神社
ボクとツレには共通の趣味がある。一つはドライブ、それからもう一つは神社仏閣巡りだ。マイナーであるとは思う。だからこそ、ボクとツレは気が合うのかもしれなかったが。それから神社と言っても有名所に行くことは少なくて、地元の人しか来ないような小さい神社とか、田舎の山中にあるところとかに行くとの方が多かった。。
ツレはただ観て回るのが好きなようだったが、ボクの方はカメラ片手に辺りの風景もふくめた景色の写真を撮るのがメインだったりもした。
その日も適当に田舎道で車を走らせながら、まだ見ぬ神社を探していた。
田んぼと里山が接しているところの道を走っていると、ツレが小さく指さして言った。
「あ、あそこ、神社じゃない?」
まさしく、小さい里山とでもいうような、小高くなった場所のたもとに灰色の鳥居があった。木々が茂っていて上の方の様子は見えなかったが、苔むした石段が上の方へ向かっているのはなんとなく分かった。
鳥居の少し手前に車を止めると、ボクとツレは降り立った。鳥居は石で作られていて、石段と同じようにところどころ苔が生えていた。
「稲荷神社かな?」ツレが言った。
視線の先にはキツネの像があった。鳥居の支柱のすぐ下、膝より少し高いくらいの大きさで、二体が向かい合っていた。
ボクは早速カメラを取り出すと一枚、写真に収めた。
「ねぇ」ツレは石段の上の方を指さした。「写真は後にしてさ。上に行ってみよ」
「ああ、そうだね」
石段は苔があちこちに生えていて、あまり人の出入りがないことを思わせた。ただ、かたちは不ぞろいにすり減っていて、昔は人が行き来していたんだろうなということがうかがえた。
石段を登り切ったところにも、向かい合うキツネの像が立っていた。そして、まっすぐ参道の石畳の先にはそれなりに立派な大きさの社が構えていた。僕は再びカメラを手にすると写真に収めた。
それからボクとツレは各々で好きなように境内を見てまわった。
突然、ツレが小さな悲鳴を上げた。ツレの声がした方へ駆け付けると、目の前に現れていたのは大きなキツネのお面であった。大きいといっていっても祭りで見かけるような代物よりちょっと大きいとかそうレベルじゃなかった。桁外れに大きいくてボクとツレを威圧しているかのようだった。あまりにも非現実的で、僕は驚くという感情を通り越していた。これは夢か?ツレの方もポカンとした表情だった。
すると突然、お面はしぼんだ。風船から空気が抜けるように小さくなったのだ。それから小さくなったお面は靄に包まれた。その直後、目の前に現れたのはキツネだった。あの動物のキツネだった。
そいつは、ボクとツレの前に近づくと器用に立ちあがってこちらをにらんだ。
「コホンッ!なんですか、貴方たちお二方は?」
唐突に喋ったのだ。
「うわっ、しゃべった!」思わずボクとツレは一緒になって驚いた。
「はぁ、どうにも昔に比べると、人間は多少のことでは驚かなくなっていますね。まったく、嘆かわしいのです」
「いや、十分に驚きなんだけど」
「キツネ、こうしてみるとかわいいじゃん」
ツレはたいていの場合、状況を受け入れるのが早い。
「ですから、その態度!それなのです。なんですかそのリアクションは!昔だったら、人間は驚き、恐れおののいていたのです。今どきの若者は畏怖という念をお持ちではないのですか?」
だがボクも思わず、今どきの若者とか、リアクションとか、そういう言い回しの言葉を知っているのかよ、と思わず心の中で突っ込みを入れた。それから「でもキツネで怖いのって、エキノなんとかって病気の方が…」と半端な知識を呟いた。
「エキノコックスでしょ。キツネとか野生動物にいる寄生虫だから気を付けないと」ツレは付け加えるように言った。
「な、なんですかっ!病気持ち扱いとは失礼な!」目の前のキツネは憤慨した様子だった。
「でも、人には致命的なものだからなぁ」
「わ、ワタクシはここへ祀られている神様なのですよ!便宜上こうしてキツネの姿で現れているだけなのであって、実際にキツネというわけではございません!」
「ほんとかなぁ?」
ツレは意地悪っぽい口調で言った。
「まったく」
そのキツネ、というか神さまを自称するキツネは軽く舌打ちをするとその周りにどんどん靄が表れた。ボクとツレは驚いて少し退くとその靄は大きくなり、次第に人型へ変わっていった。
そこには平安貴族というのか、着物というのか、ともかく古代のお偉いさんな感じのする装束姿の長身のイケメンが現れた。それでもキツネ耳と大きな尻尾が生えていた。
「これで、どうでしょうか?」
声までイケメンだった。とても落ち着いた上品な声で、いわゆるイケボというやつだ。しかもボクより背の高いツレよりも長身だった。おそらくわざとやってるのだろう。ボクはそんな風に思った。ツレの方は思わず見とれている様子だった。いや、あるいは神様というのは威厳が必要なこともあるのだろう。それを身長差でみせているのかもしれなかった。
しかし、そのイケメン姿になった神様は物腰柔らかな印象だった。
「まあ、これも何かの縁でしょう」彼は微笑んだ。「境内を少々ご案内してみせることにいたしましょう。狭い場所ですけど」
キツネの姿だった時と比べるとえらく落ちついた雰囲気だった。
それから彼は、この地域の歴史や神社についての成り立ちについて、ゆっくりと簡潔に説明をした。
彼が後姿を見せて歩いているときに、ゆっくりと揺れている大きなモフモフの尻尾にツレが手を伸ばして、思わず触った。
「お手を触れないでいただけますでしょうか?」
「あ、ごめんなさい」
「あまり、おふざけになられると祟りますよ」
ボクはその言葉にドキリとした。冗談だと思うが、その表情は真剣だった。しかし、すぐに彼のその表情は緩んだ。
「ですけれど」彼はゆっくりとした口調で続けた。「本心を述べますと、お二方がいらっしゃったことはうれしく思っているのですよ」
「そうなの?」
「人が訪れなくなっては私の存在意義が失われて、そのままでは終いに消えてしまいますので…」
一瞬、彼の顔に翳りがみえたような気がした。が、気のせいだったかもしれない。
「私が、お二方の神社巡りをお止めするいわれはございません」ボクとツレに諭すように続けた。「ただ、ここだけでなくどこか他所へ訪れる際も、心穏やかにして、敬い、感謝といったような、畏敬の念というものをお忘れにならないでいただきたいのです」
彼はボクとツレを交互にみつめた。
「よろしいでしょうか?」
「はい」「わかりました」ボクとツレは同時に返事をした。
その時、強い風があたりに吹いた。瞬きをした、その間に彼の姿は消えていた。気が付かないうちに時間もたっていて、木々の間から夕陽が射していた。
「あれって」ツレが先に口を開いた。「もしかして私達、キツネに化かされてたりして」
「どうかな」ボクは苦笑しながら答えた。
ただ、なにかこれまで気にかけてなかった大切なことに気づかされたような、そんな思いがした。