アダム・ノスト・イヴリゲンの陰1-7
夢を見ていた気がした。
それがどのような夢であったのかは思い出せない。小さくあくびをしながら身を起こすと、見覚えのない部屋だった。
「起きたのね。大輪を咲かす種」
「あなたは?」
ベッドで寝ていたアレッタは寝る以前の記憶が無く、椅子に座ってアレッタを見下ろす女性にも覚えが無い。寝起きで無警戒なアレッタの頭を女性は優しく撫でた。
「別にこれも夢なのだから、覚えている必要は無い。ただ今だけの現実としてお話をしましょう」
「どういう、意味ですか?」
まだ思考がはっきりとしないうちに意味の分からないことを言われ、小首を傾げた。
その疑問に対する答えは無く、女性は話を進める。
「アレッタ。あなたは視たのね。未来を。抗えぬ悲しい結末を。」
「未来? えっと、その」
「大浴場に隠した手鏡」
「はい。視ました。聖羅を私が殺す未来」
「他にも映っていたでしょう?」
「いえ、私が視たのはそれだけで。聖羅と一緒に視た未来は」
「いいえ。アレッタ、あなたにとってそれよりも最悪の未来。視なかったのかしら?」
「何のことを言っているんですか?」
「なら、構いません。知らない方が良いこともあります。決められた運命は抗おうとも、何かしらの外的引力によって導かれる。ただの人に未来を変えられる力は無い。私にも、俺にも」
「……俺?」
「お気になさらず。アレッタ。あなたは統括者になりたいのね?」
「は、はい。ですがどうして?」
知っているのですか、と続けようとしたら女性は首をゆっくりと振った。まるで、アレッタの全てがお見通しであるかのように。これ以上の言葉は不要だと言うように。
女性は一枚の紙をアレッタに渡して言った。
「この紙だけは現実のものとなる。それを統括者の誰かにでも渡しなさい」
アレッタはその紙に書かれている文を速読し、驚きに目を見開いて目の前の女性を見た。まさか、と生唾が喉を伝っていき、震える唇を動かした。
「シェルシェール・ラ・メゾン創設者であり魔術の創始者、アダム・ノスト・イヴリゲン様ですか?」
「敬称は不要よ。意味は無い。そう。私がアダム・ノスト・イヴリゲン。アレッタ・フォルトバインを一対一の対話を望んでいたのよ」
「こ、光栄です! えっと、その、あ、アダムさん。お聞きしたいことがあります」
「答えられません。それは、自分の探求の中で見つけるもの」
まだ何も言ってはいない。
「世界真理に至ったらどうなるか、は今はまだ私しか知らない。気になるのなら、その探求欲を滾らせなさい。到達点へと至る道を見極めなさい。魔道は常に魔術師の中にある。無道はとてもいい道。型がない自由な開拓ができる。自分が無い道、なんてのたまう者の言葉は切り捨てるべき」
「何でもお見通しなのですね。アダムさんには」
アダムは初めて人間味のある表情をした。それは一瞬だったが、他人の顔色を伺って幼少期を過ごしてきたアレッタは見逃さなかった。
「魔術師の未来は明るい。将来は有望な魔術師たちが世界を救うわ。私を世界に縛り付けるプログラムさえも」
「アダムさんの言葉は私にはまだ難しいみたいです。でも、魔術の将来が明るいのなら、私はとても嬉しく思います」
「難しい言葉では無い。ただ言葉のそのままの意味を取れば良いだけ。理解が出来なかったのは、私が何者かであることが分かっていないから。私は、そう、世界という基盤を安定させ、ウイルスから守る迎撃プログラムのようなもの。私もしょせんは創造物に過ぎない。神は嫌い」
「でも、人を幸せにしてくれる神様がいてくれたら、私はきっと信仰しますよ」
「そうね。でも、そんな神様は人間が勝手に作り出した妄想の産物でしかない。神は我欲が強く、自分の治世を延命させるために信者を抱きかかえる。私の古い記憶に残る神のあり方よ」
アダムは喋りすぎました、と閉口した。
彼女の話す内容は未知で、荒唐無稽だが、魅力的な単語の数々に心を躍らせていた自分に気付いた。
「そろそろお別れしましょう。目が覚めたら、その紙を」
「柊先生に見せます!」
「魔術師の未来を頼みます。あなたは、長い時間を」
一面が白くなり、アダムの声が遠くなっていく。
彼女は最後に何を言おうとしたのか。ただ、魔術師の未来を託された以上は、それに応えたいと胸に刻みつけた。
こんにちは、上月です
次回の投稿は12日の21時を予定しております




