蛇のように忍び寄る靄を見て慎重に避ける。
それほどの速度は無いとはいえ、靄を遠隔操作できるのは想定外だった。幸いなのは靄が“広がる”のではなく“動く”こと。もしも靄を広げられ、地面を全て靄で覆いつくされてしまったら逃げ場すらなくなってしまう。
他に避けられる場所は…と探しているときに気付いた。
靄が私に集まってきている。近くにあったものはもちろん、遠くにあったものも。
「流石にニ対一は避けたいからな、まずはお前からだ!」
「……」
地面から伸びる刃を防ぐ方法は無い。
であれば、出来るのは回避…だけど、それすらできなくなろうとしている。
靄が完全に私の周りを囲むのにそう時間はかからない。
けど諦めちゃだめだ。諦めたら本当に終わる。
助かる鍵はきっと私の能力にある。
私の能力は手から糸や鎖を出すことが出来る。そして、その糸や鎖を自由に操ることが出来る。
…上に鎖を絡みつけ、そこに昇る。
駄目だ、この場所にはそんな都合良く巻き付けられるものが無い。
……じゃあ、逆に。
逆に、下は?
靄が広がるばかりだ。それ以前に地面に何を伸ばそうが―――
「はっ!」
―――それだ。
私は地面に手を向け、先に分銅のような重りが付いた鎖を伸ばす。
「それで霧を晴らそうって算段なら無駄だ! この霧はどんな物でもすり抜けるんだからな!」
違う。
私は靄を晴らす為に能力を使ったんじゃない。
ドン!
大きな音を立てて分銅が地面に着いた。
私はそれでもまだ鎖を伸ばし続ける。
「皆藤!? 何をしてるんだ!?」
鎖が地面に着き、その長さが“充分”だと確信した瞬間。
靄がとうとう私の周りを埋め尽くし、逃げ場がなくなった。
「まずは一人だ!」
足元、その周辺から刃が飛び出す。
その直前。
「それはどうかしら!?」
私は出した鎖を“上に”伸ばした。
垂れていた鎖は重力に逆らうように伸びていき、私を空へ運んでいく。
“立った”のだ。鎖を操り、伸ばすことで足の代わりとして。
生み出した糸や鎖を私の意思で自在に操れるからこそできる芸当だ。
私の5メートル下でおびただしいほどの刃が創られていたが、いずれも私には届かなかった。
「な、なんだそりゃ…」
「す、すげぇ…」
確矢も反上も呆気にとられている。
それはそうだ。直前まで私ですら想定できなかった回避方法だ。ましてや能力の詳細を知らない本人以外が思いつくものか。
「覚悟は、良い?」
反上を見下ろし、新たに鎖を創り出す。
「ぐっ!? うぅ、う…」
これで今度こそ終わりだ。
両手両足を縛られた上なら、流石になす術も無いだろう。
そして、この鎖で首を縛り続ければ終わる…
「なんてな…!」
彼の表情が変わった瞬間、彼を縛る鎖が全て消え去った。
「え?」
当然私は能力を解除していない。なのに、どうして鎖が消えた?
…まさか、能力を解除された? あの状況で?
けど、身動きはさっぱりできなかったはずだ。だというのにどうやって一瞬で?
「能力だ! アイツは能力で鎖の輪を一つ、ナイフに変えてほどいたんだ!」
そういうこと…!
反上の能力は靄からナイフを“創る”ものだと思っていたけど、そうじゃない。
靄に触れている物をナイフに“変形させる”ものだったんだ。だから地面から出てきたナイフの色は地面と同じ色だった。
最初のナイフは手に握っていた何かをナイフに変えていたのだろう。大きさからして元の大きさとは関係なく変形できそうだ。
それなら鎖が消えてしまった理由も説明できる。
私の能力で創り出した糸は切られたり焼かれたりして途切れれば消滅してしまう。
そして、鎖は途中の輪が一つでも無くなれば途切れる…だから輪の一つをナイフに変えられた鎖は途切れ、能力の制約で消えた。
…それなら。
「皆藤、逃げろ! 早くしないとお前まで!」
それなら、今私を支えている鎖だって…!
鎖は既に靄に包まれていて、下はナイフが地面を覆いつくしている。
新たに鎖を伸ばしてもさっきの鎖と同じ末路を辿るだけ。
他の糸で同じことをしようとしても、反上が創り出したナイフで切られる。
…終わった。
もうどうしようもない。逃げる術もなく、私は全身を刺されて死ぬ。
震えが鎖に伝播し、鎖を消されずとも落ちてしまいそうだった。
「あばよ!」
両手の鎖が消える。
支えが無くなり、私の体は宙に投げ出される。
そして―――
「……っ!?」
―――痛い。
痛い、けど…これは身を貫かれた痛みではない。
平らな地面に落ちたような…地面が冷たい?
これは一体…?
「…貸し一つね、協力者さん。」
この前聞いた声だ。けど、どうして彼女がここに?
目を開けて正体を確かめると、やはりそうだった。
「氷倉…さん…?」
氷倉さんは氷倉さんでも、同級生ではなく。
私が人殺しと軽蔑していた、氷倉雹華だった。




