一話 始まり
しばらくは書き溜めを解放していくので定期更新します。
「ねぇ、今日空いてたらこの前出来たカフェ行かない?」
「いいね! 確か名前って…」
「ウェスト?」
「そうそれ! 昨日友達が行ったらしいんだけど―――」
ぼうっと、席に着いて前を見ていた。
決して眠いわけではない。むしろ昨日は少し早めに眠ったので頭は冴えている。
俺が見ているものは前というより、正しくは…
「あんまり見てるとストーカーみたいだから止めといた方が良いぞ? 確矢。」
少し驚き、ピクリと身を震わせて後方を見る。
「真司か…」
俺の友人、真司とはまだ数ヶ月の付き合いだが、既に無二の親友と言えるレベルの付き合いだ。
まあ、それまでボッチだったからナンバーワンというかナンバーツーレスって感じなんだけど。
「おう。やっぱ好きなのか? 氷倉さん。」
氷倉零華。
高嶺の花のような顔をしていながら明るい性格、応対の柔らかさ、優しさなどの要素により話しやすく、たまにクラスの男子何人かが気になっていると言っているのも小耳に挟む。
クラスでは男女問わず人気。学校中の誰もが彼女を追いかけまわすなんて創作染みたことは無いが、もし女子の人気ランキングでも作られれば多分上位に入るだろう。俺の主観バリバリだけど。
実を言えば俺は彼女に一目惚れしてしまっていた。先のややキモいレベルの説明はその賜物である。
尤も、俺は猛烈にアタックするタイプでもないし周囲には隠しに隠しているのだが…時折このように揶揄われることがある。きっと隠しきれていないのだろう。
「いや、黒板見てた。」
しかし、俺はそんな自覚があっても照れくさくて曝け出す気にはなれなかった。
このことを揶揄われるたびにいつもこうしてごまかしている。内心では素直になれとでも思われているのだろうがそればかりは直す気にならない。羞恥心が俺TUEEEしてんだよ言ってたまるか恥ずかしい。
「いい加減認めちまえば良いのに…
まあいいや、なかなかキレイだろ?」
今俺が見ていたと言った黒板は今日日直の真司が消していた。一時間に一度あのどでかいキャンバス消しきるんだ、日直って損すぎる役目だな…筆圧高い先生だとなかなか消えねーし。
「いや、ちょっと汚いなってさ。なーんかこういうのって気になるんだよなー。」
後、たまに消すの下手な奴がいて消した後目立つのもあるあるな。少なくとも俺と真司はそうだ。
「……もうちょっとオブラートに包んでくれないか?」
「包んでるだろ。
まったく、気になってるみたいだから正直に言ってやったってのに。」
まあ嘘だけど。
本当はご明察、真司が言った通り氷倉さんを見ていた。絶対に言ってやらないけど。
「正直ねぇ?」
「正直だ。俺こういう細かいの結構気にするたちなの知ってるだろ。」
「ああ、かーちゃんの髪の毛がよく料理に入ってたから、それ気にしてたせいかもとか言ってたあれか?」
「そうそれ。お前も知っての通り今は一人暮らしだし外食メインだからそんなこと無いけど。
なんて言やいいのか…目が良いってのも違うし、観察眼って言うのもズレてるし…」
「はいはい、どうせ俺の消し方は雑ですよーだ。」
「まあ気にすんな、俺も似たようなもんだし。」
「最初に気にしたのお前なんだよなぁ!?」
「そうだったな。」
と、こんな感じで日常が過ぎていく。
これからもずっとそうなんだろう。友人と軽口を叩いたり、遊んだりして、終わりも考えずにただただ平和に学園生活を送っていく。
いつか卒業する、その日まで。
「確矢、真司、何話してるの?」
と脳内で勝手にエンドロールに入ろうとしてたら割り込まれた。どうやらエンディングはまだまだ先らしい。
「お、皆藤。真司の黒板消しが下手くそって話してた。」
「ついでに確矢の消し方も下手だってな!」
軽口に割り込んできたのは皆藤愛実。真司と親しくなり始めた頃に知り合った数少ない女友達…友達の友達って友達なのかな。だとしたらナンバーツーレスっての嘘になるけど。
もしくは真司を経由して俺自身に戻って来てる? つまり皆藤って俺だったのか…?
なんて謎理論はさておき、真司と話していると体感6割の確率で割り込んでくる友達の友達、皆藤はどうやら真司と腐れ縁らしい。
余談だが知り合って間もない頃お前らそーゆー仲なんだろって揶揄ったけどかなり淡泊にいや違うから、みたいな反応が二つ返って来ておもんなってなりました。
ガチで余分な話だったわ。
「あー、真司って変なトコ雑だからねー。分かる分かる。」
「うるせー! 自覚はあるけど言うんじゃねー!」
「あるのか、自覚。」
「あるわ!」
「あるんだやっぱり。」
「あるってーの!
…で、確矢の気持ちの話に戻るんだが。」
「戻るんじゃねーよ蒸し返すな。」
そのリターン、ノーしたい。
略してノーリターン。そうですよ、逆にしただけですよーだ。何が略してだ調子に乗りやがって。
「いやいやそう言うなって! なんたって女心が分かる心強い味方が来てくれたんだぞ?
むしろ今蒸し返さないでいつ蒸し返すんだ!」
「蒸し返すなっつってんだろ!」
「…あー、氷倉さんの事?」
皆藤のアイスピックのようにピンポイントでライフルのように精密な一言に正直メチャ動揺ヨウヨウ。落ち着けヨウ俺ヨウ。
「なんで分かるの?」
「なんで分からないと思ったの?」
「なんで分からないと思ったのって言われるの?」
質問を質問で返しそれを質問で返す。最早質問が回答。質問だけで会話していくスタイル。
「ようはバレバレだってことだ。さっきだって黒板とか言ってたけど、本当は氷倉さんのこと見てたんだろ? そう言うの女子としてどう思う? ほら、見られてる側の気持ちって。」
「そうね、正直に言っておくけど…好きでもなんでもない男からじろじろ見られるのは不愉快極まりありません。いやらしければ尚更、そうでなくても気になります。女性としては止めて欲しい行為ですね。」
ですよねー…
「なんで敬語?」
「ちょっとはオブラートに包めるかなって。」
「どっちかというとオブラートかかってんの言葉じゃなくてお前にだよな。薄いバリヤー張ってるみたいになってるぞ。」
「そう?」
「そう。」
違うんです悪意とか下心とかあったわけじゃなくてついつい目で追っちゃうんです動いてるものをつい目で追っちゃうみたいなアレで決してやましい気持ちなんて無いんです。
と、仲良く会話する2人に心の中で言い訳をする。
言ったらマジでやってたみたいになるからだ。マジでやってはいたけど彼女への好意を隠している身としてはやってない体を保っておきたい。
「…城野さん、ちょっと良い?」
氷倉さんの声がした。
城野。知っている名…いや苗字だ。
だってそれ俺だもん。オラ城野確矢ってんだヨロシクな。誰にヨロシクしてんだ俺。
…え? 何? マジで俺? マジ?
「え? お、俺?」
向き直ってみると彼女は確かに俺を見ていた。それも真剣な目で。
「少し話したいことがあって。放課後大丈夫?」
「は、はい。だいじょぶ、です…」
「じゃあ、放課後校門に。」
と水並みに薄いやり取りをして氷倉さんは席に戻る。一連の会話でさっきまで見せていた笑顔は見られなかった。
…………やっべ、今の全部聞かれた? 見てたの気付かれた?
じゃあなんだ、人気の無いところに呼び出して…
『ジロジロいやらしい視線で見ないでください。変態なんですか?』
とか、
『見損ないました。今から私の半径5メートル以内に入らないでください。』
とか言われたりするのか?
きっつ。氷倉さんにそんなこと言われんのきっつ。
いやいや、待て俺。もしかしたら、万が一、天文学的な確率で俺に告白するという可能性も…いや我ながら無いな。意味不明レベルでご都合主義過ぎる。現実を見ろめっちゃ厳しいから。したとしても罰ゲームでって感じで本気でする訳がない。
「おいおい、もしかして告白か? いつの間にアピールしてたんだよ、隅に置けないねぇ色男。
…色男?」
「殺される…俺殺される…!」
「いくらなんでも殺しはしないでしょ…」
ヘタレた王子みたいなレベルの怯えを見せる俺。
しかしこれもオーバーとは言い切れないご時世なのだ。
「それはどうかな…最近この町で行方不明者が続出してるってニュースはお前らも知ってるだろ?」
「そりゃ知ってるけど…」
数か月くらい前からこの町で行方不明者が出るようになったという。テレビでもニュースサイトでもその記事が散見され、今や町内で知らない人はいないだろう。町の外の奴は言われればああそうだねって思い出すくらいなんじゃないかな。知らんけど。
誰が行方不明になったかまでは分からないが、この学校でも既に数人の行方不明者が出ているらしい。
「それが氷倉さんのせいだと?」
「そういう訳じゃないけどさ…何の脈絡もなく接点が薄いはずの氷倉さんから話しかけられたんだぞ?
これまでに起きなかった珍しい事とか、良かった事とかってその後になんか起きるのは世の中の定理だろ?」
「変な持論持ってんだなお前…あと、良かった事って認めたな?」
「ちょっと珍しいことくらい別におかしくないじゃない。ましてやクラスメイトなんだから、話しかけられるくらいあり得ない訳じゃないんじゃないの? 天変地異みたいに言ってるけど。」
「その天変地異の前触れだって言ってるんだよ、ほらあるだろヒヤリハットとかさ。」
「ヒヤリハットとお前の持論かすりもしてねーから。」
「前触れがあるってところだけ掠ってるくらい?」
手厳しい。
しかし、さほど打ち解けてもいない相手からの“話”か…
ストーカーの冤罪とかじゃなきゃいいんだが。




